奥州は冬の間戦はないとはいえ、小競り合いは日常茶飯事だった。城近くに屋敷を構える執政、片倉小十郎の屋敷はひっきりなしに人の出入りがある屋敷として有名だった。ほんの小さな兵同士のそれは報告不要と配下の者に任せてはいるが、こと国境の小競り合いとなればそうはいかない。全てを報告させろと執政の権限で命じているから、小十郎の元には日夜様々な報告が上がってくる。無論それは妻を娶ったはわかりの新婚であっても例外ではなく。
その日、まだ空が白々としてきた時間だった。新妻と床を共にして、ほとんど寝入りばなに外の気配に目が覚めた。元々は政宗の身の回りの世話をしていたこともある上、生粋の武人でもあるから、感覚の鋭い男だ。隣で疲れて眠っている妻を起こさないように身を起こして縁側へと出ると、案の定最上との国境近くに潜ませていた草の者だった。
小十郎の姿を見ると、頭を下げた男に鷹揚に頷いてみせる。
「どうした?」
「は・・・・上杉が兵を動かした模様です」
「この雪でか?」
「は」
「目的は?」
「雪の中のキツネ狩りと」
「キツネ───────────?最上か」
「恐らく」
「しばらく様子を見る。逐次報告を」
「かしこまりました」
音もなく去っていく男を見送って小十郎は薄着のまま、寒さに眉を上げる。体温は高い方だと自覚はあるが、さすがに夜着のままだと寒さを感じ部屋へと戻ると、がうっすらと瞳を空けていて、小十郎は「すまねぇ、起こしたか」と言って火鉢に火をくべる。
「───────────ううん。何かあったの?」
「まぁ、な。お前が気にすることじゃねぇ」
「気にするよ。まだ『竜の巫女』だもん」
「だったら俺に任せろ。今はまだお前や政宗さまのお手を煩わせる時じゃねぇ」
新しい炭を入れて、火種から炭に火を移すと、そこからふわりと暖かさが部屋へと広がった。軽く手足を暖めてからするりとの隣に身体をすべり込ませて、彼女の身体を抱きしめる。
「小十郎さん?」
「お前はあったけぇな」
「そりゃ・・・・・今まで寝てたし」
「だったらさっきの続きでもするか?」
「し、しません!」
言葉より明確に腰のあたりに降りてくる小十郎の手にふる、と首を振る。そうでなくてもほんの数時間前まではさんざん小十郎に翻弄されていたのだ。身体が暖かいのは間違いなくその余韻だ。毎日のように求められ、嬉しくないわけではないがさすがに休ませてほしいと告げる彼女にくつ、と笑ってその唇に自分のそれを落とす。
「ん───────────っ」
「この時間なら少し眠れるか」
「え───────────?」
「悪い、。ひと眠りするから後で起こしてくれ」
「え?」
「八重がお前を起こしに来るまででいい」
「うん。わかった」
頷くと、あっという間に本当に眠りに落ちていった小十郎の頬に手をやっては小さく息を吐き出した。元々眠りが深い男ではないことはわかってはいたが、正直身体が持つのか、と心配になるほどいつ眠っているのかわからない。ただ───────────ここ最近こうやって朝方、自分に抱かれて眠っているときだけは彼は無防備な姿を見せる。恐らく政宗も知らない小十郎の姿には満足そうな笑みを浮かべる。彼を独り占めしているような、優越感と似た感情にそっと彼を抱きしめた。
次に小十郎が目を覚ましたのはそれほど時間が経っていないときだった。妙に気持ちいいと思ったのは彼女の腕の中だったから。鋭敏な小十郎の感覚には一枚隔てた向こうに八重の気配を感じ取る。察するにを起こそうとしてふすまを開けたところ、自分と一緒だったから気を利かせて踵を返したのだろう。瞳を上げればが寝息を立てていて、小十郎は笑みを浮かべて彼女を起こさないように腕を外して布団から出る。身支度を整えるために自分の着替えを手に取る小十郎の背にの声がかかる。
「あれ・・・・・小十郎さん・・・・?」
「いいから寝てろ。疲れてるだろう?」
