そうしては城を下りた。駕籠が用意され、それに乗り込んで小十郎が待つ屋敷へと向かう。城からほど近い小十郎に与えられた屋敷に到着すると、表で喜多が数人の女中たちと首を長くして待っていた。喜多に付き添われて駕籠を降り中へと誘われる。無言のままではあったが、の手がわずかに震えていた。一歩歩くごとに緊張が走り、どくん、どくんと心臓の音が大きくなっていく。その緊張が喜多にも届いたのだろう。介添えをしている手に少し力がこもる。驚いて顔を上げると、喜多はにこりと微笑んでみせる。小さく頷いてみせると、何故か少し緊張が和らいだ。

 連れて行かれたのは屋敷でも一番広い大広間だった。そこには小十郎の親戚一同や綱元の親戚たち、小十郎の直属の部下たちが所狭しと集まっていて、がやってくるとどよめきがおきた。『え・・・・・・・』思わず足を止めようとするの戸惑いをわかっていたのだろうが、喜多はそのまま小十郎の隣へとを誘った。

「嫁御領、おいででございます」

その場に座って手をつくと、ちら、と小十郎の驚いたような顔が見えた。珍しい表情に思わず首をかしげるが、は教えられた通り何も言わずに頭を下げる。

「よく参られた。さぁ、堅めの盃を」

綱元がそう告げて小十郎との元に盃が運ばれて三三九度となる。それぞれ飲み干すと、神主が祝詞を上げ、二人が夫婦となったことを祝す。たったそれだけで祝言そのものは終了だった。後は無礼講。集まった親類、縁者たちが親交を固め、や小十郎の元にひっきりなしにお祝いにやってくる。それに応対しているだけで必死になった。小十郎は落ち着き払って相対していたが、にとっては名乗りを上げて近づいてくる者の顔を覚えられないままわたわたしている印象しかない。そして少し人が途切れた時だった。三三九度で酒も入り上気しているのもあるが、喉が渇いて仕方ない。八重が気を利かせて水を持ってきてくれて、がぶ飲みしていると小十郎がそれに気付いて苦笑する。

「大丈夫か?」
「あ・・・・・・・うん。何とか」
「疲れただろう?少し休むか?」
「え、花嫁が勝手に席をはずしちゃまずいでしょ?」
「それはそうだが、途中でお前に倒れられるよりゃましだ。酒も飲んでるだろうが。辛くなったら言え」
「うん、ありがとう」

そういいながらそっと背を撫でてくる小十郎の優しさに胸がいっぱいになる。改めて彼を見ると、彼もまた普段は見ない裃をつけていて、それがとても良く似合っている。陣羽織も似合っているが、ガタイのいい彼は何を着ても着こなしてしまう。ああ、この人の妻になるんだ、と改めて考えてしまってどきりとする。

「どうした?」
「う、ううん。小十郎さん、似合う、ね」
「───────────そう、か?お前も良く似合ってる。見違えたぜ」
「そ、そう、かな」
「ああ。俺の女房にゃ勿体ねぇ美人だ」
「───────────う・・・・・・・あり、がと」

すっと瞳を細める小十郎の視線にどくどくと心臓の音が大きくなる。普段そんなことを言われた記憶はないし、そんなことを言うとは思わなかった彼だからなおさらだ。頬が熱くなるのを感じてうつむくと、すっと小十郎の手が頬に触れる。


「───────────っ!?」
「これから、頼むな」
「・・・・・・・・・うん。こちらこそ、よろしく・・・・・お願いします・・・・・・・」

ようやくそれだけを告げると、見られていたらしく場から冷やかすような声が飛ぶ。皆酒も入っているからかなりきわどい言葉が飛び交っているが、小十郎はにやりと笑っての腰に手を回す。それがさらに招待客を煽り立てたようで怒号のような声にはおろおろとするばかりだ。その時だった。厠へ行ってきたらしい綱元が小十郎を手招いた。

「綱元どの?」
「小十郎、ちょっといいか?」
「───────────何か?」

珍しく困ったような顔をしている綱元が他の者に聞こえないように口を開く。

「いや・・・・・・・・・その・・・・・・・・奥の庭にお祝いの使者だ」
「───────────使者?」
「ああ。まぁ行ってやってくれ。できればも一緒に」
「・・・・・・・・・綱元どの、まさか」

嫌な予感に小十郎は目を見開いた。小さく頷く綱元に思わず額に手をやって、小十郎はを呼び寄せて二人で風に当たってくる、と言って席を外す。

「小十郎さん?」

お色直しでもないのに宴の主役が席を外していいのか、と言外に問うに首を振って誰もいない庭に降りる。まだ日が落ちるまでに時間があるから足元が暗いわけでもない。だが小十郎はに手を貸してやるとは嬉しそうに笑う。

