部屋に戻ってすとんと腰を下ろしたは、頬に手を当てる。そして思い切りつねりあげた。
「いったい・・・・!!」
自分でやったことながら容赦のないつねり方をしたため、思わず悲鳴を上げる。そんなに八重が慌てての手を取った。
「さま!?何をなさって」
「うん・・・・夢じゃないかって思って」
「夢ではございませんわ。殿のお話がそれほど衝撃だったのですか?」
「あ・・・・・うん・・・・・」
「そうですか・・・・」
「八重さん、あのね───────────」
せめて自分だけではなく、記憶を共有してくれる人が欲しかった。八重の手をぎゅっと握り返すと、先ほどの愛姫のぬくもりを思い出す。
「どうか奥州にお留まりください」
愛姫の声が耳から離れない。思わず身体を固くしたに八重は小さく笑ってその手にもう一方の手を重ねてくる。
「さま、ご無理はなさいますな。もし私に話していいという日が来たらお話ください。それまではどうか、ご自身のお心のままに」
「ううん。聞いてほしいの。夢じゃ、ない・・・・・っていう証拠に」
そう言っては先ほどの話を八重にした。気持ちはぐちゃぐちゃでちぐはぐな話になってしまっていたけれど、八重は黙って聞いてくれた。そして話し終わったに八重は手を握ったまま口を開く。
「さまはどうなさりたいんですか?」
「・・・・・・・・わからないの。正直、誰かに嫁ぐ・・・・とか結婚とか、考えたことなかったから」
「そう、ですか」
「あれ・・・・八重さんって、結婚してるの?」
「私ですか?いえ、私は喜多さまを見習って生涯殿にお仕えする所存です」
「喜多さんも結婚してないんだ」
「まぁ・・・・・喜多さまにもいろいろとございますから」
口を濁した八重には一瞬驚いた顔をしたが、すぐにそれは消えて視線を落とす。
「八重さん、私がもし政宗さんの側室になったら愛姫を裏切ることにならないかな」
「───────────愛姫さまを裏切ることにはならないと存じます」
「どうして?だって自分の旦那さんがほかの女とその・・・・・・」
「殿が奥州の王であり、お世継ぎが生まれない限り、愛姫さまにそれを申される資格はございません。それに愛姫さまはさまを神の化身だと信じておられますから、むしろお喜びになられるかと」
「・・・・・・」
「愛姫さまは信心深いお方ですから」
思いもしない言葉にあっけにとられたに苦笑して、八重はそろそろ食事の用意を致します、と手を離す。
「さま、まだ猶予はございます。ゆっくりお考えなさいませ」
「うん。愚痴ってごめんなさい」
「いいえ。嬉しいですわ。さまのご相談相手ならいつでも歓迎いたします」
膝を抱えるに笑って八重は部屋を出て行った。しばらくそのままの姿勢でいたがふと顔を上げると、部屋の外から何やら音がする。驚いて顔を上げると、はそっとふすまを開けた。そこには政宗が所在なさげに佇んでいては目を丸くした。
「何、してるの?」
「Ah・・・・・・・入っていいか?」
「どうぞ。って、政宗さん、いつからそこにいたの?寒かったんじゃない?」
「寒いのは慣れてる」
「いいから火鉢の側に来て。こんな薄着で外に出てるなんて、信じられない」
触れた政宗の着物の冷たさに驚きながら、袖を引いて無理やり火鉢の側に座らせると、八重がおいていってくれたお茶を淹れて政宗の前に差し出した。「Thanks」と言って湯呑を手に取った政宗がふぅ、と息を吐き出した。
「すまねぇ」
「───────────え?」
「お前を守るって言いながら、ちぃっとも守ってやれねぇ。小十郎と綱元の術中にハマってお前を窮地に追いやってしまった」
「政宗さん、それを言いにわざわざ・・・・・?」
思いがけない言葉に驚いた。でもそれだけではなく、わざわざ政宗が来てくれたことに素直にうれしいと思う。二人きりの部屋で素直な感情をのぞかせる政宗に心が揺れる。それを象徴するように視線を泳がせたの手を政宗がつかむ。
「」
「何?」
「俺の側にいろよ」
「政宗さ・・・・・・」
「俺の側室になれ。最悪は名ばかりでいい。お前が嫌だと言えば伽をしろとは言わねぇ。お前はただ、俺のものでいてくれればそれでいい。二度と小十郎にも綱元にもとやかく言わせねぇ。だから・・・・・」
「ありがと・・・・・・・少し、時間もらっていい?」
「ああ・・・・・・・・」
「何?」
「もし、もしお前が───────────本当に俺の側室になってもいいと思ったら、夜、俺の部屋に来い。お前を待ってる」
