政宗の発布によって国を挙げての行事になってしまった花見だったが、ちょうど桜が満開になる時期を見計らって沢山の木々がある場所へ即席の屋敷が設けられた。自分が言いだしたことながら、あまりにも大変なことになってしまったことに、は最初驚くよりも先におたおたしてしまっていたのを小十郎に見つかって、かなりの雷を落とされた。説教だけで終わるはずもなく、しみじみ小十郎に逆らうのであれば命がけになるということが身に染みた。だがもう決まってしまったことは仕方ない。発案者だから、という理由でことあるごとに政宗に呼び出され、そのたびに小十郎に睨まれる羽目になり正直生きた心地がしなかった。そして今日も政宗に呼び出されているからその支度の最中だった。

「今日も登城するのか?」
「う、うん。政宗さんに呼び出されてるから・・・・・・・あ、でも今日は舞のお稽古だって」
「そうか」
「うん」

舞に使う小道具をまとめ、身支度を整える。八重は帯を締めると早々に部屋から出ていってしまったから今は二人きりだ。結局、花見には見世物が必要だ、という政宗の一言で自身も舞を披露することになってしまい、猛稽古の最中だ。毎日城に呼び出されてしごかれているため、ほとんど家のことはできない状況が続いていた。

「あの、小十郎さん」
「何だ?」
「ええと・・・・・その・・・・・・・ごめんなさい」
「何がだ?」
「だから、その・・・・・・毎日家を空けてしまって」
「仕方ねぇだろ。毎日政宗さまに呼び出されてるんだ。愛姫さまはお喜びだろう」
「うん。毎日見に来てくれてるよ。笑われてることも結構あるけど」
「そうか。愛姫さまに粗相のないようにな。それより早く支度しろ。俺も出仕する」
「う、うん!ちょっと待ってて」

最近は小十郎の方が朝が早いことが多かったから、彼を見送ってから屋敷を出ていたのだが、今日は一緒に出ようと告げる彼に慌てて荷物を持って立ち上がる。お待たせ、と笑う彼女と共に城に向かう。しばらく無言で歩いていた二人だが、小十郎が口を開いた。


「何?」
「花見が終われば戦が始まる」
「───────────うん」
「お前は俺の妻として片倉家を支え、ひいては政宗さまを支えなければならねぇ。それはわかるな?」
「うん・・・・・でもどうしたの?突然」
「もう一度左門のことを話したい。政宗さまに申し上げて一日どこかで休みをもらってくれねぇか?」
「───────────わかった。聞いてみる」

一瞬───────────息が詰まるのを感じる。この件に関して小十郎は自分と話をすることを避けているのはわかっていた。一度は引き取ると決めたものの、左門からの返答はあまり芳しいものではない。小十郎と二人きりの時、左門の話をしようものなら眉間にしわが寄るのがわかっていたから、今までは二人きりになっても左門の話をすることはなかった。そろそろ喜多に相談してみようと思っていた矢先だったから、小十郎の言葉は嬉しくもあり、また戸惑いもあった。だが彼から言ってくれたのはよい兆候だろうと思いなおして頷くと、小十郎は小さく苦笑した。

「お前はどうしたいのか、もう一度きちんと考えといてくれ」
「あ・・・・・・うん・・・・・・・」
「それから、今日の昼すぎに姉上が戻ってくるらしい」
「え!?ホント?」

長期で成実の治める大森へ出かけていた喜多の帰りを待っていただけに小十郎の言葉は朗報に聞こえた。花見には喜多も出席するように、という通知が出ていたからそれに間に合うように戻ってきたのだろうが、久しぶりに会える、と顔を上げる。

「ああ。明日にでも会いに行ってくるといい」
「うん、そうする。じゃ、私はあっちだから」
「ああ。頑張れよ」
「ありがとう。小十郎さんもね」

手を振って小十郎と別れ、はいつものように政宗の待つ部屋へと向かい、その日一日拘束されることになり喜多にも会えないまま一日が過ぎていった。


 翌日。今日も城に呼び出されたのをいいことに、同じく出仕している喜多を捕まえる。昨日のうちに小十郎が話をしてくれていたらしく、愛姫に許可をもらい、午前中、政宗が政務をしている間に二人きりで会える時間を作ってくれた。相変わらずの手際の良さに感心しながら、は喜多に言われた通り、自分の部屋で彼女を待つ。本来なら義理の妹になるのだから自分から顔を出すのが当然だし、彼女にそう伝えたのだが、城内の喜多の部屋は二人きりで会うのはあまりふさわしくない、と言っての部屋へ来てくれることになった。

「失礼いたします」
「あ、喜多さん!」

それほど待つ時間は長くはなかった。女中が淹れてくれた茶をすすっているとすぐに喜多が顔を出してくれる。祝言が終わってから数回行き来はあったもののそれから顔を合わせていないから、もう数か月顔を見ていないことになる。

「すみません、ご無沙汰してます」
「いえ、こちらこそ。お元気そうで何よりですわ。小十郎は無体なことをしていませんか?」
「う、うん。大切にしてもらってます」
「あら、それは良かったですわ。それよりも私に話があると聞きましたが」
「ええ。喜多さん・・・・お義姉さんに相談に乗ってもらいたいんです」
「まぁ嬉しいこと。私に、ということは小十郎が何かしでかしました?」
「いえ、違うんです。ええと・・・・・左門くんのことで」
「左門の?」
「はい───────────」

