「うー、腰痛い・・・」
「ああ?運動不足にも程があるだろ。お前は年寄りか?」

トントンと腰に手を当てたに呆れたような声が降ってくる。視線を上げれば、普段オールバックの髪を手ぬぐいに包み、膝のあたりまで裾を捲った小十郎が悪態をつきながらも見事な手つきで鍬を振り上げた。

「だって畑仕事なんてしたことないし・・・」
「おら休まずに手を動かせ」
「こ、小十郎さんの鬼・・・」

草むしりをさせられたことなどどのくらいぶりか。記憶にあるのは施設の周りを年に一度の大掃除の日にやったのが最後。それももう七年も前のことだ。「夜までに腹を空かせておけ」と言った政宗の言葉に頷いたまでは良かったが、小十郎に「ちっと手伝えや」と連れ出されたときに断れば良かった、と後悔しても遅かった。腹を空かす=体を動かすという思考回路は納得できるが、まさか二日目にしてこんなことになろうとは。

「ええと、この畑に何を植えるんですか?」
「耕すだけだ。奥州は間もなく冬が来る。収穫した後の畑を放っておくと次の春には土が死んでしまうからな。今のうちに肥料をやって冬のあいだにいい土になってもらわなきゃな」
「ふぅん・・・」

気のない返事を返しながら、真剣な表情の小十郎に笑みが漏れる。畑のことを語る彼の表情はどこか優しくて、は昨日までの彼の怖いイメージが変わってゆくのがわかる。

「おい勝手に休むんじゃねえ」
「やってますってば。それより小十郎さん、いつもこんなことをやってるんですか?」
「アァ?」
「い、いえ、なんでもないです」

凄む小十郎に思わず身を縮ませる。正直まだ彼の視線は怖い。しゃがみこんで生えている雑草を黙々と抜き始める。すでに太陽は中天から傾き始めており、何時間ここで作業をしているのかわからなくなってきた。だがいい加減痛みを訴える腰とじりじりと照りつける太陽に秋の気配がする季節だというのにぽたり、ぽたりと汗がこぼれ落ちる。

「おい」
「は、はい!?」

しばらく続けていると小十郎に声をかけられてずい、と目の前に水筒が差し出された。瞬間、目を見張ったに小十郎が渋い顔で見下ろしていた。

「飲め」
「ええと・・・・・」
「何て顔してやがる。真っ赤になってるじゃねぇか。倒れる前に飲め」
「は、はい」

小十郎に言われるまで気づかなかったが、手の甲を頬に当てて自分の体温が高くなっていたことに気付く。逆らわずに水筒を飲み干すに小十郎は顎で休め、とばかりに畑の外を指した。

「休憩だ。少し休め」
「小十郎さんは?」
「俺はいい。お前は加減ってものを知らねぇのか。少し休んで戻って来い」
「はぁい」

腰の痛みも限界だったので逆らわずに頷いて畑から出て、暑さに耐えかねて小十郎から渡された手拭いをすぐ近くにある井戸の水に浸してから首筋に当てる。ひんやりとした感触にようやく一息をついて、一心に鍬を振り下ろす小十郎を見つめた。

「すごいなぁ」

しみじみ彼の体力に感心する。自分以上に働いているのに息一つ切れていない。しばらくそうしていると、どっと疲れが全身から噴出してくるのがわかる。そして結局夕刻まで寝入ってしまい、小十郎に大きな雷を落とされてしまった。


夕刻、作業を終えて一度汗を落としてから案内されるまま広間に集まった途端、いい香りが鼻をくすぐった。炊き立ての米、肉の焼けるいい香りが部屋中に充満していて、思わずの腹がぐぅぅぅ、と音を立てた。

「クッ・・・・クク・・・・・」

どうやらその音が聞こえてしまったらしく、先に座っている政宗がこらえきれずに噴出した。さすがに恥ずかしくなってうつむいたに政宗は自分の隣を指して座れ、と告げる。政宗に逆らうべからず、と言い聞かせて隣に腰を下ろすと目の前においてある膳が食欲を刺激する。膳の中には炊き立てとわかる米、肉の焼ける香りはどうやら石を熱した上から焼かれている肉のようだった。その他煮物が二品、吸い物までが並べられて、思わぬごちそうに目を輝かせる。

