が部屋を出ると、奇妙な沈黙が部屋を満たした。綱元はちらと唇を噛みしめる主君と義弟とを盗み見て、さてどうするべきか、と思案する。二人の気持ちはわかっている。だがより迷っているのはきっと義弟の方なのだろう。そう考えていると、どうやら同じことを思っているらしい成実と視線がかちあった。どちらともなく苦笑すると、愛姫が見咎める。

「綱元、成実どのも笑い事ではございませぬ。事は伊達家の大事。万が一さまが他家へ嫁がれるような事あらば、伊達家は巫女に見放された家として末代まで笑われまする」
「あ〜愛姫、そんな心配はしなくてもいいと思いますが・・・・」
「成実どのには何かさまをお留めになる名案でもございますか?」
「名案という程ではありませんが」
「まあ、是非お伺いしとうございます」
「簡単な事ですよ。景綱が娶れば良い」
「Ah?」
「成実さま!」

にやと政宗に良く似た表情で笑って成実は愛姫ににじり寄る。政宗の鋭い視線が突き刺さるが、成実はそんなもの怖くない。

「どう見ても景綱がに惚れてるのは明白だからな。だって景綱の事を憎からず思っているだろう?」

綱元を見やれば、綱元は成実の言葉を肯定するように軽く頭を下げる。

「だったら話は簡単だ。を殿の養女に迎えて景綱に降嫁させればいい。景綱はこれで目出度く殿と縁続きになる。身分がどうの、という輩を黙らせることもできるし、降嫁を機に景綱の領地を増やすということもできる」

成実の言葉を黙って聞いていた当の本人はといえば、常の渋面に加えて眉間のしわをさらに増やしていた。ここに愛姫と喜多がいなければ力づくでも黙らせてやるとばかりの顔つきに気付かない訳ではあるまいに、成実はにやにやと笑ったままだ。

「まあ!名案ですわ!さすが成実どのです。小十郎、そなたはいかがなのです?事は伊達家の大事。よもや断るなどありますまいな」
「は───────────いえ、愛姫さま、この小十郎はもう所帯を持たぬと決めております。この身一つで政宗さまにお仕えすることができれば、本望でございます」
「さればそなた片倉家はいかがするつもりなのです?」
「本家は兄が継いでおりますれば、この小十郎めの家は一代限りにて」
「景綱、左門はどうする?」
「は・・・・されば、成実さまにお願いしたき儀がございます。左門を成実さまのお子の小姓としてお召しくださいませ」

平伏する小十郎のとんでもない願いにさすがの成実も二の句を告げなかった。

「おい小十郎、話をそらすんじゃねえ。テメエをどう思ってやがる?」
「は───────────」
「こんだけギャラリーがいたら言えねえか?愛、成、綱元も下がれ。ああ、喜多は残れ」
「政宗さま!」
「何だ?事はテメエの家のことだろ。喜多にとっては家の存続がかかってんだ。文句があんならここで言え」

政宗がじろと小十郎を睨むと、喜多はその心遣いに頭を下げる。女中を呼び愛姫の共をさせて三人だけになってしまうと、政宗は近くに寄れとばかりに二人を手招いた。

「喜多、お前はこの話どう思う?」
「小十郎にはもったいないお話と存じます。ただ・・・・・・さまはご承知くださいますか」
の気持ちは後で八重にでも探らせろ。小十郎、俺はに惚れてる」
「政宗さま!?」
「だが、俺には愛がいる。が愛を気にしてんのはわかってるし、お前がを娶るんなら諦めてやってもいい」
「なれど政宗さまがお望みであればこの小十郎など」
「ざけんな。小十郎、俺に遠慮はいらねぇ。正直な気持ちを聞かせろ。をどう思ってる?」
「されば───────────」
「嘘をつくんじゃねぇ。俺の執政じゃなく一人の男として答えな。You see?」

政宗の言葉に小十郎はふうと息を吐き出して頭を上げる。執政としてでなく、対等の男として政宗に接するように真っ向から政宗を見つめる。

を、憎からず思っております。なれど、政宗さまがをお望みであると思っておりました故、生涯秘するつもりでございました」
「俺はお前と違って女には不自由してねえからな。お前が望むなら譲ってやるぜ。但し、俺はすんなり諦めてやる気はねえぜ。蔦のようにあいつを泣かせたら次は承知しねえ。五体切り刻んで川に流してやる。いくら小十郎でも容赦はしねぇぞ。俺が惚れたオンナを横取りするんだ。それぐらいの覚悟はあるんだろうな?」
「政宗さま」
「返事は?」
「・・・・・・・小十郎の一世一代の願いでございます。を・・・いえ『竜の巫女』さまをこの小十郎の妻にくださいませ」
「So fool」
「は・・・・?」
「そういう言葉はのいる前で言え。俺が聞きたかったのはお前にその覚悟があるかどうかだ。」
「ふぅ、まったく・・・・」

ぺちんと扇で額を叩かれて顔を上げた小十郎に政宗と喜多の呆れたような声が重なる。

「All right。お前にその覚悟があるなら後は任せな。喜多、の方は頼むぜ。何があっても是と言わせろ。あいつを奥州から失うわけにはいかねえんだ」
「かしこまりました」
「小十郎、覚悟が決まったんならココにいねえで行くトコがあんだろ」

