「、今日の夜空いてるだろ?」
昼を回った時間。パソコンに向かっていた私は唐突な社長の一言に思わず身構える。
「残念ながら用事がありまして・・・・・・・」
「チッ、残業出来ねぇか」
てっきりプライベートの誘いかと思って断ったけど、どうやら違ったらしい。普段からあまり仕事熱心ではない彼だから、残業という言葉にちく、と心が痛む。実際のところ、今日の夜は別に予定がある訳じゃない。最近、妙に私と小十郎の仲を取り持とうとする社長のプライベートの誘いは極力行きたくないだけだ。
「社長、残業のことですが・・・・・・・」
「Ah・・・・・用があるなら仕方ねえ。アンタにしかわからねぇことなんだ。今日は無理でも明日は空いてるか?」
「え───────────」
プライベートの誘いなら一度断ると諦めてくれる(でも毎日のように誘いが続く)けど、諦めないところをみると本当に仕事の話のようだった。逆に明日はジムを予約しているから、今日の方が都合がいい。
「社長、お急ぎのご用件ですか?」
「ああ。出来るならな」
「わかりました。今日の予約はキャンセルします」
「Thanks。助かる」
そう言った私に口の端を上げた社長に頭を下げる。連絡してきます、と携帯を持って立ち上がる私に社長はひらひらと手を振った。
で・・・・・・何で私はこういうことになっているんでしょうか・・・・冷や汗を垂らす私は社長の言葉を真に受けた自分がバカだったと思い知った。
定時で仕事が終わった後、小十郎を振り切って社長は私を連れて社用車に乗り込んだ。向かった先はとあるブランド店の店舗。目を丸くする私をよそに社長はさっさと店員を呼んで一言二言告げると奥の部屋へと通される。そしてスタッフルームから出てきた二人に採寸されていた。
「社長───────────」
「すみません、動かないで下さい」
「だとさ」
抗議しようとする私を採寸中のスタッフに封じ込められる。ニヤニヤと笑う社長を睨みつけるけど柳に風と受け流される。
「一週間後のパーティー、にも出席してもらうからな」
「すみませんが、私は聞いていませんが」
「当たり前だろ。だから今言ってる」
「社長、何故私なのですか?」
相変わらず日本語の通じない社長に、はあ、と半分諦めの口調で聞いてみる。はぐらかされるのだろうと思えば、社長は軽く肩をすくめて苦笑する。
「アンタ、英語はお手の物だろ?」
「まあ・・・話せないとは言いませんが」
事実高校をアメリカで過ごしているから日常会話程度には困ることはない。ただ、自分の会社を持っていたときはともかく、今の会社に入ってからはほとんど使うことがなくなっているから、少々怪しいものだけど。
「うちの女どもは苦手なのが多いからな。俺のパートナーにする訳にはいかないんだよ」
「ちょっと待って下さい。社長のパートナーなんて無理です!私が英語を話せるとは言っても日常会話はともかく、ビジネス英語には自信がありません」
「別に構わねぇ。要は相手が話してることを理解できるレベルなら問題ねえ。今日もパーティーの日も残業扱いにしてやる。問題ねえだろ?」
そういう問題ではない。いみじくも社長のパートナーは彼の配偶者、もしくは婚約者が務めるもので、そうでもない女性を同伴して行くということは内外に彼のパートナーであることを宣言するようなものだ。思わず頭を抱えそうになる私をスタッフに睨みつけられる。慌てて姿勢を戻すと、私はにやにやと笑ったままの社長を睨みつける。まぁ、そんなことで彼はびくともしないけれど。
「問題大ありです。申し訳ありませんが社長のパートナーはもっとふさわしい方がいらっしゃるはずです。そもそも年齢からして私では不釣り合いです」
「Ham・・・・・だったらアンタは小十郎のパートナーだ」
