お茶、生け花、琴、歌───────────手習いだけで手一杯だったはずなのに、花嫁修業として付け足されたそれらに冗談ではなくは悲鳴を上げた。歌、と聞けばカラオケのようなことを想像していたのだが、五七五の短歌だと聞いてがくりと肩を落とす羽目になった。

「お、鬼・・・・・・・」
「Ah?なんか言ったか?」
「政宗さん、絶対に楽しんでるでしょ」

最初はそれ専用の講師を手配しようと言っていたが、いかんせん祝言までの時間が少なかった。あと二日ではこの城から降りることになる。だから付け焼刃でもそれぞれを習わなければならない、と決まったとき、愛姫が助け舟を出してくれたのだ。

「私でよろしければお教えいたしますわ。講師の方がこの雪深い奥州までおいでいただくまで時間がかかってしまいます。茶や生け花ならば喜多や八重でも教えられましょうが、琴や歌は私の方が存じております。それにさまは私の娘でございますもの。少しぐらい私との時間をいただきとうございます」

と。無論は二つ返事どころかそのまま愛姫の部屋へと押しかけていって数日。明後日には祝言、という日取りのはずが、げっそりと肩を落としたを政宗は政務を抜け出してはからかいに来るのだが。

「無駄口叩いてる時間があんのか?言っとくが成の正室は重臣の娘で、綱元の妻も武家の出だ。二人ともこういったことは得意な才女だそうだからな。恥をかくのはお前だろ」
「ぅぅぅ・・・・・・・やっぱり小十郎さんに断ってもらっておくんだった」
「遅ぇだろうが。今はアイツは成と肩を並べられるようになったからな。今更降格はできねぇぜ」

今は生け花の時間。パチン、パチンと花を剪定していく愛姫に教わりながら鋏を持っているのだが、はっきり言って花は好きだがこんなことはやったことがない。慣れない手つきでおろおろとするに政宗はくつくつと喉の奥で笑う。

「殿、邪魔しないでいただけますか?さま、そこではございません。もう一つ下───────────、そうそのあたりを斜めにお切りください」
「うん、こう、かな」
「ええ。お上手ですわ」
「愛姫・・・・・・・ごめんね、私のために毎日時間をとってもらって」
「いえ、愛は嬉しゅうございます。私でもこのようにお役に立てることがあるとは」
「役に立つってそんな!だって私、愛姫がいなかったらこのお屋敷から逃げ出してたかもしれないのに!愛姫がいつも私を励ましてくれて、私は本当に愛姫のこと大好きだから」
「まぁ、さま、愛もさまのことを大好きでございます」
「ありがとう。愛姫」

そういいながら愛姫の前の花活けにはたちまち色とりどりの花がいてゆく。慣れた手つきで活けてゆく彼女と比べるとの前の花活けはひどいものだった。まずまっすぐ花を立てるところから躓いているのだ。政宗は柱にもたれかかったまま、また笑い声を立てる。

「政宗さん!ひどいのは自覚があるけど、その態度はないと思うんだけど」
「Ah?ちょっと貸してみろ」
「え───────────、あのっ・・・・・」

くつくつと完全に小馬鹿にしたような笑みにとうとうが切れた。じろ、と睨みつけて告げると、政宗は立ち上がっての手から鋏を奪い取る。そしての花活けに差してあるてんでばらばらのそれを直し、残っている枝を添えるとにやりと笑ってみせる。

「どうだ?」
「殿は相変わらずお上手でございますね」
「───────────何で政宗さんは何でもできるの・・・・・・・」
「Ha!こんなモン、適当にやってりゃ大丈夫だ」
「適当って・・・・・・もう怒る気力もないわ・・・・・・・」

相変わらずの器用さを披露する政宗に目を覆う。彼と共にいると本当に自分の不器用さを思い知らされるようで、自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。だが今はそれを言っている状況ではない。政宗から鋏を取り返してからもう一つ予備の花活けを持ってきて花を手に取る。

「とにかく!政宗さんは邪魔しないで。時間がないんだから」

そして膨れながら花を剪定していく彼女と愛姫をよそに、政宗はじっと二人を見つめていた。もうすぐこの時間も終わるのだ。彼女は小十郎に嫁ぐために城を出て、そして顔を見ることもほとんどなくなるだろう。家臣の妻、というものはそういうものだからだ。『竜の巫女』の役目があるにせよ、今までのように気軽に顔を見ることもできなくなる。そんな一抹の寂しさを感じながらも以前のような手放したくないという感情が消えていっていることに気付く。視線の先では愛姫が笑いながらの手ほどきをしていて、そんな愛姫の笑顔にはっとする。彼女は自分にこんな笑顔を見せてくれていただろうか。

「Ah・・・・・・愛」
「はい?何ですか?」
「───────────いや、なんでもねぇ」
「変な殿。それよりも良いのですか?そろそろ小十郎が探しにくる頃ではございませんか」

くす、と笑いながら外に視線をやった途端、だった。「政宗さま!!」と響く怒号に思わず腰を浮かす。慌てる政宗にくす、と愛姫が笑みを漏らす。

「やべ・・・・・・!」
「小十郎さ〜ん!政宗さんはここにいるよ〜〜!」
「おい!テメェっ!!」

逃げ出そうとする政宗よりも早くの声を捕らえた小十郎の足音が近づいてくる。そして行儀良く廊下に膝をつく音とともに彼の低音が響く。

「失礼いたします。政宗さまは」
「こちらにおいでです。さ、殿、お仕事の時間です」
「Shit・・・・・・・」
「他国の使者がお待ちでございます。お早く」
「わかったよ、行きゃいいんだろうが」

