翌日は良い天気だった。まさに花見日和ともいえる晴天には歓声を上げた。政宗たちと密かな花見を終えて与えられた部屋へと戻ってきたのはまだ夜の早い時間。今日のことがあるから、と早々に床についただけにいつもよりも早く目が覚めた。そんなを見て小十郎は「餓鬼か」と呆れ半分だったのだが。

小十郎自身は手慣れた様子で準備をし、も八重に手伝ってもらいながら巫女装束に着替え終わると、部屋の外から控えめな声がした。

「父上」
「左門か」
「は───────────」
「構わねぇ。入れ」
「は」

夕べ遅く、左門を伴った喜多が屋敷に入り、昨日の夜は小十郎もも政宗に呼ばれていたので、今朝までは喜多の元に留め置いていた。だが喜多は喜多で愛姫付の仕事がある。だからこうして左門一人が残されていたのだが。

小十郎の声にややためらいながら障子を開き、左門の姿が見えた。こちらも喜多に着せてもらったのだろう。紋付袴、という正装に脇差を差して武士の子らしい風体になっていた。見事な所作で部屋へと入ってくる彼には歓声をあげる。

「わぁ、左門くん似合う」
「『巫女』さま」
「おい
「だって似合うじゃない。やっぱり小十郎さんの子どもだね。骨格はお父さんに似てるのかな」

そして小十郎の前に手をついた左門に思わず釘づけになる。あの寺で会ったときはどちらかというと『もやしっこ』という印象だったのだが、こうやって紋付袴を身に着けていると、肩幅の広さや、剣術の稽古をやっているのだろう。適度に筋肉のついた身体は好印象だった。

「そんなはずはございません。私は」
「左門、の言うことにいちいち突っかかるな」
「あ、ひど・・・・・!小十郎さん、そんなこと言ってると」
「いいからお前は自分の支度をしろ。八重、を」

そんなの言葉に思わず頬を引きつらせた左門が首を振る。だが小十郎はそんな左門をちらりと見ると小さく息を吐いて八重をせかせる。

「かしこまりました」
「えぇぇ・・・・・・・」
「心配するな。おら、さっさと行け」
「ひどいなぁ。私も左門くんともっと話したいのに」
「後にしろ。政宗さまをお待たせするな」
「わかってるよ、もぅ」
「さあさま」

八重にせかされるままが部屋を出て行くと、しん、と部屋に沈黙が落ちる。座ったまま顔を上げない左門の前にどっかと胡坐をかくと、小十郎は手をあげるように、と身振りで示す。わずかに逡巡したものの、部屋には二人きり。いつまでも頭を下げているわけにもいかない。緊張を隠さないまま顔を上げた左門を見て、小十郎は小さく笑う。

の言うとおりだな。存外似合うもんだ」
「───────────」

彼女には言っていないが、今左門が着ている着物は自分の少年時代のものだ。どうやら喜多が取っていたらしい。それにいつか左門が片倉家の後継ぎとして政宗へ謁見する日のために大切にしていた、と言っていた。その懐かしい着物を纏う左門に血は争えねぇってのはこのことか、と心の中でひとりごちる。

「政宗さまへの口上は出来たか?」
「は」
「そうか。それならいい」
「───────────父上」
「何だ?」
「私を呼ばれたのは、見せしめにするためですか?それとも、『竜の巫女』さまへのお気遣いですか?」

じろ、と彼を見やるが、左門の瞳と交わることはなかった。うつむいたまま呟くように告げる彼に小十郎は彼をじっと見つめる。

「お前はどう思ってんだ?」
「───────────」
「だったら聞くんじゃねぇ。どうせ俺が「違う」と答えても信じねぇんだろうが。ただ、これだけは言っておく。お前を呼んだのは政宗さまの下知だ。俺がお前を呼んだわけじゃねぇ」
「・・・・・・・・・・でしたら・・・・・・」
「お前がに政宗さまにお会いしたいって言ったんだろうが。アイツはそれを叶えるために俺に内緒で政宗さまに直訴しやがった。お前は来たくなかったのかもしれねぇが、テメェが言ったことにゃ責任を持ちな」
「巫女さま、が・・・・・・・」

始めて、左門の視線がおどおどと揺れる。政宗に会いたいと確かに言ったのは自分自身。片倉小十郎の嫡子であるということを公にすれば、確かにそれは適わない夢ではなかった。ただ、そうしたくなかった。自分の力で何かを成して政宗に拝謁したかった。そういう意味で告げた言葉だったのに、『竜の巫女』は違う風にとったらしい。そして彼女はあっさりと成し遂げてみせた。悔しさと、政宗に拝謁できるという期待に心が揺らぐ。

