成実が政宗に仕えるようになった頃は、戦に次ぐ戦だった。勇猛果敢、と恐れられるようになった彼だが、政はどちらかというと苦手だった。机に張り付いて政務をこなすより、木刀や槍の稽古をしている方が性に合う。だからしばらくは父、実元が手伝ってくれていることを良いことに大森城を抜け出しては従兄弟でもあり、早くから家督を継いだ政宗の元にいることの方が楽しかった。従兄弟の荒々しい気性は好ましかったし、小さな頃に梵、時、と呼び合った仲でもある。だが、今、身分の差は歴然としていて、政宗の下には守り役からそのまま軍師でもあり、腹心の部下でもある小十郎初め、輝宗からの家臣たちも従えてはいる。だが、たかが神主の子である身分の低い小十郎に対する風当たりは強い、などというものではなかった。小十郎に対する不満は一門である自分のところによく聞こえてくる。小十郎が政宗に剣の稽古で傷をつけた、休みをもらった昼は家の畑を耕している。畑など百姓がするべきことで、政宗に仕える家臣がすることではない。家臣が土いじりなどもっての他。笛の音を買われて政宗の父、輝宗に召し上げられたというが、輝宗さまはあんな男の何を認めておいでだったのか・・・・・・などなど。


だから、自分は政宗に仕えるようになってすぐ、小十郎を呼び出したのだ。

「成実さま、この小十郎に何用ですか?」

政宗の傍にあっても眉間の皺をとろうともしない側近は、成実のもとに来てもその表情を崩さなかった。強面でもあるし、その辣腕さは家臣たちにある種怖れを持って認められているが、譜代の重臣たちは小十郎を快く思わない者も少なくない。事実、政宗が元服する前、あまりの風当たりの強さに小十郎が耐えかねて一度出奔しようとしたこともあると聞いている。そのせいなのか、幼い頃は悪戯をしてはすぐに「時宗丸さま!!」と怒られたものだが、元服してからはある種一線を引いた物言いに不快感が募る。

「小十郎に言っておくことがある」
「は───────────」
「俺は明日からお前の敵になる」
「は───────────?」

高らかに宣言して、何を言われるのか、と思っていた小十郎のぽかんとした顔にしてやったり、とにやりと笑ってみせる。

「お前も知っているとおり、お前は譜代の重臣たちに好かれてはいないだろう?」
「それは仕方がござりません。この小十郎の身分を考えれば、政宗さまの近くに身をおくことを良しとしない方々がおられるのは仕方がないと心得ますが」
「だけど、お前は知らんふりをしている」
「気にしていれば政務が滞ります」
「梵のために?」
「いえ、この小十郎、政宗さまのお側にてお仕えできればそれで構いません」
「ふ〜ん・・・・・・」
「成実さま?」
「梵とお前が重臣たちに認められるまで、俺はお前がすること全てに反対することにした」

にこりと笑いながら告げる成実に、小十郎は頭が痛くなってきた。無意識にこめかみをほぐしながらちら、と悪戯坊主のような表情の彼をにらみつける。

「成実さま。お戯れはおやめください。お話というのがそれであるなら」
「小十郎。俺は、伊達一門だ」
「は───────────。それは承知しておりますが」
「だから、俺のところにはお前をよく思わない者たちがよく愚痴を言いにくる」
「───────────」
「お前が本当の意味で梵の腹心だと認められるまで、そいつらを泳がしておくってのはいい考えだろ?」

にこにこと笑いながら続ける成実に、小十郎は深く考える瞳になって彼を見直した。自分の命、ともいえる大切な主とどこか似た面差しに、笑い方。血は争えないな、とぼんやりと思いながら成実の意図を察した小十郎はさらに渋面になった。

「それはこの小十郎の仕事です」
「俺の手助けはいらないってのか?」
「成実さま。言いたいヤツには言わせておけばいいのです。それをあなたが相手にする必要はない」
「そう、だろうな。だが、梵がお前の意見を入れて、他のヤツの意見を入れないことが多くなってるのはわかってるだろ?それが軋轢を生んでる。俺の親父も憂いてるし、左月の意見は年寄りだ、と梵は退ける。それが綱元が出した意見でも、梵はその後ろにいる左月を見て、譜代の意見として退ける。だから左月と綱元の間が少しずつおかしくなってるのはお前もわかるだろ?」

手にした扇をいじりながら告げる成実に、小十郎は深く息を吐き出した。そういう戦い方は自分には向いているが、昔から下手をすれば政宗以上に直情的な成実の戦い方ではない。そう告げようとした小十郎を押しとどめて成実は真剣な表情になって告げる。

