宴が終わり、夜になるとあれだけ賑やかだった屋敷に静寂が訪れる。宴用の化粧を落とし、湯浴みを済ませると、は小十郎の待つ部屋へと誘われる。白い襦袢の下は腰巻だけ。本当に小十郎の妻になるんだ、と今更胸がドキドキと早鐘を打ち始める。祝言までの毎日が怒涛の日々だったから、こんな風にゆっくり考えている時間もなかった。八重に先導されて小十郎の部屋へと通されると、こちらも白い着物を身につけて用意されているお茶をゆっくりと楽しんでいた。と同じく薄い生地に小十郎の鍛え上げられた身体のラインがしっかりとわかる。男らしいそれに思わずごくり、と喉がなった。彼は自分を待つ間、どうやら酒ではなく茶を所望していたらしい。酒は先ほどの祝言でさんざん飲まされていたから、酔い覚ましのためもあるのかもしれない。八重も下がり二人きりになってしまうと、目の前に座ったまま緊張しているに小十郎は小さく笑う。

「飲むか?」
「あ、うん、ありがと」
「それとも酒の方がいいか?」
「お茶で、いいよ」
「そうか」

そういいながらの湯のみに茶を注ぎ彼女の前に置いてやる。こくり、と喉を鳴らしてから、湯呑を手に取ると喉が渇いていたのだろう。コクコクと飲み干したにおかわりをついでやると、きは小さく息を吐き出した。

「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう小十郎さん」
「いや、考えてみればお前はこちらの祝言がどんなものか知らねえんだったな。疲れたんじゃねぇのか?」
「疲れてないとは言わないけどね・・・・・・小十郎さん、ありがと。少し落ち着いた」
「ああ」

お茶の温かさと落ち着いた小十郎の声にほっと息をつく。そんなをじっと見つめていた小十郎が彼女を見やって口を開く。

、疲れたんなら今日はもう眠れ」
「え───────────?」

だが、その直後の小十郎の言葉には手を止めた。名実ともに彼の妻になる覚悟はできていたのに、当の本人からそんな言葉を聞くとは思わなかった。驚いたような顔になるに小十郎は苦笑して手を伸ばす。

「ひでぇ顔だな」
「小十郎さん?」
「寝不足って顔だ。いいから今日は眠れ。何もしねぇよ。だがお前の身体が元に戻ったら抱かせてくれ。俺も堅物じゃねぇからな。お前を抱きてぇ。だが今日はお前に負担をかけるだけだろうからな。お前を欲しいって思ってんのは忘れないでくれ」

伸ばされた手がそっとの頬を撫でる。大きく無骨な手だった。の知らない剣だこだらけで畑仕事を良くする男の手。ごつごつとした肌触りだが、その手が触れてくるのは自分だということに深い満足が湧き上がる。ああ、この人のことが好きなんだ、と今さらながらに自覚する。今までの恋愛とは違う、ゆっくりとした、二人ではぐくんでいく感情。今まで感じたことのない見知らぬそれだというのに手放したくない、彼が欲しい、という欲には触れられている手を自分の手でつかむ。

「ううん」
?」
「疲れてるけど、私、ちゃんと小十郎さんの妻になりたいの」
「───────────」

軽く眉を上げる小十郎が口を開く前には小さく首を振って口を開く。小十郎の手に触れたまま、自分の膝へ落とす。

「でもね、その前に聞いてほしいことがあるんだ」
「何だ?」
「あのね・・・・・・・私・・・・・・・」

自分から言い出したことなのに、いざ言葉に出そうとすると逡巡する。だが言わなければ始まらないし、彼にだけは知っておいて欲しかった。だから───────────袖を少しまくって細い腕を出す。無言のまま「何をするつもりだ」とばかりに視線だけで咎めてくる小十郎にその腕を差し出した。

「私の身体、痣だらけなの。前の男に何度も殴られたり蹴られたりしてたから、多分ずっと消えないの。ええと・・・・・・黙っててごめん」

差し出された腕にはぽつりぽつりと青黒くなってしまった痣の痕。それも一か所だけではなく二の腕から下だけでも数か所以上点在していて、腕を出したままうつむくに小十郎はあきれたような視線を隠さないまま、彼女の腕をとって袖を直してやる。

