祝言を挙げてから途端に忙しさが増した。今までは城の与えられた一室で『竜の巫女』として舞を覚えたり政宗の相手をしたりするのが日常だったのに、今や『竜の右目』片倉小十郎の妻としてひっきりなしにやってくる機嫌伺いの使者やひそかに伊達とつなぎをつけようとする他国の使者の対応、家臣たちの陳情、それに加えて妻同士の付き合いなど、目の回るような忙しい日々に追い立てられた。
小十郎は出来るだけの負担を軽くするようにと他国の使者と家臣たちの陳情に関しては城へ直接と触れを出してくれたが、逆に小十郎の新妻を見ようとする家臣たちが群れを成して門へと集まる結果となった。無論、政宗から新たに賜った屋敷を見ようとする様子見の者たちも数多くいたのだが。
祝言の後、成実の妻である亘理御前や綱元の妻にも紹介され、二人とも仲良くなった。成実は基本的には大森に詰めているためあまり会うことはないが、綱元とはいわゆるご近所でその妻とも協力していかなければいかない。逆に彼女からいろいろと教えてもらうことも多く、毎日が矢のように過ぎていった。
そして雪深い奥州にも春の足音が聞こえてくるようになった頃。久しぶりに政宗から呼び出しの書状が届いた。『竜の巫女』として次の戦の軍議に参加するように、というもので、はその書状を小十郎に見せ彼のアドバイスを求めたのは登城する前夜のことだった。
「政宗さまから?」
「うん。これ。喜多さんのお使いの方が来られたの」
「姉上の使い?本物だろうな?」
「え?だって八重さんと楽しそうに話をしてたよ。久しぶりですねって笑ってたし・・・・・・って、小十郎さん、自分のお姉さんでしょ?信じられないの?」
「いや、今姉上は米沢を離れている。それにもうすぐ春がくる。そうなれば奥州もまた戦になるだろうからな。それに『竜の巫女』であるお前が俺に嫁いだことで周辺諸国は気を高ぶらせていやがる。俺も疑いたくはねぇが、お前に接触してくる人間は一応疑ってかからねぇとな」
「ふぅん・・・・・何だか軍師って損な役回りだね」
布団の中、けだるい互いの体温を感じながらのやり取りで、用意していた手紙を小十郎に示す。それにざっと目を通した小十郎が小さく息を吐き出した。
「ったくあの方は・・・・・・」
「ねぇ、行ってもいいよね?」
「あ、アァ。まぁ構わねぇだろう。久しぶりに政宗さまの元に顔を出して来い」
「うん!わぁ、政宗さんに会うの、久しぶりだなぁ」
事実、祝言が終わって後、政宗がじきじきに小十郎の屋敷を訪ねて以来、顔を見ていないから数か月ぶりになる。当の小十郎は毎日城で会っているし、政宗がの事を気にしているのは知っていたから、元気だということは伝えていたが、とうとう我慢できなくなったらしい。が城にいるころは毎日政務をさぼっていたから、今城の中ではさぼる口実が見つからないためだ。仕方なく、というわけではないが、たまに愛姫の所に逃げ出したりしているものの、随分領主らしく仕事をするようになったと思う。
「久しぶりに愛姫にも喜多さんにも会えるかなぁ・・・・・・」
「姉上なら今米沢にはいねぇぜ」
「え───────────?」
「大森の成実さまの所に政宗さまの名代として行っている・・・・・まぁそろそろ戻ってくる頃かもしれねぇが」
「どうして喜多さんが?普通政宗さんの代わりって小十郎さんが行ったり綱元さんが行ったりするんじゃないの?」
「成実さまから姉上にどうしても、という手紙が来たんだ。仕方ねぇだろ」
「───────────?」
珍しいことに歯切れの悪い小十郎の言葉に首をかしげる。その疑問に小十郎は小さく苦笑しての身体を抱きしめる。
「だから、あれだ。姉上が政宗さまの乳母だってのは知ってるだろ?」
「うん」
