目が覚めたのは陽の光のせいだった。うっすらと瞳を開くと、どうやら先に起きていたらしい政宗が目を細めて頬にキスを落とす。

「Good morning」
「お、おはようございます・・・・・・・」

触れ合う素肌に『あぁ、政宗さんに抱かれたんだ』と自覚してしまう。知らず頬が真っ赤に染まるに政宗はくつ、と笑ってわざとの腰を抱き寄せる。

「逃げんなよ」
「に、逃げてません・・・・・・ええと・・・・・・その・・・・・・」
、I love you」

もじもじと政宗の胸に顔をうずめるの耳朶にささやいてぱくりと耳たぶにかみついた。「ひゃう」と妙な声を上げる彼女に思わず噴き出した政宗はちら、と背後に視線をやる。

「ま、政宗さ・・・・・!」
「Ah・・・・・・時間切れだ」
「───────────え・・・・?」

抗議の声を上げるの唇を自分の唇で軽く塞いで起き上がれば、それに気付いたかのようにふすまの向こうから声がした。

「政宗さま」
「小十郎か」
「は───────────、間もなく朝議の時間でございます」
「All right。支度する。八重を呼べ」
「こちらに控えておりますが」
「入れ。小十郎、お前はそこで待て」
「かしこまりました」

政宗の声には慌てて布団の中へともぐりこむ。「政宗さん?」と彼を呼べば、政宗は転がっている夜着を適当に羽織ってしまうと、軽くキスをしてから部屋を出ていった。入れ替わりに入ってきた八重が散らばった夜着やぐちゃぐちゃの布団の部屋の惨状には触れずに布団にもぐりこんでいるに声をかけた。

さま」
「や、八重さん・・・・あの・・・・・その・・・・・・」
「お召替えください。お疲れでしょうからお部屋でお休みに───────────」
「あ、あの、八重さん、私愛姫に会いに行かなきゃ」
「かしこまりました。さま、後ろを向いておりますから襦袢をお召しください」

布団から顔だけを出したに八重は苦笑して告げた。いつものことながらは裸を見られることを非常に嫌がる。そう言って本当に背を向けた八重を確かめて、もそもそと布団から出て用意されている腰布と襦袢を纏い八重に手伝ってもらいながら小袖を着ると、八重はふすまを開けてを先導する。そして愛姫の部屋に着いて部屋へと入る。ちょうど愛姫は喜多の給仕で食事をしているところだった。邪魔をしたことを詫びるに愛姫はにこりと笑って首を振る。

「いいえ。さまならいつでも歓迎いたしますわ。よろしければご一緒に朝餉をいかがですか?」
「え・・・・あ・・・・・・うん・・・・・・」
「喜多」
「かしこまりました」

さすがに今切り出す話ではないだろう、とうつむいたの仕草を了解と取った愛姫が喜多を促して、八重と共に部屋を出ていった。独り食事を続けるのも味気ないと思ったのか愛姫が箸をおいて、立ったままのに小首をかしげる。

さま?どうなさいました?お座りください」
「愛姫───────────」
「はい?」
「私、愛姫に謝らなければならないの」
「私に、ですか?」
「うん。あのね───────────その・・・・・・・」

促されて愛姫の前に膝をついたの逡巡にぱちりぱちりと瞬きした愛姫がふと顔を上げる。

さま、もしや殿の」
「──────────うん。あの、ごめんなさい!!」
「何故お謝りになるのですか?愛は嬉しゅうございます。さまが奥州にお留まりになる決意を固めてくださったのですもの」

そう告げる愛姫の言葉に手を付いて頭を下げたが目を見張る。

「違うの!その・・・・・政宗さんと、その・・・・・・ええと・・・・・・その・・・・・」
さま?」
「あの、ね・・・・・・・・私、政宗さんの側室に、なったの・・・・・・」
「まぁ」
「愛姫、本当にごめんなさい!」

何と言えばいいか、と逡巡しながらも、結局それだけを告げて頭を下げた。だがの言葉に愛姫は軽く瞳を見開いてからくす、と笑う。

さま」
「は、はい───────────」
「愛は嬉しゅうございます」
「え───────────?」
「殿はさまをずっとお慕いしておられましたから」
「愛姫?」
「どうか殿をお願いいたします」
「どう、して・・・・・・?だって奥さんは愛姫じゃない!」
「名ばかりでございますわ。殿のお心は昔も今も私の元にはございません。ですが私は殿をお慕い申し上げております。殿のお望みがこの愛の望みでございますわ。それに、私も殿同様、さまのことを好いております。ですから、お謝りになりますな」

にこりと笑っての手を取る彼女に、は思わず絶句した。彼女はどれほどの覚悟で政宗の側にいるのか思い知らされたようで。最初からこうなることを予見していたような口ぶりに握られている手を握り返す。

「ごめん───────────」
さま」
「ううん。本当に、ごめん。愛姫、私も愛姫のこと、大好きだよ」
「はい」

そう言いながらも、どこか愛姫の声は寂しげに聞こえて、はぎゅっと握ったままの愛姫の手を額に押し当てるように頭を下げる。彼女を傷つけるつもりはなかった。でも、結果傷つけてしまった、そのことが心に痛い。でもそれをどこか諦めたような愛姫にはぎゅっと抱きついた。突然のことに驚いた愛姫だが、そっとの身体を抱きしめた。まるで傷を舐めあうように。そして愛姫が呟いた「ありがとうございます」という言葉に返す言葉が見つからなかった。