「だから、梵には譜代と、新参の両方の意見を取り上げてもらわなくちゃ駄目だ。だから俺は譜代の代表になる。お前がいいと思った策の半分を俺に言わせろ。お前は俺に反対すればいい。梵はどっちが上策か、すぐにわかるだろ」
「しかし!」
「小十郎。お前だけが梵に仕えてるわけじゃない。何もかも一人で背負い込むなよ。俺や綱元にも少しは手伝わせろ。お前の決意は知ってるさ。梵のために汚れ役は全部一人で引き受けるって。だけど俺だって梵の役に立ちたいんだよ!」

頑固な小十郎に、成実は思わず叫んでから、ぷぅっと頬を膨らませた。昔の悪戯小僧の表情に戻った彼に、小十郎はくすり、と笑ってから昔のように膝を崩す。

「まったく、餓鬼が何気負ってやがる」
「───────────っ!?そういう言い方はないだろっ!」
「おい時宗丸、いいか、伊達一門はそんなことをしちゃいけねぇ。それは俺の仕事だ」
「コジュ!お前っ!!」
「そういう戦い方がしたけりゃ、最低限、テメェの領地をちゃんとテメェで治めてから言え。俺は親父に任せっきりでそテメェのやりたいことだけをやってるお坊ちゃんのわがままに付き合ってる暇はねぇんだ。大体、領地すら治められねぇうちに、テメェがそんな狸のようなことが出来るはずねぇだろうが、馬鹿野郎」
「なっ!!馬鹿とは何だ!!」
「馬鹿は馬鹿だ」

にべもなく告げてよく小十郎が時宗丸にしていたように頭をぽんぽんとなでてから、ぐり、とこめかみを両手で押さえつける。

「いででででっ!!」

資福寺で梵天丸と呼ばれていた政宗と時宗丸と呼ばれていた成実の二人が悪戯をしては小十郎にこうやって怒られていたのを思い出す。あの頃から小十郎は自分たちに剣の稽古をつけてくれていた。成実にとって11歳年上の小十郎は兄というよりも父に近かった記憶がある。ぐりぐりと押さえつけられる痛みは久々にやられると結構痛い。無論子供の自分は小十郎はかなり手加減をしてくれていたのだろうが、今はお互いに大人で、手加減なしの握力でやられるものだから、痛みも半端ではない。

「だったら!!」
「アン?」
「だったら!俺がちゃんと一人で領地を治められるようになったら!いいだろ!!」
「・・・・テメェ、何を聞いてた?」
「凄んでも怖くないっての!コジュの強面は慣れてっから!!約束したからな!!」
「ちょっと待て!」
「覚えとけ!ちゃんと領地を治めてぐうの音も出なくしてやる!!」
「アァ、わかったよ。但し、『俺が認めたら』な」

絶対認めない、と暗に告げる小十郎に涙目になりながら成実がにらみつける。まったく、政宗とともに小十郎にとってはいつまでも手のかかる子供扱いなんて割りに合わない。だから───────────。


3年後、隠居した父に代わり、成実本人が立派に領地を治めるようになった後、それを小十郎の前で政宗に認めさせた成実は、渋る小十郎を説き伏せたのだった。

曰く
「梵が俺をちゃんと認めてるってことは、小十郎はまさか梵の意見に反対しないよな?」

と。あの時の『俺が認めたら』と告げた小十郎への意趣返し。政宗が「了」といえば、小十郎にとっても「了」となるはずで。それでも否やを唱えようとした小十郎に成実は背筋を伸ばして小十郎を見据えて、傲然とこう告げた。

「景綱。身分をわきまえろ。俺は伊達成実。殿の従兄弟だ」
「───────────」
「いいな。今日から俺はお前の敵となる。お前の告げることすべてに反対し、お前の一挙手一投足に文句を言う。でも心は、いつもお前を兄と思っている。俺がお前のことを景綱と呼ぶときは俺は敵だと思え。憎んでくれて構わない。だから早く本当の殿の右目になれ。家臣の誰もが認め、お前の後ろにいる殿にではなく、お前自身に膝を折らせてみせろ。それまでは、俺は敵だ」

その両の瞳に、小十郎ははぁ、とひとつ息をついて、成実の元に手をついた。

「委細、承知仕った。片倉小十郎景綱、成実さまのお申し出ありがたくお受けいたします」

大きくなった、と思う。政宗も、成実も、小十郎が知っている梵天丸と時宗丸ではなくなった。そのことを少しさびしくも思いながら、小十郎が手をついたことににやりと笑う悪戯小僧の面影と、面差しが似ている主君を思い起こさせる。

「小十郎、早くしないと梵が天下をとっちまうぞ。俺だってお前を敵に回したくないんだ。だから早く頼む」

感心した瞬間のこの言葉に、小十郎は容赦なく成実の頭をはたいてやった。



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