政宗たちと一緒にいるときは気分が変わる。小十郎や綱元とわいわいと話をしているとあの光景を思い出さなくてすむ。戦が終わった翌日の死体が積み重なったあの光景、腕や足を失った兵士たちの姿、血まみれになった兵士、一人になった途端、自分を追いかけてくるような感覚にせりあがってくる気持ち悪さに口をふさぐ。そんなに八重は声をかけた。

さま、ご気分がすぐれないようでしたら横になられますか?よろしければお着物をおくつろぎください」
「あ・・・・うん・・・・・・」

生返事を返すに八重はてきぱきと働いて寝床を整えてしまうとの背後にまわり帯を緩めてやる。

「八重さん」
「はい?」
「何で・・・・・・何で私、生きてるんだろ・・・・・・」
「───────────さま?」
「私、何にもできないんだよ。『竜の巫女』って言われても政宗さんや小十郎さんのように強いわけじゃないし、綱元さんみたいに政治ができるわけじゃない」
さま、戦から戻られてお疲れになられているだけです。どうかお休みください」
「───────────うん」

着物を脱がせて楽な恰好にして寝床に追いやられると、はすぐに目を閉じて寝入ってしまっていた。そんな彼女の寝顔にふぅ、と息を吐いて八重は立ち上がった。


八重が向かったのは愛姫の部屋だった。この時間、愛姫は毎日祈りをささげていた。愛姫は敬虔な仏教徒であるから、毎日祈りを捧げ、写経も欠かさない。それに付き合っている喜多を呼び出してから、政宗が執務を執っている部屋に向かう。八重は邪魔をしたことを詫びると小十郎を呼び出してそっと耳打ちする。軽く眉を上げただけの小十郎だが、小さく頷いて政宗に席を外す旨を告げて立ち上がる。政宗の剣呑な視線を頭を下げるだけで躱して誰もいない部屋へと二人を招き入れると、先ほどのの会話を告げる。喜多は思わず息を飲み込んだが、小十郎は軽く頭を振っただけだった。

「放っておけ」
「片倉さま、それは───────────」
「俺たちができることなんかねぇ。これはが自分で克服しなきゃならねぇことだ」
「しかし!」
「そんなことでいちいち呼び出すな。それでがつぶれるのなら所詮それだけの人間だったってことだ」
「確かに、小十郎の言うとおりかもしれません。ですが、言い方というものがあるでしょう。まったく、殿方というのはこれだから」

バサリと斬り捨てる小十郎に喜多はあきれたような声で弟を睨む。その視線にふい、と顔をそむけた小十郎に八重は祈るような気持ちで喜多を見つめる。

「あなたは殿がお部屋にこもられているときも同じことを言っていましたね、まったく成長のない・・・・・」
「姉上」
「八重、後でさまのところにお伺いいたします。さまが目を覚まされたら使いを寄越してください」
「かしこまりました」
「小十郎、お前も同席なさい」
「いや、しかし姉上───────────」
「お前のことだから戦場でさまに何か無体なことを申し上げてるのでしょう。厳しくするばかりが良いわけではありませんよ。いいですね」
「───────────は」

姉弟の会話をじっと聞いていた八重に喜多が「お任せなさい」とにこりと笑って下がらせると、さっさと執務室に戻ろうとする小十郎を呼び止める。

「小十郎。待ちなさい。さまに何を申し上げたのか、この姉にちゃんと言いなさい」
「姉上」
「言えないことですか?」
「そうではありませんが」
「でしたら答えなさい。さまに何を申し上げたのです?」

譲らない姉に、小十郎はひとつ溜息をもらすと戦場でのやりとりを告げた。黙って聞いていた喜多があきれたような視線を送ってくるのに、小十郎はそそくさとその場を逃げ出した。


 が目を覚ました時、周囲は完全に暗くなっていた。灯のない部屋でじっとしていると少しずつ目が慣れてくる。ゆっくりと起き上がるとほぼ同時にふすまが開いてまるで起きるのを待っているようなタイミングで八重が姿を見せた。手燭の明かりを部屋のろうそくに移すと、明るくなった部屋で八重が羽織を背にかけた。

「よくお休みになられてましたね」
「八重さん、すみません」
「何を謝られるのですか。さまは立派にお役目を果たされてお疲れなんですわ。ゆっくりお休みされるのが今のさまのお役目です。それよりも、片倉さまと喜多さまがお目通りしたいとお申出ですが、お呼びしてよろしいですか?」
「うん。ちゃんと着替えた方がいいかな?」
「いえ、お休みだったのはご存じですからそれでよろしいかと。ではお呼びいたしますわ」

にこりと笑って部屋から一度退室していった八重と入れ替わりに喜多と小十郎が入ってくる。何となく気恥ずかしくなって顔を伏せると、喜多は手に持っていたお盆を置いてに差し出した。

