夕方というには遅い時間に政宗とは城に戻ってきた。普段城で取る夕食も政宗が勧めてくれた料亭で二人きりですませ、そのおいしさにはほっぺたが落ちるかと思った。城で食べる食事もおいしいが、こうやって外で食べるのは初めてだったが忘れられなくなりそうな一日だった。だが、そんなふわふわとした気持ちで戻ってきた二人を小十郎の至急城に戻られたし、という伝言が待っていた。それだけではなく門をくぐった途端、政宗帰還を伝える早馬が駆け出し、政宗はすぅっと目を細める。

「・・・・・・何があった」
「政宗さん、私はいいから先に行って。小十郎さんがここまでやるのって・・・・」

彼らしくもないやり方には小さくつぶやいた。よほど大事が起こったとしか思えない。相変わらず手をつないだままの二人だったが、立ちつくす政宗にはそう告げた。「I see」と言いながらも動こうとしない政宗にもう一度「行って」と告げようとするが、政宗は門番に「馬」と命じ、用意された馬に飛び乗ってに手を伸ばす。

「え・・・・・・?」
「来い」
「私は大丈夫だよ。ここまで来れば一人で歩いて帰れるし、ここからなら兵士さんたちもいるでしょ?」
「Shut up」

自分を残して先に行け、と政宗に言ったつもりだったが、政宗は不機嫌そうにそう言っただけで渋るの腰をつかんで有無を言わせず引き上げて慌てるが抗議の声を上げる間もなく馬を走らせる。戦場で乗ったときよりも手加減なしで走らせる政宗にの悲鳴だけがその場に響き、兵士たちが顔を見合わせたがのは別の話だが。瞬く間に玄関口まで駆け抜けた政宗が息を弾ませるを抱いて馬を下りると、そこには小十郎が政宗を待っていた。

「政宗さま」
「Ah?随分無粋なことをしやがる。お前を留守番にした意趣返しかよ」
「まさかそのようなことは」
「jokeだ。で?」
「・・・・・・報告はお部屋にて。先にお着替えください。、オメェはいい。部屋で休め」

政宗帰還の報を受けて慌てて玄関に出てくる女中たちの中に八重が混じっていることを確認して、彼女に目くばせする。心得たように頷いた八重がの持っている菓子折りを受け取って「こちらです」と言われるまま誘導される。ちら、と政宗を見上げたが、彼は何も言わないままでは八重に引かれるままに歩きだした。



 部屋に戻り、着替えた政宗はずっと部屋の隅で座っている小十郎に軽く舌打ちをして上座に腰を下ろす。すると小十郎は外で待っていた綱元を中へと呼び寄せた。

「で?テメェら二人が顔色を変えるってことは、ただならないことだろうな?」

それ以外ならシめる、とばかりに睨みつける君主に小十郎は黙って頭を下げた。

「成実さまより早馬が参りました」
「Ah?」
「最上が兵を動かしました。留守さまとの国境へ向かっているとのことです。成実さまには留守さまへ援軍として向かわれるように小十郎の一存で早馬を出しました」
「最上の言い分は?」
「まだ何も確認できておりません。成実さまを通じて詳細を探っていただくよう伝えてあります」
「───────────」
「それだけではございません。黒脛巾組から報告が参りました。相馬領で不穏な動きあり。助勢を乞う、と」
「何?」

じろ、と隻眼を動かす主君が小十郎に先を促した。それだけならわざわざ綱元を呼ぶ必要がない。小十郎が言いたいことはまだあるのだろう、と視線を動かす彼に小十郎は軽く頭を下げる。

「政宗さまに許可をいただきたく存じます。此度の相馬の反乱は綱元どのを向かわせます。同行は『竜の巫女』。僭越ながら策は小十郎が授けます」
「おい・・・・・・小十郎、今、何つった?」
「綱元どのと共に『竜の巫女』の出陣のご許可を」

