しぶしぶながら政務に戻っていった政宗と小十郎を見送って自身は愛姫の部屋へと向かう。勝手知ったる場所だから案内の女中も必要ない。スタスタと歩いて目あての部屋にたどり着くと、は外から声をかける。

「あのぅ」
「何者です?」

何と声をかければいいかわからなかったのだが、すぐさま中から声が聞こえてくるのに、少しふすまを開いて顔を出す。

「ええと、愛姫、久しぶり」
「まぁ、さまですか?」
「うん。入っていいかな?」
「勿論ですわ!」

愛姫はちょうど朝の祈祷の時間が終わって戻ってきたばかりのようだった。見覚えのある女中たちが身の回りのものを片付けていた。ひょいと顔を出したに愛姫は手を止めて目を輝かせる。

「お久しぶりでございますわ!さま、お元気でいらっしゃいましたか?」
「うん、おかげ様で。愛姫も元気そうで安心した」
「ささ、こちらへおいでくださいませ!」

勧められるままに愛姫の近くに腰を下ろすと、彼女は自分との二人分のお茶をお菓子を言いつけるとまじまじとを見つめる。

「お元気そうで何よりでございました」
「愛姫だって。政宗さん、優しくしてくれてる?」
「ええ。以前よりもずっと。さまも小十郎に無体なことをされておりませんか?」
「うん、大丈夫。すごく大切にしてもらってるよ」
「それはようございました。申し訳ありません。生憎喜多は殿の命にて米沢を離れておりますけれど」
「うん、小十郎さんから聞いてるよ。愛姫は喜多さんがいないとさみしいんじゃない?」
「そう、ですわね。身の回りのことは喜多にすべて任せておりましたから。それよりもさま、貝合わせを致しますか?双六に致します?もしよろしければさまの舞を拝見させていただきとうございます」

ぎゅっと手を握ってくる愛姫のそれを握り返して目を潤ませる彼女に笑いかける。本当に会えてうれしいという彼女にも嬉しくなる。

「あ・・・・う・・・・・相変わらず練習中だけど。それでもよければ」
「勿論です!そうですわ、私の琴と合わせていただいてもよろしいですか?」
「え?お琴と?」
「ええ!ご心配なさいますな、愛が合わせます」
「じゃ、じゃあやってみようか」
「はい!」

早速、と琴を準備する間愛姫と近況を報告し合う。特段変わったこともないけれど二人きりの時間はとても楽しくて。そして二人で舞を合わせ、そのあとでまたお茶を飲みながら他愛のないことを話しているうちにあっという間に時間が過ぎていった。

「失礼いたします」

部屋の外から聞き覚えのある低音が響き、は驚いて顔を上げる。小十郎だ、とすぐにわかったものの、愛姫と話している時間はそれほど長くないと思っていたから、何故彼が来たのかがわからなかったのだ。

「ご歓談の途中で申し訳ありません。、政宗さまがお呼びだ」
「え───────────?政宗さん、もうお仕事終わったの?」
「もうと言ってももうすぐ夕方だ。今日の政務は滞りなく終わられた」
「夕方!?もうそんな時間!?」

ここに来たのは午前中の早い時間だったがそれほど時間が経っている感覚がなかったのだが、小十郎に言われて外を見れば、確かに太陽は傾いてきていて、は素っ頓狂な声を上げる。愛姫はまぁ、とだけ言って唇を隠すような仕草をするが、小十郎はそんな彼女に向かって頭を下げる。

「愛姫さま、申し訳ございませんがを連れて参ります」
「いやです」
「は───────────?」
「小十郎は意地悪です。私とさまが楽しい時間を過ごしているのに、さまを連れていってしまうなど」
「は、いや、それは・・・・・・・・」

突然唇を尖らせた愛姫に小十郎は慌てたように顔を上げた。いつもなら「仕方ありません」と言って笑って送り出してくれる彼女の反撃にさすがの小十郎もとっさに言葉が見つからなかったらしい。

「それに小十郎は屋敷でさまを独り占めして。久しぶりにお会いできたと思えばすぐに連れていってしまうのですもの」
「そ、それは申し訳も───────────」
「でしたら、もっとさまを米沢城へお連れしなさい」
「は───────────?」

