城の広間にはすでに甲冑を身につけた武将たちが所狭しと並び政宗のお出ましを待っているようだった。その顔には今から出陣だという高揚が見て取れる。その彼らに挨拶だけを済ませ、小十郎はを伴って政宗の私室へと足を向けた。部屋に着くとちょうど政宗は愛姫や喜多に手伝わせながら甲冑を身につけている最中だった。部屋の中には二人だけではなく、数人の女中と共にこちらは完全武装している成実が胡坐をかいていた。
「政宗さま」
「小十郎か」
「は───────────」
膝をついた小十郎に倣うように腰を下ろす。入れ、とばかりに顎を引いた政宗に一礼をして中へ入ると、成実が二人連れで現れた小十郎とを見て面白そうに小さく笑う。
「遅かったな。景綱にしては表情が暗いが、お前でも新妻と別れるのが寂しいと見える」
「成実さんっ!」
にやにやと笑う成実に小十郎は無言のまま小さく頭を下げたのみだが、一瞬で顔を真っ赤にしたがかみつくのに成実だけでなく、政宗や愛姫まで笑みを漏らす。
「成の言うとおりだろうが、小十郎の仏頂面はいつものことだがな」
「まぁ、殿、お口の悪い。さまのお気持ちをお察しくださいませ。夫と離れたくないと思うのは妻として当然でございます。まして小十郎とは祝言を挙げてまだ半年程でございます。小十郎とて殿を差し置いてさまを妻にと言うた程です。離れたいと思う訳がございますまい」
「何だ、愛も俺と離れるのは寂しいとでも言うつもりか?」
「無論にございます」
冗談交じりの言葉に即答が返ってきて、政宗は軽く肩をすくめる。その表情には「藪蛇だ」と書いてあったが、懸命にも口には出さなかった。変わりに成実が「梵も愛姫も相変わらずだな」と苦笑していたが。
「遅参致しまして申し訳ございません」
「Ah?嫌味言うなよ、冗談だ。それよりも小十郎、本気でと別れんのは寂しいんじゃねぇのか」
「そうでございますな。この小十郎、政宗さまのご恩情にて三国一の花嫁を娶ることが出来ました故、寂しくない訳がございません」
「───────────ったく、いちいちノロケんなよ」
「政宗さまこそ、逐一小十郎をからかわれるとは、少々趣味が悪うございますな」
「・・・・・・・・・るせぇ」
にこりと笑いながらの反撃に思わず口ごもってしまうのは付き合いの長さか。そのやり取りにが思わず噴き出した。小十郎と祝言を挙げてからは政宗たちと過ごすことは少なくなり、こういったやり取りを聞くのも随分久しぶりだ。小十郎と二人で公の行事以外の私的な面会というものが極端に減ったせいかもしれない。いつもは傍若無人に見える政宗だが、小十郎には口で勝てた試しがないのはわかってはいるものの、やり込められる彼を見てしまうのはやはり特権なのかもしれない。だがが笑顔を見せたことにどこか張りつめていた部屋の空気がほどけるようで、愛姫は喜多とちらと視線を交わして頬を緩める。
「」
「何?」
「舞の準備は完璧だろうな?」
「え・・・・と・・・・多分・・・・・」
「Ah?」
「一応、小十郎さんの太鼓判はもらったから大丈夫・・・・・だと思う」
「随分心許ねぇ返事だな」
「だって舞の良し悪しってよくわからないんだもん。政宗さんの舞はすごいと思うけど、私は政宗さんみたいにはできないし・・・・・」
じろ、と政宗に睨まれて思わず言い訳を口にしてしまう。こうなることがわかっていたのなら、昔から日本舞踊を練習しておくんだった、と思っているのだが、正直今更言っても始まらない。唯一政宗たちの役に立っているという実感があるのはこの舞だけだから稽古は毎日欠かさずやっているし、八重はじめ、屋敷内の様々な者たちにも見てもらっているが、これが正解というものがないのが芸能だ。の舞もいいのか悪いのかは自分で判断がつかないのだが。こういうとき、録画用のDVDでもあればと思ってしまうが今はそれを言っても始まらない。
「大丈夫だ。自信を持て」
「うん、ありがと小十郎さん」
しどろもどろに告げるに助け舟を出したのはやはり小十郎だった。軽く手を握るように励まされるのに顔をほころばせる。そのやり取りは本当に仲睦まじい夫婦そのもので、愛姫と喜多は思わず笑みを漏らし、政宗は軽く肩をすくめ、成実はバカバカしいとばかりに両手を軽く上げる。
「あー、何かやってらんない」
「まったくだ」
「殿、動かないでくださいませ」
「Ah・・・・・Sorry」
甲冑を重ねるひもを結わえながら愛姫が政宗に告げる。部屋の中には数人の女中たちがいるというのに、彼女たちは愛姫の指示であれやこれやを運んでくるだけで、直接政宗の身に着けるのは愛姫と喜多の二人だ。重い甲冑は控えている小姓に持たせてはいるが、数人がかりで着付させている中心で両手を広げたままの政宗は大将の貫録で、は思わず感心したようにひとりごちる。
「何だかそうやってると、政宗さんって本当にお殿様なんだよね」
「Hum、俺に見惚れたか」
「・・・・・・・見惚れって・・・・あの・・・・鎧って政宗さんは自分で着ないの?」
「んな重いもん一人で着れるわけがねえだろ」
