〜小十郎ルート 政宗〜
俺は沢山の間違いを犯してきた。小手森の撫で斬りもそうだ、母の追放もそうかもしれねぇ。だが、俺が一番後悔してんのは小十郎に無理矢理妻を娶らせたことだ。俺は元服をし、愛を娶り、一人前の大人のつもりだった。俺が妻を娶ったんだから、執政の小十郎が独り身な訳にゃいかねぇとか言って、しぶるアイツに蔦を娶らせた。俺の執政となることは決まっていたものの、小十郎の身分を引き上げてやることも忘れていた。
アイツの家に釣り合う相手として白羽の矢を立てたのが蔦だった。だが蔦は心底小十郎を嫌っていた。いや、小十郎をじゃねぇ。武将という者が嫌いだった。今の俺にはそれがわかる。だがあの時はそれが最善だったと思った。だからアイツに娶らせた。結果は俺も想像できなかった。小十郎の子を懐妊した蔦がその子を忌むようになり、男だったら殺せという小十郎の言葉に狂ってしまい、蔦は首を吊った。蔦を殺したのは俺だ。俺の身勝手が蔦を殺し、その蔦を未だ許すことさえできない小十郎の心に一生忘れられねぇ傷をつけた。
その罪はいつか償わなきゃならねぇ。それが今、なのか。
俺はに惹かれている。を手に入れたいと思っている。だが、小十郎の顔を見た時にわかった。小十郎もに惚れてることを。その想いは俺のそれと同じだ、と。だから俺は───────────を諦めることを選んだ。小十郎ならをきっと幸せにしてやれる。理屈じゃねぇ。勘だ。俺の半身でもある小十郎なら、俺の想いの半分を持って行けるだろう。
「テメエをどう思ってやがる?」
その問いに小十郎は答えなかった。だが俺の前で答えられねぇことがすでに答えだ。俺に逆らってでもを手に入れたい、それほどの欲を腹ん中に隠してるんだろうが。思わず怒鳴りつけてしまいたい衝動に駆られるが、俺を気ぜわしげに見てる喜多の視線でそれを飲み込んだ。喜多にゃ俺や小十郎が何を考えているのかお見通しらしい。怒鳴りつけたい衝動をゆっくりと押さえつけるように息を吐いてから小十郎と喜多以外を退出させる。
喜多と小十郎、俺の三人になって小十郎に口を割らせると、それは俺の予想通りだった。
「を、憎からず思っております」
一番聞きたくない言葉だった。俺の耳慣れた声で、あくまでも冷静なふりをしやがって。息が止まるかと思った。まさか半身と決めたコイツと好きな女も一緒になるなど、考えたこともねぇ。手放したくねぇ。を俺のものにしてぇと思う。だが俺は心と裏腹の言葉を吐いた。
「俺はお前と違って女には不自由してねえからな。お前が望むなら譲ってやるぜ。但し、俺はすんなり諦めてやる気はねえぜ。蔦のようにあいつを泣かせたら次は承知しねえ。五体切り刻んで川に流してやる。いくら小十郎でも容赦はしねぇぞ。俺が惚れたオンナを横取りするんだ。それぐらいの覚悟はあるんだろうな?」」
そう言う俺に小十郎は微塵も迷わなかった。いや、小十郎は最初から答えを決めていたのだ。もし俺が強権を発揮して、最初からを欲していれば身を引いたに違いない。だがコイツの欲を表に出させたのは俺だ。
「・・・・・・・小十郎の一世一代の願いでございます。を・・・いえ『竜の巫女』さまをこの小十郎の妻にくださいませ」
ドクン、ドクンと心の臓が嫌な音を立てやがる。そうか、これが『失恋』っていうヤツか。頭の一部で残っている冷静な俺がそう告げる。だがわかっていた。これは俺が受けるべき罰だ。ゆっくりと息を吸い込む。ああ、大丈夫だ。俺はまだ息ができる。小十郎の主である資格がまだ残っている。俺が小十郎に対してしたことの償いを今、しなければならねぇ。
「小十郎、覚悟が決まったんならココにいねえで行くトコがあんだろ」
だが、やべぇ。これ以上小十郎を側に寄せると俺はコイツに当り散らしかねねぇ。刀を抜いて小十郎を斬ってしまいかねねぇ。何もかもを知って甘えさせてくれる小十郎だからこそ、いつもの甘えが首をもたげる。さっさと退出しやがれとしっしっと追い払うようにすれば、小十郎は頭を下げて出て行った。
良かった。俺はちゃんと償えただろうか。これで良かったのだ。蔦を娶せたことで小十郎が負った痛みを俺も負わなければならねぇ。これがその痛みだ。別にけがをしたわけでもねぇのに心が痛ぇ。じくじくと痛みやがる。痛みには慣れてるはずだというのに、痛くて痛くてたまらねぇ。
「殿・・・・いえ、梵天丸さま。お泣きください。今だけはこの喜多は乳母に戻ります」
「喜多・・・あんま、俺に優しくすんじゃねえよ」
そんな俺を喜多の体温が包む。ぽろり、と涙がこぼれだしたのがわかる。喜多にも見られないように顔を隠して胸に顔を擦り付ける。懐かしい。幼い頃の俺はよくこうやって喜多に甘えていた。母の愛情を失ってからは喜多が母代りになってくれた。優しい声、背中を撫でる手が思い出を刺激する。気が付けば俺は喜多にすがりついて泣いていた。涙が枯れるまでずっと。そして喜多は何も言わずに抱きしめてくれていた。
「喜多」
「何でしょう?梵天丸さま」
「小十郎とのこと、頼む」
「はい」
「それから───────────」
「わかっております。梵天丸さまはひとつ成長されました」
「───────────?」
「恋を失うことは人を成長させると申します。ですから梵天丸さまはひとつ、大きくなられました。どうか今日の痛みはお忘れなさいますな」
「・・・・・・・・・喜多にもそんなことがあったのか?」
「ええ。無論にございます。ですから私は梵天丸さまのお側でこうやってお支えしております」
そん時の喜多の顔は忘れられねえ。きっと今の俺とおんなじ顔をしてたと思う。俺たちは同じ痛みを知っている。そしてやっと俺は笑うことができた。
「喜多」
「はい」
「いつまで俺を梵天丸って呼ぶんだよ。俺は藤次郎政宗、伊達家の棟梁だ」
「───────────はい。わが殿」
その喜多の甘い声は、すとんと俺の胸に落ちて消えていった。そして俺はその時、をきっぱりと諦めることができた。俺は俺でこんな風に心を動かすことのできる女を探さなきゃならねぇ。いつか俺のためにすべてをかけてくれる女を。いつになるかはわからねぇがその時に目いっぱい小十郎に自慢してやろう。俺の選んだ女をアイツら夫婦に見せびらかしてやるためにな。