小十郎が部屋に戻ると、政宗以下三人はまだ残っていた。どうやら小十郎が戻ってくるのを待っていたようで、頭を下げた彼を三人が見やる。

「帰したのか?」
「は」

成実の問いに頷いて腰を下ろす。軽く鼻を鳴らしたのは成実が不機嫌なときの癖だ。そんな従兄弟をじろ、と見やって政宗は三人を手招いた。密談をする、という仕草に三人は膝を進め、小声でも届く範囲に固まった。

「戦の準備は?」
「間もなく完了いたします。いつでもお下知を」
「綱元、国境の様子は?」
「騒がしくなっております。北については最上が何やら画策しているとか。南の北条の領地には豊臣軍が現れ、現在一進一退の攻防を続けている由。北条が落ちれば次は奥州でございましょう」
「上杉との国境は?」
「今のところ異常はありませぬが、黒脛巾組に目配りを強化するよう指示を出しております」
「Good。成、兵はどのくらい動かせる?」
「梵が命じる数だけ。無論先鋒は俺だろうな?」
「ああ。好きなだけ暴れろ」

にやり、と笑みを交わす政宗と成実は血の繋がりがあることを強く意識してしまうほどそっくりだ。頼もしい二人の言葉に小十郎は綱元と視線を交わして小さく笑う。

「小十郎、策は?」
「現在北条と戦っている兵士たちは奥州に到着するころには疲れておりましょう。国境を越えたら一気に叩き潰します。また南側の城主には兵と策を与え、新たに現れた豊臣軍を各個撃破するようにと策を授けております。それでいくらかは削れましょう」
「北は?」
「手を打ってございます」
「出陣はいつごろだ?」
「十日後を予定しております」
「Okey」

詳細を告げようとしない小十郎だが、政宗は何も言わなかった。軽く頷いて了承した旨を示す。そして政宗は無言のままの綱元を軽く指した。

「綱元」
「は───────────」
「今回はお前も出ろ」
「しかしながら」
「黒脛巾組からの情報はすぐに欲しい。今回の戦はド派手なPartyになりそうだ。お前も参加しろよ」
「───────────では国許には?」
「実元を米沢城に込める。成、つなぎを頼む」
「あー・・・・・親父のヤツ、張り切りそうだな」

思わず天井を仰いだ成実だが、政宗の言葉に頷いた。それは暗に伊達軍の総力戦になるであろう、という政宗の予測に他ならない。それを感じているのだろう、普段おだやかな表情を崩さない綱元の目元がわずかに吊り上っているのがわかる。豊臣軍はそれほどに大きな存在なのだ、と感じてしまうが、政宗はその逆境すら楽しんでいるようで。綱元はさすが筆頭だ、と感心してしまう。

「それよりも殿、今回はいかがなさいますか?」
「Ah?」
「『竜の巫女』として同道させるおつもりですか?」

の名を出した途端、小十郎がじろりと綱元を見やる。小十郎と所帯を持ったとはいえ、『竜の巫女』の役目はそのままで、今日も見事な舞を披露した彼女だ。連れて行けば無論兵たちの士気はあがる。奥州の命運をかけた戦いなら尚更、彼女を連れて行った方が良いのではないか、と進言する綱元に政宗は彼と小十郎とを見やる。

「小十郎」
「は───────────」
「お前の存念は?」
「───────────申し上げてよろしいでしょうか」
「Ah、聞かせろ」
「同道は遠慮させていただきたいと存じます。先の戦は伊達の勝ちは見えておりました。それだけにを守るために兵を割くこともできましたが、今回は総力戦と相成ります。を守るために兵を割く余裕はありますまい」

淡々と告げた小十郎に綱元はゆっくりと頷いた。彼の言うことは一理ある。米沢城には愛姫を始め、兵士たちの家族も多く残ることになるだろう。実元を米沢に残し守るのであれば、守る対象になる者は一か所に集めている方が効率がいい。

