寺の裏口から出てゆっくりと歩く。前を歩く小十郎の背がわずかに緊張しているように見えるのはの気のせいではないと思う。虎哉は二人を裏口まで送ったところで小十郎に「ここからはお前たち二人の方がよかろう」と告げ、小十郎も「かたじけない」とだけ答えるのに、は首を傾げる。ここからさらに何があるのかと思うが、両脇には山林が広がっていて圧倒されるような心持になる。どのくらい歩いていたのかわからない。急に道幅が広がって山林の背が低くなってくるのを感じる。開けたところに出るのだろう、と思っていたが、そのとおりだった。ただそこは広場ではなく、石が積み上げてあった。にもわかった。ここは墓場なのだろうと。ただ、一基だけということは身分の高い人の墓なのかと思っていると、小十郎は懐から包みを広げて墓の前に置いた。それは確か、米沢城を出る前に喜多から預かってきた包みだった。

「小十郎さん、ここ───────────」
「ああ。輝宗さま───────────政宗さまのお父君が眠られている場所だ」
「そう、なの」

両ひざをついて頭を下げた小十郎に倣うように膝をつく。一度政宗の父である輝宗のことを聞いたことがある。その時にはうまくはぐらかされてしまったが、今なら聞けるかもしれない。そっと小十郎の顔を伺うが、彼はまっすぐに墓に向けられていた。

「輝宗さま、政宗さまは、まさに竜となられようとしておられます。次の戦に勝てば天下に討ってでることも叶いましょう。何卒お見守りください」

そういいながら頭を下げる小十郎に合わせるように小さく頭を下げた。それを言うためにわざわざ自分を連れてきたのか、とも思うが、小十郎の真意はよくわからない。それに、政宗以外に小十郎がこんな風に膝をつく相手がいるとは正直意外だった。生涯政宗だけに尽くし、刀にもその決意を掘り込むほどの決意を持っていることはわかっていた。だからこそ小十郎に惹かれたのだが、政宗と同じ、もしくはそれ以上の敬意を表す相手が他にいるとは。

がそんなことを考えているとは思っていないのだろう。小十郎は顔を上げるとゆっくりと口を開く。

「もう一つご報告がございます。私事ではございますが、妻を娶りました。『竜の巫女』と謳われるにございます。、ご挨拶申せ」
「え・・・・・あ・・・・・・あの・・・・・・といいます。その・・・・・・小十郎さんの妻、です」

挨拶しろと言われても輝宗という人のことは良く知らない。しどろもどろになって告げるに、小十郎は何も言わなかった。ただ、じっと墓石を見つめたまま輝宗に何かを告げているように見える。何故か邪魔をしてはいけないような気がして、も黙って墓石を見上げる。一体どんな人だったのだろう、と思う。あの政宗の父というだけで予想がつかない。政宗よりも破天荒な人だったのだろうか、これほどまでに小十郎が敬意を示す人に一度でいいから会ってみたかった。どのくらいそうしていたのかはわからない。顔を上げた小十郎がふっとの方を振り返る。


「何?」
「輝宗さまは俺を引き上げてくださった恩人なんだ」
「え───────────?」

小十郎の穏やかな表情には意外そうに目を見張る。こんな表情はあまり見たことがない。それもこれも輝宗の前だからなのかもしれないが、その表情に釘付けになる。

「俺の家が神職だってのは前に話しただろう」
「うん、それは聞いた」
「男の子を産めぬと離縁された母だからな、もう子はできねぇと思って片倉家に再嫁したんだがな、俺が産まれた」
「───────────?」

話の流れがよくわからない。そもそもの感覚からして男の子が産まれないだけで離婚など考えられないのだが、小十郎の昔語りを邪魔するつもりはない。軽く首を傾げただけで続きを促す。

「片倉家には前妻との間にすでに跡取りがいたから次男の俺は穀潰しでしかねぇ。一度は違う家の跡取りにと養子に出されたが、そこも男子が産まれて片倉家に戻された。姉上は俺をひとかどの武士として育つよう書や剣を教えてくれたが、俺は一生片倉家で生きながら死んでいるような生活はごめんだったからな。輝宗さまが神社においでになるのを見計らって賭けに出た」
「賭けって?」
「輝宗さまが道にお通りになられるのを見計らって笛を吹いた」
「笛?」
「ああ。笛だけは父からみっちり仕込まれていたからな。これで輝宗さまのお目に止まらなければ出奔も考えていた」

苦笑する小十郎の瞳が遠い過去を見つめる。その眼に映っているのは、まだ健在だったころの輝宗なのだろう。そしてあの運命の日。小十郎が吹いた笛の音で輝宗の足が止まる。そしてそのまま小姓として召し抱えられた。小十郎の人生初の賭けだった。何度も何度も夢を見た。ずっと冷や飯を食べていくあの生活から抜け出したかった。息が詰まる家から逃げ出したかった。今思えばまだ若かった自分のわずかな反抗心だったのかもしれない。

「それで、どうなったの?」
「ああ。俺の笛に足を止めてくださってな、遠藤さま───────────、輝宗さまの執政を務められていた遠藤元信さまの口添えもあって、輝宗さまの小姓としてお仕えすることになった」