「温まりますわ。どうぞ」

そう言って差し出されたのはお茶だった。ふわりといい香りが鼻腔をかすめ、両手で受け取ったに喜多は笑いかける。

さま、戦はいかがでした?」
「・・・・・・・うん・・・・・・・」
さまのご無事なご帰還に安堵いたしました。それは愛姫さまも八重も同じ気持ちです」
「うん・・・・・・・」
さまがいらっしゃったところでは、戦はないのでございますね?」
「・・・・・そう、だね。私の国ではなかったよ。戦争なんて60年以上も前のことだったし」
「まぁ、平和でしたのね」
「・・・・・・・・・・平和、かぁ・・・・うん。そう、だね」

確かにこの世界を考えると平和だったのだろう。ただ、怠惰で流されるだけの日々。あれを平和というのであればそうなのだろう。意識をかすめた迷いが苦笑させる。そんなの表情を見て喜多が顔を覗き込んでくる。

「何をお迷いですか?喜多にお話しください。すっきりいたしますわ。小十郎がまた無体なことを申し上げたのでしょう?」
「え・・・・と・・・・・・」

ちら、と渋面のままの小十郎を見上げて否定できずにいると、喜多は小さく頷いて口を開く。

「たくさんの兵が死にました」
「───────────うん」
「生きているのには、必ず理由があります。さまは『竜の巫女』として欠かせないお方です。さまがご無事でお戻りなのはその天のご意志に違いありません。生きている者には生きている者にしかできないことがあります。あまりお悩みなさいますな」
「私・・・・・死にたいって思ってた。死んだ方がいいって。やりたいこともないし、会社に行っても邪魔なだけだし、そもそも両親に捨てられた私が生きてちゃいけなかったんだってずっと思ってた。彼から逃げたかった。全部放り出して逃げ出したかった。楽になりたかった」
「───────────さま」
「だから、ここに来た時にやっと楽になれるって思ったの。でも、違った」
「ええ」
「辛い、よ・・・・・・何で私、生きてるのか、わからない」

ずっと考えていた。何故自分が生きているのか、ここで何をしているのか、わからないことだらけだ。優しい喜多の言葉につられるようにぽつりぽつりと話しだす。黙って聞いていた小十郎がぴくりと眉を上げるのすら気づかないままに。

「当たり前だ。バカ」
「小十郎!」
「生きている意味なんて分かってるヤツがいるか。だから皆懸命に生きるんだろうが。お前みたいなヤツは傲慢なだけだ。生きてることが当たり前だと思うな。明日には死ぬかもしれねぇ。この戦国を生き抜くってのは運だけじゃねぇ、死にたくねぇと皆努力してる。それを何だ、テメェは」
「小十郎!おやめなさい!」
「姉上、もう結構です。こんな傲慢なヤツが生きてる意味なんてねぇ。、いい加減覚悟を決めろや。お前がここで生きていくためには『竜の巫女』として生きるか、政宗さまのために奴隷になるか、選べ。お前の意志で」

ぐい、と襟をつかまれる。小十郎の燃える瞳には何も言えなかった。首を振る彼女と小十郎を交互に見やり、小十郎には咎める視線を送るが、は殻に閉じこもるように膝に顔をうずめる。

「選べないよ・・・・・・だって一緒にご飯食べてた兵士さんが死んで私が何で生きてるの?私が死んだ方が良かったって、何で思わないの?だって」
さま!理由なんてどうでもいいのです」
「え・・・・・・・」
「生きている理由なんて些細なことです。ただ、生きることに執着している人間の意志は強うございます。逆にさまがお嫌いなことは何ですか?」
「痛いの・・・・嫌だ」
「ええ」
「怖いのも、嫌だ」
「そうですわね。ではさまにできることは何ですか?」
「私に、できること・・・・・?」
「ええ。小さなことでも良いのです。私はさまにできることを一つ、知っております」
「え・・・・・?」
「お笑いください」
「喜多さん・・・・・?」
さまが笑顔をお見せになれば殿がお喜びになります。愛姫さまもお喜びになります。成実さまも綱元も、小十郎も、八重も私もさまの笑顔は好きでございます」
「───────────嘘、だよ」
「何故嘘だと思われますか?嘘なら愛姫さまはさまのお帰りをあれほどお待ちすることなどありません。八重もさまのお戻りを一日千秋の思いでお待ちしておりましたのに」
「・・・・・・・喜多さん・・・・・・」
「『竜の巫女』は伊達軍の皆を笑顔にすることもお仕事にございましょう?でしたらさまが笑顔になることからお始めください。それだけでよいのです」

笑う喜多に恐る恐る顔を上げる。本当にそれだけでいいのか、と問いかける瞳に喜多はにこりと笑ってみせた。

「ええ。落ち着いたら一つずつ、さまにできることを増やせばよいのです。それが懸命に生きることです。無駄にお考えになる必要はございませんわ」

そう告げる彼女に小さく頷いたの身体を喜多はそっと抱きしめて、彼女が顔を上げるまで側にいてやった。



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