翌日の宴は盛大なものになった。武田家にとっても非常時以外で他国の大名を迎えることなど珍しいに違いない。信玄の下知の元、甲斐の主だった武将たちが集まってきていた。あまりの盛大さに政宗は軽く口笛を吹いて「やるなぁ」と言っていたが小十郎は渋面のまま。政宗に連れられて宴の席の彼の隣に侍らされたはあまりの事の重大さに目を白黒させることしかできなかったが。それに諸将が集まる夕方から始まった宴もかなりの時間が経っていた。
「政宗どのぉ、某、政宗どのを歓迎いたしますぞー!!」
「Ah、Thanks」
完全に酔っぱらった幸村が徳利を持って政宗の盃に注いでゆく。先ほどから繰り返されるそれに、政宗はやや面倒くさそうに対応しているが、注がれる酒を一気に飲み干していく。普段よりも早いペースで干しているから白皙の頬がうっすらと赤らんでいるのがわかる。大丈夫だろうか、と思いながらも幸村一人が相手なら大丈夫だろうと結論づける。ちらと小十郎を見やれば、こちらは幸村が政宗の前を占領して挨拶に来ることのできない武田の将兵たちの挨拶に余念がない。さすが竜の右目だけあってこういう場での如才なさに感心してしまう。は、と言えば政宗の隣に座らされているせいか、一人置いてきぼりになっているような状態で、用意された膳を少しずつ消化している状態だ。甲斐は山の国らしく、山の幸と川の幸をふんだんに使った膳はとても美味しいとは思ったが、一人がっつくわけにもいかず、ちびちびと口に運んでいる。
「『竜の巫女』、楽しんでおるか?」
「え・・・・・あ、はい」
突然声をかけられて顔を上げると、そこには信玄その人が座っていた。上座を離れるなど君主らしくない。少なくとも政宗はそう言って上座を離れることをしないから、まさか信玄その人が席を離れていることに驚いた顔になるに信玄はカカと笑って見せる。
「酒は進んでおらんようじゃな」
「あ・・・・いえ、その・・・・・・・あまり強くないものですから」
それは事実だが、それ以上に政宗からあまり飲むな、と釘をさされているだけにお酒よりも料理とばかりに手を伸ばしているのだが。
「それは残念じゃな。その分は独眼竜と右目が干しておる、と言う訳か」
「ええと・・・・・・・小十郎さんは確かにそうかもしれませんけど」
「右目はかなり強いらしいのぅ」
「みたい、ですね」
小十郎の表情だけを見ているとまったく変わらないが、間違いなく1升以上は飲んでいるだろう。奥州での宴会も小十郎がつぶれたのを見たことがないから、かなり強いのだろうとは思っていたが、顔色一つ変わらないのはさすがとしか言いようがない。
「おいおっさん、コイツいい加減何とかしてくれ」
「政宗どのぉぉぉ!某は・・・・・嬉しゅうござるぅぅぅ!」
あまりガマン強いとは言えない政宗が信玄の声を聞きつけてに密着するように膝を進めてくる。完全にぐでんぐでんに酔っぱらっているとわかる幸村の手から徳利をかすめ取っているあたりは抜け目のない政宗らしいが、追いかけてくる幸村に辟易したようだ。
「まぁそう言うでない。幸村とて、そなたがこの甲斐に来るのを指折り数えて待っておったのじゃからのぅ」
「Hum、女でもねぇのに気持ち悪ぃ」
「政宗さん!そんなこと言ったら失礼だよ!」
すみません、と頭を下げるに信玄は何も言わないまま目を細めながら、政宗の盃に酒を注ぎこむ。幸村には聞こえているのかいないのか、毒舌を吐く政宗の言葉にも動じる様子もない。
「、お前もお前だ。何で俺の心配より先に小十郎の心配をしやがるんだ」
「えぇ?だって政宗さんは隣にいるし、真田さんの相手してるだけだから大丈夫だと思うけど、その分小十郎さん大変そうだよ」
「Ah?アイツはそれが役目だろうが」
「何か最近、政宗さんって小十郎さんに対して冷たくない?」
「お前は小十郎に構いすぎだ。お前は俺だけを見てりゃいいんだよ」
「ひゃぁっ」