結果は小十郎がここにいるということでわかりきっていたが、昔語りをする小十郎の話をもっと聞きたかった。彼はあまり過去を語らない。輿入れが決まった時、片倉家へ挨拶に行ったときも、妻となってからも、ほとんど彼の過去は知ることができなかった。自分の知らない小十郎の姿をもっと知りたいと思う。もっと彼に近づきたいと思う。これはきっと独占欲だ。それとはわかっていても彼のことをもっと知りたいという欲求が止められない。

「小姓としてお仕えしている間、輝宗さまは俺に様々なことを教えて下さった。兵法、政、剣、弓、槍に家中をまとめるとはどういうことか。政や外交もな。今の俺が在るのは輝宗さまのおかげだ」
「そう、なんだ」
「それだけじゃねぇ。俺を見込んで政宗さまの守役に抜擢もしていただいた。普通嫡男の守役はそれなりの身分の者から選ばれる。武士でもねぇ神官の息子が嫡男の守役になったのは前代未聞の椿事だっただろうが、輝宗さまは直々に俺に『政宗を頼む』とまでおっしゃってくださった。輝宗さまがいらっしゃらなければ俺は政宗さまに今のように執政としてお仕えすることができなかったかもしれねぇ」
「そっか。輝宗さん・・・・政宗さんのお父さんって小十郎さんの大恩人なんだね」
「そうだ」
「じゃ私もお礼言わなきゃ」
「礼?」
「うん。小十郎さんが政宗さんに仕えてなければ私は小十郎さんとこうやってることもなかったかもしれなかったんでしょ?それに───────────」

小十郎がいてくれなければ自分はもしかしたらここに来たときのまま、ずっと下を向いていることしかできなかったかもしれない。生きていることが苦しかったあの日のまま、戦で死んでいたかもしれない。もしくは政宗や成実に殺されていたかもしれない。小十郎がいてくれたから頑張ることができた。彼を支えに、自分も彼の支えになりたいと思う。それは自分にはとても難しいことかもしれないけれど。

「何だ?」
「ううん。何でもない」

言葉を切ったに小十郎が視線を向ける。妻をいたわるようなそれには小さく笑って首を振った。小十郎のことだ。自分の考えていることなどお見通しかもしれない。だが別に知られても構わないと思う。きっと「お前にゃ無理だろ」と突き放されるに決まっているだろうが。それでも、夢を見るのは自分の自由だから。口にしないまま墓石に目を向けて───────────は小さく首を傾げた。

「ねぇ、輝宗さんってどんな人だったの?」
「───────────そうだな。とても大きな度量の広い方だった。俺のこともそうだが、これと思った人材は身分を問わず登用してくださった。俺を政宗さまの守役に推挙してくださった遠藤さまは元修験者、綱元どののお父君の左月さまも元は無官だったがお二方とも輝宗さまのご裁断で伊達家を支えた重鎮になられた。それほど人の才を愛でられたお方だ」
「ふぅん・・・・・・あれ?政宗さんのお父さんってことは・・・・・まだ若い、よね?下手したら綱元さんと同じぐらいの年齢なんじゃ」

ふとした疑問だったのが、それを言った途端、小十郎の表情が変わる。今までは昔を懐かしむ穏やかな表情だったのだが、一瞬にしてが知る一番厳しい表情に変わった彼に地雷を踏んでしまったのかもしれない。思わず口を閉じて小十郎に向き直る。

「───────────
「・・・・・・・・・ごめん。聞いちゃいけなかったのかな」
「いや───────────、家中の者は皆知っていることだ。輝宗さまはご病気でご落命されたんじゃねぇ。俺が、いや、俺たちがこの手にかけた」
「え───────────」

瞬間、何を言っているのかわからなかった。真剣な表情の小十郎にからかわれたのかと思ったが、そんな冗談を言うような雰囲気でもない。

「当時、輝宗さまは家督を政宗さまにお譲りされて隠居の身であられた。政宗さまが畠山との戦の最中、畠山が和議を申し出ていた。政宗さまは条件をきっぱりとお断りになられたが、畠山は諦めなかった。輝宗さまにお目通りし、輝宗さまを人質にして要求を通すようにと言ってきたんだ」
「それって・・・・・!?」
「その日、俺は政宗さまと共に鷹狩に出ていた。慌てて駆け付けた時にはもう遅かった。畠山は輝宗さまに刀をつきつけ、川を渡らせるように要求してきた。川向うは畠山の領地だったからな。だが奴を帰してしまえば、元も子もなくなる。輝宗さまは人質に取られながら自分を殺せとおっしゃった」
「そんな・・・・・・・・」
「政宗さまの下知で輝宗さまを鉄砲で撃った。政宗さまも鉄砲を持っておられたから実際に誰の弾が当たったのかはわからねぇ。政宗さまかもしれねぇし、俺かもしれねぇ。だが輝宗さまを殺すつもりで撃ったのは事実だ。万が一政宗さまがご決断されなくても俺の独断で輝宗さまを撃っただろう。輝宗さまの名誉を守るためにはそれしかなかった」

