突然成実が米沢へ出仕してきたのに驚いたのは政宗の方だった。早朝だというのにすでに控えの間で待っているという。普段なら朝食を取っているところに遠慮なく上り込む彼らしくないやり方に、政宗は朝の一服を早々に切り上げて控えの間で待っていた成実を呼び出した。

「成、突然どうした?」
「いえ、この藤五郎しばらく殿へ拝謁しておりませんでした故、ご挨拶に罷り越しました」

家臣たちがそろう謁見の間での対面であるから、あくまでも臣下の礼を崩さない成実に政宗は軽く眉を上げた。口調は丁寧だが、どこか棘のある言い様にじっと彼を見つめ、そして部屋にいる家臣たちに向かって視線をやった。

「テメェら、人払いだ。成と二人で話したい。小十郎、綱元、お前らもだ」

いつもなら伊達三傑が残り政宗の相談相手になるのだが、その二人までを追い出すなど滅多にない。最も、成実は政宗の従兄弟であり親友でもあるのだから皆、何も言わずに下がっていった。

完全に二人きりになると政宗は成実に足を崩すように言って口を開く。

「で?この時期に何しに来た?」

今は戦もなく内政に勤しんでいるはずで、普段なら特段用がなければわざわざ領地を離れる必要がない。それに今日の成実の態度はどこか政宗の態度に対して不満が残るようで、思い当たる節がない政宗は軽く眉をひそめる。

「何言ってんだよ。来いって言ったのは梵だろ?」
「Ah?」
「もしくは、これを書けって言ったのは景綱か?」

久しぶりに会ったというのに渋面のまま成実が懐から取り出したのは一通の書状だった。紛れもない政宗の花押の入った見覚えのあるそれに政宗は目を通してから成実を見返した。

「これがどうした?」
「どうしたじゃないだろ。大森は殿への出仕をせず不興を買ってるなどと騒ぎになってるから真偽を確かめるために慌てて来たんだっての」

じろ、とにらみつける成実の言葉を黙って聞いていた政宗が一瞬彼の言っている意味がわからなかったが、やがて小さく吹き出した。

「梵、笑いごとじゃないだろ」
「so fool」
「は?」
「そりゃそのままの意味だ。他意はねえ。お前ら深読みしすぎだ。それに小十郎がお前にんな疑いかけるかよ」
「そりゃ俺だって景綱を信じたいけどさ」
「Ah?」
「景綱は梵の為なら相手が誰であろうと顔色一つ変えずに殺すだろ」
「・・・・・・成、お前、やっぱり阿呆だ」
「何だよ、それ!」
「小十郎にお前は殺せねえよ。喜多も綱元もな。今は戦がある訳でもねえし、お前が敵対してる訳でもねえ。それに───────────お前の方こそ小十郎が敵方についたら躊躇いなく斬るだろうが」
「そりゃそうだよ。俺は伊達家を守る責務がある。あいつが敵に回ったら伊達家の存続にかかわるだろ。つか梵、縁起でもないこと言うなよ」

大げさに顔をしかめた成実に政宗は面白そうに笑うだけだ。手紙を書いたのは他でもない自分だが、その内容は特に意味がある訳ではない。しばらく顔を見ていないから手紙を出してみた、という一言だけだ。含みもなにもなく書いたつもりだが、成実はどうやらその裏を深読みしたようで。

「Ha!小十郎に限ってあるわけねぇだろうが。あいつは俺の右目だ」
「だったら、この手紙、何なんだよ」
「だからまんまの意味だって言ってんだろ。言っとくがそれを書けっつったのはだぜ」
「は?が?」
「ああ。しばらくお前に会ってねぇから会いたいんだと。ったく俺の前で堂々と言いやがって」
「───────────も可哀想に」
「何だと?」
「梵のことだ。どうせそんなことを言ったに無体なことをしたんじゃないの?」
「当たり前だろうが。あいつは俺のだ。俺以外の男に会いたいなんぞとぬけぬけと言いやがったらお仕置きぐらいするだろうが」
「うっわ・・・・・・・」

見たこともない政宗の独占欲に成実は思わず舌を出した。今まで女には目もくれなかった従兄弟を変えたのは異世界から来たという女だった。この時代のことは何一つ知らない彼女を引き取って『竜の巫女』として側に置いたのは政宗だが、そのを側室に迎えてからというもの、政宗は変わったと思う。顧みることのなかった正室の愛姫や側室たちにも平等に扱うようになった、と喜多からの書状にはあった。いい傾向なのか悪い傾向なのかはともかく、彼女が政宗を変えたのだ、と成実は思う。だが、苛烈ともいえる政宗の嫉妬に彼女が耐えられるとは思わない。きっと政宗のいう「お仕置き」の翌日は息も絶え絶えになっていたに違いない。

