祝言の日。朝早くに喜多が迎えに来た。いつもの通り支度を済ませると、は湯殿へと入れられて全身を磨かれる。身を清めてから愛姫の部屋へと赴いた。
「さま、いよいよですわね」
「うん。愛姫、いろいろありがとう」
「こちらこそお礼申し上げます。さま、どうかまたお城にも遊びに来てくださいませ」
「うん。一応『竜の巫女』はそのままみたいだし、また来るよ」
「ええ。愛はずっとお待ちしております」
にこりと笑う愛姫には手を差し出した。可愛らしく首をかしげた愛姫が触れるようにの手を握りしめる。そのままは愛姫にぎゅっと抱きついた。
「さま?」
「愛姫、本当にありがとう。大好きだよ」
いつも味方でいてくれた。愛姫が「お帰りなさい」と言ってくれたから頑張ることができた。自分にとって彼女はとても大切な友であると同時に心の支えになっていた。だからこそのハグだったのだが、愛姫はくすりと笑ってから身体を離す。
「さあ、ご準備なさいませ。今日は長い一日になりますわ」
「うん」
言われるままに立ち上がると八重たちが手際よく着物を着せてゆく。その途中、化粧を施されあれやこれやと言われるままに動き、出来上がった姿に愛姫が「まぁ」と言っただけで手を止める。
「お綺麗ですわ───────────」
「愛姫・・・・・・」
「さま、本当にお綺麗です。このような嫁御領を妻になど、小十郎にはもったいなく思えてきますわ」
「そ、それは言い過ぎだから。変じゃない、かな?」
「ええ」
八重から手鏡を手渡されて覗き込む。そこには自分も知らない自分の姿が映っていて、絶句する。白無垢を纏ったテレビで見るような花嫁姿が自分だとはとても信じられない。視線だけで愛姫を見れば、彼女も嬉しそうに頷いてみせる。
「愛は祝言には出られませんが、八重、さまを頼みますよ」
「はい。愛姫さま、お任せください。喜多さまも、どうかご壮健で」
「ええ。八重、困ったことがあったらすぐに相談なさい。さまも、弟が何か無理難題を言ったらすぐに私に言ってください。私はさまの味方でございますから」
ぎゅっと喜多に手を握られて頷いた。そして八重が愛姫や喜多、それに他の女中たちに挨拶をしているのをぼんやりと眺めながら、ああ、私はこれからこのお城を出ていくんだ、と妙なことに実感する。八重にとってはもしかしたらもう戻ってこれないかもしれないのだ。それなのに自分についてきてくれる、と言ってくれた彼女の気持ちが嬉しくて。
「愛姫、喜多さん・・・・・・・・今まで、ありがとうございました」
「───────────はい。、元気で」
そう告げる愛姫に顔を上げる。わずかな時間だったが、自分を娘として受け入れてくれた愛姫が初めて自分をそう呼んでくれたことにじんと胸が熱くなる。涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえては両手をついて深々と頭を下げてから、政宗に最後のあいさつをするべく立ち上がった。
広間に集まった重臣たちはやってきた白無垢のに一瞬ざわついていた場がしんと静まり返った。無論、ここには小十郎はいない。彼は政宗から与えられた屋敷で花嫁を待っているはずだからだ。当然、参列する綱元もこの場にはいない。ただ成実は大森城からわざわざ登城してきて広間の一番政宗の席に近い場所にいた。彼もまたの姿を見て一瞬口を閉じてから、にや、と政宗を仰ぐ。その視線に軽く頷いてから自分の前に座るに目を細める。
「」
「はい」
「───────────よく似合ってる」
「・・・・・・ありがとう」
「小十郎はこの俺の右目。伊達の副将と言っても過言じゃねぇ。その男に嫁ぐってのはお前も伊達を支える大切な一人ってことにもなる。『竜の巫女』としても、小十郎の妻としてもこれからも俺を支えろ」
「うん───────────政宗さん」
「何だ?」
「今までありがとう。突然ここに来た私を拾ってくれて、政宗さんには本当に感謝してる。政宗さんに会えなかったら私、どうなってたかわからなかった。大切にしてくれて、ありがとう。それから、これからもよろしくお願いします」
成実に拾われ、その自分を庇護すると決めてくれたのは政宗だ。たとえそれが政治の道具だったとしても、『竜の巫女』として自分の居場所を作ってくれたのは政宗だ。彼がいなかったら自分はあっさりと死んでいたかもしれない。頭を下げるに政宗は鷹揚に頷いてみせた。
「期待している」
にやりと笑う政宗の言葉に一瞬言葉を失う。果たして政宗の言葉が本物かどうか、ちら、と見上げる瞳では判断がつかない。
「、幸せになれよ」
「───────────うん。ありがとう」