綱元と小十郎をじっと見つめて無言になる政宗の纏う空気が剣呑さを増してゆく。隻眼を細めた政宗の視線が小十郎に突き刺さるが、小十郎はどこ吹く風のように微動だにしない。

「───────────小十郎、ふざけてんのか」
「いえ、至極真面目な話をしております」
「No!んな許可出せるわけねぇだろ!」
「理由をお伺いいたします」
は女だろ!俺がいない戦に出せるか!」

頭を下げたままの小十郎を睨んで政宗が軽く手を振った。話は終わり、との意思表示ではあったが、小十郎はじろ、と主君を見上げて口を開く。

「されば、いかがなさいます?」
「Ah?綱元だけで十分だろうが。お前が俺を担がねぇってことは米沢で何かがあるっていう肚か?」
「恐らく、先日成実さまが遭遇したという者が裏で画策しているものと思われます。今米沢を開けるのは剣呑至極。政宗さまには米沢にお留まりいただき不測の事態に備えていただきとうございます」
「Ham・・・・それなら余計に」
「『竜の巫女』の神通力で相馬の反乱を征すれば、相手も策を考え直さざるを得ますまい。そのためにも『竜の巫女』の出陣を」

引かない小十郎に政宗は彼をにらんだまま口を引き結んだ。機嫌を損ねた、とわかる表情に綱元はそっと隣の義弟の表情をうかがうが、彼の鉄面皮からは何の感情も伺い知れなかった。こんな時、年下の同僚の胆の据わり方には尊敬してしまう。自分ではきっと主君の不興は流すことしかできない。彼のように真っ向から受け止めるだけの気力も度胸もない。鬼庭の家は父が大きくした名跡で自分はそれを守る義務がある。無意識下のうちにあるその考えが自分をいさめるのかもしれないが。

「それとも、政宗さまには『竜の巫女』をお傍においておかねばならない理由がございますか?」
「───────────は俺が守ると決めた。それじゃ理由にならねぇか?君主がした約束はたとえ端女との約束だろうとも破るわけにはいかねぇだろ」
「でしたら」
「Ah?」
に選ばせてはいかがですか?綱元どのと共に出陣し伊達に貢献するか、政宗さまのお傍にいるか、が自ら綱元どのと参るのであればお許しいただけますか?」
「で、がどっちも選ばなきゃ右目をえぐる気か?」

不機嫌そうに吐き捨てる政宗に小十郎は無言のまま頭を下げる。暗に政宗の言葉を肯定する彼に苛立たしく舌打ちしてから政宗は行儀悪く脇息にもたれ掛かる。

「小十郎、何度も言わせんな。答えはNoだ。綱元の出陣は許可する。相馬は綱元の裁量によって処理すべし。これは奥州筆頭の決定だ。異論は許さねえ」

じっと君主の顔で低く告げた政宗に綱元は黙って頭を下げる。奥州筆頭の決定であれば逆らうことは許されない。話はここで終わりと立ち上がろうとしたが、小十郎は納得できないというようにひた、と政宗を見つめる。

「随分、に甘くなられましたな」
「んだと・・・・・」
「政宗さまにとって必要なのは『竜の巫女』としてか、それとも一人の女としてのでございますか?」
「・・・・・」
「『竜の巫女』としてであれば、此度の出兵をお認めになられるべきかと存じます。伊達領に上がる火の手はこれで終わるとは到底思えません。火が小さなうちに打てる手は打っておくのが上策。巫女の名声を上げるには今でも遅すぎるくらいです。但し・・・・政宗さまがを女として傍に置きたいとおっしゃられるのであれば、それもよろしいでしょう。『竜の巫女』を解任し、側室になさいませ。今のまま、力も名声もない名ばかりの巫女のままただ政宗さまの無聊を慰めるだけの女として飼い殺しにすると言われるのであれば、いっそ手放される方が伊達のため、のためでございます」