「───────────っ!?何でそうなるんですか!?」
「アンタが言ったんだろうが。年齢的に俺のパートナーは不釣り合いだって。小十郎のパートナーならちょうどいいだろ?」
「社長!!」
「とにかくこれは決定事項だ。あぁ、当日はアンタ昼から出張扱いな。美容院を予約しておいてやるからヘアメイクしてからパーティに来い。迎えには小十郎を寄越す」
「社長、勝手に───────────」
「命令だ」
最後通告、とばかりに低い声で告げる彼に、私は金縛りになったように動けなくなった。意識的に威圧感を与える声音に視線。私がそれに弱いことを知っていてわざと告げる社長に私は黙り込むしかなかった。
当日。社長は本当に美容院を予約していてくれた。追い立てられるようにしっかり見張りまでつけられて昼から美容院に行き、先日社長に買ってもらったオーダーメイドのドレスと靴に着替えさせられ、きちんとヘアメイクを済ませた私を迎えにきたのは小十郎だった。仏頂面の私に彼は一瞬無言になってからくつ、と笑って紳士よろしく手を差し出した。
「似合うじゃねぇか」
「───────────あなたに言われても嬉しくないわね」
「そのドレス、政宗さまの見立てか?」
「ええ。ヘアメイクもね。こんな髪にされたら明日から困るんだけど」
「何でだ?俺は好きだがな」
「あなたの好みは聞いてないわよ」
「おい、行くぜ」
差し出された手に私の手を重ねるのを躊躇していると、彼は私の腕に無理やり自分の腕をからませてくる。振りほどこうにも高いヒールにぐらり、と身体が揺れる。社長がわざと一人ではちゃんと立てないようなヒールの靴を選んだのは明白だったから私は内心で彼にありとあらゆる文句を呟いて小十郎に引かれるまま車へと乗りこんだ。パーティーで専務が酒を飲まないわけにはいかないから、今日は運転手付のリムジンで少し離れて座る。落ち着いて彼を見れば、ダークブルーのタキシード。いつもオールバックにしている髪に妙に似合っていた。分厚い胸板はタキシードの下に隠されてはいるが、彼の男らしさを逆に引き立たせている。シングルのボタンをきちんと止めてエナメルの靴までちゃんと履きこなしている彼にドキッとする。思わず目を逸らしても小十郎は何も言わないままだった。
パーティー会場はホテルの宴会場を貸し切って行われていた。小十郎にエスコートされて車を降りる。正直逃げ出してしまいたいけど、彼がそんなことを許してくれるわけもなかったし、逃げ出すにはヒールが邪魔だった。時間を見れば開始の10分前。会場に着くとすでに客は集まってきていた。私たちが入っていくと、何故かざわりとざわめきが起きる。居心地の悪さに小十郎を見上げると、彼は私を先導してスタスタと歩き出す。引きずられるようについていくと、そこには数人に囲まれた社長がいた。
「政宗さま」
「Ah、来たな」
「遅くなりまして申し訳ございません」
「いや・・・・・・・Ham・・・・、似合うな」
「ありがとう、ございます」
自分で見立てた私のドレスに満足するように左目を細める社長に頭を下げる。今気づいたけれどもう一人は成実さんで、後は初めて見る人たちだった。ぶしつけに入ってきた私たちを咎めるではなく笑っているところを見ると、社長の個人的な知り合いなのだろうか。ご夫婦らしき二人組と、可愛らしいドレスを着た若い女の子だった。女の子の方は社長が無理やり連れてきたらしく、所在なさげにきょろきょろしているのに同情してしまう。
「ホント、似合うね。さすが梵」
「まぁな。似合いの二人だろ?」
「ええ、伊達さまの言われる通りです」
「真、似合いのお二人だ」
