結局、食事が終わるまでに私は元親さんにジュースを2杯おごる羽目になった。元親さんはそれはそれはおいしそうにジュースを飲んでいて、悔しいから私も自分で一番高いジュースを買って一気に飲み干した。そんな私を見ながら、元親さんは楽しそうに笑うのがまた癪に障る。

「アンタ、思ってたよりもずっと負けず嫌いなんだなぁ」
「───────────」

くっくっと声を立てる彼に私は黙ったまま水を飲み干した。遊ばれているのはわかっているけど、反論するのもまた癪で。無言でいる私に元親さんはゆっくりと残っているジュースを楽しんでからちら、と腕時計を見る。

「おっと、長居しすぎたな。そろそろ行くか」
「そうね」
「おい、怒んなよ。アンタが自分でやったことだろ?」
「わかってるわよ」
「おーおー、怖ぇ。んな顔してると楽しくねぇだろ。仕方ねぇなぁ。後でずんだ餅おごってやるからよ」
「別におごってほしいって言ってませんけど」
「ほらまた」
「で、行くんでしょ?」
「ああ。そろそろ行こうぜ」

にやにやと笑みを浮かべる彼を一瞥して席を立つ。元親さんは市場の人に「うまかったぜ。ごちそうさま」と声をかけていて、かけられた市場の人も嬉しそうな笑顔になった。それを見ながら市場を出ると、私たちは来た道を戻りながら土産物を物色する。市場の中で買ってもよかったけど、何となくあそこには居辛かったから。そんな私の感情をわかっているのかいないのか、元親さんは笑うばかりで本心がよくわからない。でも楽しんでいないわけでもないみたいなのは態度でわかる。

「で、土産は何を買うんだ?」
「そうね・・・・・・・何かお酒とおつまみになるようなものがいいけど」
「何だ、アンタ一人酒でもするつもりなのか?」
「違うわ。小十郎によ。帰りも迎えに来てくれるみたいだし、私たちだけ楽しんでいるのも悪いから」
「───────────へぇ?」
「自分には・・・・・・そうね、甘いものがいいわ」
「だったらずんだ餅でも買いに行くかい?」
「ここのじゃなくて?」
「ああ。ちっと歩くが向こうに食べ歩きできる店があるぜ。行くか?」
「ええ」
「の前に、ここだな」

歩いていた私の腕を元親さんがぐい、と引いた。びっくりして立ち止まる私に彼は道路の向こうを指してみせた。そこには海の上にあるお堂があって、さっき私が気にしていた場所だった。信号が変わるのを待ってお堂へと足を向ける。海の上を渡す木の橋を渡り、お参りをすませてしまうと私はまるで誘われているように海へと視線を向ける。風がざぁっと吹き抜けて髪を揺らすのが気持ちいい。海を眺めている私の後ろからシャッター音が響いてきて、私は慌てて振り向いた。元親さんが携帯電話のカメラをこちらに向けていて、彼は二度、三度とシャッターを切っていた。その真剣な表情に二度驚いた。目を丸くする私に彼は真剣な表情を引っ込めると、にや、と笑って携帯を下ろす。

「いいショットが撮れたな」
「元親さん・・・・・・・・」
「後でアンタの携帯にも転送しとくからな」
「そうじゃなくて!普通写真撮るときは言うでしょ!?」
「んなことをしたら今の顔は撮れなかったぜ。いい顔をしてたぜ」
「───────────!?」

にやにやと笑う彼に怒る気力を奪われてしまう。そして彼は私の携帯にその写真を転送してくれた。顔は半分映っていない。揺れる髪と隠れた顔の向こうに松島の島が映っていて、映っているのが自分じゃなければいい写真だ、と思わず言ってしまいそう。困惑している私が携帯を持て余しているうちに、彼はすっと私の隣に立った。


「何───────────?」

ぐい、と腰を引き寄せられて体勢を崩しそうになるのを元親さんの胸で支えられる。自然彼の肩に顔が触れるくらいに近づいた時、シャッター音が響く。はっとしてその音がした場所を見ると、元親さんが自分の携帯を私たちに向けていた。

