その日から二人の挨拶周りが始まった。通常なら親同士もしくは家同士の役目になるだろうが、今回は事情が事情だけに小十郎だけが挨拶に出向くわけにもいかなかった。何せ伊達領では神がかりの『竜の巫女』の婚姻である。しかもその相手が『竜の右目』となれば、政宗を支える者たちから見ればこれ以上ない喜ばしい縁談だった。
城内の有力者への挨拶周りが終わった頃に喜多から小十郎の実家の者たちと連絡がついた、という旨、小十郎の元へと連絡が入った。小十郎だけならともかく『竜の巫女』がわざわざ来訪いただけるなど恐れ多い、こちらからお伺いします、という添え状と共に渡された丁寧な文字にはちら、と小十郎を見上げる。もしかしたら彼の几帳面さは家の方針だったのかと思ったのだが、彼はその視線に眉を上げただけだった。
「ええと・・・・・聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「小十郎さんのご実家ってやっぱり武士なんですか?」
「・・・・・・・・いや、神職だ」
「しん、しょく・・・・?」
「有り体に言えば神社の神主だ。俺の父は引退して兄が継いでいるがな」
「じゃもしかしたら小十郎さんって神主さんになるはずだったんですか?」
小十郎をまじまじと見つめて、頭の中でいわゆる神主さんの着物を着た小十郎を想像する。似合うような似合わないような、と首をかしげるに小十郎はその頬をむに、とつまみ上げる。
「ひ・・・・ひたひ(痛い)・・・・!!」
「成程、政宗さまがおっしゃっていたお前の頬はよく伸びるってのはこのことか」
「ひ、ひろい(ひどい)」
「何を考えてんのか丸わかりだ、馬鹿。俺は片倉家から出されるはずだったのを輝宗さまに拾われた。だから初っから神職になるつもりはねぇ」
くつ、と笑って離してやると、真っ赤になった頬を慌てて両手で冷やす。子供っぽい仕草に思わず猫を想像して笑う小十郎には膨れてみせた。
「───────────わかった」
「アァ?」
「何で政宗さんがあんなに意地悪かって」
「は?」
「小十郎さんがそうやって政宗さんにいろいろ教えたからなんでしょ?小十郎さんだって結構意地悪ですよね」
じと、と冷ややかな視線を向ける彼女に小十郎はにや、と獰猛に笑う。
「その発言はもっと意地悪してほしいってことでいいんだな?」
「な、何でそうなるんですっ!?」
「そりゃ気に入ったモンは苛めたいと思うのは男の性だろうが」
「嘘!そんな性はないですっ!それは政宗さんと小十郎さんだけ!!」
「おい、どこ行く?」
「ちょ、ちょっと厠に・・・・・」
「アァ?俺を相手にいい度胸だな」
ぐい、と腰をつかまれて引き寄せられる。まるで本当に犬か猫かを捕まえるような軽い仕草なのにの足が宙を浮く。どれだけの力持ちなのか、と抗議しても腰に巻きついた太い腕はびくともしなくて。だが女ひとりを軽々と持ち上げたまま小十郎は楽しそうに笑っているだけで。
祝言を挙げる、と決めてから、小十郎の態度が今までとは比べものにならないほどくだけたそれに代わったのには何より驚いた。少なくとも政宗の前でかしこまっていたのだ、とは後でが感じたことだが、二人きりの時は時折こうやって意地悪をされることもある。ほとんどが恋人同士の甘い雰囲気ではなく、小十郎が自分に対してちょっかいを出してくることの方が多い。それに驚きながらも、それでも彼の素の部分を見せてくれるのが嬉しかったりもするのだが。親愛の情、というよりは完全にからかわれていることが悔しい。だから───────────
「小十郎さん、苦しい・・・・・」
「アァ、すまねぇ」
あながちウソではないが、腰から腹部を締め付ける小十郎の腕に苦しげな声を上げればすぐに解放される。だからふざけているとわかるのだが、は軽く舌を出してみせる。
「やった!小十郎さんがひっかかった!」
「テメェ、覚えてやがれ」
眉を上げた小十郎に本能的にまずい、と逃げ出そうとするが、小十郎の動きの方が早かった。必要最小限の動きでの退路を塞ぎ、再度小十郎の腕につかまったがじたばたするのをにや、と笑う。