「と同時に成実さまの教育係でもある。ご嫡男の教育のことで姉上に相談があると手紙が来た。で政宗さまが」
「面白がって喜多さんを行かせたわけだね」
「ああ。何故わかった?」
「わかるよ。政宗さんがやりそうなことだもん。そっか・・・・・・喜多さんいないのか」
くすくすと笑っていたが急にしゅんと表情を曇らせた。明日政宗に会う以外にも喜多に用事があったような様子に首をかしげる。
「何だ?姉上に用か?だったら戻ったら会いにいきゃいいじゃねぇか」
「え?行っていいの!?」
「構わねぇよ。小者をつけてやるから城まで行ってくるといい。姉上が戻ってきたら教えてやる」
「うん!ありがとう小十郎さん!」
「で、」
「何?」
「姉上に何の用なんだ?」
「え・・・・・あの・・・・・・それは・・・・・・・」
「アァ?俺に話せないことか?」
「そうじゃないけど・・・・・・あの、ほら、女同士じゃないと恥ずかしいことだってあるじゃない!」
「月のものが来ないとかそういうことか?」
「こ、小十郎さんっ!?そ、それは別の意味で違うからっ!!」
あまりにも直接的な言い回しに顔を赤くする。確かにここに来た当時、喜多や八重にはそのことでも世話になった。何せ月経が来たらナプキンで処理をするのが当たり前なのにこちらではナプキンなどなかったのだから。慌てるに二人とも落ち着いていろいろと相談に乗ってもらったのは事実。だが小十郎の言うそれは自身が妊娠したことをほのめかすようで。
「なんだ、恥ずかしがるようなことじゃねぇだろ。お前と俺は夫婦だろうが」
「夫婦であっても恥ずかしいのっ!!」
「アァ?」
「とにかく!喜多さんが戻ったら教えてね。じゃ明日は政宗さんといっぱいお話してこよう」
はしゃぐに小十郎は彼女の腰に回した腕をぐい、と引いた。当然のごとくの身体は小十郎に密着して、はきょとんと夫を見上げた。その視線の先に不機嫌、と書いてある小十郎の表情には目を丸くする。
「小十郎さん?」
「お前、何でそんなに楽しそうなんだ」
「え・・・・?それは久しぶりに会えるからだけど・・・・・小十郎さん、何怒ってるの?」
「怒ってねぇ」
「嘘。怒ってるじゃない。ねぇ、どうしたの?」
「───────────別に」
「別にって顔じゃないでしょ?ちゃんと答えて・・・・・・・あ、ねぇ」
じっと夫の顔を見つめてから、ふとが何かを思い当たるように瞳を輝かせた。
「アァ?」
「もしかして、妬いてるの?」
「んなわけねぇだろ」
「ホントに?私が政宗さんと会うのを楽しみにしてるから怒ってるのかと思った」
「テメェ、俺をからかうとはいい度胸だなぁ」
「ちょ、ちょっと小十郎さん!」
どうやら図星を引いたらしく、ごろんと背を布団につけるような形で転がされ、小十郎が覆いかぶさるような形になる。見下ろす小十郎の瞳が情欲に濡れているようでは小さく笑って小十郎の首に手を伸ばす。
「もう・・・・・何言ってるの。私は小十郎さんの奥さんだよ。他の男の人にどうこうってあるわけないし、それは政宗さんであっても同じことだよ。だから小十郎さん心配しないで」
「心配はしてねぇ。だがお前が政宗さまに何を言うつもりなのか興味があるだけだ」
鋭い小十郎の一言には小さく笑ってごまかしてから彼を抱き寄せる。
「それよりも───────────小十郎さん、あのぅ、これって・・・・・・・」
「俺たちは夫婦だろ?子作りをするのは当然だと思うがな」
「え、ええと・・・・・・それをすると明日起きれる自信がないんですけど」
「それこそ心配するな。俺と一緒に出仕すればいい。ちゃんと起こしてやる」
そういいながら明確な意思を持って動き出す小十郎の手には抵抗するのをやめた。そして彼に翻弄されるように朝まで付き合わされることとなった。