〜八重〜

護りたい。


この方を、ずっと。


たとえ私の命と引き換えにしても。私はこの方のために生きて行こう。


 喜多さまから私に内々に話をいただいたのはさまがいらっしゃってすぐのことでした。最初は意外に思いました。何故私なのか、と。喜多さまはすでに殿の守役からは外れてはいましたが、城の奥を統括しておられました。私は喜多さまの右腕と呼ばれるほどの信任を得ていることが嬉しかったし、その信頼にお答えするのが私の役目だと思っていましたから、役目から外されることが少々不満でした。

「八重、明日からさま付の侍女として仕えなさい」

そう喜多さまは私におっしゃいました。断ることはできませんでした。喜多さまが私に是非にとおっしゃいましたから。喜多さまは私の育ての母でもあります。身寄りのない私を拾って育てていただき、教育も受けさせてもらえました。喜多さまがいらっしゃらなければ私は生きることすらできなかったに相違ありません。ですから私はしぶしぶさまにお仕えすることになったのです。


「ヨロシクオネガイシマス」

私の知らない響きでそうおっしゃったさまは私とほぼ同年でございました。それも喜多さまの心配りなのでしょう。ずっと先の時代から来られた、ということは嘘だと思いましたが、異国におられたのかもしれません。話されている言葉に入る南蛮語は殿のそれよりも難解で何度も聞き返したりしました。聞き返すことは恥ではないが、何度もそうすることは失礼だという風に今までは育っておりましたが、さまは私に対して怒るということをされません。それどころかよく「ありがとう」と感謝のお言葉を頂戴します。最初に聞いたとき、私はひどく驚きました。身分の高い武将たちは殿や片倉さま始め、私たち侍女がやることが当たり前だと思っておられますから、礼を言われた記憶などほとんどございませんし、私もそれが当たり前だと思っておりました。ですが、さまはいつも「ありがとう」とおっしゃいます。その言葉をいただけることが嬉しいと思います。そしてそれはさまご自身の内から自然に出る言葉だということにさらに驚きました。そんな方がいらっしゃること自体が驚きだったのです。

最初は役儀でお側にお仕えしておりましたが、いつの間にかさまの姉のように思うようになりました。この方をお護りしたい、そんな気持ちが芽生えていたのでございます。
そしてしばらくして、国境の小競り合いに殿の御出陣が決まりました。さまは『竜の巫女』として舞を舞われ、それを気に入った殿とともにご出陣なさいました。私は当然さまと共に出陣するものと思っておりましたのに、殿や片倉さまが頑なに私の従軍は認めてくださらなかったのです。喜多さまにお伺いしたところによりますと、今回は国境の小競り合いではございますが、女一人を守るのと、二人守るのでは一人の方が守りやすいとのことで私はついてゆくことができなかったのでございます。私だけでしたら喜多さま譲りの小太刀はそうそう一般兵には遅れを取りませぬ。ですがここは殿の申される通り、米沢で皆様をお待ちすることになったのです。ですが私はさまがお出かけになられたことに少なからず寂しいと思いました。さまの身の周りのお世話をすることはとても楽しかったからです。ひとつ終わると「ありがとう」、「八重さんも一緒にやろう」、いつもさまはそうおっしゃいます。最初は戸惑いましたが、『侍女』ではなく、『友』として接してくださるさまと一緒にいたいと思うようになりました。ですからひたすらさまのお帰りをお待ちしておりました。

お戻りになられたさまの変化は言うまでもございません。私たちの文字を解することもできなかったのですが、片倉さまの手ほどきで簡単なものならすぐに読めるようになられました。文字を読めないことは恥でも何でもございません。普通のことにございます。ですがそのようにお申し出になられたさまのお心映えに感心致しましたし、また読み書きには時間がかかるというのに、その習得される速さに驚かされました。そして時間が経ち、『竜の巫女』さまとして名を轟かされたさまの元に山のような求婚が参りました。当然ではございませんか。神通力をお持ちになり、お心も人一倍お優しいを求められるのは道理でございます。私が男でございましたら是非嫁御領に欲しいと思いますもの。ですが殿はを手放されるつもりはございませんでした。そしてさまは一人の男性を選ぶことになりました。


殿か、片倉さまか───────────。


 どちらを選ばれるにしても、私はずっとさまのお側にお仕えしたいと思います。あの方の優しい「ありがとう」をもっと聞きとうございます。そしてあの方の優しい心根と、笑顔を守りとうございます。さまにとっては大きな決断となることでしょう。そして私にとっても。どちらを選ばれるにせよ、私はきっとさま付から外されることになると思います。殿をお選びになれば、殿のご側室におなり遊ばされます。ご側室ともなりますと、武家の姫の教養を覚えていただかねばなりません。私は実務に対してはいろいろ存知ておりますが、そういった教養からは無縁でございます。片倉さまをお選びになられれば、片倉さまと共にお屋敷を移られるのでしょう。米沢城を出ることができないこの身はどうしようもありません。喜多さまにはさまにお仕えしたいとお伝えしておりますが、あまり良い顔はなさいませんでした。当然でしょう。私は喜多さまの右腕となるべき人間。あくまでも『侍女』でなければなりません。ですが私は一生さまにお仕えしたいと思います。私の命をかけても、あの方をお護りしとうございます。どうか、どうか。さまから離されることがありませんように。



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