しばらく泣き続けるにつきあっていた小十郎だったが、ちら、と部屋の外へと視線を走らせる。この後、午前中の政務をし、午後からはを巫女とするための稽古の段取りを整えてある。だがこの調子だと自分が午前中の政務に顔をだすことができるかどうか、という時間が迫ってきている。ふぅ、とひとつため息をついて、小十郎はに向かって口を開いた。

「オラそろそろ泣き止め」
「───────────」
「テメェ昨日から泣いてばかりだろうが。いい加減にしろや」

少しイラついていたせいか、ずいぶんドスの利いた声になった、と後で反省したのだが、そのかいあってか、ぴたりとの泣き声が止んだ。


「・・・・・・ぅ・・・・」
「話は聞いてやる。だが、政宗さまの言うとおりだ。ここは奥州だ。その王たる政宗さまに逆らうことは誰もできねぇ。それをテメェ、散々に言いやがって。ここで生きて行きたいなら、ちっと考えを改めることだ」
「だって・・・・・・・」
「アァ?」
「ぅぅ・・・・・小十郎さんが怖い・・・・・・・」

ぐすぐすとまた泣き出したに、小十郎はふ、と息をついて彼女の腕をとる。驚いて顔を上げたに小十郎は笑ってみせる。

「ひでぇ顔だな、おい」
「み、見ないで・・・・!」
「いいから顔洗え。そんなんじゃ男はみんな逃げていっちまうぜ」
「ぅ・・・・・・・・」

冗談交じりに告げた小十郎に小さく頷くと、小十郎はすぐに女中を呼んで洗顔の準備をさせる。顔を洗ってすっきりすると、ようやくの涙も止まったようで、小十郎は軽く笑って彼女の頭をなでてやる。

「で?」
「え?」
「何故政宗さまにあんなことを言った?」
「う・・・・・言わないと、ダメ、かな・・・・・・」
「アァ?じゃもう一度同じ目にあいてぇか?」
「は、話す!話します!!」

ぐいと腕をつかまれて背中を壁へと押し付けられる。普通ならときめくシチュエーションなのに、目の前の小十郎は獰猛な笑顔を貼り付けていて、は慌てて頷いた。

「えっと・・・・・私、向こうに彼氏がいて」
「彼氏?男ってことか?」
「あ・・・・うん。それがひどい男で。私のことは財布と、欲求のはけ口でしかないみたいで・・・・気に入らないと殴られたり蹴られたりしたの。毎日が地獄だった。だからあの時、やっと死ねるって思って、ああやっと解放されるって思ったの。でも気付いたらここにいて、さっきの、ちょっとその男に殴られたときと同じだったから」
「ひでぇな。女は守るモンであって、殴ったりすんのは最低の男のやることだ」
「・・・・・・うん。でも最初はね、優しかったの」
「───────────?」
「私、ずっと一人だったから。優しく声かけてくれて、一緒にいてくれて・・・・それが嬉しかったの」
「そうか───────────」
「うん」

手を離されて、そのまま座り込んだの前であぐらをかいた小十郎の手が軽く頭をなでる。ちら、と小十郎を見上げると、彼は今まで一度も見たことのない瞳をしていた。同情なのかもしれない。でもこうやって話を聞いてくれることがには嬉しかった。


「何?」
「帰りたいか?」
「え・・・・・・・?」
「お前のいた世界に」
「・・・・・・・・どう、だろ・・・・・・」
「もしお前が帰りたいと望むなら、『巫女』の話は断れ」
「え・・・・・・?」
「俺からも政宗さまに進言してやる」
「でも・・・・・」
「心配しなくても帰るまではここには置いてやる」
「小十郎さん」
「何だ?」
「帰り方、わからないんだよ」
「そんなこと、俺にもわかってる」

