が部屋についた時、手慰みで扇をいじっている政宗がじろりと睨みつけてくるのに思わずたじろいでしまう。小十郎が迎えに来た時点で随分彼を待たせていたという自覚はあったものの、予想以上の不機嫌さにちら、と小十郎を見上げるが、彼は涼しい顔で少し離れたところに腰を下ろす。
「so late!」
「ご、ごめんなさい」
「申し訳ございません」
「始めるぜ。、舞え」
「う、うん」
彼が不機嫌なのはわかっていたから逆らわずに頷いて前に進み出る。楽師はおらず、小十郎の笛が合わせるだけのようだから、いつもの稽古とあまり変わらない。彼と顔を見合わせてタイミングを計り、踊りだす。祝言を挙げてから時間を見て小十郎に指南してもらっている通りに舞い終わると、じっと見つめる政宗が不機嫌な表情を崩さないまま黙って立ち上がる。
「小十郎、once more」
「わ───────────」
言い捨てての背にぴたりとくっついて二人羽織のような形になる。そしてもう一度舞い始めるのに、政宗の動きに合わせて身体を動かしていく。
「お前小十郎のクセが身についてんじゃねぇか」
「そ、そうかな・・・・・・・?」
「そうだ。直せ」
「って言われても───────────っ!?」
手を伸ばす、腰を落とす、とひとつひとつクセを直される。途中、あきれたように告げながら直していく彼には首をかしげるが、途端、腰をぐい、と落とされて悲鳴を飲み込んだ。背中に当たる彼の体温にドギマギするが、政宗はまったく気にしていないらしい。ちら、と夫の方を見ると、彼は咎めるような視線を向けてきていて、思わず頭を抱えそうになる。絶対帰ったらお仕置きされる、と妙な確信に背筋が冷える。
「おい何処見てんだ?」
「ちょっ・・・・・・政宗さ───────────」
一瞬、小十郎に気を取られて舞がおろそかになる。その途端、足がつる、と滑ってぐらりと身体が傾いた。悲鳴を上げそうになるが、それよりも早く政宗がその身体を抱きとめてくれていて、慌てて立ち上がろうとした小十郎も奇妙な恰好のまま固まってしまっていた。
「ったく、お前は相変わらずだな」
「ご、ごめんなさい!」
床にそのまま下ろされてあきれた、とばかりに告げる政宗から慌てて距離を取る。のその仕草にぴく、と眉を上げた政宗だが、すぐさまの肩を抱いて「けがはないか?」と聞く小十郎に小さく息を吐いた。
「小十郎、ここはいい。外せ」
「は───────────?」
「テメェがいると稽古にならねぇ。心配しなくてもに手を出しゃしねぇよ。お前がいるとの気が散る」
「しかし」
「命令だ。あぁ、代わりに楽師を寄越せ」
「───────────かしこまりました」
「ったく───────────」
しぶしぶ、とばかりに外す小十郎を見送ると、政宗は部屋の隅に用意された茶を二人分淹れて自分との前に置いてやる。まさか政宗の手ずから入れてくれると思わなかったので、恐縮するの頭を軽くなでる。
「相変わらずで安心した」
「政宗さん?」
「小十郎とはうまくいってるみてぇだな」
「うん、大切にしてもらってるよ」
「にしても、舞とそれはいただけねぇな」
「え───────────」
それ、と着物の合わせを指差す政宗には慌てて襟をかきあわせる。政宗の言っているのが先ほど小十郎につけられた痕で顔を真っ赤にするに政宗は軽く肩をすくめてみせる。
「あいつめ、俺に見せつけるように痕をつけやがって」
政宗の声音にいたたまれずに顔を伏せる。確かに小十郎は政宗に見せつけるように痕をつけているのだから彼の言うことは正しいのだが、つけられる方としては身が縮む思いだ。
「舞もやり直しだ」
「え・・・・・・・・?ダメ、なの?」
「まぁ、以前に比べたらマシだがな。だが小十郎のクセがしみついてしまってやがる」
「ええと・・・・・・・小十郎さんのクセってダメなのかな?」
「アイツは元々神職だからな。舞も雅楽が混じってる。それもそれでいいんだが、俺がお前にやらせたい舞じゃねぇ」
「そ、そう」
にとってはイマイチ違いが判らないが、こういうことには秀でている政宗が言うのだからそうなのだろう。適当に頷くと無言が落ちる。お茶を飲みながら小十郎が戻ってこないことを確認してから、ちら、と政宗を見上げて口を開いた。
「あ、あの政宗さん」
「Ah?」
「あのね、お願いが、あるんだけど」
「何だ?」
「左門くんに、会ってほしいの」
口に運んでいた湯呑がぴたりと止まる。視線だけで問うてくる政宗に言い出したことながら、はもじもじと手を合わせる。
「左門ってあの左門か?」
「うん、小十郎さんの子供」
「寺に預けてあるって聞いてたが」
「うん。外れのお寺にいるよ」
「で、何故俺が会わなきゃならねぇんだ?」