「えー、疲れてる原因は小十郎さんなんだけど」
「そうだな。だが」
ねぼけ交じりの声で告げる妻に小十郎は小さく笑う。眠いだろうに、自分と共に、と暗に言ってくれる彼女の心根に囚われそうになる。だがやはり眠いのだろう。布団でごろごろとしながら顔だけ出して着替えている彼の背に膨れると、身なりを整えた小十郎が膝をついて上掛けごとを捕獲する。
「いい声で啼きやがったのはお前だろ?」
そう耳元で低音で囁くとへにゃりと身体が沈み込む。それもそうだ。昨日散々この声を吹き込まれ、高みへと何度も達してしまったのだから。まだ情事の名残が残る身体には拷問でしかない。
「おとなしくしてろ」
「う・・・あの畑に行くのもダメ?」
軽く抱きしめてやって立ち上がる彼にあきらめきれないと告げるに小十郎はにやりと笑ってみせた。
「構わねえが、お前一人じゃ何も出来ねえだろ」
「出来るもん!・・・く、草むしりぐらいは」
「草むしりは昨日終わらせた。余計なことを考える暇があったら寝ろ。ほとんど寝てねえだろうが」
「それは小十郎さんも一緒じゃない。さっきは良く寝てたのに」
「俺はお前とは鍛え方が違う。数日寝なくても支障はねぇ。それに今寝たから大丈夫だ」
「数日ってレベルじゃないでしょ。もう何か月もって・・・・・・・・もう小十郎さんてば」
くつ、と笑って部屋を出て行った小十郎には布団から出て身体中に散る小十郎の痕跡に溜息をつく。最初は政宗たちの目の触れない所に、と気を使ってくれたが、最近は着物でも隠せない範囲に広がっていて、彼の独占欲にはっとさせられる。もそもそと着物を着込んで部屋を出て台所へと朝食を作るために向かったのだった。
朝議は滞りなく終了した。主君が朝の一服を嗜んでいるうちに、政務の準備を進める綱元を呼び止めて今朝の報告を告げる。黒脛巾組を纏めているのは綱元だから既に聞いているとは思っていたが、一応自分の口で告げる必要があった。彼がどう感じ、手を打つのか知りたかったからだ。案の定、彼は国境付近の見張りを強化させたと告げる。小十郎もしばらく様子見だ、という彼の意見に頷いた。
「時に小十郎、お前少し寝不足なんじゃないか?」
「は・・・・?」
「新妻がかわいいのはわかるが、身体を休めることも右目たるお前の役目だ」
「綱元どの?」
「何、八重に泣きつかれた。余りにもお前がを独り占めするものだから、仕事にならないとね。お言葉には出されないが愛姫さまも随分寂しい思いをされているという。はお前の妻である前にこの奥州の『竜の巫女』だ。お前は殿からお預かりしているということを忘れないように」
「は───────────」
口ではそう言うが、不満そうなのは明らかで、これでは殿が事あるごとに小十郎をからかいたくなるのも道理だな、と半分あきらめの溜息をつくと、綱元は義弟のもつ書類から少し抜いてやった。
午後になって政務を続ける政宗が面倒くさそうに腰の扇を手慰み始める。彼の主君は有能かつ名君であるとは思っているが、何事にも飽きっぽいのが欠点だ。それでも執政でもある小十郎の目を盗んで抜け出さないだけ今日はましだ。だが、パチンパチンと繰り返す音の間隔が短くなっていっているのをみると、そろそろ限界のようだった。我慢できなくなり、むすっとしたまま立ち上がった政宗が休憩だ、と一方的につげて足を崩すのにふうとため息がもれる。
「Ah?小十郎、小言はナシだぜ。朝からずっと缶詰なんだ。やってられっか」
「いえ、何も申しませんがお早いお戻りを」
「チッ・・・・だったら剣だ!小十郎相手しろ」
「は───────────」
政宗が気が短いのは承知しているから、この当たりが限界だろうとは予想していた。頭を下げた小十郎に来い、と顎をしゃくり、平伏する綱元に視線を投げる。
「綱元、お前も来い」
「申し訳ありませんが、殿のお戻りまでに決裁しなければならぬものがございますので」
