昨日は一睡もできなかった。気づいてしまった気持ち。政宗のことが好きだ、と自覚してしまった。彼のことを考えれば考えるほど眠れなくなってしまって、まるで初恋のような気持ちには戸惑いながらもぐるぐると考えてしまって眠れなくなったのだ。
朝早く八重が姿を見せた時、は布団の中でごろごろと身体を転がせていただけの状態で、まぁ、と言っただけで八重はそのままの状態にして火鉢に火を入れた。
「さま、お起きにならなくても結構ですので、そのままお聞きください。殿より本日からしばらくの間、お食事はお部屋でとられるように、と」
「え───────────」
「『決心がつくまでゆっくり考えろ』と」
「政宗、さん・・・・・・・」
「お伝えいたしましたわ」
「・・・・・・・うん、ありがとう。ゆっくり考えるね」
「それがよろしいと思います。では朝食はこちらにおもちいたします」
「ありがとう」
自分の気持ちをまだ八重には話してはいない。彼を好きだ、とは思う。だけどまだ決心がつかないままの中途半端な気持ちを抱えたままだった。運ばれてきた朝食を食べ、ごろごろと布団に横になる。何をしようとも思わなかったし、政宗からも小十郎からも、また成実や綱元からも何も言われないまま一日が終わり、それを重ねること数日。あの日からはこの部屋からほとんど出ないまま日を過ごしてきた。
一度だけ、喜多に会いたいと彼女の部屋に行って話を聞いた。
「今、伊達と戦争を起こそうとしているところはどこで、どこの勢力なら縁談を断れますか?」
と。一瞬驚いたような顔をした喜多が一つひとつ説明してくれた。同盟関係を結んでいる武田、上杉の両軍は同盟を強固にするための縁談だから断ったところですぐに戦になるとは考えられない。それは両軍を率いる武将の性格上、おそらく大丈夫だろうと思う。残りの勢力は伊達と事を構えたいと思っているといっても過言ではない。敵に回したくないのは豊臣、徳川。最近とみに勢力を拡大している軍を敵に回すとやっかいだろう。地の利からいくと、長宗我部、毛利とは戦端を開いても待ち構える限りこちらが有利となる。但し両軍とも大名の正室に迎えるという条件だからあまり断りたくはない。恐らく北条と最上はを迎えてそのまま人質として伊達に戦を仕掛けてくるだろう、と。それを聞いてずっと考えているうちに、最後の一日になった。
「今日には結論を出せ」と、政宗から書状だけが届いた。あれから八重以外は誰もこの部屋へとやってこなかった。政宗からの決心がつくまで誰も部屋に行くな、と下知が出ているということは聞いていたから政宗の優しさと共に寂しさも覚えたが、決心がつかないまま時間だけが流れていった。だけど今日には結論を出さなければならない。政宗が好きだ、とは思う。だけど安易に彼に甘えて側室になっていいのか、ずっと迷っていた。もしかしたら本当に彼のためになるのは、自分が現在敵対している相手の元に行くことなのかもしれないと考えだしたら止まらなかった。彼の役に立ちたい、それならばいっそ、この気持ちを隠したまま別れを告げた方がいいのではないか、そんな考えが頭をよぎる。だけど───────────政宗の隣にいたい、という気持ちも正直で。
「どうしよう───────────」
膝を抱えたまま呟くに、八重は彼女の肩に羽織をかけてやりながら心配そうに覗き込んだ。
「さま、どうかお気持ちのままになさいませ」
「八重さん・・・・・・・」
「さまがどうなさりたいか、それだけをお考えください。殿のために何をしようなどと考えなくてよろしいかと思います。今は戦の時代です。女の戦は生き残ることにございます。そのためには好きな人と志を共に強くあることと喜多さまはよく申されます」
「喜多さんらしいな」
「ええ。本当に」
ひとしきり笑って、八重はお茶を淹れようと準備するのを見て、はようやく顔を上げた。
「───────────決めた」
「まぁ」
「八重さん、あの・・・・・・・・」
「私にできることがございますか?」
「うん。今日、政宗さんの所に行くから、夜はその・・・・・いなくなるから」
「───────────かしこまりました。殿にはお伝えいたしますか?」
「ううん。自分で言うから」
「はい。では内緒にしておきますわ」
「お願いします」
くす、と顔を見合わせて共犯者のように笑う。
「八重さん、ありがとう」
「はい?」
「私、八重さんにも本当に感謝してる。こんな私をずっと支えてくれて。ありがとう」
「何をおっしゃいますか。さまが殿のご側室になられましても私はお側を離れるつもりはございません。どうか末永くよろしくお願いいたしますわ。の方さま」
「え───────────」
「あら、殿のご側室になられるのでしたらそう呼ばれると思います」
「か、からかわないでよ・・・・・」
「まあ、さまお顔が真っ赤です」
「もう!」