そのまま手を引かれて政宗の胸に倒れこんだ。政宗の体温と、火鉢の逆側の着物はまだ外の寒さの余韻が残っていて、頬に触れた暖かさと冷たさに目を見開いた。ずっと側にいてくれた。守ると言ってくれた。その心がたまらなく嬉しい。
「うん・・・・・わかった・・・・・・でも私、行かないかもしれないよ・・・・?」
「それでもいい。名ばかりの側室でも構わねえ。お前をほかのヤツに取られるぐらいなら牢に閉じ込めてでも俺の側においてやる」
「ちょっと・・・それって私の意見は無視ってことだよね・・・・・・」
「Ah・・・・当たり前だろ。ゆっくりと俺好みに仕上げてやる」
「って、伽をしなくていいって言ったのに!政宗さんの嘘つき!」
そのまま、つい、と頬を撫でられての唇をたどる長い指先が雄弁に物語っているようで、見上げる政宗の隻眼はどこか熱を孕んでいては思わずふる、と身体を震わせた。
「嘘つきでいいさ。お前を俺の側に置くためならなんだってやってやる」
「・・・・・・・政宗さん」
「そうだな。今は───────────」
呆然と見上げるの唇に自分のそれを重ねる。ただ触れるだけの優しいキス。わずか数秒触れただけの唇が離れていくと、は瞬間で顔を真っ赤に染める。
「ま、ま、まさ・・・・む・・・・・」
「言っとくが、jokeじゃねぇぜ」
じっと瞳を覗き込まれ、甘い言葉をささやかれる。耳朶に触れる吐息に身体が震える。目を逸らそうとしているのに、目が離せなくなる。何て妖艶でカッコいい瞳だろう、と思う。女を求める男の瞳に惹かれていく。
「、お前が欲しい」
耳元でささやかれてどくん、と心臓が音を立てた。拒否しようとしないに政宗はふっと笑って彼女を背中から畳に押し付けて組み敷かれたところで、はっと我に返る。
「ちょ、ちょっと待って───────────!!」
「Ah?何だ」
「す、ストップ!!政宗さん、ダメ!」
気が付けば着物の裾をはだけられ、合わせから侵入してこようとする政宗の手が胸に触れる。慌てて手をつかんでやめさせると、政宗の腕の下から逃げようとあがく。
「あ、あ、あの!だから、その・・・・・よ、夜に、行くから・・・・・・」
「Really?」
「ほ、ホント!ホントだから!だから、その!今は、あの!」
「Okey。聞いたぜ」
「───────────え・・・・・・」
じたばたとしながら必死で逃げ出そうと政宗の身体を押し返す。だが大の男数人を吹き飛ばすほどの力を持つ政宗の身体はびくともしない。慌てれば慌てるほど、深みにはまるが必死で口にした言葉に、政宗はしてやったり、という笑みを浮かべてようやくから身体を離した。
「ま、まさか・・・・・!?」
「約束したからな。お前は俺のモンだ」
「もしかして今の、わざと───────────!?」
「Ham・・・・・さわり心地はまぁまぁだな」
「ま、政宗さんの変態───────────っ!!」
軽く揉む仕草にかぁっと血が上る。息の続くまま悪態をつくと、彼はにや、と笑って耳元で「jokeだ。待ってる」とささやいてからひらりと手を振って部屋を出て行った。
「し、信じられない、あの人───────────っ!!」
真面目なのかそうでないのか、いくら慣れても判別がつかない。でもあの声で囁かれたら思わず何も言えなくなってしまう。ぱくぱくと口を開くが落ち着こう、と座り込んで政宗がおいていったお茶を一気に流し込む。ふつふつと怒りが湧き上がってくるが、火箸をぐさぐさと突き刺して怒りをやり過ごす。そして怒りが落ち着いてくると、先ほど言ってしまった言葉にさぁっと血の気が引いた。夜に政宗の部屋に行く、と約束してしまったのだ。それでも───────────先ほど自分が止めなければ政宗に抱かれてしまったかもしれない。いつの間にか彼に組み敷かれて見上げる彼の情熱的な瞳に吸い込まれそうだ、と思ったことは彼には言えない。
「私、政宗さんのこと・・・・・・・」
小さく呟くと、心臓がどくんと音を立てた。今まで目を逸らしてきた気持ち。もしかしたら彼のことが好きなのかもしれない。いや、きっとずっと前から彼に惹かれていたのだろう。先ほど見つめられて何も言えなくなってしまったのは心の奥底でそれを望んでいた自分がいたのかもしれない。
「私───────────政宗さんのことが、好き、なんだ」
そう認めてしまえば今まで迷っていたのが嘘のようで。は意を決して八重を呼ぼうと立ち上がった。