祝言を十日後に控え、は正式に政宗の養女となった。実際にはの方が年齢が上ではあるから、変なの、と肩をすくめていたのだが。そして部屋を離れ養母となる愛姫の元へと去っていった彼女の姿が見れないことに小十郎は不機嫌の極みにあった。いつもなら城に上がれば婚約者でもある自分が部屋の前で通せんぼされることもなかったが、今回は違った。花嫁は祝言の準備があるから、と側に行こうとすればやんわりと断られる。それを命じているのが主君と姉という事実に小十郎は不機嫌さを発散させることもできず、憮然としたまま過ごしていった。そしてその日の昼過ぎ、政宗は今日はとの親子の契りを交わすという儀式のため政務から離れている。当然綱元と自分の元に上がってくる案件をさばいているうちに政宗の小姓が部屋へと入ってきた。

「失礼いたします。鬼庭さま、片倉さまへお客人でございます。客間へおいでいただきますよう」
「客?そんな予定はなかったはずだが」
「は・・・・・それが片倉さま存じ寄りの方とか。これをお見せするように、と」

そう言って大切そうに差し出されたものを見て、小十郎は思わず綱元と顔を見合わせた。紛うことなき本物の上杉家の家紋が入った印籠だった。

「わかった。すぐに行く。綱元どの」
「ああ。小十郎、殿には───────────」
「いえ、お客人がまずはお二人へ、と」
「そうか」

軽く頷いて「政宗さまには後程報告する」と綱元に告げる。やれやれ、と言いながら腰を上げる綱元だったがその瞳は笑ってもいない。二人して客間へと向かい、人払いを命じて二人きりで部屋へ入ると、そこには見覚えのある女性が座っていた。

「片倉どの、しばらく」
「ああ。かすが、お前も壮健で何よりだ。謙信公にはお変わりはないか?」

胸元をぎりぎりまで開き、全身ぴたりと身体に沿わせた忍び服。見るものによっては破廉恥だと言われそうなきわどいものだが、細身でスタイルの良い彼女にはよく似合っていた。小十郎とかすがは面識はあるがそれほど話をした記憶はない。だが小十郎は彼女が上杉謙信の懐刀であることを認めていたし、かすがもまた小十郎が竜の右目、政宗の腹心であると認識していた。

「綱元どの、こちらは上杉謙信公の懐刀のかすがだ。腕利きの忍びでもある」
「お初にお目にかかる。鬼庭綱元と申します」
「お噂はかねがね。独眼竜の政を支えておられるのは貴殿か」
「私はただ自分の役目をこなしているだけですよ。それよりもご用向きをお伺いしてもよろしいかな?謙信公の懐刀のかすがどのが直接出向かれるなど、普通の用件ではないのでしょう?」

にこりと笑いながら核心をつく綱元にかすがはわずかに眉を寄せて彼を見返した。あるいは内心油断できない相手と思ったのかもしれない。だが彼女はひた、と小十郎に瞳を当てると、すっと足元から書状を差し出した。

「これは?」
「伊達から我らに届いた書状だ」
「伊達から?」
「ああ。これを受け取ったのは私だ。竜の右目、望みは上杉の所領か?」

かすがの瞳がすぅっと細められる。忍び独特の人の命を図るような視線だが小十郎はそんなものに動揺もしなかった。かすがの手から受け取った書状に目を通し───────────、無言のまま綱元へ差し出した。

「返答はいかに?」
「謙信公にお詫びを申し上げて欲しい」
「───────────ではしかと先日の書状の返答を」
「『謙信公よりの『竜の巫女』へのお申し状、誠に忝い。ただ『竜の巫女』はこの伊達家にあってこそ。他家に出せる者ではない。まして『竜の巫女』はこの片倉小十郎の許嫁にて、お諦めいただきたい』」
「───────────右目、そなた許嫁がいるのか!?」
「ああ。政宗さまにもご許可をいただいている。十日後に祝言の日取りだ」
「───────────なるほど。よくわかった」
「すまん」
「謝る必要はない。確かに承った。それを聞かれてお怒りになるほど謙信さまはお心の狭い方ではない。右目の祝言にお祝いを申されるだろう」

わずかに緩んだかすがの表情に小十郎は生真面目に頭を下げた。

「かすが、すまねぇ。よく知らせてくれた。恩に着る」
「貸しにしておく。ほかでもない竜の右目に恩を売れるなどそうそうないからな」
「小十郎───────────」
「ああ」

男勝りの笑みを浮かべた彼女を綱元はじっと見つめて小十郎と視線を交わす。いよいよ来たか、という覚悟とひたひたとやってくる冷たい感覚。二重三重にかけた罠にようやく相手がかかったのだ。獰猛な笑みすら浮かべる小十郎を綱元は視線だけでたしなめる。手元に残る書状には上杉家から『竜の巫女』への求婚の返答だった。見るに堪えない嘲弄とともに、『巫女』を娶る代わりに上杉家の領地を差し出すようにとある。あまりと言えばあまりの内容によく彼女が激昂しなかったな、と他人事で考える。これで伊達家の中に敵に通じている人間がいることが判明した。何人いるかは今からの調査が必要だが、少なくとも一人は上杉家への書状を託した者たちの中にいる。

