季節のものなのだろう。ちょうど秋の味覚でもある山菜をふんだんに用い、煮物やてんぷらにしてある。素朴ながら一つ一つ手の込んだ料理に、は小十郎の膳の前に腰を下ろした。
「なんだかこういうの、いいですね」
がまだ向こうの世界にいたころ、社内旅行で連れていかれた温泉宿を思い出す。ちょうど時期も今頃、山間にある有名な宿だったらしく、料理は地のものにこだわっていておいしかったことを思い出す。ふわりと笑ったに小十郎も小さく笑ってぽんぽんと頭を撫でてやる。
「早く食わねぇと冷めるぞ」
「あ、うん。いただきます」
手を合わせて箸をとる。まずは煮物から、と手を伸ばすと、小十郎がぺしり、との手を叩く。
「おい」
「え・・・・・・・?」
「違うだろうが」
「はい?」
「椀が先だ。お前は作法を知らねぇのか」
「え?作法ってあるんですか?」
「アァ?」
「え、えと・・・・今までだって普通に食べてましたけど」
「だったらいい機会だ。教えてやる」
途端、厳しい顔になる小十郎に軽く首をすくめる。だが逆らう勇気などあるはずもなく、小十郎の言うとおりに箸を戻し、椀の蓋を開く。ほわり、と味噌汁の良い香りが鼻をくすぐってごくりと喉を鳴らす。両手で椀を持ち上げてから、左手に持ち替え、空いた右手で箸を取る。言われる通りに動かしているだけだが、ちら、と見上げたに小十郎は頷いてみせる。飲んでもいい、という許可と取ったが椀に口をつけてずず、と飲むと、小十郎は眉を上げた。
「音を立てんじゃねぇ」
「うぅ・・・・・小十郎さんの意地悪」
「アァ?何だと」
「だってせっかく小十郎さんが作ってくれた料理なのに、ゆっくり食べられないなんて」
「そりゃお前が作法を知らねぇのが悪い」
「だって!」
「何だ?」
「うぅ・・・・・・・」
じろ、と睨み返されて言葉が喉に詰まる。ただでさえ怖い強面なのに、眉間にしわを寄せてにらまれると蛇ににらまれた何とやら、の気持ちで視線を落とす。膳にはまだたくさんの料理がならんでいるのに、まるで監視されているような居心地の悪さに身じろぎをする。
「えぇと、小十郎さん?」
「何だ?」
「そこでじっと見てられると物凄く緊張するんですけど・・・・・・」
「俺が作ったものをお前がどうやって食べるのかを見てるだけだろうが」
「でも・・・・・あ、そうだ!小十郎さんも一緒に食べましょうよ!」
「おい」
小十郎が止める間もなかった。箸と椀を置いて立ち上がり、は別室に控えている八重を呼んで小十郎の分の皿と酒を用意してもらうように頼むと、はぁとため息をつく小十郎ににこりと笑う。
「誰かいるのに一人で食べるのってやっぱり苦手で。ダメですか?」
「いや・・・・・・お前に何を言っても無駄だってのがよくわかった」
「それ、褒めてませんよね」
「当たり前だろう」
憮然とした表情を崩さないままの小十郎がじろりとを見るが、は軽く首をすくめただけでお茶をすする。そうしているうちに八重が皿と酒を持ってきて、の膳から少しずつ料理を取り分けて小十郎の前に置いた。
「はい」
そういいながら徳利を持ち上げると、小十郎もしかめっ面をしているわけにもいかなくなり、仕方なく猪口を取る。の前の猪口にも八重が酒を注ぎ、二人で乾杯をする。一気にあおる小十郎につられるように飲み干したは料理にも箸をつける。
「ん、おいしー!」
「ったく、お前は・・・・・・」
「お小言禁止!小十郎さんも料理うまいね」
酒宴になってしまえば膳の作法云々を言われることもないだろうと思ったが、それは予想通りだったらしい。手酌で酒を注ぎながら箸をつける小十郎を横目には次々と皿を空にしてゆく。山菜の天ぷらはサクサクといい歯ごたえでじわりと口に流れ出す苦味もいいアクセントになっている。煮物は芯まで味がしみている野菜は小十郎が天塩にかけて育てたものばかり。ひとつひとつ素材の味を引き立たせるように薄味になっている。焼き魚は丁寧に骨を取り、すべてほぐしてあり、食べやすくなっている。あっという間に煮物も天ぷらも焼き魚の皿も空になり、ご飯と椀も残りが少なくなっていく。小十郎は、といえば別に自分の作った料理を楽しむ必要もないから、酒だけをたしなんでいたが、じっとこちらを見つめるの視線に苦笑する。
「食いたいなら食え」
「え、でも・・・・・・・」
じぃっと小十郎の皿を見つめるに皿を渡す。自分の膳を二つに分けているから満足できないのではないか、と思っていたがやはりそうらしい。逡巡するに「早く食わねぇと冷めるぞ」と告げると、は嬉しそうに笑って受け取った皿を猛然と平らげ始める。まるで子供のような無邪気な表情を見せるから目が離せなくなる。
「おいしいっ!!」
「そうか」
作る側としては嬉しそうに食べてくれるのが何よりだ。そういう意味ではの笑顔は何よりのご褒美になる。まして政宗の作ったものより自分の作った膳を選んでくれたものあるが。
「政宗さまには明日お詫びをしねぇとな」
きっと今頃、成実を相手に剣で鬱憤を晴らしていることだろう。小さくつぶやいた小十郎をよそにすべて平らげたがごちそうさまでした、と手を合わせた。
「おいしかったー!!」
「それは良かったな」
「うん!小十郎さん、ありがとう」
にこりと笑うに「あぁ」と目を細める。
「やっぱり、一人で食べるよりも誰かと一緒に食べる方がいいな。ね、小十郎さん、またご飯作って一緒に食べてくれますか?」
「まぁ、気が向いたらな」
ぐい、と酒を飲み干しながら告げる彼に、は「楽しみにしてます!」と無防備な笑顔を向ける。その笑顔に小十郎は「あぁ」と告げて次は何を作ってやろうかと考えたのだった。