式典は滞りなく進んでいった。花見とはいえ、政宗はじめ主だった家臣たちは皆家族連れでの出席をしているから無礼講というわけにもいかない。京都から呼び寄せた能役者が舞を納め、小十郎の笛と合わせ政宗自身も自身が作った満開の桜を称える舞を披露し、今は酒や料理が出て歓談の時間だった。

政宗は隣に愛姫、側室たちを侍らせ挨拶に来る家臣たちに機嫌よく答えてゆく。右側には成実の夫婦が仲良く並び、左側に小十郎と、そして少し後ろに左門が控えている。その他綱元など政宗の腹心たちが周りを固めて桜を楽しんでいる。

「綺麗だね」
「そうだな」
「やっぱり春は桜だね。ね、左門くんもそう思うでしょ?」
「───────────はい」

先ほどから桜を愛でるでもなく出された料理を黙々と食べていたが、の言葉に手を止める。じろりと見やる小十郎とは目を合わせずにただ頷くだけの左門に小十郎はぴくりと眉を上げる。

「ほら小十郎さんも眉間にしわ!」
「お、おい」

だがそんな小十郎にぴしゃりと告げての手が小十郎の額に伸びる。そのままぐりぐりと指先で眉間をほぐす彼女に左門は呆気にとられる。そしてそんな夫婦のやりとりは無論周囲からは筒抜けになっていて、くつりと笑う声に我に返る。

「ったく相変わらず見せつけてくれるぜ」
さまはやはりお強いですわね」

見れば政宗と愛姫が顔を見合わせて笑っていて、小十郎は慌てての手をつかんでやめさせて頭を下げる。手をつかまれたは少し頬を膨らませるが、膝を勧めてくる愛姫につられるように笑顔になる。

「これは大変失礼を」
「No problem。別に咎めてるわけじゃねぇ」
「だってこんなに綺麗な桜がさいてるのに小十郎さんったら眉間にしわを寄せてるんだもん」
さま、愛もさまを見習いとうございます」
「おい愛、それはやめろ。これ以上お前が強くなる必要はねぇ。大体、みてぇなのは一人で十分だ」
「政宗さん、絶対それ褒めてないよね」
「それよりも、そろそろお前の出番だ。Are you ready?」

にやりと笑う政宗に思わず口ごもる。準備ができているといえばできている。最初から巫女装束に袖を通しているし、扇子も腰にある。舞はもうやるしかないとわかっているのだから。

「久しぶりに小十郎の笛を聞きましたが、やはりそなたの笛は良いですね」
「愛姫さまにお褒めいただけるなど恐悦に存じます」
「まぁこいつ程の笛の名手は都にもいねぇだろうよ。な、小十郎?」
「───────────恐れ入ります」

頭を下げる小十郎の背中から複雑そうな表情を張りつかせている左門の元に成実は酒を持って近寄っていった。憧れの存在でもある政宗とその腹心たる自分の父。二人の絆の強さを見せつけられるようなやりとりに唇をかみしめる。そんな左門の前に成実は徳利を差し出した。

「左門、酌をしろ」
「成実さま」

無理やりに徳利を持たせて猪口を差し出すと、左門は無言のまま成実のそれに酒を注ぎいれる。

「驚いたか?」
「───────────はい」
「だろうな。お前の父は殿の右目の異名を持つほどの側近だ。見たのは初めてか」
「はい」

成実がちら、と視線をやった先では、政宗と愛姫と親しく話す小十郎との姿。先ほどまで政宗の元へ挨拶に来ていた家臣たちとは違い、二人ともごく自然に政宗たちと話をしていて、これが日常であることがうかがえる。ずっと寺にこもっていた左門にとっては小十郎がこれほど政宗の側にいることも、ここに集まる家臣たちの上に立っていることも、そして彼らの尊敬を集めているという事実も知識としては知っていたが、初めて目にする光景だ。それに、そういいながら少しでも政宗たちに取り入ろうとする家臣たちの駆け引きが繰り広げられている光景はまったく知らない世界だ。

も殿のお気に入りだからな」
「存じております。噂では殿の側室の座を蹴ってまで父に輿入れしたとか」
「何だ、知ってるのか」
「では真でございますか?」
「ああ」
「・・・・・・・・・」
「何だ、理解できないって顔してるぞ」
「父と殿では比べるのも失礼かと思いますが」

真顔で告げる左門に成実は酒を吹き出しそうになった。確かにそうかもしれないが、それをあっさりと口に出せるのはやはり小十郎の子だと言う証左だろうか。

「父が───────────、私を引き取ると」
「ああ。聞いている。お前がしたいようにすればいい」
「私、が───────────?」
「そうだ。お前は否定するかもしれないが、お前は片倉左門だ。景綱がお前を引き取るというのなら、お前は片倉家の嫡子となる。やがて景綱が隠居すればお前が殿を一番近くで支えるだけの身分がある。俺の元へ来ればそれも難しくなるだろう。それでも俺はお前が欲しい」
「成実さま」
「お前の才をそれだけ見込んでいるってことだ。いずれにせよ、決めるのはお前だ左門。お前が景綱の跡を継ぐのであればそれはそれで俺は歓迎するぞ。何せ景綱は石頭だからな。俺と共に殿を支えてくれれば心強い」