しっしっと追い出す仕草に小十郎は渋面になったが逆らわなかった。一礼して退室していくと、喜多は政宗に向かって頭を下げる。

「・・・・・・・・殿」
「Ah・・・・・いい。喜多も下がれ」

どこか顔色のさえない政宗が暗に一人になりたいと告げるのに喜多はゆっくりと首を振った。膝を詰めて政宗のすぐ隣へと座ると、その手を握りしめる。

「───────────本当によろしいのですか?お辛くありませんか?」
「Ha・・・・・辛くねえっつったら嘘になるな。だが、俺は二度も間違えたくねえんだ」
「殿、蔦のことは」
「わかってるさ。あんときの俺は何にもできねぇ餓鬼だった。愛を娶って俺は大人になったつもりでいた。だがな俺がもうちっと大人だったら蔦を娶らせたりはしなかった。あいつにいらぬ後悔をさせた元凶は俺だ。コレは俺が受けなきゃいけねえ罰だ」
「殿・・・・いえ、梵天丸さま。お泣きください。今だけはこの喜多は乳母に戻ります」
「喜多・・・あんま、俺に優しくすんじゃねえよ」

ふわり、と温かい喜多の体温に包まれて気が緩む。小さな頃から側にいる彼女はいつも張り詰めている政宗の心を軽く溶かしていく。愛姫にもこんな弱い自分を見せたことなどない。だが政宗は数年ぶりに子供に戻って喜多にすがりついて人知れず泣いた。奥州の王である孤独の道を選び、今また自分を孤独から救ってくれるかもしれない女性をあきらめることを選んだ主君に自然頭が下がる。だが彼も一人の人間なのだ。辛くないわけはない。だから喜多は肩を震わせる彼を抱きしめたまま、黙って彼が泣き止むまで側にいてやった。


政宗の部屋を追い出された小十郎の足は自然のいる部屋へと向かっていた。部屋の中に気配はあるから、きっと中にいるのだろうと思う。声をかけようかどうしようかと数回部屋の前を行ったり来たりして───────────小十郎は小さく息を吐いて覚悟を決めた。

、いるか?」
「あ、小十郎さん、うん、いるよ。どうぞ」

寒い、とばかりに火鉢の前を占領して手をかざしているが見上げてくるのに小十郎は八重に勧められるまま部屋の中に腰を下ろす。

「すまねぇな」
「───────────ううん」

「はい?」
「俺の、妻になってくれ」
「───────────小十郎、さん・・・・・?」

唐突に要点だけを告げる彼に、思わず目を丸くする。八重でさえ「まぁ」と言ったまま固まってしまっていて、は助けを求めるように視線を走らせる。

「え、えと、それってさっきの手紙の件?」
「ああ。お前をほかの人間にやるぐらいなら俺の妻になってほしい」
「小十郎さん、あの、自分が言ってる意味、分かってますよ・・・・ね・・・・・・?」
「結婚してくれ、って言ってんだ。おいそれと言えるか」
「そ、そうだよ、ね・・・・・・」
「政宗さまの許可は取った。あとはお前次第だ」
「って、唐突すぎてついていけないんだけど」

呆れたように呟いて見上げると、小十郎は言うべきことは言ってしまった、とばかりに黙り込んでいて、はちら、と八重を見つめる。助けてほしい、という意味の視線だったが、以上に驚いているらしい八重は固まったままで、ダメだ、と軽く首を振る。

「あの・・・・・なんで、私なの・・・・・・?」
「俺はお前に惚れてる。だからだ」
「───────────って・・・・」

ストレートすぎる言葉に頬が火照る。何故、という言葉を繰り返すを見下ろす小十郎の瞳は完全に覚悟を決めてしまった男のそれで、はその小十郎を正視できなかった。

「小十郎さん、本気、なの?」
「当たり前だ。どうすれば信じられる?」
「・・・・・・・・・・え、えと・・・・・・・」
「じゃ、こうすれば信じてくれるか?」

戸惑うから視線を離さないまま、すっと小十郎が動いての身体を抱きしめる。そして頬に手を添えると、その唇を自分のそれで奪う。

「んっ───────────!?」

あまりにも突然の行為に抗議の声を上げようにも小十郎はわずかに開いたそこから舌先を差し入れて吐息すら奪うように蹂躙していく。やがて息が上がり、肩が上下する頃になると、ようやく唇を離した小十郎がを抱きしめた。

「俺の側にいてほしい」
「小十郎、さん・・・・・・」
「今度は、俺は間違えない。お前を幸せにする」
「───────────うん、わかった。小十郎さんなら、いいよ」

ずん、と身体に響く低音がの身体を震わせる。包み込まれるように抱きしめられる体温に安心する。ずっとこのぬくもりに守られていたから、きっと今度もそうなのだろう。こくん、と頷いたに「すまねぇ」と小さく告げる小十郎に、八重はそっと部屋を出て二人きりにしたのだった。



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