〜現代パロ 小十郎〜
『スカイツリー貸切ツアー』会社のPCにそんなメールが入ってきた。どうせ迷惑メールか何かだろうと思って削除しようとして・・・・差出人を見て手を止める。差出人「M-date」。そう、社長からのメールだった。ちら、と顔を上げればにやにやと笑う社長がこちらを伺っているし、小十郎はすでに知っているのかわからないけど、いつも通りの渋面のまま。私の視線を感じたのか、社長は軽く顎を引いた。
「Hey、、アンタにとっときのプランのメール送ったからな」
「───────────何の冗談ですか」
ほら、さっさと見ろ、とばかりの態度に私は苦い息を吐き出した。見ろ、と言うことはすぐに返答をしろということなのだ、ということぐらい付き合いの短い私でもわかる。だけど今は仕事の時間だ。件名からしてどうせ休日の遊びだろうと想像がつくから、私は軽く肩をすくめてみせる。
「おい何だよその態度は」
「社長、仕事中です。終業後に確認させていただきます」
「Ah?何言ってやがる。仕事だ。さっさと見ろ」
それなら別にメールで送りつけなくても同じ部屋にいるのだからプリントアウトして渡してくれればいいのに、と思いながらも大きく息をつくと、社長がやれやれとばかりに手を振った。
「ったく女が大きなため息なんかつくんじゃねぇよ。俗に幸せが逃げるって言うだろ」
「社長がそのような迷信をお信じになられるとは思いませんでしたが」
「迷信だと?」
「それに、女だから、という理由ではセクハラです。やめていただけますか」
もう一度聞えよがしにため息をつきながら仕方ないとメールを開く。多分社長には開いたかどうか受信確認が飛ぶんだろうから、ここで押し問答をしている時間の方がもったいない。内容は、と言えば先日オープンしたばかりのスカイツリーを半日貸切にして、お得意様を接待しろ、ということらしい。スカイツリーの貸切など一体どうやったらできるのかと呆れてしまうけど、ざっと目を通してみる。社長の企画だからただ騒ぎたいだけかと思ったけど、意外に場所の設定以外は普通なのに驚いた。接待にかかる時間もそれほど長い時間じゃない。場所が場所だけに着席ではなく立食になるのはまぁ仕方ないのかもしれないけど、招待客のセレクトも悪くない。すでに貸切の手配まで終わっているから、あとは料理のセレクトと招待客への手配だけ。ここまでくれば社長が自分でやるか小十郎にやらせればいいのに、と思いながらじっと私を伺っている社長に顔を上げる。
「かしこまりました」
「Okey。頼む」
「はい」
私が了承したことで社長はもう興味を失ってしまったらしい。いつもながらの変わり身の早さに呆れながらも、私は急いで準備を始めたのだった。
およそ1か月後のイベント当日。スカイツリーの展望デッキで思わず感嘆の溜息をもらした。眼下に広がる景色がこの世のものとは思えない。何もかもがミニチュアのようで少し遠い所に視線を合わせているだけなのに、自然に膝が震えてくる。こんな場所に立っていること自体に身体が拒否反応を起こしているのかもしれない。それもこれも私は高いところがあまり得意ではない。すくむ足を叱咤しながらお客様の導線の邪魔にならないように用意した料理のレイアウトなどを確認してゆく。受付は下で美緒たちが受け持ってくれているし、さっき『準備完了』のメールが届いているから安心していられる。後はお客様の来訪を待つだけだ。時計を見れば30分前。ちょうどいい時間に準備が終わったことにほっとする。その間に最終確認をしてメイクを直して展望デッキに戻ると、社長や小十郎それに成実さんの三人が上がって来ていた。
「わー、いい景色!」
エレベーターから降りて窓に駆け寄ってくる成実さんに、軽く口笛を吹く社長と、軽く口元をゆるませるだけの小十郎、三者三様の反応に思わず噴き出した。見事にバラバラの反応を示す三人に感心してしまう。小十郎は私が用意した料理やお客様が通る導線を確認してから私の隣で足を止めた。
「さすがだな」