そう言いながら束になった政宗の机の未決書類を視線で指すと、政宗はふん、と鼻を鳴らしただけで部屋を出て行った。頭を下げたまま見送った綱元がやれやれ、とひとりごちる。相変わらず真面目というか不器用というか、全てに全力を尽くす義弟の姿勢は真似できないとは思う。ただ今の彼では主君のお守りは難しいだろうと思いながら、重い腰を上げた。
裂帛の気合いが空気を揺らして、小十郎の首筋ぎりぎりをかすめた木刀を最小限の動きで躱す。手を返して政宗の右側へと伸ばすが、難なくガチリと受け止められる。ジリジリと力の勝負になれば体格の分だけ小十郎が有利なはずだった。いつもならば。
「Hey、小十郎、どうした?今日は随分覇気がねぇなぁ」
にやりと笑う政宗が全体重を乗せてくる木刀に力を振り絞っているはずなのに、ジリジリと政宗に押されてゆく。それに、いつもなら何でもない運動だというのに少しずつ息が荒くなってくる。どうしたんだ、と内心焦りながらもそれを表情に出すことなない。受け止める腕の重さにわずかに舌打ちして戦法を変えた。両足にかけていた体重を少しずつ後ろ足へと移す。政宗にとっては小十郎を押しているように思わせてからゆるりと後ろへと下がる。一歩間違えば政宗の剣の餌食になってしまうだろう。政宗もにやりと笑みを浮かべてはいるが、小十郎の異変には気付いているだろう。そして機を待っていた小十郎が一気に木刀を自分の右へと払いのけた。体重をかけていた政宗がつられて体勢を崩すかと思っていたが、そうはならなかった。たたらを踏みはしたが、体勢を低くした政宗が袈裟掛けに木刀を跳ね上げた。がら空きになった小十郎の首筋を的確にとらえた主君に、小十郎は荒い息をつきながら「参りました」と告げた。
「お見事でございます」
「Ah?何言ってやがる」
「は───────────?」
「俺が強くなったわけじゃねぇだろ」
「政宗さま、それは───────────」
「お前が弱くなったんだ。自覚ぐらいあんだろ?足元、ふらついてるじゃねぇか。息も上がってる。小十郎らしくねぇ」
「申し訳ありません」
「謝る必要はねぇ。テメェ、何日寝てねぇ?」
「いえ、毎日きちんと」
「嘘をつくな。毎日を抱いてやがるんだろ?明け方まで奥方の声が聞こえてくるって有名だぜ」
「は?」と顔を上げた小十郎の背に冗談を言うときのように木刀を振り上げる。普段の小十郎ならそれが冗談か否か、どのくらいの衝撃か、など瞬時に判断ができただろう。だが、政宗の木刀を避けもせずにまともに背に受けた小十郎の身体がぐらりと揺れる。そしてあろうことかそのまま意識を手放した彼に政宗は苦い息をまとめて吐き出して、小姓に小十郎を部屋へと運ぶように命じて、目を丸くして同僚を呼びに行く彼にさもありなん、と信頼する右目の側に膝をつく。
「ったく、加減を知らねえのはどっちだよ」
新妻を迎えて、彼女と過ごすことも自分の補佐もそして畑仕事も、全てに手を抜くということをしない小十郎を心配していたのは自分だけではない。朝は自分が起き出す前から畑仕事をし、書類に目を通し、昼間は政務、その間に自分の補佐や各地の城主に文を出し、適宜指示を与える。合間を縫って畑に顔を出し、屋敷に戻るのはいつも夜が更けてから。それから新妻と過ごしていれば寝る間もないはずで。最初の一ヶ月はまあいいか、と思っていた。だがそれが二ヶ月になり、さらに時間を重ねればいくら身体が丈夫でも限度がある。よく見れば目の下には疲れを示すように隈がくっきりと現れていて、政宗は慌ただしく小十郎の身体を担いでいく小姓の一人にと喜多を呼ぶように命じたときだった。パタパタと廊下を走る音に顔を上げ思わず込み上げてくる笑みと意外そうなわずかな苦笑が漏れた。
「政宗さん!小十郎さんがっ・・・・?」
「Ah?早えな」
「綱元さんから使いがきて、小十郎さんが倒れたって!」
「あんのやろう───────────」
