鳥の声が聞こえる───────────、それと同時に小十郎の低音には思い瞼を上げた。結局一日中小十郎に翻弄された身体はだるく、身体を起こすのもおっくうだが、今日は政宗から呼び出されている日だ。起きなければ、と身体を起こそうとして、ずきり、という腰の痛みに小さく悲鳴を上げた。
「うぅ・・・・・・・・」
「おい、そろそろ起きろ。政宗さまをお待たせするわけにはいかないだろ」
「起きたいけど、こうなってるのは小十郎さんのせいなんだけど」
「アァ?夜通しいい声で啼きやがったのはお前もだろ」
「それは小十郎さんがするからじゃない!」
布団の中でごろごろと転がりながら頬を膨らませる。だがそのやりとりも部屋の外でくすくすと笑う声に中断させられる。小十郎が外を見れば、そこには八重が外出の準備を整えて控えていて小十郎はじろ、と彼女を睨みつける。
「おい八重。盗み聞きなど感心しねぇぜ」
「申し訳ございません。あまりにも睦まじいお二人にお声をかけるのは忍びなく控えておりました」
「を頼む」
「はい」
笑い続ける彼女に小十郎は妻を託して部屋を出る。彼自身の準備もあるからだ。聞かれた、という恥ずかしさに布団にもぐりこむに八重は声をかけた。
「さあさま、お疲れとは存じますがご準備をなさいませ」
「うぅ・・・・・・聞いてた、よね?」
「ええ。睦まじいのは良いことでございます」
「い、いや、そうじゃなくて・・・・・・・」
もぞもぞと身体を動かすに八重は襦袢を用意して彼女の前に置いて背を向ける。それを確認しては布団から出て襦袢を身に着けると、八重に手伝ってもらいながら小袖を身に着ける。今日の小袖はまだ小十郎と祝言が決まる前、政宗と共に城下に出た時に政宗があつらえてくれたもので、祝言の後屋敷を訪ねてきた彼から「祝言の祝いだ」と言ってプレゼントしてくれたものだった。金糸銀糸をふんだんに用いたそれは豪華なもので、最初は受け取れないと言っていたのだが、小十郎に「祝いの品を受け取れないなど失礼にもほどがある」と怒られてしまったものだ。だから普段は身に着けることはなく大切にしまっているのだが、今日は久しぶりに登城するとあって八重が気を使ってくれたらしい。
「さま、とてもお似合いですわ」
「う、うん。こんな派手な着物、ちょっと気が引けるけど」
「良いではありませんか。それよりも朝餉の支度が整っております。お部屋に参りましょう」
そして小十郎と二人で朝食を取ってから登城する。小十郎に与えられた屋敷は城のすぐ側にあるから馬で行くほどの距離でもない。だから二人で歩きながら向かっていた。
「なんだか、久しぶりだなぁ」
しばらく通っていなかったし、季節も移り変わっているから生い茂る木々の色も最初に見たときとは変わっている。もうすぐ桜の季節になる。自分がいた世界は春になるとどこでも桜が花をつけ街中がピンク色に染まる。だがの見るところ、城の周りには桜の木がないように見える。
「ねぇ小十郎さん、米沢では桜がさくの?」
「桜?お前がいたところでは桜が多いのか?」
「うん、春になったらね、街のあちこちで桜が綺麗に花をつけるんだよ。お城の跡なんかは桜の名所になってて毎年花見をする人でいっぱいになるの」
「それは米沢もか?」
「米沢はわからないけど、皇居のあたりはすごかったなぁ。歩けなくなるほどの人が花見に来るんだよ」
「───────────そうか。だったら桜がさいたら花見に行くか?米沢にも花の名所がある」
「行きたい!」
「そうか、わかった」
の言う地名はほとんどわからないがとにかく綺麗な桜がさくことは理解した。目を輝かせる彼女に小十郎は小さく笑う。
「本当に!?やった!!あの・・・・・・ね」
「何だ?」
「そのお花見、政宗さんや成実さん達も呼びたいね。喜多さんも八重さんも一緒にお花見したいなぁ」
「おい、成実さまや姉上はともかく、政宗さまはダメだ」
「え〜!?どうして!?」
「家臣が催す花見に主君が顔を出すなどあってはならねぇ。ただでさえ片倉家は他の家から目をつけられている。それについては別に構わねぇが、政に支障が出るのが困る。お前もそのあたりは俺の妻になったんだったら心得ておけ」
「うん・・・・・わかった」
内心つまらない、と思いながら真剣な瞳になる小十郎に頷いておく。だったら今日政宗に会うのだから、政宗の命で花見を命じてもらうのがいいのかもしれない、と考えながらちら、と小十郎の顔を盗み見る。途端、彼の瞳とかちあって何を考えていたのかを見通されるような思いに慌てて目を逸らす。
「」
「な、何?」
「お前政宗さまに無心なんかするんじゃねぇぞ」
「無心って───────────?」
「政宗さまに花見を開いてもらおうとかねだるな」
「───────────相変わらず千里眼だよね、小十郎さんって」