「元親さん!何を───────────っ!?」
「あ、悪ぃな。大丈夫か?」
「大丈夫ですけど!何を撮って・・・・・・」
「まぁ、今日の思い出って奴だな」
「だから無断で撮るのはやめてください」


今までにやにやと笑っていた元親さんが不意に真顔になる。声もさっきとは違う、ぞくりとするような低音に、私は思わず身体を固くする。

「別にふざけてるつもりはねぇ。俺はアンタと二人で出かけたっていう証拠を残しておきたいだけだ。ダメとは言わねぇだろ」

耳朶に響く声。昔、小十郎がよくこうしてくれた。そして何度も愛し合った。違う声なのに、違う腕なのに、思い出してしまいそうになって息が止まりそうになる。だけど目の前にいるのは元親さんで。ゆっくりと息を吐きながら彼を見上げる。じっと見つめてくる右目は何故か激情を押し殺したような光。だけど、それを理性で押しとどめているのがわかる。私はもう一回深呼吸をしてしっかりと彼を見上げた。

「・・・・・・・・それは、でも」

きっと私の声はかすれていたに違いない。それを感じ取ったのか、元親さんは不意ににやりといつもの笑みを浮かべて私の耳朶にささやいた。

「なぁ」
「は、はい?」
「まぁいいや。行こうぜ」

突然の豹変ぶりに目を丸くしたままの私の腰に手をまわして軽く押される。そしてつられるように歩き出した私をエスコートするように彼の手は離れないまま。そして橋を渡って広場へと戻ってくると、元親さんは腕時計を見てから歩き出す。

「あ、あの・・・・・・元親さん」
「何だい?」
「腰の手、どけてもらえない?歩きにくくて仕方ないんだけど」
「だったら手をつなげばいいのか?」
「───────────結構よ。離してもらえないなら声を出すけど」
「わぁったよ。ったく、俺にも少しはいい思いさせろってんだ」

聞えよがしに呟いた後半と舌打ちは聞こえないふりで少し身体を離す。そして彼の後ろを黙って歩いていると、少し離れた場所にいくつかのお店が見えてきた。元親さんはその中の大きな看板のある店へと足を踏み入れる。そこはかまぼこ店とお菓子の店が合同で入っていた。かまぼこの実演販売をやっているらしく、店内には笹かまぼこを焼くいい香りが漂っている。さっきお昼をしたばかりだから、お腹が減っているわけでもないのに、香りで少しお腹がすいてきた気がするから不思議だ。そんな私をよそに元親さんはスタスタとお菓子屋さんへと歩き出した。そしてカップ入りのずんだ餅を一つ買うと、私に向かって差し出した。

「ほらよ」
「え・・・・・?」
「船の上で食おうぜ。そろそろ時間だからな。うまかったら帰りに寄って土産にしようぜ」
「あ、うん・・・・・・・」
「笹かまもそん時な」

元親さんのいたずらっぽい笑みについ笑ってしまう。カップを受け取って軽くつついてみる。「冷凍の状態なので、少し溶かしてください」という店員さんの言う通り、まだお餅は固いまま。それだけを買って来た道を戻る。少し足早に歩く元親さんを追いかけるように歩いて先ほどの広場に出る。そして遊覧船乗り場へとたどり着くと、すでにそこには遊覧船が待っていた。あと5分で船が出るらしく、船員さんたちは忙しそうに動き回っている。「間に合ったぜ」と冗談めかしていいながらチケットを渡して私の手を引いた。

「ほら、乗ろうぜ」
「え、ええ・・・・・・」

逡巡する間もなく船へと乗せられる。休日だというのに時間帯なのか座席は半分ぐらい空いていた。でも元親さんは中にいるよりは潮風を感じたいと言って私を伴って船首の方へと足を向ける。そこにたどり着くとすぐに出航のアナウンスがあって、彼は私を置いてある椅子へといざなった。出航の時は立っていると危ないこともあるからな、と笑っていたけど、そんな彼は船に乗ることに子どものようにそわそわしているように見えて私は思わず笑ってしまった。



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