陣幕の中に押し込められたまま二日が過ぎた。戦が終わってからは政宗の陣からも離され、一人で半軟禁状態にあった。何かをしようと思っても自分の力でできることなど限りがある。戦が終わった日。この陣幕に案内され暇を持て余した自分が食事の用意を手伝う、と申し出てみた。兵士たちは戦後処理に駆り出されているから喜ばれたのだが───────────。
陣から一歩出た途端、異臭に眉をひそめた。嗅いだことのない、でも生理的に嫌だと思う臭いだった。だがそれを我慢して炊き出しをしている場所へ歩き出そうとして、は足を止めた。
「な、に・・・・・・これ・・・・・・」
ぐ、と胃からせりあがってくる苦いもの。押しとどめようとするが我慢できなかった。思わず口を押えて陣幕の中に駆け戻る。その隅で胃の中のものを戻して息をつく。気持ち悪い、と思うよりも先に先ほどの光景が目に焼き付いて離れない。それは戦死した兵士たちの死体をまとめて焼いていたのだ。心臓を貫かれた者、手足が変な方向に曲がってしまった者、瞳孔が開いたまま恨めし気に天を見上げる何も映さない瞳。先ほどの異臭は人の身体を焼くにおいだったのだ。
「げ・・・ほ・・・・・・」
「───────────?って、あぁ、やっぱなぁ。大丈夫か?」
むせ返るの背から成実の声が聞こえてきた。つかつかとやってきて、吐いているの背をゆっくりとさすってやる。
「成実さ・・・・・?」
「しゃべるな。いいから吐けるものは吐いてしまえ。あとで埋めてやる」
「で、で・・・・ぐ・・・・」
「いいから」
風向きが変わったのか、先ほどの臭いが陣幕の中へと漂ってくる。その臭いにつられて胃が締め付けられる。再度の吐き気に逆らわずに吐き出してもう何も出て来なくなると、成実は懐紙をに差し出した。震える指でそれを受け取って口の周りをふき取ると、成実は兵に命じて陣幕の位置を少しずらせと同時に穴を掘らせて処理を済ませると、ぐったりとしてしまったの背を軽く撫でる。
「どし・・・・・」
「いいから。景綱がお前についていてやれっていうからさ」
「え・・・・・・・?」
「初陣、なんだろう?」
「え・・・・はい・・・・・・」
「初陣を迎える兵は皆そんなもんだ。お前は女だからな。こうなって当然だ。、疲れたら眠れ。無理に食べなくていい」
「・・・・・・・・うん」
成実の優しい声音に頷いて膝を抱える。今の気分ではこの体勢が一番楽だった。目を閉じると今の光景が焼き付いたまま。死体など間近で見たのは初めてだった。撫でられる背中から優しさが伝わってきて、いつしかはそのまま眠ってしまっていた。
が目を開けたとき、飛び込んできたのは小十郎の背中だった。朧ががった三日月の陣羽織。軽くうめくと彼は自分を見て渋面のまま告げた。
「ゆっくりここで休め。間もなく帰還する」
と。その言葉に頷いてとろとろとした眠りに身を任せる。いつの間にか横になっていて、布団がかぶせてあった。そのことにも気づかないまま、また眠りに落ち、目が覚めるとあの光景を思い出して布団にもぐる。今まで自分がいた世界は何と平和だったのか、と改めて実感する。起きだせるようになって、ちら、と陣幕の隙間から外を覗き込むと、死体の処分は終わっていたものの、戦で手足を失った者、怪我をした兵士たちがそこらじゅうに闊歩していて、流れるままの血や包帯が真っ赤に染まった兵士たちの姿に息が詰まる。そして自分が無傷でここにいることに生まれて初めて、感謝した。
「私───────────」
生きていることがあまりにも当たり前で、あの男から逃げ出せないともがいていたあの日々がとても遠く感じた。ここでは簡単に人が死ぬ。昨日自分と一緒にごはんを食べていた兵士の一人があの死体の山にいた。何故自分が生きて彼が死ななければいけなかったのか。考えたくない、と思うのと同時に、考えなければならない気がする。
「政宗さんと小十郎さんに会いたい」
彼らと話をしたい、と思った。混乱する自分一人で何を考えてもぐるぐると思考が回るだけだ。だがこの陣幕を出る勇気がなかった。ちょうどその時だった。唐突に幕が開いて政宗が姿を現したのは。
「Hey、kitty、生きてるか?」
「政宗、さん・・・・・・」
まるでの考えていたことがわかっているかのようなタイミングで政宗がやってきたことにきょとんとする。だが、彼の顔を見た瞬間、は心の中にたまっているものがほぐれてゆくのを感じる。
「どうした?」
「会いたかった・・・・・・」
「Ah?」
「政宗さんに、会いたかった」
近寄ってくる政宗に手を伸ばす。驚いた顔になる政宗がやがてにや、と笑っての手を取って自分の方へ引き寄せる。
「随分積極的だなぁ、おい」
「・・・・・・・よかった」
「何だよ」
「政宗さん、生きてる」
「───────────Ah」
「あったかい・・・・・・」
政宗にすがりついてくるの身体を支えながら、政宗はその細い体を抱きしめた。
「私・・・・・私・・・・・・」
「、ここにいてやる。少し休め」
の耳元で落ち着いた声音で告げれば、腕の中の彼女がこくん、と頷くのを感じた。そのまま座り込むの隣にそのまま腰を下ろして、が眠り込んでしまうまで側にいてやった。
その翌日。伊達軍は米沢へと帰還した。の中で少しずつ何かが動き始めていたのを知っているのは、まだ政宗だけだった。