 朝議で政宗は家臣たちに『竜の巫女』であるを側室に迎えた旨を全員に宣言した。だが『竜の巫女』の役目は彼女に残したまま、以前のとおり『巫女』としての役目を継続させる、という触れのおまけつきだ。通常側室ともなれば奥に一室を与えられ、それがどれだけ政宗の寝所に近いかで寵を競うものだが、は例外として奥へは部屋を用意せず、今までと同じ部屋で過ごすこととした。それは彼女を一人の側室ではなく、特別扱い───────────いわば愛姫と同格、もしくはそれ以上に遇すると暗に告げたようなものだった。表だっては反対しなかった小十郎だが、皆がいなくなった部屋でじっと座ったままの彼を政宗はじろりと睨みつけた。

「小十郎、言いたいことがあるなら言え」
「いえ───────────」
を側室にしたことを怒ってるか?」
「そのようなことは」
「嘘をつくな。お前、に惚れてたんだろ。俺が気付いてないとでも思っていたか」
「政宗さま」
「お前が不機嫌なのは一人の男としてか、それとも俺の執政としてか、答えな」

政宗の問いに小十郎は小さく息を吐いてから主君を見上げるように手をついて視線を上げる。

「執政として申し上げます。をただの側室になさらないのはいかがかと存じます」
「Ah?に『竜の巫女』としての利用価値はなくなったって言いたいのか?」
「古来より『巫女』は不可侵の存在であれ、という決まりがございます。政宗さまのお手が付いた以上、には『巫女』としての価値はございますまい。周辺諸国にもそう思われるでしょう。『竜の巫女』の務めは厳しいかと思いますが」
「だったら答えろ。お前の描いていた最善は何だ?」
が『巫女』として同盟の証となるのが最善と考えておりました」
「ってことは、アイツをどこかに嫁がせることか?」
「は───────────。四国の長宗我部もしくは九州の島津と同盟を結ぶことができれば、豊臣、徳川を挟み撃ちにできます。政宗さまがにご執心のようでしたので申し上げませんでしたが」
「勝手な言い分だな───────────」
「は?」
「惚れた女を道具に使う、か。軍師ってのは厄介な性分だな」

思わぬ言葉に小十郎はまじまじと主君を仰ぎ見る。普段はそのようなことを言い出す政宗ではないだけに驚いたのだ。惚れた女、と政宗は言うが、小十郎にとっては政宗が彼女を求めている以上踏み越えてはならない一線だと心得ていた。たとえ心の中がどれほど苦しくても自分は軍師なのだ。彼女を人身御供にする覚悟も、汚れ役は自分一人でかぶるものという覚悟などとっくにできていた。

「政宗さま、この小十郎は政宗さまの右目でございます」
「Ah?何だいきなり」
「されば、政宗さまの望みをかなえることが小十郎の役目と存じます。政宗さまのお望みはたかが女一人を側に置くことでございますか?それとも天下を取ることがお望みでございますか」
「Ha・・・・・たかが女、かよ」

じり、と政宗を取り巻く空気が雷を帯びる。彼が激した時、彼の持っている雷の属性がそうさせるのだ。こうなった時の政宗を止められる者はほとんどいない。だが小十郎はじっと主君をひたと見つめる。しんと研ぎ澄まされた、だが危険なまでのものを孕んだ視線に政宗はじろりと自分の右目を見下ろした。

「左様でございます」
「小十郎」
「は───────────」
「俺は両方選ぶ。どっちも諦めねぇ」
「政宗さま!?」
は俺と同じだ。俺と同じことを感じ、俺と同じモンを見ることができる。たった一人、俺が選んだ女だ。いいか小十郎。いかにお前が俺の側にいたとはいえ、これはお前でも無理だ。俺はもこの奥州も天下もお前たち家臣も、すべて取る。一つとして捨てねぇ」
「───────────」
「だからお前は俺の側にいろ。俺の右目を名乗ったからにゃ、あっさりと下りられると思ってねぇだろうな」
「無論。この小十郎、たとえ五体を引き裂かれようとも右目の名を返上する気はございません」
「上等」

にや、と笑って物騒な気配を消した主君に小十郎は手を付いて完全な服従を誓う。この時───────────。小十郎は自分の思惑など政宗はとっくの昔に乗り越えてしまっていたことを悟った。を『竜の巫女』に祀り上げ、その彼女を外交に使おうとしていた自分の思惑などとっくに見通していたのだ。主従でありながらいつも最後の最後の土壇場で政宗には読み負けてしまう。小十郎は改めて自分が選んだ主君の慧眼とその覇気に対して心底から忠誠を誓う。そしてもう一人───────────。その主君が選んだ彼女までも守る、と心のうちで誓う。小十郎の内でへのほのかな恋情が完全に払拭されたことに瞳を閉じる。そして心の中で彼女に『幸せになれ』と告げて、彼は心のうちの甘い感情を手放したのだった。



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