「アァ?お前が考えていることぐらいすぐにわかる」
「わかってますよ。そんなことをねだるつもりはないから」
「だったらいい」
小十郎の妻になってわかったことだが、さすがに伊達家の軍師をしているだけあって小十郎の千里眼にはいつもやり込められている。それは自分だけではなく政宗や成実、綱元も同じらしいと八重が笑って言っていた。時々、小十郎の目には誰にも見えていないものが見えているのではないか、と錯覚することがある。心の中を覗き込まれているような居心地の悪さと、何もかも包み込まれているような包容力と。それが心地いいと思ってしまうのだから自分も小十郎を求めているのだろう。
そうしているうちに玄関が見えてきた。ここから先は小十郎は家来たち専用の入口へ、は裏へと回らなければならない。政宗から下知が行っていたのだろう。迎えの女中がを待っていた。それに安堵した小十郎と別れたは女中と共に中へと入る。そしてが暮らしていた部屋へと通されて、は目を丸くした。自分が小十郎に嫁いだときに、この部屋は自分の部屋ではなくなっているものだと思っていたが、調度品などすべてがいたころのままになっていて、懐かしさに目を細める。
「八重さんも一緒に来たら良かったのに」
政宗からの手紙には八重を連れてきても構わないとかいてあったが、当の八重は苦笑して首を振ったのだ。自分は既に城を出た身であるのだから、政宗の好意に甘えることはできない、と言って。ここでの生活はずっと八重に支えられてきたから、一緒にいることが当たり前だった。同じ部屋にいながらやはり時間が過ぎていることを感じてしまうようで、は小さく息を吐いた。
「Hey、何溜息をついてやがる」
途端、背後から懐かしい声が響いて慌てて顔を上げる。そこには着流しのままの政宗の姿があって、は驚いて立ち上がった。
「政宗さん!?え!?この時間、朝議じゃないの?」
「抜けてきた。お前の顔が見たかったんでな。お前、少し太ったんじゃないか?」
「そ、それって久しぶりに会う女性に対していう言葉じゃないよね」
「Ah?事実だろうが。小十郎の作る野菜がうまくて箸が止まらねぇか?」
「───────────う・・・・・否定できません」
皮肉な物言いではあるが、それに懐かしさをかきたてられる。意地悪な言い方は政宗らしいと苦笑するしかない。こんなやりとりも久しぶりで思わず笑顔になってしまう。
「で、舞の稽古はしてんだろうな?」
「・・・・・・・・ガンバッテます・・・・・・」
「All right。後で見せてもらうとするか。、昼まで暇なら愛に会って来い。愛もに会えると楽しみにしていたからな」
「うん!そうさせてもらうね。それよりも・・・・・・」
朝議を抜けてきた、ということはそろそろ彼を探しに来るころでは、と口にしようとして慌てて口を閉じる。部屋の外に聞き覚えのある足音が響いてきたからだ。
「政宗さま!?どちらにいらっしゃいますか!?」
「Shit!小十郎のヤツ、もう追いかけてきやがった」
舌打ちをして一度腰を浮かした政宗が観念したように腰を下ろす。ふぅと溜息をつく彼にはくすくすと笑う。きっと小十郎なら声をかけなくてもここに主君がいることなどお見通しだろうから。笑う彼女に政宗は視線を逸らす。
「おい、いつまでも笑っ───────────」
「見つけましたぞ、政宗さま」
スパン、と障子をあける音が響いて振り返ると、そこには仁王立ちになった小十郎がいた。鬼の形相になっている夫をちら、と見てはそっぽを向いたままの政宗に声をかける。
「政宗さん、ほらお迎えが来たよ」
「行きたくねぇ」
「左様でございますか。家臣皆、政宗さまのお出でをお待ちしておりますが」
「───────────Hum」
「」
「何?」
「お前も皆に会うのは久しぶりだろう。今は広間にそろっているから顔を出せ」
「───────────!おい小十郎!」
「何ですかな。政宗さまはどうぞごゆっくりなさるとよろしい。、行くぞ」
「う、うん、わかった」
ちら、と交わす視線で小十郎の意図を悟って立ち上がる。政宗と久しぶりに話していたいと思うのは確かだが、このままでは小十郎は引き下がらないだろう。それに政宗の仕事を邪魔してまで一緒にいたいとはさすがに思わなかった。
「Shit───────────行きゃいいんだろ、行きゃ」
本当に自分一人を残して出て行こうとする二人の背に仕方ないと立ち上がる政宗には小十郎と顔を見合わせて笑う。本当に変わっていないと思う。こうやって政宗が逃げ出してくるのも、政宗と小十郎の会話もその空気も。その居心地の良さについつい笑い声が止まらないに小十郎が視線だけで問いかけてくるが、は小さく首を振ってゆっくりと後ろについてくる政宗の憮然とした表情を盗み見て、とうとう我慢できずに吹き出し政宗に容赦なく頭を叩かれた。