政宗はそれだけを言って立ち上がる。それは謁見を終了させるという意思表示。慌てて頭を下げるの側を政宗は通り過ぎていった。続いて家臣たちも去って行き、部屋に残ったのは成実と二人だけになる。そしては広間をゆっくりと見回して頭を下げる。まるで部屋に対してお礼を言っているように見える仕草に成実は首をかしげる。
「?」
「ここで、みんなでご飯食べたりしましたよね」
「そうだな。あー、、そんなカッコしてるのにこんなこと聞くのアレだけどさ」
「はい?」
ぽりぽりと額をかきながら成実は少しためらったように口を開く。
「は景綱で良かったのか?」
「え・・・・・・・・・・?」
「これはいわば政略結婚だ。だってそれはわかってるだろ?」
「はい」
「景綱はを好いているようだけど、はどうなの?もし、さ、梵のことを考えてとか、俺たちのこと考えて景綱のところに嫁ぐって決めてるんだったら・・・・・・」
「それは、違います」
逡巡する彼にはきっぱりと首を振った。そんなことを考えたこともなかった。ただ小十郎が求婚してくれたから、彼なら、と思ったのだ。それが率直な気持ち。
「私、ずっと小十郎さんに守られてきたから───────────」
「うん」
「小十郎さんは、誰よりも優しくて厳しくて、側にいると安心できるんです。だから、小十郎さんが私のことを『守る』って言ってくれたらそれが本当だと思って。だから、この人ならって思ったんです」
「まぁ・・・・・アイツは確かに誰に対しても厳しいし、甘い顔はしない。でもちゃんとそいつのことを考えてやれる人間だ。でもそういう人間の妻って大変だと思うけど」
「成実さん・・・・・私今から嫁ぐんですけど」
「そうだけどさ。正直俺には理解できない。景綱は厳しい男だ。はそれに耐えられるの?」
「───────────耐える、のは無理だと思います。でも、二人で頑張ることならきっとできる。小十郎さんとなら一緒になんでも乗り越えられるって、私はそう思うんです。確かに、大変だと思いますけど・・・・・・」
「はそれでも小十郎がいいの?梵より?」
「政宗さん?」
「ああ」
「───────────うん。小十郎さんがいい」
「そっか」
小さく首をかしげて、それでも小十郎がいいと告げるに成実はやっと笑顔を見せた。もしかしたら彼女なら───────────と思う。小十郎は左門のことも自分には預けずにと二人で育てたいと言ってきた。果たして目の前の頼りなさそうな彼女がそんな重荷を背負えるのか、と心配していたのだが、案ずるより生むがやすし、ということか、と笑う。
「そっか───────────。ありがとうな、」
「え───────────?」
滅多に見せない柔らかい成実の笑みにははっとして彼を見返した。普段は伊達家の御一門として、政宗の側近として年相応の表情をあまり見せない彼だが自分にはたまにこういう表情を見せてくれる。それが嬉しくて。それに彼は本当に政宗も小十郎も大切に思っているんだとわかる表情につられるように笑う。
「成実さん」
「何だ?」
「あの・・・・・・私がこんなこと言ったらおかしいかもしれないけど」
「だから何だ?」
「政宗さんのこと、よろしくお願いします。愛姫のことも守ってあげてください」
「?」
「私は多分───────────小十郎さんだけで手一杯になると思うから、だから、お願いします」
そう告げる彼女に成実は一瞬あっけにとられて───────────そしてにっと笑う。それはまるでいたずら小僧のような笑みだった。
「へぇ、景綱の手綱はが握るっていうのか?」
「い、いえ、それは多分・・・・・無理・・・・・・・」
「なんだ、嫁ぐ前から弱気か?」
「そうじゃなくて!小十郎さんが一番大切なのは政宗さんだから・・・・・・それは、わかってるから」
「?」
「でも私は小十郎さんを見てるから、だから、政宗さんと愛姫をお願いします」
いたずら小僧の笑みが、成人した大人のそれに変わる。そうすれば血のつながりを嫌でも意識してしまうほど、政宗によく似た自信たっぷりの笑み。それを浮かべて成実は軽く頷いた。
「ああ。任せろ。その代わり───────────景綱を頼む」
「うん。精一杯小十郎さんを支えるよ」
「それでいい。さぁ、そろそろ刻限だ。花嫁が祝言に遅刻したんじゃ洒落にならない。、元気で」
「ありがとう、成実さん」
にこりと笑うを見送って成実は両足を投げ出した。まったく女性にはかなわない。彼女もまた強くなったと思う。小十郎の妻ともなれば会う機会も減るのかもしれないが、たまには顔を出すかな、と考える。まぁ無論小十郎は嫌がるだろうから彼のいない間に。その時は梵も誘ってやろう。そんなことを考えながら、成実は背後に近寄ってくる慣れた気配に手を振ってみせた。