「ええと・・・・・・・左門くんがね、一度でいいから政宗さんと会ってみたいって言ってたの。無理にとは言わないけど、もしできたら会ってもらえないかな・・・・・・?」
「───────────小十郎がいるときに言わねぇってことはアイツは知らねぇのか?」
「うん。言ってない。小十郎さんは左門くんにはすごく厳しいから左門くんがそんなことを言ってたって知っただけで左門くんが怒られそう」
「ま、アイツならやりかねねぇな」
小さく苦笑を洩らして政宗が考え込むように視線を落とす。その仕草にもしかしたら政宗も彼に対して何か含むところがあるのかもしれないと言い出したことを後悔してしまう。だがしゅんとなったにちら、と視線をやって口を開く。
「え、ええとダメなら」
「No、ダメとは言ってねぇ。だが小十郎の目を盗んでとなるとちっと難しくなるな。アイツは俺の右目だ。俺のスケジュールはアイツには筒抜けだからな」
にや、と不敵な笑みをたたえる政宗に思わず吹き出した。悪戯っ子がそのまま大きくなったような笑みは彼が何か企んでいるときの笑みそのもので、普段ならこの笑みを浮かべる政宗からは距離を取るところだが、今日は笑ったまま身を乗り出した。
「じゃ、じゃあ」
「All right。俺も左門には一度会ってみたかったんだ。お前が格好の口実をくれたな。但し小十郎にバレたときはお前に言われたって言うからな」
「え───────────」
「何だ、夫婦喧嘩は犬も食わねぇか」
「う、ううん・・・・・・できれば小十郎さんには言わないでほしいんだけど・・・・・・・」
「Ha!そこまでは知らねぇな」
「うぅ・・・・・・・」
政宗と話していて忘れていたが、今日の足をすべらせた一件も後から小十郎に怒られるに違いない。思わず頭を抱えたに政宗はにやにやと笑うだけだ。
「で?願いってそれだけか?」
「もう一つ、あるんだけど・・・・・・・こ、これだけは絶対小十郎さんには言わないでくれる?」
「約束はできねぇな」
「じゃ、じゃあ言わない」
「Ah?言え」
「う・・・・・・・・あの、お花見を皆でしたいなって・・・・・・」
「花見?」
「うん。小十郎さんが米沢にも綺麗な桜がさくって言ってて、皆でお花見したいなって思って・・・・・・でも、小十郎さんには政宗さんは呼ぶなって言われちゃった」
「あの野郎・・・・・」
小さく唸る政宗に首をすくめる。自分を仲間外れにする気か、と言いかけて小十郎はきっと身分を考えたのだろうという結論にち、と舌打ちを洩らして、うつむくの顎を扇でくいと持ち上げる。
「Okey、だったら今年の花見は盛大にやるとするか」
「へ・・・・・・?」
「戦の前の宴として伊達家の面目にかけて盛大にな」
「え!?それって大事すぎ・・・・・」
「Ah?お前が皆でやりたいって言ったんだぜ。当然お前が列席するなら重臣どもの家族も参加だな」
にやりと笑う彼にあっけにとられて開いた口がふさがらなくなる。自分が言いだしたことだが、まさかそんな大事になるとは思わなかった。茫然としているうちに政宗は日取りはいつがいいか、どのくらいの人数を集めるか、など具体的なことを考え出していて、そんなを見やって政宗はとん、と扇を手で打った。
「重臣の家族は全員参加だ。無論、左門もな」
「え───────────?」
「だったら小十郎も文句は言えねぇだろ。お前の望みもすべて叶う。どうだ?」
「───────────す、すごい!政宗さん!」
彼の言葉がしみ込むまでにしばらく時間がかかる。だが悪戯っ子の表情のままの政宗に、は興奮して顔を上げた。確かに政宗の言うとおりだった。家族を全員参加、とすれば左門をあの寺から引っ張り出すきっかけにもなる。政宗と引き合わせることも彼をあの寺に引っ張っていくよりも簡単にできる。それよりもお目見えしたことのない左門であれば挨拶に引き出されることは必定だ。お花見の提案に瞬時にそこまで考え付いた彼の思考能力の凄さに目を見張る。
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる?」
「ううん、本当にすごいよ!」
興奮するに隻眼を細める政宗だが、にやりと笑いながら手にしていた扇をの顎に向けた。
「Ha!で、お前の役目は小十郎を説得することだ。You see?」
「───────────げ」
「『げ』じゃねぇ。左門を寺から引っ張り出してくんのはお前の役目だぜ。どうせアイツは左門は呼ばねぇって言うに決まってるからな。せいぜい頑張って小十郎を口説け」
「ま、政宗さぁん・・・・・・・・」
その一言を聞いた途端、一瞬で情けない顔になる彼女に政宗は久しぶりに声を上げて笑ったのだった。