にこりと笑う成実に左門は無言のまま小十郎たちの背を見つめる。その瞳に宿る葛藤に成実は小さく笑っただけだった。ただ、彼の決断がどれであれ、きっと自分は応援してやることができるだろうと思う。そして残っている酒を一気に飲み干した。



 酒が入り、陽気に歓談する家臣たちに政宗は軽く手を叩く。それが合図だったようで、家臣たちがしんと静まっていった。政宗がにやりと笑って立ち上がる。

「お前ら楽しんでるだろ?ずっと楽しんでいたいのは俺も一緒だが、あんまり長引かせても風情がねぇ。Lastは『竜の巫女』の舞だ。しっかり楽しめよ」

その声にわぁっと歓声が上がる。その声に押されるようには桜の真下に設置された能舞台へと静々と足を進めてゆく。ごくりと唾を飲み込んだ音が耳朶に響いてくるのにぎゅ、と唇をかみしめる。舞うこと自体はだいぶ慣れてきた。ここに来てから数か月、毎日稽古をしているから最初からは考えられないほど、舞は格段の上達を見せている。小十郎に嫁いでからも毎日小十郎に教えてもらっているから、舞うこと自体に不安はない。それだけの稽古をしてきているからだ。だが───────────

「や、やっぱり慣れないよ・・・・・・」

ちら、と視線を逸らせば、何百、何千の視線が自分へと注がれているのがわかる。最初に政宗から舞えと言われた時は、視線を感じる余裕すらなかった。だが逆にそれを意識できるようになってから、人前で舞うことが怖い。それはまだ誰にも伝えたことはないけれど。どうしよう、と不安の中でちらりと小十郎の方を伺うと、彼もじっと自分を見つめていた。の視線に気付いたのか、にやりといつもの笑みを浮かべて「頑張ってこい」と声に出さない声が唇に浮かぶ。それを目にした途端、は笑っていた。小十郎と二人で頑張ってきているのだから「自信を持て」と送り出されたのを思い出したのだ。「うん」と頷いたものの、いざその場になると心臓がどきどきしているのに、彼の笑みで思い出した。

「うん、小十郎さん。頑張るよ」

中央へとたどり着いて大きく深呼吸する。そして心の中で勇気付けてくれた小十郎に「ありがとう」と告げて扇子を手に取った。



 用意された楽師の奏でる音に合わせて足を踏み出す。何度も何度も稽古を重ねてきた舞だからもう考えなくても身体が動く。視線一つにまで気を配れ、と言われた通りに視線を投げる。そして大きく天に向かって手を広げた───────────。

「おい小十郎」
「は───────────」

政宗の視線の先で舞うから目が離せない。初めて彼女を見た時からは考えられないほどの上達を見た舞だけではない。全身から吹き出す覇気と緩急をつけた動きに息をのむ。ついこの間まで稽古をつけていた彼女とは別人のような輝きがそこにあった。声だけで腹心を呼ぶと、すぐに彼は膝を進めてくる。

「アイツ・・・・・・・化けやがったな」
「お褒めにあずかり光栄です」

わずかな言葉で主君の言いたいことを感じたのだろう。笑みを含んだ声がすぐに戻ってくるのに、政宗はわずかに視線を巡らせて嬉しそうな小十郎に舌打ちする。

「Shit、褒めたのはお前じゃねぇ」
はこの小十郎の妻でございますから」

そして舞が終わる頃、晴天だった空に雲がかかる。

「来やがったな」
「は───────────。愛姫さまとご側室を中へ」

政宗がこれから起こるだろうことを予感して笑う。それに答えて雨が降ってきたら濡れる場所にいる愛姫と側室たちを濡れない場所へ避難させるよう指示を出し、彼女たちが下がった途端だった。ピカ、と空が光る。知っている者はわっと歓声を上げ、知らない家族たちは驚いて腰を浮かそうとするが、それは家族に止められている。無論左門もまだ同じ場所にいた。先ほどまで晴れていた空が突然雲に覆われたことにも驚いたが、それ以上に稲光が走ったことに顔を上げる。だが政宗も小十郎も泰然としたままで、成実もにやにやと笑って驚く妻を落ち着かせている。そして舞が終わり、が頭を下げた瞬間だった。光る空から雨粒が落ちてきたのは。心得たように八重がすぐにに傘を差しだして、雨から彼女を守る。先ほどの自信に満ちた彼女とは対照的に慌てて戻ってゆくの姿に目が離せなくなる。

「あれが・・・・・『竜の巫女』さま」

無人になった能舞台に雨粒と、雨粒にさらわれた桜の花びらが舞う。はらはらと落ちてくる花びらと叩きつける雨音が耳に痛いほど響いてくる。

「『竜の巫女』さま」
「左門」

呆然と呟く左門に視線を投げた小十郎が自分を呼ぶ。いつもなら視線すら合わせない彼がまだ呆気にとられているのだろう。呆然と見上げてくる左門に小十郎は口の端を上げるように笑う。

は『竜の巫女』であると同時にお前の母になる女で、俺の妻だ。お前も男なら覚悟を決めろ」
「父上───────────」
「もう少し時間をやる。覚悟が決まったら使いを寄越せ」
「───────────」

無言を返す左門に愛姫の近くに控えていた喜多が心配そうな視線を寄越す。だが左門はそれに気付くことはなかった。三々五々解散になったがその場で何かを考えるように一番最後まで佇んでいることしかできなかった。



<Back>     <Next>