「あ〜・・・・・で、に会いたいんだけど、いい?」
「Ah?」
「つか、俺に怒るなよ!会いたいって言ってんのはだろ?」
「俺も同席する」
「あのな〜梵、梵は今から政務だろ。何サボろうとしてんの。心配しなくても二人きりにならないから。についてる女中だっているだろ」

呆れたように告げて政宗の無言を許可と取って立ち上がる。控えている女中にまずは愛姫への謁見とに会いたい旨の先触れを頼み、一度自室に戻る。ここで待っても良かったのだが、政宗は休憩時間と政務の時間を削って会ってくれているのはわかっていたから、謁見が終わった旨を控えているはずの小十郎や綱元に伝言を頼む。自室に戻ってほどなく先ほど愛姫とへの先触れを頼んでいた女中が戻ってきた。愛姫さまはご準備があられますので昼過ぎにしていただきたい旨と、さまはお会いになられます、と告げる彼女に頷いて成実は用に買ってきた土産だけを持って立ち上がる。女中に先導させての部屋に到着すると、見たこともない小袖を身に着けたの姿に、成実は目を丸くする。

「や、久しぶり。いい着物だなぁ。梵の見立て?」
「あ、うん、そうなんです。似合う、かな・・・・・?」
「勿論似合ってるよ。へぇ、梵ってやっぱり見立ての才能あるよなぁ。愛姫や他の側室じゃ着こなせない柄だもんなぁ」
「え・・・・これってそんなにすごい柄なんですか?」
「違う違う。こう、何ていうか、愛姫は清楚な姫だからこんな派手な柄に本人が負けてしまうし、他の側室じゃ角が立ちすぎる。でもこれはの雰囲気にぴったり」
「ええと・・・・・褒められてるのかけなされてるのかどっちなんでしょう・・・・・・」
「褒めてるに決まってんじゃん。それよりもこれ、土産」

の後ろの床の間を除いてすべてのふすまと障子を開け放っての前に腰を下ろす。もうすぐ春がやってくるが、奥州の冬は長い。開け放った所から風が吹き込むが、成実は控えている女中に火鉢に火を入れるように、と命じて火鉢の側にを手招いた。

「ごめんな。寒いけど我慢して」
「う、うん・・・・・・・」
「こうでもしないとさ、梵が俺がに手を出そうとしてるって疑うもんだからさ」
「───────────は?」
「さっきも危うく殺されるとこだった。は梵に愛されてるな」

冗談のつもりもなく本気で言ったのだが、は奇妙な顔で黙り込む。そんなに成実は軽く肩をすくめてみせた。

「もしかして、梵のこと嫌いになった?」
「まさか!そんなはずないです!ただ、愛されてるのとはちょっと違うような・・・・・・」

ごにょごにょと口中でごまかすに成実は意外そうに彼女の顔を見返した。

「へぇ、どこが?」
「何ていうか・・・・・・政宗さんに苛められてるというか、その・・・・・・・」
「ああ、それは愛されてる証拠。梵は気に入った人間ほど苛めたがるから。景綱もああ見えてさんざん梵に苛められてるだろ?ま、その分景綱は梵に仕返ししてるけど」
「・・・・・・・・ですよね」

仲の良い主従のやり取りにはいつも置いてきぼりで。政宗は確かに小十郎に対して直接的な物言いをする。それもかなり意地の悪い言い方で。横で見ているとハラハラするが、それをあっさりとかわした小十郎が政宗に体よく政務を押し付けるのが日課のようになっていて、の見るところ、小十郎の方に軍配が上がることの方が多いように思う。

「何?景綱に嫉妬?」
「じゃないですけど!私も小十郎さんみたいに政宗さんに言い返せるようになりたいです」
「あ〜、それはやめといた方がいいよ」
「え!?どうしてですか?」
「だって言い返せるようになったら、今よりもっと意地悪になるよ。やめといた方がいいって。梵は気に入ってる人間からの報復は間違いなく五倍返しにしてくるから」
「うぅ・・・・・・・・」

思い当たる節があるのか、うつむく彼女に成実はくすくすと笑う。彼女と話していると面白くて仕方がない。自分の知らない政宗の一面を見ることのできる人間は悔しいが小十郎と喜多だけだと思っていたが、そこにが加わって、今の政宗の一番のお気に入りは間違いなくだ。くるくると変わる表情、政宗の予想通りの反応を示す彼女の困った顔を見るのが好きなのだろう、とわかってしまう自分に自嘲するしかない。

「で、俺に手紙出せって言ったのはどうして?」

さすがにこれ以上をいじめてしまうと自分が政宗から報復されてしまうだろうから成実は話題を変えた。何故彼女が自分に政宗を通じて手紙を出させたのか、正直その意図がつかめない。別に政宗とは仲違いをして領地に帰っているわけではない。それが仕事であるし、成実自身、自分の領地を愛し、領民たちを安んじようとしているから頑張っているのだ。

「別に、意味はないですけど」
「は───────────?」
「だって最近成実さん、米沢に来てくれないなぁって。だから政宗さんに手紙出さないんですかって聞いただけで」