舌打ちして立ち上がった政宗がふすまを空けて出ていくのに、ちらりと小十郎が部屋へ視線を投げるのが見える。直に姿を見るのはどのくらいぶりだろう。少なくとも花嫁修業と称して城に閉じ込められてからは初めてだ。声を聞くことはあっても部屋にこもりっきりの毎日のため、姿を見ることはできない。思わず小十郎の姿を追いかけるに、愛姫はまぁ、と袖で口元を覆う。


「あ・・・・うん、何?」
「いや、なんでもねぇ。愛姫さま、大変失礼をいたしました」
「いえ、小十郎」
「は───────────」
「政務が落ち着いたらさまに会いに来なさい」
「しかし」
「この愛の言葉は聞けないと言うのか?」
「いえ、そのような」
「でしたら、いいですね?」
「は───────────」

にこり、と笑いながら告げる愛姫に小十郎が頭を下げる。そして失礼と告げて政宗を追いかけて行った小十郎に愛姫はくすりとかわいい声を洩らした。

「まったく、小十郎も素直ではないのですね」
「ま、まぁ、ああいう人だし」
さま」
「はい?」
「男というものをお教えいたします」
「へ───────────?」

唐突な愛姫の言葉にぽかんと彼女を見つめる。多分自分よりも年下の日本人形のようなかわいらしい彼女の口から出た言葉とは思えなくて、目をしばたたかせるの手を愛姫はぎゅっとつかむ。

「いいですか、最初が肝要です。あまり甘い顔を致しますと、男はそれが当然だと思うようになります。ですから、最初のうちはしっかりと小十郎に甘えて手綱を持っておくことが大切です」
「め、愛姫・・・・・・なんかすっごく実感こもってない?」
「無論です。この愛は最初で失敗しておりますから、あのようにふらふらと出かけるような方になってしまわれました。ですがさまはこれからです。小十郎は殿の第一の家臣であると同時にこの伊達家の重臣でもあります。どうか、小十郎をお頼みします」
「う、うん」

握られている手に力がこもる。それは愛姫が自分を大切に思ってくれている証左で。頷いたに愛姫はにこりと笑ってもう一度ぎゅっと手を握りしめた。




 その少し前───────────、昼過ぎに脱走した政宗の空の机に向かって小十郎は深いため息をついた。しばらくおとなしくしていたと思えばこれだ、と立ち上がって主君を探しに執務室を出る。だが政宗の行先は見当がついている。愛姫の元に居続けるをからかいに行くのだ。あるときはお茶、あるときは短歌、あるときは琴。琴の稽古中に政宗を迎えに行ったのに笛を吹かされた昨日にぐ、と眉を寄せる。だが部屋に入ることなく、廊下での姿を見ることすらできなかった。まったくあの方は、と口癖になってしまいそうなあきれた溜息をついて───────────、小十郎はちら、と周囲を見回して手近な空いている部屋へともぐりこむ。

「おい、俺に用か?」

しばらく気配を探り、天井に向かって告げる。誰もいない部屋、独り言をつぶやいているような光景だが本人は大真面目だ。そして彼が見上げる先の板がカタ、と音を立てて外れ、一人の忍びが音もなく降りてくる。

「ご名答〜!さっすが右目の旦那は鋭いね」

いかにも軽い調子だが、小十郎は気にもしなかった。無論既知の間柄だ。

「猿飛、早かったな」
「まぁね〜。ほら、かすがが俺様のところに来てくれたからさ、一応お礼にって思ってさ」

片目をつぶっておどけてみせる男は猿飛佐助。現在は武田家に仕える忍隊の長でもある。小十郎は政宗の好敵手でもある真田幸村を通じて佐助とも既知になった。かすがと同郷という彼の腕は忍びの中でもかなり上位に来るだろう。その明るい口調に騙されてはいけないことはよくわかっていた。

「それで───────────」
「ああ、かすがの言ってたヤツね。武田はちゃんと右目の旦那からの書状が来てたよ」

そういいながら懐から一通の手紙を出して小十郎に渡す。それに目を通してから、小十郎は小さく頷いた。

「確かに」
「でしょ〜〜〜?で、何が気になってんのか聞いてもいいかな〜?」
「いや、いい。遠路はるばるすまねぇな。いくら猿飛でもこの雪じゃちっと辛いかと思っていたが、さすがだな」
「あらら、右目の旦那に褒められちゃったねぇ。ま、俺様が来たのはそれだけじゃないけど」
「何だ?」
「って、水くさいなぁ〜!旦那!!祝言挙げるんでしょ!?」
「あ、ああ・・・・・誰に聞いた?」
「誰ってそんな、町中の噂になってるよ。『竜の巫女』と『竜の右目』が祝言を挙げるってさ。領民たち、喜んでるみたいだったけど」
「───────────そうか」
「というわけで、俺様も出席していい?」
「寝言は寝てから言え。他国のお前を入れることなどできん」
「って、冷た〜〜い!だったら顔だけでも見たいなぁ〜。右目の旦那をメロメロにした『巫女』さんに興味あるんだけど」
「やらんぞ」
「そんな怖いことしないよ〜。ただ右目の旦那が選んだ女を見てみたいだけ。それぐらいならいいでしょ?」
「───────────」

軽い調子の佐助に無言のまま部屋を出る。先ほどからついてきた妙な気配は彼だけだったのだろうか。

「猿飛」
「何だ?」
「ここに来る前に、妙なやつらを見なかったか?」
「───────────そうだねぇ・・・・・・で、旦那はその情報に武田にどう報いてくれる?」
「そうか。武田に関係していやがるか」
「って、やっべ〜」
「取引だ。その情報をくれたらお前の望みかなえてやろう」
「へ?」
と会わせてやる。それでどうだ?」

小十郎の条件に佐助はしばらく無言のまま考えこんで───────────、そして軽く肩をすくめて頷いた。



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