日曜日、夕方に仙台に戻ってきた私を小十郎が迎えてくれた。駅まで車を出してくれてそのままマンションに連れて行かれる。お土産、というわけではないけれど駅で選別したお菓子を渡すと、彼は奇妙な顔で私を見返した。

「───────────おい
「何?お土産だから食べてね」
「お前、俺があまり菓子は食わねぇのは知ってるだろうが」
「でも出されたら食べるでしょ。社長から出されたものは大切に食べてるくせに。私の買ってきたものは食べれないわけ?」
「いや、そんなことはねぇが」

珍しく困った表情の彼に私は内心嬉しくなった。こういうところは小十郎は変わらない。鉄の意志を持っているようだけど私が拗ねると大概溜息をついて受け入れてくれていた。今度も小十郎は溜息をついてお菓子を受け取って車の後部座席に放り投げる。

「わかった。もらっとく。気を遣わせてしまったな」
「タクシー代が浮いてるからこれぐらいはいいんじゃない。それより小十郎、せっかく車を出してもらってるからスーパーに行ってもらっていい?足りないものを買いに行きたいの」
「ああ。構わねぇが。言ってくれてたら買ってきてやったのに」
「いいから寄って頂戴」

にや、と笑う彼を封じて背もたれに身体を預ける。忘れていた。私は今週の終わりから生理がくる周期だった。最近妙に苛々すると思ったらどうやらその影響のようで。マンションには生活用品一式はそろっているけれど、女性用のそんなものはさすがに置いていなかった(いや、置いてあってもこわいけど)。生理用のショーツやナプキンを揃えなきゃいけなかったのだ。ついでにティッシュなんかのかさばる消耗品もそろえておきたい。そうなると車を出してもらっている今の状況はありがたい。スーパーと専門店が一緒になっているモールへと車をつけてくれた小十郎と一緒に売り場へと向かう。先に下着売り場に向かう私に小十郎は眉を寄せる。

「おい、どこへ行くんだ?」
「下着売り場。だからついてこなくていいって言ったのに」

車から降りるとき、私は彼に言ったのだ。いわゆる女性の買い物になるから30分後に一階のカフェで待ち合わせよう、と。でも彼は面倒だから一緒に行く、と言い張ってついてきたのだけれど、さすがにブラジャーやショーツが並んでいる売り場に入るのは抵抗があるようで、明らかに歩調が落ちてくるのがわかる。

「小十郎、じゃ30分後にカフェにしましょ」
「わかった」

この状況でさすがの彼もついてくる、とは言わなかった。そそくさと階段を下りてゆく背中に私は小さく吹き出して手早く必要なものを購入していった。

約束の時間を少しオーバーして私はようやく買い物を終えてカフェに戻る。両手には大きな荷物とティッシュボックス、トイレットペーパーが一つずつ。私の買い物を見て、小十郎はあきれたように目を見張る。

「んなもん今日買う必要があったのか?」
「だって車がないと買う勇気がないんですもの。乗せてくれるでしょ?」
「ああ。まぁ、な。それより食料品を買いたいんだ。付き合え」
「わかったわ」

そういいながらさりげなく私の手から重い大きな荷物を取って歩き出す。こういうところも相変わらず、と思いながら私はカートを探してスーパーの籠をその中に入れて下段にティッシュなどの大きな荷物を放り込む。マンションの近くのスーパーはやはり都会の一等地のせいなのか、スーパーの品ぞろえは決していいとはいえない。最低限のものは置いてあるけれど、今いる郊外型の大型スーパーの品ぞろえとは比べものにならない。ヨーグルトやフルーツジュースなどは数えきれない種類が所せましと置いてあり、私は滅多に見ないものをチョイスして駕籠に入れていく。小十郎は牛乳やチーズなど料理の材料になるようなものが主だ。マンションが隣になり、私たちの部屋の行き来は格段に増えた。朝だけは別として、夜は二人で食べることが多い。外食することもあれば、小十郎の部屋で相伴にあずかることも、休みにはお礼替わりに私が作ったものを差し入れたりしているから、一緒の籠にそれぞれの買いたいものを入れていく。最初の頃は買い物は別々にしよう、と私は言っていた。でもどうせ一緒に買い物をするんだから二度並ぶのは面倒だという理由で結局一緒にするようになってしまった。お金だけはちゃんと彼に払っているけど、二週間そんな生活を続けていると、私もすっかりと慣れてしまったのだ。いけないことだとはわかっているけれど。