笑う八重にが抗議の声を上げて、真っ赤になった頬を隠すように手で顔を覆う。でも、確かに政宗の側室になればそう呼ばれることになるのだろう。そう考えるだけでドキドキと心臓の音が大きくなる。じっと座ったままのに八重はお茶を差し出してから考える時間をくれるように部屋を出て行った。
その日の夜。早めに湯殿を使わせてもらって身体を綺麗に清めたは部屋の中で大きくなる心臓の音と戦っていた。夜着に身を包み、八重が用意してくれた羽織をかけて時間を待つ。自分一人で行くから、と八重も下がっているので頼れる人もいない。逃げ出してしまいたい衝動と、政宗に会いたいという正直な気持ちとが交錯する。それに自分には誰にも言っていないことがある。身体中に刻まれた暴力の痕。さすがにここに来てからはそんなこともないので少しずつ薄くなってきている箇所もあるが、政宗がそれを受け入れてくれるかどうか、わからなかった。もし寝所で政宗に嫌われてしまったら、傷だらけの自分を抱きたくないと言われてしまうかもしれない。そう考えるだけで身体がすくむ。だけど───────────これが最初で最後のチャンス。政宗のことを好きだと伝える、たった1回の。受け入れてもらえなければそこで終わりだ。その時は政宗の言いつけ通り、どこか他の大名の元に嫁ごう。どうせ一度は死んだ命なのだ。好きな人のためになるのであれば、それが一番いいと覚悟を決めてしまったのだから、次に踏み出すべきだと決めては立ち上がった。
しんしんと降る雪は今日もやむことを知らない。雪が積もる廊下を一人で歩く。しんと澄み切ったような空気とともに足音さえも吸収されていくような寒さと雪音に両腕を抱き寄せた。夜も遅い時間。昼間に歩く廊下とは風景すら変わって見えるが、それを気にする余裕などなかった。誰にも会いませんように、と祈りながら政宗の部屋へと歩く。後で考えればきっと抜かりのない政宗のことだから、の部屋と自室をつなぐ部屋には見張りなどは不要と下がらせていることに気付いたのだろうが、今のにそんなことを気にする余裕もない。ゆっくりと歩き、まっすぐ政宗の部屋にたどり着くとはぴたりと足を止めた。中からはわずかにろうそくの明かりが漏れてきていて、部屋の主がいることを知らせてくる。声をかけようかどうしようか、と迷うまま立ち止まったに、その気配に気づいたのだろう。中から政宗の声が響いた。
「誰だ?」
久しぶりに聞く彼の声だった。その声を聞いた途端、どくん、と心臓が跳ね上がり、ずっとこの声を欲していたのだと感じる。政宗に会いたい、と素直に思う。
「あの・・・・・・政宗さん、私───────────」
「!?」
「うん。入って、いい?」
「一人、か?」
「うん」
「入れよ」
「うん」
の声だとわかった瞬間、驚いたような政宗の声。入れ、という声に頷いてふすまを開ける。ふわ、と部屋の中の暖かい空気が肌に触れて、部屋に入ってふすまを閉めた途端だった。ぐい、と手を握られて抱きしめられる。
「───────────!」
「政宗さん・・・・・・・」
「ダメかと思ってた」
「え・・・・・・・?」
「お前はずっと来てくれなかったから、きっとダメだと思ってた」
「───────────遅くなって、ごめん」
痛いほど抱きしめられる政宗の体温が暖かい。その力に彼の気持ちが詰まっているようで、何故もっと早くこうしなかったのかと後悔した。腕の中で謝るに、政宗は頬に手を当てて身体を離す。視線を上げればいつもの眼帯を取った政宗の素顔が目に入ってくる。右目がないことは知っていたが、閉じられたままのそこを見つめると、政宗が苦笑した。
「醜いだろ?」
「そんなことない」
「嘘はつかなくていい」
「嘘じゃない!それも含めて政宗さんだもん。私が好きになった政宗さんの一部だから、醜いなんて思わない」
「───────────!?お前・・・・・」
自嘲する彼に慌てて首を振る。思わず告げたの言葉に目を丸くする彼の政宗の頬に手をやって、そっと右目をなぞれば彼はくすぐったいとばかりにくつ、と笑って言った。
「触っても、もう痛みもねぇぜ」
「そうなんだ」
「滅多に女にゃ見せねぇが、お前は特別だからな」
本当かどうかはわからないが、にやりと笑う彼に、あぁ、この顔が一番似合うな、と見上げる。自信に満ちた城主の顔と、一人の男性としての魅力がかちあったこの表情に一番最初に惹かれたのだ。無言のままじっと見つめるに笑いながら、耳に唇を寄せる。
「答えは、Yesでいいんだな?」
「・・・・・・うん」
「そう、か───────────」
「あ、あの・・・・・・・その・・・・・・・」
「」
「何?」
「Thanks」
小さく告げる政宗の声に目を見張る。囁くように耳朶に拭きこまれる彼の声がじわ、と体中にしみ込んでいくようで。今度はそっと抱きしめられて彼の長い指が唇に触れると、は受け入れるようにゆっくりと瞳を閉じて、そして二人の唇が重なった。