翌朝。いつもの通り政宗たちと朝食を取り、朝議が終わるまで部屋で待っていたの元を小十郎が訪れた。朝食の時に顔を合わせているが、その時には何の話もなかったから秘密の話でもあるのかと思っていたので八重と二人きりで待っていたのだ。だが小十郎は八重まで部屋を追い出してと二人で向かい合った。


「はい」
「お前に聞きたいことがある」
「───────────何?」
「政宗さまを、どう思っている?」
「───────────は?」

単刀直入に告げる小十郎にの目が点になった。その表情に小十郎は憮然とした表情を隠しもせず、はぁと溜息をついてきちんとそろえていた足を崩し胡坐をかいた。

「いや、聞いた俺が馬鹿だった。忘れてくれ」

綺麗に撫でつけられた髪に手を突っ込んで首を振った小十郎にはようやく自分を取り戻して小十郎に冷たい視線を当てた。

「それ、誰に聞いてこいって言われたんですか?」
「あ・・・・いや、いろいろと、な───────────」
「いろいろって・・・・・もしかしてその中に喜多さんが入ってるとか?」
「───────────」
「ふぅん。当たり、なんだ」
「何故姉上だと思った?」
「それは、まぁ、いろいろと・・・・・・・」

今度はが口ごもる番だった。問いかけの視線を送る小十郎から視線を逸らしながらはどうにかして話題を変えようと頭を総動員させる。

「え、ええと・・・・何でそんなこと聞くの?」

「はい?」
「お前はこの先どうするか決めたのか?」
「───────────」

低い声に身体が硬直する。あの時、右目をえぐろうとした時と同じ瞳で自分を見つめる小十郎に息を飲む。

「まだ・・・・・・・決めてない・・・・・でも、今は・・・・・」
「───────────」
「今は・・・・・・・ここにいたいって、思うのは・・・・・・いけないこと、なのかな・・・・・・?」
「───────────いや、いい答えだ。少なくともこの間よりはな」

そしての出した答えに小十郎は軽く目を見開いた。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったから。以前のとおり流されるままに楽をしたい、と言うのかと思っていた。もしがその答えを口にしたら自分はきっと彼女を捕らえて政宗の前に突き出していただろう。だが戦から戻ってから彼女が何かをずっと考えているのはわかっていたし、手習いがしたいなどと言い出したのはきっとその変化の兆しだったのかもしれない。そう小十郎が告げると、はふっと微笑んだ。その笑顔に小十郎は柄にもなく口ごもる。何故そんなことを感じてしまったのか、自分ではわからなかったが。

「小十郎さんの大切な話って、もしかしてそれ?」
「いや。お前の覚悟が知りたかっただけだ。
「何?」
「昨日、成実さまから早馬が届いた」
「え・・・・・・・・?」
「伊達領の北の国境に戦の気配がある」
「・・・・・・・・・・」
「同時に東には反乱の兆しがある。これを治めるために綱元どのと共に『竜の巫女』のお前に出陣してもらいたい」

その言葉には今度こそ言葉を失った。戦がどういうものなのか、今まで頭にある知識と実際に目の当りにしたものとは大違いだった。小十郎の言うとおり、人は簡単に死ぬ。彼は自分には極力見せないようにしてくれていたが、道に打ち捨てられたままの遺骸や凄絶な流血の痕、手足を失った兵士などテレビでも見たことのないほどの光景にいろいろと考えるきっかけになった。生きていることが特別なのだ、と実感できるようになったのもある。それを今度は守ってくれた政宗も小十郎もいない。果たしてここに帰ってくることができるのか、という恐怖に身が震えそうになる。

「もしくは───────────、政宗さまがお前を側室として所望されるやもしれん。戦に出ないのであればお受けしろ」
「その、二択しかないの?」
「それはお前が考えることだ」
「───────────そっか。小十郎さんは、やっぱり厳しいね・・・・・・」

うつむいたが小さく呟いて苦笑する。本当に小十郎は自分にはごまかすことはしない。まっすぐに見つめてくる瞳が無言のまま答えを待っていては視線を伏せたまま小さく首を振った。