「阿呆」
「え・・・・・・・・・?」
「んなこととっくに知ってたさ」
「え───────────?」

にとっては一生の勇気を振り絞ったつもりだが、それはあっさりと小十郎に粉砕される。思わず顔を上げると、そこには心底あきれた、という表情を隠しもしないまま小十郎はを軽く小突く。

「俺がお前と祝言を挙げると決めた後に八重が教えてくれた。お前がそれをずっと気に病んでることぐらい八重にゃお見通しなんだよ。アイツは本当に優秀だからな。お前は着替える時ですら同性の八重に見られるのも嫌がるってな。だが着付ける時に肌が見えることもある。だがお前がずっと気にしてたみてぇだからな。俺と祝言を挙げてもお前は俺に身体を許さねぇかもしれねぇが、その覚悟はあるのか?とな。えらい剣幕だったぜ。ったく、八重のやつ、お前が本当に大切なんだな」
「八重さん───────────」
、別に俺はお前にどんな傷が残ってたって気にしねぇよ。俺が欲しいと思った女だからな。傷の一つでもある方がふさわしい。俺にだって傷は残ってる」

そして手に取ったままのの手を小十郎は自分の頬に当てた。そこにはくっきりと残る刀傷があり、触れるとまだ引き攣れた痕もあり、その感触に驚いて一瞬手を引っ込めようとしたが、はごく、と唾を飲み込んで今度はゆっくりとその傷跡をなぞる。

「小十郎さん───────────」
「何だ?」
「あと一つ、言っておきたいっていうか、知っておいて欲しいの」
「ああ?」
「小十郎さんにとっての一番って、政宗さんだよね?」
「───────────それは」
「隠さないでよ。それでいいの。小十郎さんは何も変わらなくていいよ。私はそんな小十郎さんだから一緒にいたいって思ったから。でもね、これだけは覚えていて。私にとっての一番は小十郎さんだから」
───────────」
「私は小十郎さんの妻だから、私の一番は小十郎さんなの。もし池で政宗さんと小十郎さんがおぼれててどちらか一人だけしか助けられないんだったら私は小十郎さんを選ぶ。政宗さんじゃない。あとで小十郎さんがどれだけ怒っても知らない。私は、小十郎さんだけを見てるから」

ありえないたとえ話だったが、小十郎は笑い出したいのをこらえて彼女の告白を聞いていた。もし自分なら───────────自分が政宗を助けて自分はに助けられる道を選ぶだろう。だがそれを言ってしまっては彼女を傷つけてしまうだろうから。頬を撫ぜる手が心地いいと思ってしまうのは自分はそれ以上に彼女を欲しているかもしれないと自嘲する。

「わかった」
「───────────うん」
「だが」
「え───────────?」
「俺はお前を守る。政宗さまとは違う形で、必ず」
「小十郎さん」
「だからお前は俺を頼れ。俺は二度は同じ間違いはしねぇよ。俺の妻はお前だけだ」

小十郎の言葉にこくりと頷くと、肩に手を回されて引き寄せられる。そして小十郎の腕の中にすっぽりと納まってしまうと、はぎゅっと小十郎の袖を握りしめた。

「小十郎さん、抱いて。私小十郎さんの奥さんになりたい」
「ああ───────────じゃ遠慮はいらねぇな」
「え───────────?きゃっ・・・・!?」

そのままいわゆるお姫様抱っこのような形で抱き上げられて布団へと運ばれる。不安定な体勢にぎゅっと小十郎の首にしがみつく。彼の首は太く、たくましい男のそれで、は小十郎の胸に頬を擦りつける。そのまま布団の上に下ろされて覆いかぶさってくる彼の首に手を回す。

「ええと・・・・・・優しく、してください」
「ああ」

ふわり、と優しい瞳で微笑まれては思わず小十郎から目が離せなくなった。初めて見る、小十郎の男としての欲を秘めた瞳。そこに映っているのは布団に転がった自分の顔で。自分を求める男の欲に揺れる彼の表情にはっとする。だがそれ以上に夫となるこれからずっと彼と二人で歩んでいくんだ、と決めた自分の選択に間違いはない。そう信じさせてくれる瞳にはゆっくりと瞳を閉じる。そして触れてくる小十郎の指に身を任せたのだった。



<Back>     <Next>