久しぶりに会う義姉は相変わらずだった。きびきびとした動きににこやかな笑顔を浮かべていて、ほっと胸をなでおろす。そして慎重に切り出したに喜多はぴたり、と口を閉じて部屋に入ってから、すべての障子を開け放った。誰かが近付いてくればわかるだろう。本当に秘密の話をしたいとき、もしくは人を近づけたくないときにこうするのだ、と今のは知っていた。のすぐ近くに腰を下ろした喜多が視線だけで先を促すのに、ぽつりぽつりと話を始める。話といっても特別なことはない。何度か左門に会いに行ったこと、彼は成実の元へ行きたがっていること、小十郎自身は当初は引き取ると言っていたものの、今はもう引き取っても成実の元へ出してもどちらでもいいと言っていることを告げる。途中支離滅裂になってしまったかもしれないが、喜多はじっと聞いていてくれた。

「お話は分かりました。それで、さまはどうなさりたいのです?」
「私・・・・・は・・・・・・・・できたら左門くんを引き取りたい、です」
「まぁ───────────」
「意外、ですか?」
「そうですわね。まだ小十郎との生活も数か月でございますし、そこに左門が来れば文字通り邪魔者かと思いますし」
「き、喜多さん・・・・・・」

相変わらずニコリと笑いながらズバリとついてくる彼女にひく、と頬が引きつる。確かにそれは考えないわけではなかったが、それ以上に自分と同じ瞳を持つ彼がこのままでいいとは思わなかったからだ。

「なさぬ仲の親子などそんなものでしょう。私にも覚えがございます」
「え───────────?」
「あら、ご存じでございましょう?私の実の父は綱元の父で、今の片倉の父は母の再婚相手でございますから。現在片倉家を継いでいる兄とは血がつながっておりません」
「そ、そうでしたね・・・・・・・」
「ええ。ですから私だけでなく、小十郎も常に兄の日陰になることが当たり前で暮らして参りました。殿の───────────政宗さまのお父君の小姓にしていただくまで、厄介者でございました」

にこにこと笑いながらの言葉だったが、は思わず口ごもった。であるのであれば、今の左門の気持ちも彼がおかれる立場も小十郎はよくわかっていることになる。だが小十郎が昔そんな境遇にあったことなどまったく知らなかった。

「それでもさまは左門を引き取りたいとおっしゃられるのですか?」
「はい───────────。あの、私・・・・・家族って知らないんです」
「───────────ええ。小十郎から聞きました。さまは大変ご苦労をされてお育ちになられた、と」
「それどころか父と母の名前も顔も知りません。物心ついたころから施設で育ってそれからずっと一人暮らしだったから、家族のぬくもりとか、お父さんとかお母さんとか、憧れてて。せめて左門くんにはそういうのを味あわせてあげたいんです。だってちゃんとお父さんがいるんだし・・・・・・」
「しかしながら左門は」
「わかってます・・・・・左門くんはきっと小十郎さんがお父さんだっていうのを拒否すると思うんです。だから喜多さんに相談に乗ってほしくて」

自分にもその感情は覚えがある。どんなに優しくされても施設の皆を『家族』と認めるまでに随分時間がかかった。施設の中でもまったく両親の顔も知らない自分のような者だけではなく、両親から虐待されて引き取られた兄弟たちもいた。彼らは一様に親がいることを拒否していた。だけどその『両親』がいるだけでどれほどうらやましかったことか。だからこそ修復できるチャンスを逃したくなかった。

さまはお偉いですわね」
「そんなことないです。ただ、このままじゃいけないって思うんです。成実さんのところに行ったらきっと左門くんは後悔すると思うから」
「後悔、ですか?」
「はい。だって小十郎さんと和解できるチャンスなんです。だから」
「わかりました。他らならぬさまの願いでございますし、私にとっては甥の一大事でもございます。何とか致しましょう」
「本当に!?」
「ええ。ただ───────────、左門が小十郎の元へ参ることになっても、小十郎やさまを認めるとは限りません。茨の道を進むご覚悟はおありですか?」
「───────────はい。できてます。たとえ左門くんに嫌われても、小十郎さんから叱られても、でも私は左門くんと一緒に暮らしたいんです」

まっすぐに見つめるの瞳に喜多は一瞬息を飲み込んだ。ここに来た当時の昏い瞳など面影もない。未来だけを見つめる瞳に目を閉じる。政宗と小十郎が導いてきた彼女の変化にもう何も心配することはないと思う。そして小十郎が何故彼女を選んだのか、さすが自分の弟だと胸を張って、褒めてやりたいと思う。

「かしこまりました。この喜多、確かに承りました」
「ありがとうございます。お願いします!」
「はい。左門のことはお任せください。さまは小十郎の説得をお願いいたしますわね」
「──────────う・・・・・・・喜多さん・・・・・・・結構容赦ないですよね」
「あら。夫の説得は妻の役目でございましょう?小十郎のことはすべてさまにお任せ致しますわ」
「が、頑張りマス・・・・・・・・・」

途端に口ごもる義妹に喜多は楽しげにからからと笑い、は花見のことといい、今回のことといい、前途多難を予感するようにうつむいたのだった。



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