「すぐに答えを出さなきゃダメ、かな・・・・?」
「綱元どのの出陣は明日だ。今日中に答えを出せるか?」
「・・・・・・うん。わかった。ひとつ、聞きたいんだけど」
「何だ?」

ちら、と見上げるに小十郎は彼女を促した。だが、「政宗さんは、私のこと好き、なのかな・・・・・」とつぶやいたに小十郎は眉を上げた。

「それは・・・・・・・」
「うん」
「俺にもわからん」
「───────────そう、だよね・・・・小十郎さんは政宗さんじゃないもんね」
「だが、政宗さまはお前を守る、という誓いを破るつもりはないとおっしゃった。だから今回のお前の出陣について政宗さまはまだ了承されてねぇ。だが手柄を何一つ立ててねぇ女中でも側室でもねぇお前が政宗さまの側で特別扱いされてるのを面白く思わねぇやつも大勢いる。それはわかるな?」
「・・・・・・・・・・・・うん。私、ずっと政宗さんに守られてたんだね」
「ああ」
「そう、か・・・・・・ありがとう小十郎さん」
「何で礼なんか言いやがる。俺はお前にひでぇことしか言ってねぇだろ」
「でも、小十郎さんは私には隠してることはいっぱいあっても嘘はつかないから。それだけは、感謝してる」
「そうだな。お前に全て話せるんだったら俺が軍師をやってる意味がねぇ」

くつ、と清濁を併せ持った曲者の笑いを張りつかせる小十郎にも笑う。ああ、本当に大人だな、と思う。小十郎といると肩肘を張らなくていい。すべてを包まれるような包容力に心地いいと素直に感じてしまう自分がいる。政宗といるときのような何をされるかわからないかも、という緊張感とも無縁だ。打てば響くように返ってくる言葉と、容赦のない突きつけられる現実に戸惑うことも多いが、それもこれも彼は自分に嘘はつかないからだ。だから小十郎と話す時間はにとって心地いい大切な時間だった。

「小十郎さん」
「なんだ?」
「そういえば喜多さんに聞いたらごまかされたんだけど。政宗さんが意地悪をするのって小十郎さんと成実さんと私だけってホント?」
「・・・・・・サァ、どうだかな」
「ごまかさないでください。愛姫にはあんな意地悪をしないんでしょ?」
「愛姫さまにそんなことができるか。阿呆」
「・・・・・・愛姫はすごく政宗さんのこと、大切に思ってるよ。政宗さんは私を側室にしたいって思うほど、愛姫のこと好きじゃないの?」

じっと見つめてくるに小十郎はひとつ溜息をついて彼女を見つめる。もし政宗が彼女を側室に、と望めばそれは彼女が彼女ではなくなり、数多の政宗の側室の一人として接しなければならない。無論、このように二人きりで部屋にいることすら許されなくなる。

、俺が言ったこと、姉上や政宗さまには言うな。ここだけの話にしておけ」
「う、うん。わかった」
「愛姫さまはじめ、ご側室は皆近隣諸国からの人質だ。政宗さまから望んだことは一度もねぇ」
「───────────」
「愛姫さまは田村の姫だ。11歳の時に政宗さまに嫁がれた。人質としてな」
「───────────っ!?」
「奥州を平定するためには同盟を結ぶことも肝要だ。今のご側室は皆、そうやって政宗さまに差し出された女たちだ」
「・・・・・・・そう、なんだ・・・・・」
「だから、もし政宗さまがお前を側室に、とお望みになればお前は初めて政宗さまに所望された女になる。身分こそ低いが愛姫さまよりも政宗さまの近くに侍ることになるだろう。それは覚悟しておけ」
「それって、今この城にいる女の人は政宗さんにとって、好きな人は誰もいないってことだよね・・・・・・」

小十郎の言葉にの頭の中で政宗が側室たちを見る瞳を思い出す。綺麗な蝶を愛でるような、そんな瞳で彼女たちを見ていた。まるで美術館で絵を眺めるような瞳で。逆に側室たちの政宗を見る視線の冷たさの意味もようやくわかる。が今まで感じていた違和感はそれだったのか、とようやく納得がいった。