「え、そうなの?」
「当たり前だろ。そもそも鎧は独りで着られるようにゃできてねぇはずだ。小十郎だって誰かに手伝わせてんだろ」
「そうでございましょう。私共は戦の前には必ず殿のお手伝いをいたします。すべて殿を守る鎧でございます。無事にお戻りになられるようにと念を込めております」
「え───────────?」
何気ない一言だったのかもしれないが、ピタリと動きを止めたが愛姫と喜多を見る。その視線に愛姫は気付かないようだが、喜多が首を傾げる。
「さま?」
「あの・・・・・・・喜多さん、鎧って一人じゃ着られないんですよね?」
「ええ───────────さま、どうなさいました?」
「姉上」
何気ない一言だったのかもしれないが、小さく姉を叱咤した小十郎にようやく何かを感じたらしい。俯くに慌てて声をかける。
「ですがそれがすべてではございませぬ。逆に女々しいからと奥方であっても手を触れさせない者もいると聞き及びますから、どうかお気になさらないでくださいませ」
「でも私、小十郎さんの手伝いとかしてない・・・・・・。そんなことなら教えてくれても良かったのに。私だって小十郎さんの鎧の着付、手伝いたかったのに」
「お前は自分の支度があるだろうから声をかけなかっただけだ。気にしなくていい」
「でも・・・・・・・」
「、政宗さまと愛姫さまの御前だ。控えろ」
さらに言い募ろうとするを小十郎が眉を寄せながら止める。でもはその言葉に逆にカチンときた。手伝いたかったのに、と思う。愛姫が政宗を手伝っているように、自分だって小十郎の鎧を着るのを手伝いたかった。それは彼の身体を守ってくれる唯一のもので、無事に帰ってきてほしいと願うからこそ自分の手で彼に着せたかっただけなのに。
「おいテメェら、こんな時に夫婦喧嘩とは余裕だな」
「いえ、そのような」
「だって小十郎さんが」
「Ah・・・・・・犬も食わねぇってこーゆーことか。I see、I see」
頬を膨らませると、視線だけで咎める小十郎の二人を政宗はにやにやと笑いながら観察する。本当に夫婦喧嘩は犬も食わない、とはよく言ったものだと思う。それにしても───────────小十郎とが睦まじい夫婦になっているというのは喜多や綱元から聞いてはいたが、に会うたびに小十郎の妻の顔に変わっていくのに驚きを隠せない。最近は初めて会ったときのようなおどおどとした表情を見られなくなった。その代わりに屋敷を構える一家の主を支える妻の落ち着きと貫録を感じるようになってきた。小十郎に嫁いで一年も経たないというのにこの違いは何だろうと考える時がある。そしてやはり、は小十郎に嫁ぐべきだったのだ、という自分の判断を褒めてやりたいと思う。時々心にちくりという針でさすような痛みはまだ消えないけれど。
「小十郎」
「は───────────?」
「次からはにも手伝わせてやんな」
「は・・・・・それは・・・・・・まぁ・・・・・・」
口ごもる小十郎が政宗と、そして咎めるような視線を向けてくる愛姫や喜多、成実を見て諦めたように頷いた。政宗は口元だけでにやりと笑ってからふくれたままのに向き直る。
「、これでいいだろ」
「うん。ありがとう政宗さん」
「さぁ、できましてございます」
最後に愛姫が小手を政宗の腕に縛ってから喜多と他の女中や小姓たちは空いた風呂敷を下げて行った。一人残った愛姫は政宗の陣羽織を彼の肩に掛けてやる。そのいでたちはまさに大将のそれで、甲冑を身に着けただけなのに、今から戦に赴こうという覇気に身震いする。今までは顔を見て軽口を叩いていたけれど、軽々しく顔を上げられないほどの威圧に息をつく。そんなとは対照的に愛姫は政宗の全身を目に焼き付けるように眺めてから三つ指をついて夫を見上げる。
「殿、ご武運を」
「ああ。Thanks、愛」
「成実どの、小十郎、殿をお願い致します」
「ああ、任せとけ」
「無論」
言葉少なに答える成実と小十郎の言葉に頷くと、愛姫は俯いてしまったの手を取った。その手から伝わってくる震えには思わず顔を上げる。
「さま。祈りましょう。殿や皆が無事に戻ってくるように。『竜の巫女』の神通力をお貸しくださいませ」
「───────────うん」
不安に思っているのは自分だけではない。愛姫もこんなに震えているのに気丈に夫を送り出そうとしているという事実にはっとさせられる。彼らが戦に赴くように、留守を守る自分にもやらなければならないことが沢山ある。それは八重から口を酸っぱくして言われていた「女の役目」で、小十郎の妻としての自分しかできない役目でもある。
「小十郎さん、私、待ってるから。無事に戻ってきてね」
「ああ。必ず戻る」
「うん」
それなのに着付が手伝えないぐらいで文句を言っていた自分が恥ずかしくなる。恐る恐る見上げた先の小十郎もまた、政宗と同じように戦に赴く武将の顔に変わっていて、は彼を心配させないように笑顔を作ってみせたのだった。
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