「お、おいしそう・・・・・・・!」
「当たり前だ」

何故かの対角線上に座っている成実がの歓声にそう告げて政宗を見やると、政宗は胡坐をかいたままちら、と部屋の外に視線をやる。

「あとは小十郎だな」
「梵、景綱は放っておいてもいいんじゃない?」
「よくねぇだろ・・・・って、やっと来やがった」

政宗の言った通りだった。足音などほとんど聞こえなかったのだが、すぐに小十郎が姿を見せた。当然のように着替え、頭を下げて末席に座った小十郎に政宗は何も言わないままだった。

「では、いただこう」
「え?え・・・・・?」

そして小十郎が座ったと同時に成実が箸を持ち上げた。朝は政宗が手を付けるまで待っていた彼の行為に思わず視線を向ける。

「何してる?冷めるぞ。早く食べろ」
「は、はい。じゃ、いただきます」

さっさと食事を始める成実にせかされて箸をとった。正直もう限界だったからその言葉は嬉しかった。まずは煮物を、と器の中にある里芋を割って口に入れる。

「お、お、おいしい・・・・・・・!!」

口に入れた瞬間、衝撃が走り、思わず声を上げる。しっかりと出汁のしみ込んでいるだけではなく、しょうゆだけじゃない初めて食べる味だった。一口食べ始めたらもう止まらなかった。昼中ずっと畑仕事をして身体を動かしているのだ。お腹が空いているなんてものじゃない。ものすごい勢いでなくなっていく膳に政宗と成実、それに小十郎があっけにとられたように見つめていた。

「な、何・・・・・?」
「いや、いい食べっぷりだと思ってな」
「だってこんなにおいしい食事なんて初めてだし!三人とも食べないんですか?」
「いや、いただこう」

不思議そうに首をかしげるに苦笑して成実が首を振って食べ始める。小十郎も礼儀正しく箸をつける。政宗の前にある膳には量は少な目にして酒のつまみが数品増えており、彼はゆっくりと盃を傾けながら他の三人を観察するように見つめていた。

「あ〜!おいしかったぁっ!!」

あっという間に膳が空になり、お腹がいっぱいになったがごちそうさまでした、と手を合わせたとき、ちょうど成実と小十郎も食事を終えていた。政宗はそんなをどこか嬉しそうな表情で見つめて言った。

「そうか。うまかったか」
「うん!!こんなおいしいもの食べたの初めてです!」
「Ah・・・そりゃ良かった」
「というよりも梵、また腕上げたな」
「成実さま」
「景綱、黙れ」
「───────────は」

政宗にぞんざいな口調で告げる成実をたしなめようとする小十郎を黙らせてに笑いかける。

、この料理誰が作ったと思う?」
「え・・・・?誰って?」
「作ったのは梵だ」

にや、と政宗に似た笑顔で告げる成実の言葉を理解するまでにしばらくかかった。作ったのが政宗だということを理解した瞬間、は思わず悲鳴を上げた。

「って・・・・・えぇぇぇぇっ!?」
「なんだよ、俺が作っちゃまずいか?」
「そ、そうじゃなくてっ!!普通お殿様って料理なんてしないんじゃ」
「別にいいだろ。趣味の一つだ」
「・・・・・・・・いや、そうじゃなくて」

言いたいことはそこではないのだが、何故か憮然とした政宗に焦って言葉を探す。

「あの・・・・すごくおいしかったです。作ってくれてありがとうございます」

焦れば焦るだけ浮かんでこない自分の頭を叱咤しながらそれだけを告げると、政宗の隻眼が緩んだように見える。

「Ah・・・・・・ま、お礼はこれで許してやる」

そう言ってが気づいた時には政宗の顔が至近距離にあって、慌てる背中はぐい、と引き寄せられて頬に温かいものが触れる。それが政宗の唇だと理解した瞬間、悲鳴を上げようとした唇を政宗の手が封じ込める。

「むぐっ・・・・・」
「いちいち悲鳴あげんじゃねぇよ。色気のねぇ。まぁまた気が向いたら作ってやる。楽しみにしてろ。まぁ・・・・ちゃんと礼はもらうがな」
「政宗さま」

呆れたように告げる小十郎を視線だけで黙らせて、にやりと笑う隻眼には目を白黒させたのだった。



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