一気に告げた小十郎に政宗は低く唸っただけで何も言わなかった。小十郎のいうことは全て正論だったからだ。

先日の戦で嵐を呼んだだが、戦場においては手柄を上げたとは言いにくい。本陣への奇襲を小十郎より先に示唆したのは彼女であるが、実際に指揮を取ったのは小十郎だし、その間彼女は成実に守られて別の場所にいた。それを知っている兵士たちから見ればいくら神通力を持っていても戦場で役に立たなければ意味がないのだ。そして政宗のお気に入りの彼女に対して、家臣たちの不満が募っている事実も確か。不満の声があるということは政宗の耳にも入ってきていた。

「綱元、出陣はいつにする?」
「兵を集めねばなりませんが明後日には」
「そうか」
「政宗さま!」
「明日結論を出す。下がれ」
「では、には小十郎から話を致します。よろしいですな?」
「───────────勝手にしろ」
「は」

不機嫌にそれだけを告げて小十郎の小言を封じると手を振って退室させて一人になる。『必要なのは竜の巫女としてか、一人の女としてのでございますか?』小十郎の問いに即答できなかった。いつの間にか自分の心の中に彼女の姿があることを否定できない。それは彼女に対する同情なのか、自分と同じ痛みを知っている同胞としてなのか、それとも───────────。答えのない迷路にはまり込んでしまったような感覚に政宗は大きく息を吐き出して目を閉じた。



 一方───────────。八重に付き添われて部屋に戻ったは一人で愛姫の部屋へと顔を出した。ちょうど愛姫は早い夕食を終えたところだった。後片付けをしている喜多も呼び止めては買って帰ったお菓子を差し出した。

「愛姫と喜多さんにお土産。政宗さんから」
「まぁ、殿から私たちに?」
「うん。政宗さんが買って行けって言うから。食事が終わったばかりだけど、大丈夫?」

いくつか取り分けると、喜多が懐紙を使って饅頭をちょうど口に入る分を切って愛姫に差し出した。お行儀よく受け取った愛姫が口に含む。「おいしい」と笑う愛姫に喜多が笑いながらを見る。

「殿にお教えした甘味屋のおまんじゅうでございますわね」
「うん。喜多さんのお気に入りだって言ってた」
さま、とてもおいしゅうございますわ。このような美味なもの、初めていただきました」
「え・・・・・・?」
「愛姫さまは田村家の姫でございます。街で売っているような饅頭など、普段ならお出しできるはずもございません。きっと殿が街にお出になられない愛姫さまのためにさまに頼んだのでございましょう」

最初の部分は小さくに告げて、愛姫に笑顔を向ける。「殿が愛のために」とぽっと頬を染める愛姫のかわいらしさには思わず見とれてしまう。

さま?」
「愛姫って超かわいい・・・・・・!!」
「はい?」
「何でこんなにかわいいのに、あの変態の奥さんなの・・・・・・・」
「ええと・・・・さま?何かございまして?」

思わず口を滑らせたに、喜多が咎めるような視線を向けてくる。だが愛姫は軽く首をかしげただけだが、はっと我に返ったは慌てて手を振った。

「う、ううん!何も・・・!何もないから!それよりも愛姫、こっちのお団子もおいしいよ」
「まぁ、これは何という味なんですの?」
「みたらし団子。食べたことない?」
「はい。初めてです。まことにおいしゅうございます」

にこにこと笑う愛姫をぎゅっと抱きしめたい衝動を押さえては内心冷や汗をかいた。かわいい妹ができる感情というのはこういうものなのかもしれないが、自分に年下の少女がかわいいと思うときが来るとは思わなかった。

「さあ愛姫さま、あまり遅くならぬ前に湯殿へおいでくださいませ。さまもそろそろ」
「あ、う、うん・・・・・」
「まぁ、それは残念ですわ。さまに城下の話をお聞きしたかったのに」
「それは明日になさいませ。今日はもうお休みの準備を」

愛姫が自分の分を平らげてしまうのを見届けると、喜多に言われるままに立ち上がる。お休み、と手を振ってはありがとうございました、と笑う愛姫の声に送られながら自室に戻った。



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