その二人に向かってにや、と笑って見せる彼に小十郎は黙ってうなずくように顎を引く。二人とその女性が誰なのか、と視線だけで小十郎に問いかければ彼は社長に許可を求めるように視線をやって、彼の許可を取ってから口を開く。
「お前も知ってるだろう?前田コンツェルンの社長と社長夫人のお二人だ」
「初めまして。前田まつと申します。こちらは夫の」
「利家です。よろしく」
差し出された手を握り、二人を観察する。仲が好さそうなご夫婦、という印象だった。二人ともアイコンタクトを欠かさない。だけどこの二人の名前は私には記憶があった。
「あの・・・・・・もしかして慶次・・・くんのご親戚のまつさんと利家さんですか?」
「まぁ!慶次をご存じですか?」
「ええ・・・・ええと、彼はお二人の甥にあたるんですよね?」
「そうなんですけども、まったくあの子は後を継ぐようにと口を酸っぱくしていっているのに聞こうともしません。もし慶次をご存じでしたらあなたからも言ってくださいませんか?」
「え・・・・、あ・・・・はい。今度会ったら言っておきます」
お二人には何だけど慶次は何を言っても無駄だろうとは思う。あんなに自由奔放な彼を縛れるものならやってみて欲しいとは言葉には出せないけれど。そして私が二人と話をしている間に社長はもう一人の女性を連れてどこかに行ってしまっていた。成実さんに視線で問いかけると彼は軽く肩をすくめて簡単なステージになっている場所を指差した。見ればパーティーが始まるようで社長はそのスピーチに駆り出されているようだった。だけどさっきの女性の姿は見当たらない。きょろきょろとする私を小十郎に「政宗さまのスピーチが始まる」と小言を言われてしまった。
そしてお決まりのスピーチに歓談。その間ぴったりくっついてくる小十郎を牽制しながら、彼がわずかに離れた隙に彼の側から逃げ出した。高いヒールは相変わらず歩きにくい。注意しながら歩いてはいたけれどふかふかの絨毯にヒールが入ってしまい、ぐら、と身体が揺れる。
「おっと」
「すみません───────────」
支えてくれたのは成実さんだった。腕を引きあげて軽く腰に手を当ててくれる。お礼を言って差し出された腕に私の腕をからませる。急なことに驚いたけど、彼は軽く片目をつぶって「役得」なんてふざけてくれたから私も笑って彼に身体を預けて空いているテーブルへと向かう。食事を取り分けてくれる彼はとても紳士的で、あの社長や小十郎といる私はとても新鮮に映る。
「成実さんは、彼女いらっしゃらないんですか?」
「俺?あ〜・・・・まぁ・・・・いるようないないような」
「はい?」
「一応、婚約者がいるんだけどさ、ちょっとまだパーティーには連れて来れないんだよね」
「あら」
少し嬉しそうな彼に思わずくす、と笑みが漏れる。どこか可愛らしい印象の彼の彼女を一度見てみたいです、と言うと、彼は照れたように頭をかいて、「今度ね」と約束してくれた。
「それよか、そっちはどうなのか聞きたいな〜」
「・・・・・・・そっちとは?」
「いやだなぁ、小十郎とどうなってんの?」
「別にどうも。赤の他人です」
「・・・・・・・すっげ・・・・・全否定する?」
「します」
「うわ、即答だし」
軽く舌を出す成実さんよりも料理に専念する私に、彼はちら、と私の背後に視線を投げて「ちょっとごめん」と言って離れていった。どうしたのかと振り返ろうとした途端だった。四方から伊達の取引先の男性に囲まれていることに気付く。ここ数か月で社長のお供でさまざまな会社へ顔を出しているから、みな顔見知りではあるけれど、ほとんど顔を知っている程度の人たちだ。あれやこれやと話しかけられて対応しているうちに足の痛みに気付く。ヒールそのものは履き慣れているつもりだったけど、さすがにこんなに高いものはほぼ初めてに等しい上、もしかしたらさっき少しひねってしまったのかもしれない。笑顔で話すにしても限界がある。どうやってこの場を切り抜けようか、と内心で焦っていると、ぐい、と背後から腕を引かれ身体を支えられる。