「悪い餓鬼にゃお仕置きが必要だな」
「う、嘘!嘘です!!許してください!」
はっきりと猛獣を感じさせる笑みに身体中から嫌な汗が噴き出してくるのがわかる。どうにかして逃げ出そうとするが小十郎の腕はびくともしない。どうしよう、と本気で身体の心配をし始めたに救世主が現れた。
「おや、二人とも。まだ祝言前だというのに、熱いことだね」
やってきたのは綱元だった。彼にしては珍しく呆れた口調で告げて部屋に入ってくると、彼は小十郎に向かって軽く手招いた。
「一族は皆今朝の段階で集まっているよ。で、いつ来る?」
「綱元どのさえよろしければ今からでも」
「別に構わないよ。鬼庭家の一族は今私の屋敷に全員留め置いているから。姉上も来るのだろう?」
「・・・・・恐らくは」
「そうか。なら私も行かないわけにはいかないだろうな」
「お手数をおかけいたします」
「───────────全くだ。小十郎にはいつも振り回される。少しはこちらの身になってくれ」
はぁ、と溜息交じりに告げる彼に小十郎は無言のまま頭を下げた。最後に残っているのが鬼庭家と片倉家の本家、そして左門がいる寺の三か所だった。そのうち、鬼庭家は家格が上だということもあり、綱元を通じて一族へ話をつけてもらっていたのだ。直接の血のつながりはないが、喜多を挟んで義兄弟の間柄である。挨拶に行かないわけにはいかなかった。本来冬の間はめでたい行事は行わない、と暗黙の了解が出来ているのに、小十郎の祝言は早い方がいいとの当主たる政宗の口利きだ。当然鬼庭家の一族は出席するべき人間だから綱元はかなり無理をして一族を集めてくれたのだ。そのことに感謝しながらも一言多い義兄に小十郎は無言のまま頭を下げる。
「それより小十郎、お前の腕の中でが死にそうな顔をしているよ。そろそろ離してやりなさい」
くす、と笑ってだらだらと冷や汗を流しながら小十郎の腕から抜け出せないままのを指す。一瞬むっとした表情になった小十郎に綱元はおや、と目を見開いた。
「」
「綱元さん、助けてくださ・・・むぐ」
まぎれもなく自分のモノに手を出すな、という意思表示をする男の顔になった小十郎に綱元は少し意外に思う。そもそも今回の一件は政略結婚の色が濃い。恋愛感情よりも政治を優先する小十郎だから政宗の下知を受けてこの縁談を引き受けたのだ、と思っていたが、今の表情を見て認識を改めなくてはならないな、と内心で呟いた。自分が見ている限り、小十郎の彼女への思いは甘い恋情というよりはむしろほのかなものだと思っていたし、政宗の方がより直接的に彼女を好いているのだ、と思っていたから小十郎が娶る、と聞いたときは正直意外な思いを隠せなかった。だがそれも小十郎の今の表情を見てしまえば、彼自身で選んだのだ、と思わざるを得なくて。ふぅ、と小さく息を吐いた綱元は助けを求めようとして逆に口をふさがれる彼女に軽く手を振った。
「、小十郎はいろいろ手ごわいだろうけど、まぁ頑張って」
「そ、そんなっ・・・・・綱元さんっ・・・・・・・!!」
「人の恋路を邪魔してもいいことは何もないからねぇ。あぁ小十郎、ほどほどにしないと祝言の前だというのに花嫁に逃げられるからそのつもりで。後で屋敷に来るなら先触れを寄越してくれ」
「わかった」
をがしりと捕まえたまま頷く彼に綱元は本当に部屋から出ていってしまい、二人きりになってしまったことにはふる、と身体を震わせた。
「あ、あ、あの・・・・・・・」
「」
「は、はい!?」
「テメェは一度痛い目をみねぇとわからねぇようだからな。今日は眠れないと思え」
「え・・・・・!?」
「朝まで漢詩の勉強だ。一つ間違えるごとに1冊増やしてやる。ありがたく思え」
「い、いや〜〜〜〜〜〜っ!!」
一瞬、甘いことを想像して身体を震わせたに容赦のない小十郎の声が落ちる。抱えられたまま自室へと放り込まれたは夜は鬼庭家へ挨拶に行った後、本当に朝まで漢詩の勉強をさせられて、安易に小十郎に逆らうと自分の身が危ない、ということを改めて学び、もしかしたら彼を選んでしまった自分の選択は間違っていたんじゃないかと真剣に考え込んだ。