「ただ───────────」
「え?」
「愛姫さまは政宗さまにとっては特別な方であることは変わりねぇ。幼いころからご一緒だったお二人だ。政宗さまはいつも愛姫さまのことをお気にかけておられる」
「うん。それは、わかるよ」

事実、政宗は愛姫だけには違う顔を見せる。肩の荷を下ろしたような優しい微笑みは愛姫にだけ向けられることが多い。にやりと笑いながら自分にちょっかいを出してくる彼とは同一人物とは思えないほどなのだが。

「小十郎さん、話してくれてありがとう」
「───────────いいか、くれぐれも」
「うん、わかってる。誰にも言わない」

頷いてふぅと長い息を吐き出した小十郎を見上げる。小十郎にとって政宗は大切な主君というだけではなく、彼は政宗が小さな頃から仕えていると聞いた。きっと彼なら政宗が今何を欲していて、何をどうしたいかを一番理解しているのだろうとは思う。だがその彼が自分を尊重してくれるということに嬉しいと思う。

「小十郎さん、ひとつ聞いていい?」
「今度は何だ?」
「私、『竜の巫女』としてやっていけると思う?」
「・・・・・・・・・・・」
「嘘はつかないで。ちゃんと私の目を見て答えて。私に務まると思う?」

まっすぐ小十郎を見つめるをはっとして見つめる。今まで見たことのない彼女の表情だった。大人びた視線の強さと、どこか芯の強さを感じさせる。きっとこれが本当の彼女なのだろう。今まで流されていたのはきっと彼女なりの処世術だったのだろうと悟る。それをそぎ落とす度に見せるのいろいろな表情に目が離せなくなりそうで。

「お前以外に務まるはずもねぇ。俺は嘘はつかねぇよ」
「───────────うん。ありがとう」
「で、どうする?」
「・・・・・・・私、綱元さんと一緒に行く」
「そう、か」
「うん。何もできないかもしれないけど、やってみようと思う。小十郎さんが私のこと信じてくれるなら」
「俺は俺が信用できないヤツのために時間を割いたりしねぇ。胸を張って行け」
「・・・・・・・・うん。あれ・・・・・何で・・・・・」

嬉しかった。小十郎が自分を信じる、と言ってくれたことが。考えてみれば、自分の人生の中で、そんなことを言ってくれた人はほとんどいなかった。学校の先生でさえ、孤児の自分をないがしろにした。それが当たり前だと思い、できるだけ目立たないよう、クラスの流れからはみ出さないように、と生きてきた自分にそういってくれる人がいるという事実がこれほど胸をいっぱいにするとは思わなかった。

気づけばぽろりと涙がこぼれていた。手にあたる雫に驚いたように顔を上げる。最初の涙に小十郎は腰を浮かそうとしたが、の様子を見て腰を下ろして懐紙を彼女に差し出した。

「ほら、拭けよ。ったく、テメェは餓鬼か」
「・・・・ぅぅ・・・・餓鬼でいいもん」
、心配すんな。綱元どのは今まで一度も負けたことのない御仁だ。まぁ大勝もしないがな。そういう戦をされる方だ。だが今回はちんたらやってる時間はねぇ。策は俺が授ける。お前はそれを実行するだけでいい。俺を信じろ」
「うん・・・・・信じるよ。小十郎さんを」

ぽろぽろと頬から零れ落ちる涙を懐紙でぬぐってやりながら、小十郎はふっと指先に当たる雫に眉を寄せた。女の涙など面倒なものだとばかり思っていた。だが今目の前でこぼれるの涙はどこか神聖のものを感じてしまう。だが無防備に泣き続ける彼女を抱きしめることなどできず、軽く頭を撫でてやった。

、それを政宗さまの前で言えるか?」
「う・・・・が、頑張ります・・・・・」
「よし、じゃ泣き止んで覚悟ができたら八重を使いに寄越せ。俺は執務室にいる」
「うん・・・・・・小十郎さん」
「なんだ?」
「ありがと・・・・・・」
「ああ」

立ち上がった小十郎の背中に告げると、彼は小さく頷いただけで何も言わないままふすまを閉めた。



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