小十郎の問いに、は答えられなかった。だが、彼が暗に告げてくれたことが嬉しかった。やりたくないならやらなくていい、と。無理をしてでもやらなくていいと。政宗のことだけを考えているようなこの男が彼の意向より自分を優先してくれるといってくれたことがひどく嬉しい。
だがが言ったとおり、帰れるかどうかも分からない。それに、ここに落ちてくる時、死ぬと思ったときの安らかな気持ちと、こちらに来てからの何回かの命の危険を思い出して苦笑する。向こうにいるときは死ぬことなど怖くなかった。むしろいつ死んでもいいとさえ思っていた。だが、成実に刀を向けられたときの恐怖は未だ身体が震える。我ながら勝手な感情だとは思うが、今は死ぬことが怖いと思う。そしてそう思った自分に満足した。それがきっと今の自分の答え。

「小十郎さんは、優しいね」
「アァ?」
「そうやって脅すくせがなければ」
「・・・・・・・人相が悪くて悪かったな」

ぽつりと呟いた言葉に予想通りの反応が返ってきて、はくすりと笑う。だいぶ慣れてきた。これはきっと彼の癖なのだ。それを怖いと思っていたら会話が成立しなくなる。

「今は」
「ア?」
「帰りたくないや」
「そう、か───────────」
「うん。政宗さんはちょっと、アレだけど・・・・・小十郎さんも綱元さんも優しいし、愛姫さまも喜多さんも八重さんもすごく良くしてくれる。私がどんな人間だってことも知らないのに」

ふ、と遠い目をしたに、小十郎は思わず息をのんだ。今まではずっと年下の少女かと思っていたのに、急に大人びた表情になる。きっと苦労してきたのだろうと分かるその瞳に、彼ができることはそっと頭をなでてやることだけだった。

「お前が悪い人間じゃないってことぐらい、分かるさ」
「そうでもないよ。私、弱い人間だから」

「何?」
「人間は弱い。だが、守りたいものがある人間は強くなれるもんだ。それが見つかるかどうかは、その人間次第だろうがな」
「小十郎さんにとっての政宗さんみたいに?」
「ああ」
「そっか・・・・・そっか・・・・・・・・」

予想通りの即答に笑う。小十郎が政宗をどれほど大切に思っているか、などわずかな時間一緒にいるだけでもわかる。目標なんてなく、ただだらだらと生きていた自分が恥ずかしくなりそうな力強い言葉。そしてその言葉と強さに目を見張る。

「小十郎さん」
「何だ?」
「・・・・・・・・ありがと」

小さく呟いたに小十郎はやや乱暴にの頭をなでてやる。

「え〜と・・・・・綱元さんも小十郎さんも私をいくつだと思ってるのか聞いてもいい?」

昨日から疑問だったのだが、何故か綱元も小十郎も自分の頭をなでたがる。完全に子供に対しての仕草だと思うのだが。

「さぁ、女の年なんざわからねぇが、二十歳にゃなってねぇだろ」
「えぇ!?私もう25だよ!」
「何だと!?」
「そ、そこまで驚くようなこと?」
「てめぇそのナリで政宗さまよりも年上なのかよ」
「へ!?政宗さんって年下なの!?」
「何だ、年の割りにゃぁ中身は餓鬼か」
「って、それひどくない!?」

食ってかかるに、小十郎はにやりと笑って立ち上がる。

「もう平気なようだな」
「え・・・・・あ、うん」
「テメェのせいで今日の予定が大幅に狂ってやがるんだ。さっさと来い」
「結局私の意志って・・・・・」
「あるわけねぇだろ。それよりも後でちゃんと政宗さまには謝ってこい。あれでかなり落ち込んでいらした」
「あ・・・・・・うん。そう、だね・・・・・・」
「おら行くぞ。歩かねぇなら担いでいくが」
「あ、歩きます!」

ぐい、と腕をつかまれて引き上げられる。途端に目に入ってくる小十郎の腕の太さには慌てて立ち上がって先を歩く小十郎の背中を追って歩き出す。あの腕の太さってどうやったらなるんだろう、あれで殴られたら死ぬかも、などと考えていることは小十郎には内緒だ。小十郎について歩き一室にたどり着くと、彼は無言で中を指し示した。行ってこい、という仕草にこくりと頷いて小さく声をかける。

「あのぅ・・・・・・」
「Ah?Come in」

心なしか小さな声に、ちら、と小十郎を見上げると、彼は小さく頷いてみせる。それに勇気付けられるようにふすまを開いて中へと入り込む。政宗は執務の真っ最中だった。机に向かい何かを書きとめている。他には綱元と見たことのない男たちが数人、淡々と書類に向かっていた。