に恩を売れるとの思惑が外れて舌打ちする。このタイミングということは綱元はこうなることを予見していたのだろう。相変わらず先を読む力は彼らにはかなわない。だがまあ、の慌てる顔が見れただけでよしとするか、とくつ、と笑う。
「行ってやんな」
「うん、ありがとう政宗さん!」
「Ah・・・」
「何?」
「お前───────────」
首を傾げる彼女に苦笑して手を振って行け、と告げて、パタパタと走って行くの後ろ姿に嘆息した。
「ったく、こっちの気も知らねえで」
もし自分が倒れた時もあんな風に心配してくれるのか、と出かかった問いを飲み込んだ。答えなど聞かなくても分かっている。小十郎が自分を心配してくれるようにもまた心配してくれるのだろう。それは当たり前に。きっと小十郎の妻だから、とか、そんな理由ではなくの優しさから。わかりきっている答えにふう、ともう一度溜息をついて政宗はこのイライラは綱元に晴らさせよう、と物騒なことを考えながら執務室へと向かった。
猛スピードで城内を駆けるの姿を見て、兵士たちがギョッとして道を開ける。小十郎と祝言を挙げるまではここに住んでいたのだから顔を知っている者も多い。いつもなら軽口を叩いたり、無駄話をするはずの彼女だが、今のの形相に道を開けていることは本人は分からない。
「小十郎さん!?」
部屋のふすまを開けるやいなや飛び込んだに付き添っていた喜多と綱元が顔を上げた。喜多は今しがたやってきたらしく、まだ仕事着のまま、綱元も兵士たちに何やら指示をしていたようで、ぜいはぁと息を切らせるに思わず苦笑する。
「さま」
「おや、早かったね」
「小十郎さんが倒れたって・・・・!」
「ああ、心配いらないよ。殿に打たれて伸びただけだ。直に目が覚める」
「え・・・・!?政宗さんに打たれたってどういう」
「小十郎がまた無茶をしたのでしょう。まったく」
部屋に寝かされている小十郎の顔を覗き込むの手を喜多が握る。譲ってもらった枕元に腰を下ろすが、わずかに震える喜多の手を握り返す。口ではなんだかんだと言いながら喜多も情は厚い。年の離れた弟である小十郎を心配しているのはいつも彼女だ。義姉でもあるがにとっては大切な家族の一人でもある。握った手にふわ、と笑う彼女にも無理やり笑顔を作ってみせる。
「小十郎さん───────────」
眠っているはずなのにわずかに寄る眉間のしわに手を伸ばして軽くほぐす。何の気なしにやったことなのだが、途端綱元と喜多の口から笑みが漏れた。声を上げて笑う二人には戸惑ったように二人の顔を交互に見つめる。
「え・・・・と・・・・・・」
「、お前はすごいね」
「本当に。まさか小十郎に対してそのようなことを」
「え?え───────────?」
意味がわからないと首をかしげる彼女の手を喜多は小十郎のそれに重ねてやって立ち上がる。「後はさまにおまかせします」と告げて頷いたを置いて部屋を出た喜多を見送って、綱元も腰を上げようとして、また腰を下ろす。不思議そうに首をかしげたに、綱元は部屋の外に視線をやった。途端、開いたふすまの向こうに人影があり、不機嫌を絵に描いたような政宗が仁王立ちになっていて、綱元はやっかいなことになった、とばかりに小さく息を吐き出した。
「綱元、テメェどういうつもりだ?」
「殿、何卒お静かに」
「Ah?俺との剣は付き合えねぇが政務もほったらかしってのはどういう魂胆だ?」
「いえ、そうではなく」
「だったら、こんなに早く部屋を用意してを呼び寄せたのもテメェの差し金じゃねぇってのか?」
「小十郎の体調がすぐれないことぐらいわかります。何年殿の側に共に仕えているとお思いですか?義弟の体調を気にするのは義兄として当然だと心得ますが」
「ったく、ああ言えばこう言いやがる───────────」
「も参りましたので執務に戻ります。御前失礼いたします」
「あ、おい!綱元!」