ちょうど精肉のコーナーにさしかかったときだった。肉の焼けるいい香りとともに、女性の少し甲高い声が耳に入ってきた。ちら、と見ればこういった店にはよくある試食を勧める女性が店内の客に対してPRをしていた。店内はそこそこ人は入っているものの、それほど混んでいるわけじゃない。だからその女性も足を止めてくれる客を物色していたのだろう。彼女は私を見てにこりと笑って焼いているソーセージを差し出した。

「いかがですか?新発売のソーセージです。ご試食してください」
「いえ、結構───────────」
「そちらの旦那様も是非。美味しいですよ!奥様もどうぞお味見してみてください!」

一瞬、その言葉を聞いて私は凍りついた。奇妙な体勢でフリーズしてしまった私を彼女は不思議そうに見つめ、その手元からソーセージをつまんだ小十郎がくつ、と喉の奥で笑う。

「成程、うめぇな」
「はい!自信作でございますから」
「ひとつもらおう」
「ありがとうございます!」
「行くぜ、奥さん」

クク、と笑いながらからかって私の腰をすくう彼にぐ、と拳を握りしめる。睨みつける私を楽しそうに見やる彼を本気で殴ろうとするけれど、彼は平気な顔でさっさとフロアを抜けてしまい、この怒りをどこに持っていけばいいかと唇をかみしめた。


 買い物を終え、タクシーで帰ってやろうかと考えていたけれどそれは小十郎にはお見通しで、嫌がらせのように紳士的に助手席のドアを開けてにやりと笑ってみせた。

「おら、乗れよ、奥さん」

その言葉に本気で踵を返そうとする私の腰を小十郎は素早くつかんで無理やり車に押し込められる。

「ちょっ───────────何をする・・・・・・!?」

途端に扉を閉められて抗議の声を上げる私をちら、と見て小十郎は運転席に乗り込んで手早く車を発進させる。「ちょっと!」と怒る私に彼はにや、と口の端を上げるように笑う。

「るせぇなぁ。俺から逃げられると思ってんのか?」
「さっきの取り消して!」
「アァ?」
「私はあなたの妻じゃないし、彼女でもないの。取り消してちょうだい!」
「嫌だ、と言ったらどうするんだ?」
「なっ・・・・・・!?小十郎!!」
「るせぇ。いいじゃねぇか。俺たちが並んでるとそう見えるっていうことだろ。言っとくが俺はそうなりてぇと思ってんの、忘れたわけじゃねぇだろうな」
「───────────っ!?」

一瞬───────────、声を失った私に小十郎のやけに真剣な瞳が突き刺さってくるようで、私はそれきり何も言えないままだった。


部屋に戻り一度荷物を置いて小十郎の部屋へと顔を出す。行きたくなかったけれど、今日早く帰ってきたのは夕食を食べながら明日からの仕事の打ち合わせがあるからだ。大きく溜息をついてリビングへと勝手に上がると、彼は私を見て軽く顎をしゃくる。

「おい箸出せ」
「───────────わかったわ」

しぶしぶ立ち上がって勝手知ったる、とばかりに食器棚を開けて箸を出しセットする。隣同士の部屋は調度品もまるであつらえたように同じものがあり、食器棚のその中身も私の部屋とそれほど変わらない。二人分の皿を出してスーパーで買ってきた惣菜と小十郎が作りおいていてくれた煮物を並べ、炊き立てのお米と味噌汁を並べるとそこには立派な夕食が出来上がっていた。まるで夫婦が囲むような食卓の光景だ、とふと気付く。思わず手を止める私に小十郎は軽く眉を上げただけで何も言わなかった。

「さすがに腹減ったな。食おうぜ」
「───────────ええ」

そして私は釈然としないまま二人きりで食事を済ませる。いつもは美味しいと感じる小十郎特製の煮物も、スーパーのお惣菜も美味しいとは感じられないまま、どこか喉につっかえるような食事タイムに私は内心で大きなため息をついたのだった。



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