「左門」
「───────────」
「次の戦が終わったらお前は片倉家へ戻れ。否やは言わさん」
「───────────っ!?」
はお前と一緒に暮らしたいと言ってるぜ。お前を自分の子としてな。戦が終わった後に迎えにやる。覚悟をしておけ」

小十郎の言葉に堅く唇をかみしめた。来るときが来た、と思う。だが───────────

「私は成実さまの元へ行きとうございます」
「ダメだ」
「嫌です!私は───────────っ!!」
「餓鬼がわがままを言うな。成実さまにはすでにご嫡男がおられる。亘理御前は二人目を身ごもられてもいる。お前が行ったところで何もできねぇ。だったら片倉家の嫡男でいる方が政宗さまのお役に立てる」
「父上は!!父上の頭の中には殿しかおられないのですか!?母上も、『竜の巫女』さまさえも祝言を挙げたのは父上にとって殿への忠義でしかないのですか!?」

叫ぶように告げる左門を小十郎はじっと見つめる。どのくらいそのままでいたのかはわからない。やがて小さく息を吐くと小十郎は彼の望む答えを告げる。

「そうだ」
「───────────っ!?」
「俺は政宗さまの守役で今は執政だ。政宗さまが天下を望んでおられるのならばそれをお助けするのが俺の役目だ。は政宗さまの養女でもある。執政でありながら片倉家は無名だったからな。これで伊達家と縁続きに」
「父上は最低です!!父上がそんなだから母上は・・・・・!!母上は・・・・・ぁっ!!」
「蔦のことは忘れろ」
「わ・・・・」
「いや、忘れなくてもいい。但し、二度と口にするな」
「・・・・・・・・・・・・・です」
「アァ?」

わざと冷たい言い方を選んで口にする。優しい言葉では逆効果だと思ったからだ。だからわざとそう言ったのだが、うつむいている左門の手が震えているのが見える。さすがに言い過ぎたか、と思った矢先だった。突然廊下に足音が響き、無遠慮に障子が開いた。

「おい小十郎」
「政宗さま?」

前触れもなく表れた主君に小十郎は驚いた表情で顔を上げる。式典はもう少し先の時間のはずだ。

は?」
「支度しております」

不審そうな顔で見上げる小十郎に小さく鼻を鳴らして、その向こうでぽかんと自分を見上げている少年と目が合った。にや、と笑うと、少年が慌てて平伏する。

「そうか。おい、こいつは───────────」
「左門にございます」
「Hum、お前が左門か。成から噂は聞いてるぜ。その年で一通りの学問は修めてるそうだな。剣もなかなかだと聞くぜ」
「───────────」

無言のままさらに頭を下げた左門と、渋面のままの小十郎に視線をやり、小十郎がちら、と視線で訴えてくるのに小さく頷いた。

「直答を許す。答えな」
「は、は・・・・・・その・・・・・・・・」
「左門、まずはご挨拶しろ」
「・・・・・・左門にございます。麗しきご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」
「Good!餓鬼のクセによく覚えてやがんなぁ。小十郎、お前いつまで左門を寺に預けるつもりだ?」
「先ほど、戦が終わり次第嫡男として屋敷に引き取る旨を申し伝えました」
「そうか。だったら───────────小十郎」
「は───────────」
「左門を俺の小姓にくれ」
「政宗さま、それは・・・・・・!」
「左門、どうだ?片倉家の嫡男であれば俺の小姓として側に仕えるのを許す。落ち着いたらでいい。俺の側に来い」

じっと左目で平伏したままの左門を見つめる。ふるふると身体中が震えているのがわかる。緊張によるものなのか、違う感情なのかは伺い知ることはできないが、政宗はすっと瞳を細める。

「左門、返答しな」
「も・・・・・勿体ない・・・・・お言葉・・・に・・・・て・・・・・・・」
「政宗さま、左門は未だ修行中の身にて」
「Hum、修行は俺の元ですりゃいいだろ。小十郎、考えておいてくれ」
「───────────」

黙って頭を下げる小十郎とその小十郎に視線を向けもしない左門を見比べて政宗は気付かれないように小さく息を吐いた。二人きりにすればきっと諍いになる、と喜多が心配していた。まさかと思ったものの、小十郎の子に興味半分見に来てみればこれだ。まったく不器用な、と思いながらも政宗は軽く肩をすくめて向こうから支度を終えてやってくるに手を上げて見せた。



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