翌日、全家臣が参加して軍議が行われた。政宗は豊臣軍に対して南の国境の近くに兵を配し、西にはかねてより小十郎が手をまわしていた通り上杉家の援軍を頼むことができた。北と東には最低限の兵を配すのみ。米沢はがら空きになる配置になるが、それは成実の父、実元を置くことで抑えとすることを決定した。家臣たちの間では米沢が手薄になるのではないか、という懸念もあったが、小十郎および成実がその声を抑えて出陣が決まったのだった。
軍議を終えると屋敷の中はにわかに慌ただしくなった。家臣たちはそれぞれの領地への連絡を飛ばすため、兵士たちの馬がひっきりなしに行き交う。それを横目に見ながら小十郎は軍議の後からじっと地図を見つめたままの政宗に声をかける。
「政宗さま」
「Ah?」
「何をお考えか?」
「───────────お前ならわかんだろ」
「小十郎は千里眼ではございませぬよ」
ちら、と上目で見るように告げる政宗に苦笑を返す。政宗が見ている地図は今から戦になる南の地ではなく、西の海に近い場所のものだ。今は伊達領になっているが、まだ相馬の影響力の強い地盤でもあった。だからこそ小十郎は黒脛巾組を送り込み、地ならしを続けている地域でもある。
「海、だ」
「海でございますか?」
「今の俺たちに船があれば、豊臣軍のさらに南に兵を運べるだろ」
「───────────船、でございますか」
鸚鵡返しに聞き返す小十郎に、政宗は扇を手にして米沢から東に移動し、港から小田原へとゆるく弧を描いて見せる。それを視線で追いながら小十郎は口を開く。
「西の長宗我部に送った使者ですが」
「戻ったか?」
「いえ、未だ」
「捕まったか」
「何ともいえませぬな」
「Shit・・・・・・間に合わねぇか」
「恐らく」
「そうか」
残念そうな主君が、また何かを考えるように視線を落とす。春になれば戦になるとわかっていたから、秋口から小十郎はありとあらゆる手段を用いていた。豊臣を敵に回すのであれば、味方は多い方がいい。だから北条に同盟を打診したり、さらにその西の毛利元就、長宗我部元親にも書状を送っていた。だが北条と毛利からはきっぱりと断られていたが、長宗我部に送った書状の返答だけがまだ来ていない。長宗我部元親も一国を率いる立場でもあるため、軽々しく動けないのはわかるが、風に聞く彼の性格は政宗のそれとよく似ているように思われた。だから一縷の望みを持っていたのだが、どうやらそれも間に合わないらしい。結局同盟を結んでいる上杉、武田のみが味方といえる勢力だった。
「小十郎」
「は───────────」
「さっきから俺の顔色を窺ってるが、何か言いてぇことでもあんのか?」
「それは・・・・・・・」
「いつものお前なら軍議が終わったらさっさといなくなってるだろうが。で、何だ?」
「誠に勝手とは存じますが」
「いいぜ」
「は・・・・・・・?」
「半日暇をくれってんだろ?構わねぇぜ。さっさと行け」
「政宗さま」
「朝、愛がを連れてきた。二人で桜を見に行きたいから許可をくれと言ってたが、はお前に誘われているから駄目だと断っていたからな」
「愛姫さまが」
とんだところに伏兵がいたものだ。小さく天を仰ぐ小十郎に政宗はにやと笑ってみせる。
「で、二人でどこに行こうってんだ?」
「されば、お言葉に甘えまして一つお願いがございます」
「何だ?」
休みが欲しいという以外に何かまだあるらしい。頭を下げながら告げた小十郎の願いに、政宗はにやにやと笑っている表情を戻して口元を扇で隠す。無論守役でもある小十郎にはすべてお見通しなのだろうが、ふいと視線を外した政宗に小十郎が口を開く。
「ご許可をいただけますでしょうか?」
「───────────Okey。その代わり、小十郎」
「は」
「俺の分まで頼む」
「───────────かしこまりました」
複雑な表情を張り付けた政宗にもう一度頭を下げて退室する。小十郎は近くの者に伝令を頼むと愛姫への面会を申し込んだ。政宗の室である愛姫と会うのには一度許可をもらい、表の部屋での段取りをつけてもらわねばならない。朝のうちに愛姫に呼び出されていたのことだ。きっとまだ一緒にいるのだろう。趣味が合うわけでもないのに何故かは愛姫のお気に入りであり、夫としては嬉しい反面かなり複雑な気分でもある。祝言を挙げてすぐ、10日に1度愛姫に会わせるために登城させるという約束は今も有効であり、実際愛姫からは頻繁にへの呼び出しがくる。今から戦が始まり男たちは戦場へ赴くことになる。にとっては武将の妻になって初めての戦だ。武将の妻であれば、ただ夫を待っていればいいというわけではない。その点、愛姫は経験も豊富であるし、いろいろと教えてもらえるきっかけにもなるだろう。それについては小十郎自身からも愛姫によく頼むつもりでいた。
