〜現代リーマンパロ 小十郎〜
「じゃあ」
「ああ」
言葉少なに出て行った女を見送って、俺は大きく息を吐いた。また、だ。3か月。俺が女と付き合うと大体3か月で終わる。俺から好きだと思ったわけじゃねぇ。ただ、女からのアプローチが面倒なのと、そういう女たちは大抵政宗さまに直訴しやがる。俺に気があるが、どうやって伝えていいのかわからねぇ、と。政宗さまが面白がって俺に付き合え、と押し付けてくるのを断れずに付き合うが、3か月経った頃に女から別れを切り出されることが多い。まぁ、別に別れたからといって特に何があるわけではないが。
女で思い出した。初めて俺が欲しいと思った女。まだ俺も大学生の青いときだった。媚びることなく俺の側にいたただ一人の女。テメェの目標だけを見て、俺のことなど歯牙にもかけない女がいたとは思わなかった。、お前は今、どうしてる?
翌日。ここ数日何か考えておられた政宗さまだったが、何やら話がある、と俺を呼びだされた。
「小十郎、こことここを接収する」
そうおっしゃりながら書類を差し出される。それを受け取ってざっと目を通しながら俺の反応を待たれている政宗さまに顔を上げる。
「理由をお伺いしてよろしいか?」
「Ah、こっちは接収するだけでいい。業績はあまりよくねぇが、TOPが変わると劇的に変わるはずだ」
「左様ですな」
こういう時の政宗さまの勘は絶対外れねぇ。それはわかっている。書類を眺めながら俺はそれを確信する。珍しい業態の会社だった。確かにこれなら伊達に接収してスタッフを一新すれば変わるだろう。
「それから、こっちは社員全員が欲しい」
「社員、でございますか?」
「ああ。社長以下、一人残らずだ。別に珍しい会社じゃねぇようだが、ここは社員全員がいい仕事をする」
「───────────」
「この規模でこの売上が出せるということは社員のモチベーションが高いんだろうよ。それを引き出している社長以下、全員だ」
政宗さまの秘書が調べたのだろう。表向きに公表してある資料はよくそろっていた。だがそれはあくまでも『表向き』の情報だ。逆を返せば裏向きの情報は何一つ手に入っていないことになる。俺の部下はそういう仕事をこなす人間もそろっている。黙ったままの俺に政宗さまがしびれを切らしたように声を上げる。
「小十郎、お前なら出来んだろ?」
「───────────かしこまりました。しかしながら」
「Ah?」
「何も全員を引き抜く必要はないかと思います。この程度の仕事でしたら今のスタッフでも」
「そりゃ俺たちのスタッフだ。出来て当たり前だ。だが、こいつらは俺たちのスタッフじゃなくてもこのくらいはできるんだ。お前の下についたらもっと上に行くだろ」
にや、と笑いながら足を組む政宗さまに俺は答えないまま、もう一度資料に目を通す。スタッフはそれほど多くねぇ。これならそれほど時間はかからねぇだろう。俺はそう算段をして政宗さまに頭を下げた。
「かしこまりました」
「任せたぜ」
「は───────────」
俺が承諾したことでもう興味を失われたらしい。今度は違うことを始められた政宗さまに俺は自分の仕事をするため机へと戻ったのだった。
数日で俺の元へ再報告が上がってきた。吸収するだけの会社はいくつか指示を与え部下に任せたが、社員全員を接収したいという政宗さまの希望に沿った戦略が必要だったからだ。報告書には表には出てこない社員全員の名前だけでなく家族構成なども事細かに記載してあった。合併を申し入れた返答は予想通りだったが、俺はその社長の名前に目を止めた。俺にとって忘れられるはずねぇ名前だった。昔、俺が欲しいと思った、ただ一人の女の名前だった。ゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。餓鬼じゃあるまいし、俺は何をやってるんだ。だが同姓同名の人間だっているかもしれねぇ。俺は社長及び役員のさらなる詳細なデータを集めるように指示をして、背もたれに身体を預ける。
「、か」
苦い記憶と共に思い出す。何かの符牒か、これは。アイツと別れてから心惹かれる女に出会わなかった。まるで情熱すべてをアイツが持っていってしまったかのように。政宗さまや役員からは俺もいい加減身を固めろ、と口を酸っぱくして言われるが、正直面倒だというのが本音だ。別に女が嫌いなわけじゃねぇ。俺だって男だから女が欲しくなるときだってある。だがアイツ以外に別に特定の女を欲しいとは思わなかった。
もう一度書類に目を通す。やっぱり、アイツ、だ。スタッフの何人かも覚えのある名前だ。会社名は俺が知っている名前ではなかった。資料によると数年前に社名変更をしているようだった。旧社名に俺はためていた息を吐き出した。俺の仕事は政宗さまの望みをかなえることだけ。政宗さまが目を付けたのがの会社でよかったのか悪かったのか、それはわからねぇ。ただひとつ言えるのは、俺はきっとまたアイツに惹かれてしまう。アイツを欲しいと思ってしまう。あぁ、俺はお前のことをまだ好きでいたんだな。
こんな時に自分の気持ちに気付くなんて笑っちまう。なぁ、、今度お前に会ったら俺はきっとお前を諦められなくなる。いや、必ず俺のもんにしてみせるさ。覚悟してろよ。