「景綱は自分の妻を前線に出したくないだけだろう」
「それがいけないことですかな?亘理御前も成実さまのお国許へ残すつもりであれば特段珍しいこととは思えませんが」
「新妻に牙を抜かれたか」
「妻に見せるようなものではございませぬ故」
「おいテメェら、いい加減にしろ」

相変わらずの二人にトン、と手に持っている扇を膝に打つ。途端成実がぷいとそっぽを向き、小十郎は無言のまま軽く頭を下げる。

「小十郎のいうことは一理だ。を連れていけば守備に兵を割かなきゃならねぇ。今回はそんな余裕はなさそうだからな」

腹心の意を汲んだ政宗の言葉に小十郎は頭を下げる。綱元は頷き、成実は黙って肩をすくめる。

「但し、いつでも出陣できるようにしておけ。場合によっては前線の士気を上げるために出てもらう。いいな?」
「かしこまりました」
「明日軍議を開く」
「は───────────」

当主の命に三人が頭を下げる。そして四人だけの密談はお開きとなった。


小十郎が部屋に戻ると、まだは起きていた。すでに夜着に着替え、八重も下がらせている。

「あ、お帰りなさい」
「まだ起きていたのか」
「うん、ちょっと眠れなくて。お茶飲む?」
「ああ、もらおうか」

用意されている夜着に手早く着替え、の隣に腰を下ろす。無言のままの時間が過ぎてゆくが、はこの時間が結構好きだった。何も言わなくても小十郎は自分を包み込んでくれるような、そんな静寂の時間。二人してお茶を飲み、そろそろ眠ろうか、というときだった。


「何?」
「出陣が決まった」
「───────────うん」
「お前は今回は留守番だ」
「そう、なんだ」

声に残念そうな響きがこもるのに、小十郎は小さく笑う。

「何だ?お前戦に行きたかったのか?」
「そうじゃないよ。行ったって邪魔になるのはわかってる」
「だったら何だ?」
「う・・・・・・だって、小十郎さんと離れたくないもん」

かわいいことを告げる妻に、がらにもなく小十郎が口ごもる。まさかそんなことを言われるとは思わなかった。不意打ちを食らったような表情を浮かべる小十郎に、は首をかしげる。

「小十郎さん?」
「いや、俺の妻はかわいいことを言ってくれるな、と思っただけだ」
「だって・・・・・・」
「今回は総力戦になる。お前を連れていっても守り切れるか自信がねぇ。だから愛姫さまと共に米沢で待ってろ」
「うん・・・・・・そんなに、厳しい戦になるんだね」
「───────────まぁな」

のつぶやきに小十郎は頷いた。下手に嘘をついて彼女がその気になられては困るから、という理由もあるが、それ以上に自分の妻である彼女に嘘をつきたくなかったからだ。そんな風に考えられる日が来るとは自分でも意外だったけれど。正直に告げたことで少し表情を曇らせたに小十郎は口を開く。

「出陣前に一日時間をとれるか?」
「うん、それは大丈夫だけど」
「連れていきたいところがある。一緒に来てくれ」
「うん」

小十郎の言葉に頷くと、彼は満足そうに笑う。夫婦でもあるのだから別に許可を取らなくても良いと思うのだが、彼がそういうのだから余程大切なことなのだろう。どういう理由であれ、彼と一緒にいられる時間が嬉しくないはずはない。先ほど留守番だ、と告げられたとき、思わず心がちくり、といたんだが、それもこれも彼は自分を大切にしてくれている証でもある。そのことを感じられる時間がとても愛しい。そしてもう深夜になろうとする時間だ。そろそろ眠ろうと飲み終わった湯呑に手を伸ばして眠る準備をしようとするの手を小十郎の手が包み込む。

「小十郎さん?」
「もういいだろ。今からは夫婦の時間だ」

にや、と笑う彼には小さく笑って頷いた。そして二人は夫婦らしい夜を過ごしたのだった。



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