舞の稽古を終えて早々に屋敷に戻ったは、女中たちと一緒に夕食の準備をしながらどうしたものか、と頭を抱える。花見の件といい、左門の件といい、政宗や左門の説得はともかく、小十郎への説得は自分でやれ、と言われたことにふう、と溜息をつく。正直一番の難問はこれだった。彼に何と言うべきか、どう話すべきか悩んだまま。小十郎への説得は任せた、と政宗と喜多はあっさりと言ってくれるが、正直彼を説得できるとは思えない。でも言い出したのは自分であるし、また小十郎が諾と言ってくれなければ始まらない。何とか説得をと考えているときだった。くすくすという笑い声が聞こえてきて顔を上げる。

さま、先ほどから眉間にしわが」
「え───────────?」
「ご夫婦というものはだんだん似てくるといいますが、今のさまは片倉さまにそっくりですわ」

自分の額を指して笑う八重に真っ赤になってうつむいた。そんなつもりはなかったのだが、知らず渋面になってしまっていたらしい。

「考え事してただけだもん!もう、からかわないで・・・・・・・」
「あら、では今のお顔を鏡で見てください。できたら片倉さまにも」
「八重さんってば!」

笑い続ける彼女を軽く睨んで手にしているごぼうをささがけにしてゆく。がこの世界に来た後、米沢城で暮らしていた当時は客人として料理など手伝わなかったが、小十郎に嫁いでからはなるべくこうやって皆と料理をするようにしている。自身は一人暮らしの経験もあるため、包丁の基本的な使い方などは心得ているつもりだったが、やはり本職の女中たちには叶わない。こちらの食事の作り方を覚えたいということもあるし、いざ戦場では兵士たちが簡単なものを作ってふるまうのに、自分だけが何もできなかった苦い経験もあるからだ。少しずつでも役に立ちたい、と今のは素直にそう考えられるようになっていた。

さま、だんだんお上手になられますわね」
「皆のおかげだもん。でも意外だったなぁ、八重さん、お料理は苦手なんだね」
「私は本来下働きは致しませんので」

何事もそつなくこなすという印象の八重だったが、以上に料理ができないのには驚いた。包丁すら握ったことがないという彼女は今も料理の手伝いをしているわけではなく、もうすぐ夕食時になるから家臣たちへの目配り、部屋割りなどに奔走している。本来ならがやらなければならない仕事でもあるわけだが、今はまだ八重におんぶにだっこで、完全にやっている仕事が逆転している状況だ。

「それよりもさま、お料理が終わりましたら次の間へお願いいたします。そろそろ片倉さまから下城の知らせが参るころですわ」
「は、は〜い・・・・・でも小十郎さん、本当に今日はこんな早い時間に帰ってくるかなぁ・・・・・・」
「来られますわ。喜多さまが意地でも早く帰らせると仰せでございましたから」
「あ・・・・・・それは早く帰りそうだね・・・・・・・・」
「ええ。今日ばかりは殿ですら引き留められないと思いますわ」
「さすが喜多さん・・・・・・・・」

政宗よりも権力を持っているあたり、さすが義姉としか言いようがない。あの笑顔で押し切られてしまうと、何も言えなくなってしまうのだろう。それを思って小さく笑うと、八重は門から響く小者の声に慌てて立ち上がる。

「え?もしかして・・・・・・」
「ええ、先触れかもしれません。さま、ここは結構ですからお玄関へ。片倉さまをお出迎えください」
「う、うん」

八重にせかされて包丁とごぼうを女中たちに任せて手を洗って立ち上がる。前掛けを外し慌てて玄関へと向かうと、すでに小十郎は帰宅していた。姿を見せたを見つけると、小さく頷いてから右腰に下げている刀を鞘ごと差し出した。

「お帰りなさい」
「ああ。帰った。突然すまねぇな」
「ううん。まだ食事の用意できてないんだけど・・・・・・」
「構わねぇ。俺が早く帰りすぎただけだろ。茶でも淹れてくれ」
「うん。ちょっと待っててね」

刀を袖で受け取って先に部屋へと足を向けると、背後から小十郎がついてくるのを感じる。小十郎の私室に刀を置くと、気を利かせた八重が茶を持ってきてくれていた。『さすが八重さん』と彼女の卒のなさに感心しながらもそれを受け取って二人きりになってしまうと、小十郎はに視線をやった。

「───────────で、俺に言いてぇことがあるんじゃねぇのか?」
「え・・・・・・・・?」
「お前俺に何を隠してやがる」
「隠してるわけじゃ・・・・・・」
「だったらちゃんと言え」
「う・・・・・うん・・・・・・・・あの・・・・・・・一つ、約束して欲しいんだけど」
「何だ?」
「話を聞いても怒らないでくれる・・・・・・・?」
「ってことは俺が怒るような内容なんだな?」
「う・・・・・・・そう、デス・・・・・・」