その時だった。二人の目の前に男が二人姿を見せたのは。思わず悲鳴を上げそうになるの口をふさいで小十郎が小さく首を振ってあきれたような溜息を洩らした。

「二人揃って何をやっておいでか」
「Ah?そう言うな。お前たちの祝言を見に来たんじゃねぇか」

小十郎の声を制したのはここにいないはずの政宗だった。いつもの着物ではなく、どうやって手に入れたのか、足軽たちが着るような簡素な服を纏い、目立つ眼帯は髪を寄せて隠している。だがそんな安物の着物を着ていても政宗は政宗だった。立ち居振る舞いが足軽には見えない。一瞬ぽかんとしたが自分を取り戻すと小十郎は塞いでいる手をどけてやる。

「政宗さん!?それに・・・・・・」
「景綱、お前そんな顔をするな」
「成実さんまでそんなカッコ・・・・・・・」

政宗の隣に立っていたのは同じように足軽の着物を着た成実だった。目をしばたたかせるに成実はにこりと笑うだけだ。

「政宗さま、よろしいですか、そもそも臣下の祝言に主君が立ち会うなどと」
「Ah、うっせぇうっせぇ!小言はよせ。だからこうやってこっそりと来てんじゃねぇか。心配しなくてもすぐに帰る」
「どこから来られたのですか。表には見張りが立っていたはずですが」
「抜け道に決まってんだろ。アレなら誰にも見咎められねぇ。何だその不満そうな顔は?」
「不満ではございません。小十郎は政宗さまの臣下でございます。一臣下の祝言に顔を出されるなどあってはならないことでございます。成実さまも然り。何をやっておいでですか!」
「俺はお前に会いに来たわけじゃねぇよ。を見に来たんだ。は俺の『竜の巫女』だぜ。俺の『巫女』の祝言に顔を出して何が悪い」

小十郎の小言をしれっとかわして政宗はに笑いかける。主従のやり取りに呆然としていた彼女だが、政宗と成実の二人の視線に戸惑ったように下を向く。

「Hum・・・・・・・・」
「な、何?」
、小十郎に愛想を尽かしたらいつでも俺のとこに来いよ」
「政宗さま!」
「え・・・・・・・あ・・・・・・ううん、やめとく」
「Ah?」
「先に喜多さんに相談する。だって私は小十郎さんの妻になるんだもん。お義姉さんに最初に相談するのが筋でしょ?」

政宗の言葉に小さく首を振ったに、政宗は一瞬目を見張って───────────、「そうか」とだけ呟く。「うん」と笑うに成実は目を細める。彼女なら大丈夫だ、と思う。数年前、こうやって白無垢を纏った蔦との祝言は失敗に終わった。元服したばかりの自分は媒酌人を務めた父の名代で列席していたがあの時の蔦の表情は未だに忘れられない。強張った、まるで今から人質になるかのような表情。政宗自身の側室たちが初めて自分に侍るときの表情だと後で気が付いた。だがそれとはまったく違うの幸せそうな笑顔に安心する。ほっとした表情になる政宗を横目に成実はにやりと笑って口を開く。

「景綱」
「は───────────?」
「忘れるな。俺や梵、綱元も喜多も皆、の味方だからな」
「わかっております」
「だったらいい」

釘を刺した成実に小十郎は大きく溜息をついた。婚約したときから全員に言われ続けているのだ。忘れられるはずもない。だが───────────

「政宗さま、成実さま」
「Ah?」
「何だ?」
「お二人とも心配と仰せであれば、この小十郎、ここに誓いましょう。を必ず守り、幸せに致します。この言葉を違えた時は、この身が八つに裂かれても構いませぬ」

小十郎の誓いに政宗と成実は顔を見合わせて小さく笑ってへと視線を移す。そう言われた本人は真っ赤になる頬に手を当ててじっと小十郎を見つめていて、からかいに来たつもりが藪蛇だったことに肩をすくめた。

「ま、その意気だ。小十郎」
「───────────は?」
「明日の朝、新妻にかまけて遅れんなよ」
「無論でございます」

頭を下げた小十郎の肩を軽く小突いて踵を返す。政宗を追いかけるように成実も続き、残された小十郎は大きく息をつきながら目を潤ませているの手を取った。

「───────────ありがとう、小十郎さん」
「───────────いや、当然のことを言ったまでだ」
「ううん。違うよ。本当にありがとう、私を選んでくれて。私も全力で小十郎さんを支えるよ。二人で頑張ろうね」
「ああ」

両手で小十郎の手を包み込むようにして告げるに頷いてから、少し逡巡した小十郎がを抱き寄せてその唇に自分のそれを合わせる。短いキスを交わした二人は招待客が待つ部屋へと戻り、夜遅くまで二人を祝う祝言は続いたのだった。



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