「失礼───────────」
「小十郎・・・・・」
「俺の連れが何か失礼でもしましたか?」
一応ちゃんとしたパーティだからカップルであっても抱きしめあうことはないはずなのに、腰に当てられた手は明確に私を捕らえて離さない。不機嫌な声を隠しもしない小十郎に私を囲んでいた男たちが一瞬すくみあがる。完全にそれを計算して自分の容姿と声音を使う彼に私はぞくり、と背を凍らせる。こういう時の彼の怖さは私が一番よく知っている。付き合っていた頃、この声で怒られた後のことなど思い出したくもない。そんなただ事ではない雰囲気を感じ取ったんだろう。男たちが一人、また一人と逃げてゆく。そして私たち二人を中心とした半径5メートルがぽっかりと空いてしまう。思わず頭を抱える私の腰を小十郎がぐい、と引いた。
「ちょっと小十郎・・・・・!」
バランスの悪いヒールがぐらりと揺れる。抗えるはずもなかった。下手をすれば足首をひねってしまいそうな勢いを小十郎の身体に支えられる。抗議の声を上げる私の腰を抱きしめたまま小十郎はじろ、と私を黙ってろ、とばかりに睨みつける。
「お前にゃ自覚がねぇのか」
「何を言って・・・・・・」
「その靴で無理やり歩きまわりやがって。足、痛いんだろうが」
「あなたには関係ない」
「関係あるだろ。そんな男を欲情させる恰好をしやがって」
「───────────それは社長に文句を言ってほしいわ」
「言えるか、馬鹿野郎」
「───────────そういうのをとばっちりって言うんだけど」
げんなりとしながら呟いてとにかく小十郎の腕を振り払おうとするけども、彼の腕はぴくりともしない。そして私は小十郎に無理やり会場の隅にある椅子へと運ばれて座らされる。ちょうど疲れていたからいいものの、それからパーティーが終わるまで小十郎は私の側から離れないまま、ドレスの胸が空きすぎだとか、ヒールが高すぎるだとか、もうちょっと肌を隠せ、と延々を小言を聞かされる羽目になって、私は本気で社長にありとあらゆる文句を内心で唱えていた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「梵〜、あのさ、ひどくね?梵がを助けに行けっつうから行っただけなのに、小十郎に睨み殺されるかと思った」
そんな二人をにやにやと笑いながら眺めていた政宗の元に戻ってきた成実が唇を尖らせた。そんな従兄弟に政宗はくつくつと笑いながら「お疲れさん」とねぎらってやる。
「ったく、アイツらいい加減くっつけってんだ」
「まぁ、それはそうだけどさ〜。でも珍しく小十郎が見とれてたね」
「の方もな。クク・・・・・こりゃ明日からまた面白くなりそうだ」
「───────────つ〜か、があんだけ嫌がってんだから小十郎も諦めりゃいいのに」
「Ah?お前は馬鹿か。ありゃ嫌がってんじゃねぇ」
「・・・・・・俺には嫌がってるように見えるけど」
「だったら何で後ろから抱かれて悲鳴を上げたりしねぇんだ?要は嫌よ嫌よも好きなウチってアレだ」
「・・・・・・なんか、がすんごい不憫に思えてきた。梵と小十郎の二人を相手によく粘るよね」
「Ha!もうすぐ落ちんだろ。大体小十郎のヤツが気の長い方じゃねぇ」
「そういうとこ、小十郎と梵、よく似てるよねぇ」
「おい成、テメェ明日から覚えとけ」
「って、えぇっ!?梵!」
仲良く椅子に座りながら、を見る男たちにガンをつける小十郎の様子にくつくつと楽しそうに笑う政宗を見ながら、成実は深いため息をついて、所在なさげなに心のうちでエールを送ったのだった。