思わずタジタジになる小十郎を世にも珍しいと思いながらちら、と見やる。いつもは自分や政宗をやり込めている立場の小十郎もさすがの愛姫には頭が上がらないようだ。

「いいですわね、せめて10日に一度は私の元へお連れすると約束なさい。さもなければさまは渡しませぬ」
「め、愛姫、あの私なら呼んでくれたらいつでも来るから」
さま!」
「は、はい?」
さまもひどうございます!私が呼ばなくても小十郎が気を利かせてお連れするべきではございませんか。さまは小十郎の妻とはいえ、まだ『竜の巫女』のお役目もございます。私はさまのご友人になったと思っておりましたのに。どうか愛に会いに来てくださいませ」
「わ、わかったから。ね?小十郎さん、そういうことだから、10日に一度は愛姫に会いに来てもいい?」
「───────────」

思わぬ愛姫の剣幕に彼の袖を引くに、小十郎はじろと見やるだけ。言外にそんなことができるか、と言いたげな彼には思わず頭を抱えそうになる。だがそんな彼の態度に愛姫はきり、と眉を上げる。可憐、ともいえる彼女が怒るところなど初めて見る。その剣幕にはいたたまれずに彼の袖をもう一度引いた。

「小十郎、何故黙っておるのです?まさか許さぬなどと言うのではないでしょうね?」
「いえ、愛姫さまのたってのお言葉とあれば小十郎に否やがあろうはずがございません」
「確かに、その言葉聞きましたよ。ではさま、また10日のうちにおいでくださいませ。次はもっと美味しいお菓子をご用意してお待ちしております」
「う、うん。愛姫、会えて嬉しかった。また来るから、ね?」
「はい!」

笑顔になった愛姫に手を振って立ち上がる。続いて丁寧に頭を下げた小十郎がの後をついてくる。そして政宗の待つ部屋へと案内する、と言って追い越そうとする彼の腕がの背中に回ってぐい、と引き寄せられる。

「小十郎さん?」
「黙ってろ」

ここは城中だから!と声を荒げるに小十郎はにや、と笑って襟を直してから彼女の唇を自分のそれで塞ぐ。

「ん───────────っ!?」

思わず声を上げようとするの唇に手を当てて、軽く襟に手をかけてぐいと広げられる。こんなところで、と慌てるをよそに、鎖骨のあたりに顔を埋めた小十郎の唇からちく、という痛みに身体を引いた。

「───────────っつ・・・・!ちょっと、小十郎さん!?」
「お前は俺の妻だ」
「そんなことはわかってるから!それよりも何するのよ!?」
「いいから黙ってろ。お前は俺のモンだって証拠をつけただけだ」

平然と告げる小十郎にぱくぱくと開いた口がふさがらない。普段はこんな独占欲を見せる彼ではないのに、どうやら先ほどの愛姫との一件が相当こたえたらしい。それに今からは政宗との対面、舞の稽古が待っている。それをわかっているのにわざと政宗に挑戦状をたたきつけるような行為にはあんぐりと口を開けた。

「小十郎さんって、時々向こう見ずだよね・・・・・・・」
「アァ?」
「心配しなくても私は小十郎さんの奥さんだから。それよりも政宗さんにこれをどうしたって聞かれたらどうするのよ」
「そのまま俺につけられたと言ってろ」
「言えるわけないじゃない!もぅ・・・・・・・」

懐から手鏡を取り出してつけられた痕を確認する。それほど大きくはないが、襟を合わせればぎりぎり隠れるか、という場所には恨めし気に小十郎を見上げる。

「あ〜もう、舞の稽古の途中で見えちゃう」
「構わねぇだろ。お前と俺は夫婦だ」
「───────────構うよ。はぁ、もう仕方ないなぁ」

今から戻って着替えている時間もない。小十郎がわざわざ呼びに来た、ということは政宗を相当待たせているという証拠でもある。大きく息をついては諦めたように政宗が待つ部屋へと向かったのだった。



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