の言葉に成実はぽかんと口を開けたまま固まってしまう。あまりにも予想外すぎて反応できなかった、という方が正しいのだが。成実の常識から行くと、紙といえど無駄にはできない資源の一つで、有り余っているものではない。だから本当に重要なとき以外は手紙など出すことはない。まさか自分の従兄弟と小十郎以外に常識外の人間がいるとは思わなかった。それが一見一番常識のありそうな彼女だからなおさらだ。の言葉に成実はしばらく固まったままで、は不安そうに瞳を動かした。

「あの〜、成実さん?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「え〜と・・・・・私、そんなに変なこと言いました?」
「いや・・・・・・・・・・何で梵がを気に入ったのかちょっとわかる気がした」
「え───────────?」
「なんでもないよ。ってたまに予想できないことを言うよね」
「え?どこが、ですか?」
「わかってないならいいよ。ちょっとびっくりした───────────」
「え・・・・・と・・・・・大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫」

さっきの政宗の笑みの意味はこれだったのか、とげんなりと肩を落とす。本当に裏なんてないほどまっすぐな彼女の気持ちにああ、そういうことか、と納得する。裏読みをしている自分が馬鹿馬鹿しくなるほどの心配そうにこちらを覗き込む瞳に成実は小さく首を振った。

「あ〜あ・・・・・だったら俺の妻子も連れてくるんだったなぁ」

ただの物見遊山ならこんなに緊張して馬を飛ばして来なかったのだが、小さく告げた彼には目を輝かせた。

「え!?成実さんの奥さんと子供さん、会ってみたい」
「あぁ、まぁ梵の許可が下りたらね、今度連れてくるよ。昨日俺が米沢に行くって言ったら、子供がさ米沢に来たいって暴れて大変だったんだ」
「へぇ・・・・成実さんのお子さんって男の子ですか?」
「うん、そう。俺の血を引く伊達家の跡取りだ」
「わぁ、会ってみたいなぁ・・・・・・・・」
「まぁそのうちね。今は梵に憧れて馬の稽古やら剣の稽古やらで大変。梵みたいに六爪流を極めるって言ってるけど、まぁ無理だろうな」
「そんなこと!」
「わかるよ。俺が剣を教えているから。梵の剣の腕は天才的だ。俺もほとんど勝てないし、景綱でも五分か・・・・・。六爪を使わせたら奥州で勝てるのって景綱ぐらいだよ」

苦笑しながらもどこか子供を思い出して細められる瞳にはつられて笑う。政宗や小十郎、綱元といると一番年下の成実だが、こんな表情をするとやはり父親なのだと思う。それと同時に「伊達家」というものを何よりも重んじる彼の重責が伝わってくるようで、は首をかしげる。

「もしかして手紙を送ったの迷惑でした?」
「迷惑じゃないよ。びっくりしただけ。でもさ、、一つ覚えておいてほしいんだけど」
「はい?」
「普通さ、領主から『しばらく会ってないから』なんて手紙が来たら、大抵その相手に対して謀反の疑いをかけてるか、もしくは長い間顔を出さないなどどういうことだ、という詰問だから」
「え・・・・・・!?」
「つかさ、あの手紙、景綱には見せた?」
「いえ、政宗さんが直接書いてそのまま送ってると思いますけど」
「やっぱりか───────────、景綱が見てるならあんな文面にならないだろうからな」
「ご、ごめんなさい!」
「いいよ。と梵に悪気がなかったのはわかったから」

そう言って成実は違和感に顔を上げる。には悪気はないのは確かだが、政宗があの文面を見て自分がそう受け取るのを予想できないのだろうか。それとも───────────政宗が心を傾けている側室からのおねだりに理性が崩壊してしまったのか。いずれにしても考えが行きつく先はろくなことになりそうになかったので、考えることをやめた。

「あ〜、じゃあどうすっかなぁ。城下でも行って子供の土産でも買って来ようかなぁ」
「わぁ、楽しそう!いいなぁ・・・・・・」
「だったらも一緒にどう?」
「いいんですか!?」
「いいよ。梵には俺から言っとく。それよりその小袖で行ったら汚れるだろ。待っててやるから着替えてきなよ」
「あ、はい!じゃ、早速!」

そそくさと立ち上がるに成実は控えの間にいることを告げて立ち上がる。さすがに女性が着替えているところに居座ろうとは思わない。そして政宗へのささやかな意趣返しにを連れ出して一日二人でそぞろ歩く。ウィンドウショッピングを楽しみ、道の茶屋で団子とお茶で息抜きをする。その日一日、たっぷり遊んだ二人は顔を合わせて政宗には内緒にしようと約束をして、翌日成実は領地へと戻っていった。

それからしばらくして───────────二人きりで城下に出たことが政宗にバレてはしっかりとお仕置きされたのは言うまでもない。



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