「あら、あなたから褒められると何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまいそうになるわね」
「アァ?俺は仕事をちゃんとやる人間を褒められねぇほど狭量じゃねぇ」
「ま、そういうことにしておくわ」
軽く肩をすくめるだけにして会話を打ち切ると、腕時計で時間を確認する。そろそろ10分前を切っているから、お客様が到着される時刻だ。話を続ける社長と成実さんには申し訳ないが、お二人にはお客様の相手をしてもらう重要な役目がある。だけど───────────、窓ぎりぎりまで寄ってへばりつくように下を覗き込んでいる成実さんと、それに付き合っている社長の元に行くのには高所恐怖症の私には非常に勇気がいる。ごくり、と唾を飲み込んでゆっくりと二人の背後に向かって歩き出す。
「社長、成実さん、そろそろお時間です。ご準備を」
ちょうど窓と壁の半分の距離で私の足はピタリと止まる。これ以上は正直無理だ。そう思ったから、そこから声をかけたけど、話に夢中の成実さんには聞こえていないらしい。当然社長にも私の声は聞こえていないらしくて、こっちに気付いてもくれないらしい。勇気を出して、もう少し・・・・・と思った瞬間にくらりと視界が回る。視界に入ってくる景色が頭でぐるぐるとまわっているような錯覚。ほんの一瞬だったはずなのに、私は目を閉じていたらしい。気付いた時には、何故か小十郎に抱きかかえられていて、私は思わず大きな悲鳴を上げた。
けたたましい悲鳴に小十郎は眉を寄せ、社長と成実さんも驚いて駆け寄ってくる。
「、どうした?」
「ちょっ・・・・・大丈夫!?」
「大事ございません。少し目を回したようですから」
「すみません、大丈夫、です・・・・・」
しまった、と思ったけどもう後の祭りだった。思わず貧血を起こしてしまった私を助けてくれたのは多分小十郎だ。それなのに抱きかかえられているこの状況に恥ずかしさがこみあげてくる。慌てて起き上がろうとするけど、まだ身体が言うことをきいてくれないようで、社長が素早く私の額に手を乗せて目蓋まで覆ってしまう。無骨な男性の手だけど社長の体温に少しほっとしてしまう。
「大丈夫じゃねぇだろ。少し目を閉じてろ。それだけで楽になる」
「申し訳ありません」
「、お前貧血でもあるのか?」
「・・・・・・・・少し。社長、本当にもう大丈夫です。ありがとうございます」
そうしているうちに時間は刻一刻と迫ってきているから、私はもう一度社長にお礼を言って身を起こす。心配そうに覗き込んでくる成実さんに小さく笑いかけて立ち上がろうとするのを小十郎に支えられる。力強い手と支えてくれる身体に古い記憶が蘇ってくる。彼はこうやって私を抱きしめるのが好きだった。だけど、今はもう過去の話だ。そうやって小十郎が私を支えているから、成実さんと社長は軽く肩をすくめてさっさと決められた位置へと歩き出している。それを目の端に捕えながら私は小十郎を振り返る。
「専務、もう大丈夫ですから。悲鳴など上げてしまって申し訳ありません」
「、貧血じゃねぇだろ」
「───────────」
「怖いんだろうが、高いとこが。ったく、無茶しやがって」
「大丈夫よ。さっきはちょっとくらっとしただけ。本当よ。だから」
「強がるんじゃねぇ。今だって膝が笑ってんじゃねぇか。政宗さまと成実さまにバラされたくなけりゃ黙ってろ」
耳元でささやかれる言葉に、私は彼を睨みつけることしかできなかった。実際に眼下に広がるパノラマは私にとっては綺麗でも何でもない。ただ恐怖の対象だし、膝ががくがくいっているのも事実。だけど抱きしめられたままでは仕事などできるはずもない。勿論それを汲んでくれたのか、小十郎は私をエスコートするように腕を差し出してきて、私はしぶしぶそれにつかまることにした。
その翌日からしばらくの間、にやにやと笑う社長に小十郎とのことをさんざんからかわれたのは予想の範疇だったけど、成実さんまでがそれに加わってしまったのに私はその噂を撤回すべきか、高所恐怖症なのを公開するべきなのか、まだ悩んでいる。