じろ、と睨まれてうつむくと、小十郎は気持ちを整理するように小さく息を吐いて視線を上げる。

「まぁ、内容によるな。だが話が終わるまではちゃんと聞いてやる」
「───────────うぅぅ・・・・・・・」

思わず頭を抱えるに小十郎が視線だけで先をせかす。絶対後で怒られる、と思いながら彼を見上げると、小十郎はじっとこちらを見つめてきていて、は覚悟を決めて口を開いた。

「あの、左門くんのことなんだけど───────────」
「その前に」
「え・・・・・・?」
「お前、俺があれほど政宗さまに無心するなって言ったのを忘れたわけじゃねぇよな?」
「───────────ぅ・・・・そ、それは・・・・・・・・」
「今日政宗さまから花見の宴に家臣全員の家族まで参加しろという下知が下った。俺は左門を連れてこいと言われたんだが、お前が知らねぇわけはないよな?」
「───────────あ、あのね・・・・左門くんが政宗さんに会いたいって言ってたし、政宗さんにしても小十郎さんの息子に会ってみたいって言ってた・・・・し・・・・・・・・」

しどろもどろになりながら弁解するに、逆に小十郎はにや、と獰猛に笑って彼女との距離を詰める。自然手が触れるほど近くにある彼の笑みが怖くて直視できない。後ろに逃げようにも狭い部屋の中だ。あっという間に追いつめられるのに、だらだらと嫌な汗が背中を伝う。

「こ、小十郎さん・・・・・・・?」
「そうか。じゃあお前はいつ政宗さまからそれを聞いたんだ?」
「い、いつって・・・・・そりゃ、稽古の時に・・・・・・」
「ほぅ。で、俺は今日政宗さまと姉上からお前から話があるからとっとと帰れと言われてしまったんだがな。それも花見の話の直後だ。それもお前の差し金じゃねぇって言うつもりか?」
「───────────こ、小十郎さん、こ、怖いよ・・・・・・・」
「ほぅ。お前のせいじゃなけりゃ別に怖がることもねぇだろうが、俺が怖いってことは身に覚えがあるってことでいいんだな?」
「あ、あの・・・・・・その・・・・・・・」

ゆっくりと頬を撫でられて腰に手が添えられる。完全に逃げ場を失ったは呆然と小十郎を見上げることしかできなくなる。だがを追いつめてゆく小十郎が最後通告とばかりにの顔の横に手をついて彼女の逃げ道をふさぐ。

「で、言いたいことはそれだけか?」
「あ、あと・・・・・さ、左門くんのこと、だけど・・・・・・・」
「何だ?」
「やっぱり私、左門くんと一緒に暮らしたい」

見上げるの視線に思わず手を止めた。先ほどまで視線を泳がせていた彼女とは違うはっきりとした意志の光。それを認めて小十郎は軽く眉を上げた。

「何故だ?お前がそう言っても左門はそれを拒んでいる。それを」
「だからだよ。左門くんは今までずっと一人だった。だからこれからも一人でいいって思ってる。でもそれは違うよ。ちゃんとお父さんがいて、家族がいるってことを伝えてあげなきゃダメだと思うの。それができるのは小十郎さんだけだから」
「だが左門がそれを受け入れるとは限らねぇだろ」
「わかってる。でも、何もせずにこのまま左門くんとの絆を絶ってしまうのだけはお父さんとしてやってはいけないことだよ。違う?」
「───────────お前はそれでいいのか?左門を引き取ったところでアイツはお前のことを無視するかもしれねぇ。俺のことも拒否したままかもしれねぇ。それでもお前は」
「いいよ。拒否されてもそれ以上に左門くんを愛してるってちゃんと伝えるから。左門くんと家族になりたいの」

まっすぐ見上げるに小十郎は大きく息を吐いて彼女を離してからどっかと胡坐をかいた。まったくこれでは自分が悪役にしかならないな、と自嘲しながらではあったが。

「お前の気持ちはわかった」
「───────────え・・・」
「左門ともう一度話をしてみよう。姉上は何故か俺が引き取ることに賛成らしいからな。力を貸してくれるだろう」
「喜多さんが?」
「まぁ、どこかの誰かにさんざそそのかされたらしいがな」
「そ、そうなんだ・・・・・誰のことだろうね・・・・・・・」

ギクリ、としながらも空返事を返すと、小十郎はにや、と笑って油断しているを簡単に捕獲して抱き寄せる。

「今日の夜はたっぷりお仕置きしてやるから覚悟しとけ」
「い、いや、それは遠慮したい・・・・・・」
「明日は政宗さまにもお前を休ませると申し上げてきたからな」
「そ、そんな勝手に・・・・!」
「勝手?お前は俺の妻だろうが。妻の不始末は夫である俺の責任でもある。そうだろ?」

小十郎の腕の中でじたばたと逃げ出そうとするに小十郎は獰猛に笑う。だらだらと冷や汗を流しながらは本当に今日は寝かせてもらえるのだろうか、と真剣に小十郎から逃げ出す術を考え始めていた。



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