小十郎からの面会はそれほど待たされなかった。もしかしたら愛姫側も準備していたのかもしれないと思うほどだが、もしかしたらの話を聞いて姉が手配していたのかもしれない。面会の部屋へ訪れた愛姫は予想通りを伴っていて、愛姫は腰を下ろすなり小十郎に対してつんと唇を尖らせた。
「小十郎」
「は───────────」
「そなたは意地悪です」
「・・・・・・・・それは、申し訳なく」
「それで、さまとどこか出掛けるのでしょう?」
「はい。それから愛姫さまにひとつお願いがございまして」
「まぁ、そなたから私に?」
愛姫の近くに座ったが手振りでやめてほしいと訴えているのをよそに愛姫はかわいく口をとがらせていたが、滅多にない小十郎からの頼みに膝を進める。
「は───────────。此度の戦について政宗さまよりお聞き及びと存じます」
「ええ。此度は大きな戦になると聞いております。留守居は実元どのと」
「はい。此度はも米沢で留守と相成ります。祝言を挙げてから初めての戦になります。武将の妻としてのしきたりなど、愛姫さまよりへ伝授をお願いいたしたく」
「わかりました。しかと引き受けます」
「ありがとうございます。、お前からもお礼を申し上げろ」
「あ、う、うん。愛姫、いつもごめんね。面倒なことばかり」
「まぁ、よろしいのですのよ。さまは私の娘でもありますもの。他にお茶もお華もいろいろとお教えいたしますわ」
「う・・・・・よろしくお願いします」
「はい」
にこりと笑う愛姫にも笑う。どうにも最近姉妹のように仲のいい二人の間を邪魔するわけではないが、小十郎は再度愛姫に頭を下げた。
「では、これにて。、行くぞ」
「うん。じゃ、愛姫、またすぐに来るから」
「ええ。お待ちしております」
を伴って部屋を出ると、八重だけではなく喜多も小十郎たちを追いかけてきた。足を止めた小十郎を見上げるも喜多に気が付いたようで首をかしげる。
「喜多さん、愛姫はいいの?」
「ええ。他の者に頼んでまいりました。小十郎、さま、こちらへ」
廊下で話す話ではないのだろう。八重を含め三人が手近の部屋へ入ると、喜多は膝を突き合わせるような形で腰を下ろす。
「左門はいかがいたしました?」
「昨日寺へ戻るというので送らせました」
「では、此度の戦には連れていかないのですか?」
「姉上、まだ初陣には早いですよ。それにまだ左門は俺の元に来るとは決めておりません」
「ですが事は片倉家の大事です。そなたは左門を引き取るつもりなのですね?」
じっと小十郎を見つめる喜多に、小十郎は重い息を吐き出した。
「姉上、俺自身は正直どちらでも良いと思っております。左門を引き取るのはがそうしたいと言っているから俺も同意をしたまで。もしどうしても左門が俺の下へ来るのが嫌で成実さまの下へ行きたいというのであればどちらでも構いません」
「では片倉家は」
「本家は兄上が継いでいるでしょう。俺の家は俺の代で終わらせるつもりでした。ですが、もしとの間に男子が出来たら、その子を嫡男としても良いと思っております」
「こ、小十郎さん!?」
にとってもそれは初耳だった。だがまだ祝言を挙げてからこちら懐妊の兆しはない。それに、もし子が出来たとしても男子が生まれてくるとは限らない。まさか夫がそんなことを考えていたとはつゆ知らないが目を丸くするのに、喜多は軽く手を挙げて制す。
「小十郎、、姉としてそなたたちに申します。左門は片倉家の嫡男。そなたたちがどう思おうと、片倉小十郎の嫡男なのです。そのための教育は寺でこの喜多が存分にしてまいりました。先の花見で殿の側で控えるそなたたちを見て左門の気持ちも動いております。ですから戦の前に必ず顔を出して引き取りなさい」
姉の言葉に小十郎は小さく息を吐き、はそんな小十郎を見て意を決したように顔を上げる。
「喜多さん、私の気持ちは変わりません。左門くんを引き取って三人で家族になりたい。戦の前にもう一度左門くんを説得しに行きます」
そう言い切るに喜多はゆっくりと笑みを浮かべる。ずっと懸念していた左門の件も彼女に任せていれば大丈夫だろうとそう思える決意を浮かべる彼女に頼もしいと思ってしまう。
「だったら」
「小十郎さんは来ないで」
「何だと?」
「小十郎さんは戦の準備で忙しいでしょ?左門くんと二人きりで話したいの。喜多さん、その許可をいただけます?」
「許可もなにも、あなたはこの景綱の妻でしょう。存分になさい」
「はい」
ふわりと笑った喜多がの手を握る。その温かさにも小さく笑う。女二人でわかりあうように笑顔を浮かべるのに、小十郎は一人蚊帳の外に置かれたような居心地の悪さに小さくため息をついたのだった。