一礼してすっと政宗の横をすり抜けていった綱元を追いかけようと手を伸ばす。だがするりと抜けだされた間抜けさに舌打ちした政宗がちら、と部屋を見て、彼は今出て行かなかったことを激しく後悔した。じとりとした瞳で見上げるにかける言葉が見つからない。
「政宗さん」
「・・・・・・・・・Ah・・・・・」
「私、怒ってるから」
「おい・・・・・・・」
「小十郎さんを打ったって聞いたけど、ホントなの?」
「───────────goddam!」
政宗が綱元の背に向かって毒づくが、視線をに戻すと彼女は自分の答えをじっと待っていて、政宗は小さく息を吐き出した。
「政宗さん───────────?」
「Ah・・・・・・・ホント、だ・・・・だがな、、小十郎のヤツ」
「わかってるよ」
「───────────」
「政宗さんは小十郎さんを休ませるためにそうしたんでしょ?」
「Ah・・・・・・・Yes」
「でも怒ってるから」
滅多にないことながら、政宗は本気で誰でもいいから助けを求めたくなった。小十郎の妻になったとはいえ、心の奥底にしまった彼女への好意は隠しようもない。その彼女に睨みつけられるのに、政宗はがしがしと頭をかいてどかり、と小十郎を挟み、とは逆側の枕元に座り込む。
「悪かったよ」
「───────────」
「おい」
「私にとっては小十郎さんは大切な旦那様なの。その小十郎さんを傷つけるならいくら政宗さんでも許さないから」
じと、と睨みつけられる瞳に両手を上げてさらに謝ろうとする政宗の瞳が下へと動く。わずかに小十郎が身動きしたからだ。その視線に気づいたのかの小十郎とつながった手に軽く力をこめると、軽くうめいて小十郎が目を覚ました。
「・・・・・?政宗、さま・・・・・?」
「小十郎さん、気が付いた!?」
「何故お前がここにいる?」
「綱元さんに呼び出されたからだよ。政宗さんに打たれて倒れたって聞いたから慌てて」
「───────────そうか」
「ちょっと小十郎さん!まだダメだよ」
「そうだ、もう少し寝てろ」
それだけを言って起き上がろうとする小十郎の肩をと政宗が布団に押さえつける。だがそんなことはお構いなしに身を起こした小十郎だが、それが限界だった。ふら、と上体が揺れるのを政宗は見逃しはしない。
「小十郎、主命だ。寝てろ」
「政宗さま、このような失態をお見せして申し訳もございません」
「No Problem」
「そういうわけには参りません。、羽織を」
「ダメ」
「おい」
「ダメ!政宗さんもこう言ってるんだから寝てて───────────。心配、したんだから」
「───────────すまねぇ」
途端涙声になるにうっと言葉が詰まる。謝りながら彼女の頬へと手を伸ばすと、その手を自分の手で包み込む。その暖かさに小十郎は小さく安堵の息を吐いた。
「の言うとおりだ。小十郎、お前いい加減テメェ一人ですべてを抱え込むのをやめろ。綱元もいる、成もいるだろうが。何もかもお前がやる必要はねぇ」
「しかしながら」
「政宗さんの言うとおりだよ。小十郎さんは明らかに働きすぎだから」
「俺は政宗さまの執政だ。誰よりも働かなければならねぇ。そうじゃねぇと誰もついてこねぇだろ」
「だったら畑仕事を減らして・・・・・」
「政宗さまのお口に入るものを俺が育てないでどうする」
「じゃ、じゃあ・・・・・・・あまりやりたくないけど・・・・私との時間を」
「バカ野郎、そんなことができるわけねぇだろうが!お前は政宗さまからの大切な預かりものであると同時に俺の妻だ。お前との時間を減らすわけにはいかねぇ」
まるで夫婦漫才のようだが本人たちにとっては大真面目らしい。聞いてられねぇ、とあきれたような顔になる政宗は舌打ちしたい気持ちを抑えてみて見ぬふりを貫いた。
「挙句倒れてりゃ世話ねぇな。小十郎、明日でも全員を集めろ。お前の手足になる人間をつけてやる。少し楽をすることを覚えろ」