「政宗さん、あの・・・・・・」
───────────」
「さっきは、ごめんなさい」
「───────────」
「ちょっと、びっくりして。私、向こうでああやってよく殴られてたから」
「Ha、女を殴るなんて最低だな」

自分を見て驚いた表情になった政宗に、ちくりと良心が痛んだ。別に彼が悪いわけではないのに、わめきちらした自分が恥ずかしい。だが政宗が言った一言に、思わず笑みがもれる。

「Why?」
「ううん。小十郎さんと同じことを言うんだなぁって」
「小十郎が?」
「うん。それで、できればああいうこと、やめてほしいの」
「ああいうこと、とは?」
「だから、ああいうこと」
「Ham・・・・・・Okey」
「ありがと」

政宗との約束ににこりと笑ったに、政宗もようやくいつもの調子になってくつ、と笑ってを手招いた。政宗の前にちょこんと座る彼女に政宗は筆を置いて視線をやる。

「何?」
「で?何か欲しいモンは?」
「え?何、それ?」
「それじゃ俺が約束を守れねぇだろうが」
「約束?そんな約束したっけ?」
「Shit!テメェ・・・・・・」
「わ、わ・・・・・・」

政宗の腕がのそれをつかんで引き寄せられる。思わず逃げ出そうとする身体を抱きとめて政宗がにやりと笑う。

「じゃあお前に欲しいモンがないなら俺がもらう」
「ちょっ・・・・何、そのむちゃくちゃな論理!?」
「Ah?俺は奥州筆頭だぜ」
「関係ないし!」
「そうだなぁ、キスひとつで勘弁してやるか」
「や、やだ!ちょっ・・・・綱元さ〜ん!助けて!!」
「綱元、黙ってろ」

ぽかんとする家臣たちをよそに淡々と仕事を続ける綱元に助けを求めるが、あっさりと政宗が粉砕する。主君の声に軽く肩をすくめて聞かなかったふりをする彼には目をむいた。

「ひどっ・・・・!ちょっ・・・・!!こ、小十郎さ〜〜〜〜ん!!助けて〜〜!!」
「Ah?小十郎、いるんならさっさと仕事しやがれ。何でお前の仕事まで俺がやらなけりゃなんねぇんだよ」

腕の中で暴れるを抑えながらの台詞に、隠れていた小十郎は額を押さえながら嘆息した。一礼して入室して、じゃれあう主君との姿に一喝する。

「政宗さま!いい加減ご自重なされよ」
「Ha、テメェ俺に意見すんのか!?」
「それもこの小十郎の役儀でございます。が嫌がっております。お放しなさいませ」
「テメェ、随分風向きが変わりやがったな」
も一応女子でございます。ご無体な真似はおやめください」
「───────────Ya」

『一応』といわれてカチンときたが、その諫言に政宗はようやく手を離してくれたからよしとする。ち、と舌打ちが聞こえたのは聞かなかったふり。政宗の魔手から逃げ出したはすかさず部屋の隅に逃げ出した。

「小十郎さん、さすが」

「は、はい!?」
「政宗さまにお茶をお持ちしろ」
「はい・・・」

一息ついたに小十郎が促した。退室しろ、という小十郎に頷いて部屋を後にした。一方残された政宗は憮然とした表情のまま、自分の机に詰まれてある書類を無造作に小十郎に差し出すのに、綱元がくすりと笑みを漏らす。

「小十郎、随分と仲良くなったものだね」
「───────────少し話をしただけですが」
「で?」
「いえ先ほどが申したとおりです。あのように男からよく殴られていた、と。ですから」
「Ah、I see。わかったよ。もうやらねぇ」

ひら、と手を振る政宗に小十郎は頷いて書類を受け取った。聡明な主君のことだ。やらないといったことはきっと守る。ざっと書類に目を通して、政宗の決裁が必要なものと自分の権限で処理できるものとを取り分けて、政宗の分を差し出すと、彼はいやいやながらそれを受け取って決裁を開始する。それを横目に小十郎と綱元は視線を交わして笑みを浮かべたのだった。



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