淡々と語る小十郎をは呆然と見つめることしかできなかった。一体この男はどれほどの覚悟を持っているのだろう、と思う。自分を見出してくれた恩人を手にかけたのだ。悲しくないはずがない、苦しくないはずがない。それでも恩人の名誉を守るため手にかけることもいとわない。そしてその口ぶりからして、きっと政宗の心の中にある悲しみや苦しみも共有して、そしてそれを二人で乗り越えることを知っているのだ。だからこそ政宗がただ一人、自分の分身たる右目と認めているのだろう。その覚悟に目が離せなくなる。

「どうした?俺が怖いか?」

だがの視線に別のことを感じたのか、今度はじっとこちらを見つめてくる。そう告げられた言葉に何と返していいかわからずに口ごもってしまうが、やがてはゆっくりと口を開く。

「怖くないって言ったら、嘘だけど。私は人を殺したこともないし、殺したいとも思わないから」
「───────────だろうな」
「でも小十郎さんはいつだってその厳しさで私を導いてくれたんだよ。私、小十郎さんがいなかったらどうなっていたかわからないもん」
・・・・・・」
「あの、うまくは言えないけど、小十郎さんが疲れたらたまには甘えてくれてもいいんだよ。小十郎さんはいつも私を守ってくれてるし、政宗さんや奥州の為に毎日頑張ってくれてるのも知ってる。でもずっとそれじゃ疲れちゃうでしょ?だから、たまにはこうやって甘えてくれても、ね?」

小十郎の手を握って立ち上がる。何を、と告げようとする小十郎を制して、は彼の肩をゆっくりと抱きしめた。小十郎のことだから怒られるかもしれない、と思いもしたが、その反応はの予想外のものだった。に抱きしめられたことが余程驚いたのか、完全のそのまま硬直していたのだ。

「小十郎さんはよく頑張りました」

ほわりと香る香と、彼女の暖かい体温に包まれる感触に忌避するものではないと本能が告げる。それに───────────小十郎が自分から抱きしめることはあってもの方からねだることもあまりないし、彼女を抱いていても夫婦の営みが過ぎてしまったことを怒っている印象の方が多い。自分の欲に彼女を巻き込んでいるのだと思っていたが、いつの間にか守るだけだった異世界の女が自分の本当の妻になってくれたのだと実感してしまう。そう感じた途端、小十郎は思わず自分の顔を手で覆う。自分が思っていたよりも心のうちではずっとを必要としていることに気が付いたからだ。今はもう以前のように妻がいない生活が考えられなくなってしまっている。屋敷に戻ればがいて、自分に笑いかけてくれるのがどれほど幸せなことかを自覚してしまったのだ。家中では鬼の小十郎と言われる自分が、だ。もう情けないを通り越して自嘲することしかできなくなる。

「え、ええと・・・・・・小十郎さん?その反応だと逆に不安になるんだけど」

硬直していたかと思えば、突然手で顔を覆ってくつくつと笑い声を立てる小十郎の顔を恐る恐る覗き込む。途端、抱きしめている手をぐいとつかまれて今度は逆に小十郎に抱きしめられる形になる。唐突すぎて目をぱちくりさせるに小十郎はにや、と笑ってみせた。

「そうだな。たまにゃ甘えさせてもらうとするか」
「え・・・・?え・・・・・・!?」
「何だ、お前が自分で言い出したことだろうが。今更取り消すったって聞いてやれねぇぜ」
「取り消すつもりはない・・・・ケド」
「ならいいだろ。それよりもそろそろ戻るか。虎哉和尚がしびれを切らしてるかもしれねぇからな」
「あ・・・・・・うん」

何をされるのか、と見つめてくるに笑って立つように手を貸してやると、小十郎はもう一度輝宗の墓石に手を合わせる。本当は戦が始まる前、自分が戦死してもいいように永の暇乞いをするつもりだった。残された政宗とを守ってもらえますように、と。無論進んで死ぬつもりはないが、戦場で政宗の身代わりになれるのなら自分は喜んで死ぬだろう。いつもその覚悟を持って戦に臨んできた。今回もその覚悟で輝宗の墓前に挨拶に来たのだが、のおかげで生きて帰らねばと思えるようになった。その変化が吉と出るか凶とでるかはわからないが、少なくとも自分にとっては良い兆候なのだろう。

『輝宗さま、政宗さまにご加護をお与えください。そして、軟弱な小十郎をお許しください。今の小十郎には政宗さまだけでなく守りたい者もできました。お笑いくださって結構です。ですがこの小十郎、の為に何が何でも生きて戻ってくる覚悟にございます。何卒お見守りください』

最後に真剣な顔で手を合わせて立ち上がる。その時、小十郎の耳にはかすかに笑った輝宗の声を聴いた気がした。「ようやくお前も政宗以外に護る者を見つけたか。良い、存分に戦って来い」と。無論それは幻聴に違いないが、小十郎はようやく輝宗から赦されたように思う。そしてもう一度輝宗の墓石に丁寧に一礼したのだった。



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