「貸しついでにひとつ頼まれて欲しい」
「何だ?」
「猿飛につなぎをつけてもらいたい」
「───────────」
「万が一武田に同じようなことが起こっているのであればそれ相応の対応を考えねばならん。頼めるか?」
「右目」
「何だ?」
「貴様、私と佐助が犬猿の仲なのを知っていて言うか」
「そうは見えねぇから頼んでいる。無理ならば仕方ねぇ。別の手段を講じるまでだ。俺はただ最善と思う方法を取っているだけだ」

一瞬無言になり、そのまま氷のような雰囲気を纏う彼女に淡々と告げる。綱元はそんな二人のやり取りを面白そうに眺めるだけにしていたが、これをどう政宗に報告するのか、と思う。彼らの主人はこういった影で策を巡らせることは必要悪であるとは認識し、小十郎や自分たちが巡らすそれを黙認してはいるが、主君個人の嗜好から言うと好きではない。それを誰よりも知っている小十郎がかすがからの申し状をどうするのかに興味があった。

「その代わり───────────謙信公が最上に対してことを起こすとき、伊達は謙信公に味方しよう」
「独眼竜の裁断なくお前の権限でそう言っていいのか?最上は独眼竜の母君がおられるのだろう」
「政宗さまはそのようなことにこだわられるお方ではない。それに、謙信公は理由のない戦はなされない。それはお前が一番よく知っていることだろう」

ひた、と彼女の瞳を見つめる小十郎の気迫にかすがが折れた。わかった、とだけ告げて立ち上がる。連絡は手の者を寄越す、とだけ告げて天井裏へと身を躍らせてそのまま姿を消した彼女に綱元は感心したように義弟を見返した。

「相変わらず見事なものだね」
「綱元どの」
「お前、謙信公が最上を攻めることはないと思っているだろう?謙信公の配下が事を起こすときは傍観するつもりだね。上杉、と言わなかったのはそのためだろう」
「謙信公の性分ならそうだろう。嘘は言ってねぇ。それに配下の者が勝手に小競り合いを起こすのまで面倒を見る必要もねぇ」
「まったく、軍師というものは優秀な詐欺師だといういい見本だな。それより───────────」
「ああ。武田はかすがに任せていればいい。後は」
「お前の読みが当たっているならば、豊臣は除外、残りは徳川、北条、長宗我部、毛利、島津か」
「恐らく徳川も外していいだろう。今の徳川は豊臣側だ。綱元どの、北条、長宗我部、毛利、島津に使者を」
「わかった」
「くれぐれも気取られないように頼む」
「当たり前だ。それより、殿への報告は」
「不要だ。まだ誰が裏切っているのか確証がねぇ」

予想はついていたが、断固とした義弟の言葉に綱元は大きく息を吐き出した。そして裏切り者が発覚すればそれを処断した後に報告するつもりなのだろう。彼らの死すら策に組み込んで。滅多に見せはしないが、小十郎のこんな闇の表情を見ることができるのは今は自分だけだ。闇の中に沈む昏い光を浮かべる瞳のどろどろとしたものに引きずられそうになる。だが彼はそれすら政宗のため、とたった一人引き受けてしまえるのだ。但し、今まではそれで良かったがはこんな小十郎を見れば何と言うだろうか。

「小十郎、わかっているだろうな。お前と祝言を挙げる、ということはを守るのはお前だ」
「───────────綱元どの?」
「お前がやろうとしていることは危険なことだと覚えておいた方がいい。もし私が敵の軍師ならば、殿やお前の弱点を狙ってくる。愛姫さまは殿のお側集の腕利きが守っているから大丈夫だと言えるが、はお前にしか守れない」
「わかっている」
「ならいい。何せは殿のご側室の座を蹴ってお前を選んだんだ。そんな奇特な女性を手放すんじゃない」
「───────────綱元どの、先ほどから聞いているとまるで俺がに対して放任しているようにしか聞こえないが」
「ああ、そう言っているからね。いいか小十郎、を手放したら殿だけではなく愛姫さまや義姉上、成実さまのお怒りも覚悟することだ。無論、私もお前を許さない。義兄弟の縁を切る。それは心得ておくといい」
「───────────まったく、俺はとんだ悪者扱いだな」
「それは今までのお前の素行のせいだろう」

あっさりとそう告げる綱元に抗議の声を上げようとすれば、義兄はさっさと立ち上がり、使者の選定をすると言って部屋を出ていった。異世界からの訪問者でありながらは随分皆に好かれているらしい。妻に娶る身としては嬉しいが、複雑な心境でもある。忙しくなりそうだ、と内心で溜息をついて、小十郎は政務を再開させるべく執務室に戻っていったのだった。



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