軽く頬をかすめる唇に思わず首を竦める。こんな場所で、とにらみつけようにもぐいと腰を抱きこまれて身動きが取れなくなる。そんな二人のじゃれあいに信玄は楽しげに笑ってみせた。
「成程のぅ。独眼竜が『竜の巫女』に骨抜きにされておるという噂は誠じゃったか。睦まじいのう」
「おっさん、俺の側室をやらしい目で見んな」
「ん?そのつもりはないわ。儂はもっとふくよかな女の方が好みじゃからな」
「だったらいい」
左手でを抱き、右手だけで器用に酒を飲み干した政宗が、今度は徳利を取って信玄の盃に注ぎ込む。それを豪快に流し込んだ信玄が返杯と繰り返してゆくのに、は抱きしめられたままどうにかして政宗の腕から逃げ出そうともがく。
「それにしても大胆なことをするのぅ。この時期に奥州を空けるなどよく右目が許したものじゃ」
「逆だろうが。今じゃねぇと奥州を離れられねぇ。まぁ後のことは小十郎が何とかすんだろ」
「じゃが、今この時に奥州を離れるだけの理由になるとは思わぬがな。それも側室を連れてとはのぅ」
「Hum───────────」
「まぁ詮索はすまい。殿、とか言ったか」
「は、はい」
「甲斐は良いところじゃ。独眼竜が何を考えておるか儂にもようわからんが、滞在している間不自由があればすぐに言うが良い」
「すみません、ありがとうございます。お世話になります」
政宗の腕が緩まったのを見て潜り抜けて丁寧に頭を下げるに、我関せずの態度の政宗。対照的な二人を信玄は興味深そうに見つめる。政宗の性格はある程度把握しているつもりだから腹も立たないが、『竜の巫女』でもあるはやはりどこにでもいる女に見える。酒を飲ませれば多少なりとも態度が変わるかと思っていたがそれもないらしい。それ以上に酒の力を借りているせいか、政宗の方が『竜の巫女』に傾倒しているのが顕著になっただけだ。ただ一つ信玄の心にかかっているのは、言葉を交わせば交わすほど自身の身分がわからないことだ。ある程度の身分の者であれば当然備えているはずの素養が見受けられないのだ。信玄の見るところ所作は農民以下、話している言葉やその内容は武家程度だが、政宗との会話の端々に驚くほど鋭いことを言うときがある。教養はそこそこあるようだが、正直独眼竜の眼鏡にかなった理由がよくわからないまま。そう、彼女は今まで自分が見てきたどの女性とも違うとしか言いようがないのだ。
「むぁさぁむぅねぇどぉのぉぉぉ」
「うわっ!」
その時だった。今まで半分眠っていた幸村ががばっと起き上がり、政宗の肩に抱き着いてきたのだ。政宗自身も完全に油断しきっていたらしい。突然のしかかられて慌てた声を上げる。だがそれだけではすまなかった。とっさに身をひるがえして幸村の腹に拳を一発。「ぐ」とうめき声を発して幸村はそのまま伸びてしまった。目の前で伸びてしまった幸村の顔を恐る恐る覗き込む。
「え、えーと、真田さん・・・・・・?」
「、ほっとけ」
「え・・・・・だって政宗さん」
「殿、構わんで良い。まったく不甲斐ない奴じゃ」
人ひとりが伸びているというのに笑い飛ばして二人は楽しそうに酒を酌み交わす。まだ飲むのか、と目を丸くするが、それ以上は何も言わない方がいいだろうと思い口を閉じる。それはどこか二人とも楽しそうな雰囲気があるからだった。確かに春のこの時期、ここで眠っていても風邪をひくこともないだろうが。
そしてその騒動を少し離れたところで見ていた小十郎が幸村の声を聞きつけて慌てて政宗の側に駆け寄ってきた。
「政宗さま、ご無事で」
「No problem」
血相を変えた小十郎に政宗は苦笑しながらひらひらと手を振ってみせ、はほっと胸をなでおろした。政宗自身がそういうのなら大丈夫なのだろう。それにとしては小十郎も心配だった。政宗がずっと幸村につきっきりだったから政宗へ挨拶に来るはずの武将たちの相手をずっとしていたから。
「おお右目、そなたも飲め」
「頂戴いたします」
そしてやってきた小十郎に盃を持たせ信玄が嬉しそうに注ぎ込む。それを一気で干した彼に信玄は目を細める。