「しかし政宗さま!」
「小十郎、俺はこの奥州だけで終わるつもりはねぇ。天下を取ったとき、お前は俺の側にいなけりゃいけねぇ人間だろうが。奥州一国で手に余るなら俺の執政としては失格だ。それが嫌なら手を抜くことを覚えろ。You see?」
「───────────は」
「、小十郎を任せたぞ」
「うん。政宗さん、ありがとう」
「Ah・・・・・」
言うだけ言って立ち上がった政宗が苦く告げる。覚悟はできていたものの、二人の絆を見せつけられたようで軽い気持ちで部屋を見ると、そこには二人の世界が出来上がっていて、もう一度舌打ちして政宗は執務に戻るのもやめて自室へと戻ったのだった。
「おい───────────」
「ダメ」
「いや、そうじゃなくてだな」
「ダーメ!動かないで」
細い指でむにむにと伸ばされる眉間に小十郎はやめさせようと手を伸ばそうとするが、あっさりとに拒否されてしまう。
「おいいい加減に」
「小十郎さん、ここにしわが寄ってなければハンサムなのに」
「ハン・・・・・何だと?」
「カッコいいってこと。自慢の旦那様なんだから眉間にしわを寄せないで欲しいの」
「そう言われてもだな」
呆れ半分でつぶやくが、はそんな小十郎の額をぺちんと叩いて眉間によるしわを伸ばしてゆく。くすぐったさとむずがゆさに顔をしかめるが、逆には小十郎の手を握りしめる。
「ほらまた!小十郎さんは頑張りすぎ。もうちょっと私を頼ってよ。畑仕事ぐらいは手伝えるし」
「お前にゃ無理だ」
「やる」
「おい」
「やる!小十郎さんが倒れるぐらいなら、私がやる。私がどれだけ心配したか、わかってるの?」
「───────────悪ぃ」
「と思ってるならもうちょっと自分のことを考えて。政宗さんだって小十郎さんがいなくなったら困るんだから」
「わかったわかった。ったく、少し体調を崩しただけでこんだけ言われちゃかなわねぇ」
ふぅ、と溜息を吐き出して泣きそうな顔で覗き込む彼女とつながったままの手を引き寄せて軽く頬をなでる。
「悪かった。機嫌を直せ」
「小十郎さんがちゃんと休んでくれたら直してあげる」
「おい何だその言い方は」
「自業自得でしょ」
「アァ?」
「───────────きゃっ!!」
むっとしたままのの手を引いて彼女の身体を引き寄せる。そして小十郎の思惑通りすっぽりと腕の中に納まった彼女の腰に腕を回してがっちりと抱きとめる。
「ちょっと・・・・小十郎さん!?」
「ちぃっと休む」
「え!?休むんだったら何で」
「ちょうどいい抱き枕だからな」
「や・・・・っ・・・・離して・・・・・・!」
抱き枕、と言いながらを布団に縫いとめて覆いかぶさってくる小十郎には目を剥いた。
「できるわけねぇだろ。お前は俺の妻だろうが。俺の疲れを癒せるのはお前しかいねぇ。俺を怒らせたからにゃ、覚悟はできてんだろうなァ」
「え・・・ちょっ・・・・ここお城だよ!?」
「だから何だ?俺たちは夫婦だ。夫婦の営みがあって当然だろう?」
「そういう問題じゃなくって───────────っ!」
途端唇を奪われて必死でもがく。このまま小十郎の行為に火がついてしまえば抵抗することもできなくなってしまうのはいつものことで。だがそれ以上小十郎は何もしてこなかった。覆いかぶさってくる彼の体重の重みに息が詰まる。見上げれば小十郎はに覆いかぶさったまま寝息を立てていて、は目を丸くしてから小さく噴き出した。
「もう、子供みたい」
すうすうと寝顔を見せる小十郎の頬に唇を寄せてから彼の下から抜け出した。標準男性よりもガタイのいい小十郎だから長い時間をかけてしまったが、その間も彼が起きるようなこともない。珍しく熟睡している彼には少し考えて女中に頼んで小十郎の隣に自分の布団を用意してもらって横になる。明日の朝彼が目覚めたら怒るだろうか、と思いながらも、とろとろとした睡魔が襲ってくるのに逆らわずに瞳を閉じたのだった。