「独眼竜といい、そなたといい、良い飲みっぷりじゃのぅ」
「恐れ入ります。信玄公、此度の件快くお引き受けいただき感謝いたします」
「礼を言わぬでもよいわ。武田とて伊達との同盟が強固になるのは望むところ。まして独眼竜本人が滞在するとなれば断ることもできぬ」
「───────────」
「そなたも奥州を離れ羽を伸ばしてゆるりとしてゆくがよい」
「忝く存じます」
丁寧に一礼した小十郎に頷くと信玄は軽く手を打って伸びてしまった幸村を部屋に運ぶように告げて立ち上がる。
「さて殿、明日からしばし幸村と佐助をつける。何かあれば二人に申しつけるがよい」
「は、はい。ありがとうございます」
「儂はそろそろ政務で外すが後は皆で存分に楽しむが良い」
信玄はそう告げるとそのまま部屋を出て行った。残された面々は無礼講だと騒ぎ始めるのに、小十郎は政宗に向き直る。
「政宗さま、我らも引き上げましょう」
「Ah、そうだな」
これ以上挨拶するところもない。顔見世の役目は果たしたとばかりにさっさと立ち上がった政宗に腕を引かれて立ち上がる。心得たように案内する侍女の先導で歩き出す。昨日は到着したのが遅い時間だったのもあって客間へと通されていたが、侍女が先導する場所は明らかに違う場所だ。どこに連れていかれるかと思っていたが、案内されたのは離れだった。離れとはいえ、完全に独立している屋敷のようなものだ。「何かございましたらこちらを鳴らしていただきましたらすぐに参ります」そう告げて鐘を置いて侍女は退出して行ったが、腰を落ち着けた政宗は軽く鼻を鳴らす。
「いい部屋だな」
「うん、そうだね。でもここ三人で使うには広いね」
小十郎は部屋を見て参りますとだけ告げて今は離れている。どう見ても離れには十近くの部屋が用意されていて、女中は最小限。身の回りの世話をする二人、それも信玄からかなり信頼の厚い者たちとわかる古参の女中たちだ。政宗は離れの一番広い部屋を謁見室として、その隣を政務のための部屋、私室との部屋、そして寝室を割り当てて、小十郎には謁見室の逆の部屋を与える。今は政宗の私室と決めた部屋で酔い覚ましのお茶を飲んでいた。女中は帰してしまっているので、と二人きりだ。
「普通だろ。武田のおっさんも気の利いたことをするな」
「そうなの?」
「屋敷の中だとどこに耳があるかわからねぇからな。ここなら近づいてくるヤツはすぐわかる」
「そ、そうなんだ」
にやと笑う顔はどこか油断のない仕草では相変わらずの彼に安心した。宴会では幸村がべったりとしていたからどこか不機嫌そうで、ようやくいつもの調子が戻ってきた彼に小さく笑う。その時だった。部屋の外から足音が響いてきて、政宗は視線だけを向ける。
「失礼」
「小十郎か」
「は」
「構わねぇ。入れ」
「は───────────」
丁寧に一礼して障子をあけた小十郎だったが、部屋には上がってこないまま、その場で頭を下げた。無礼ともいえる態度だが政宗は気にする様子もない。ちら、と小十郎を見やって声をかける。
「どうだった?」
「異常はないようです」
「そうか」
「寝室の用意が整っております。もう遅うございますからこれにて失礼致します」
「そうか」
「は、では、お休みなさいませ」
返事の代わりにひらりと手を振った政宗にもう一度頭を下げて障子を閉めて本当に退出していった。
「」
「え───────────?」
小十郎の足音が聞こえなくなった途端、ぐいと腕を引かれて政宗の胸に抱きとめられる。
「ここからは夫婦の時間だろ?」
「政宗さ・・・・・っ」
目を丸くするの唇を政宗の唇が塞ぐ。触れ合うだけではなく唇を割って政宗の舌がするりとの口中に入り込んでくる。舌先を触れ合わせるようなキスに頭がぼぅっとなってしまう。そして唇を離した政宗がとろんとした瞳で見上げてくるににや、と笑う。
「いいだろ?Honey」
そしてその笑みに勝てるわけもなかった。身を預けるようにすり寄ると、政宗はを抱いたまま寝室に消えたのだった。