翌日。浜まで出迎えに行った兵士たちと共に米沢城へ姿を見せたのは長宗我部元親と名乗る青年一人だった。白銀を思わせる髪に政宗とは逆の左目を眼帯で隠した隻眼に上半身むき出しの身体にはほれぼれするほどの筋肉がついていて、女たちが騒ぎそうな外見をしていた。綱元と小十郎が門まで出向いて歓迎の意を示し、現れた男はその大仰な歓迎にも物怖じせずに、にやりと笑っただけだった。綱元が政宗を呼びに行き、小十郎が控えの間まで案内する。その間面白そうに屋敷内に視線をやる男に小十郎は無言のまま。そして控えの間に通されると、男はどっかと胡坐をかいて目の前の小十郎を見やる。
「おう、竜の棲家にしちゃ随分華やいでるな。男臭いとこかと思ったらいいところじゃねぇか」
「それは、痛み入る」
「アンタ、名前は何てんだい?俺は長宗我部元親だ」
「片倉小十郎景綱と申す」
「へぇ、アンタがあの名高い竜の右目かい。ふうん・・・・・・思ってたのと印象が違うな」
「そうか」
「ああ。竜の手綱を取る名軍師だと聞いてたからな。だがアンタは剣の腕も随分たちそうだ」
「───────────悪いがそれは違う」
「どう違う?」
「竜の手綱を取るなどとんでもねぇ。政宗さまは本物の竜だ。俺にできることはあの方の向かう先への道筋を拓くだけだ」
「・・・・・・なるほどね」
律義に訂正する小十郎にすっと政宗とは逆の瞳を細める。その仕草に小十郎は表面上は何も浮かべないまま彼の真意を探る。そもそも四国から遠く奥州まで遠征してきているのだから、何かしらの意図があってのことだと思うが、目の前の彼は上機嫌でいろいろと質問をしてくるが、それだけだ。
その時だった。謁見の用意が整ったと部屋の外から声がする。頷いて小十郎が先導して謁見の間へと向かう。謁見の間では政宗以外に『竜の巫女』たるが政宗の右側に巫女装束をまとって座り、左側には正室の愛姫が座っている。そして家臣団として綱元、小十郎が同席し、廊下には喜多と八重の他に数人の女中が控えていた。
「よお、独眼竜」
「西海の鬼か。はるばるよく来たな」
にや、と笑う元親に同じ表情で政宗が応える。互いに何か感じるものがあったのだろう。ただそれだけで打ち解けてしまった二人に綱元と小十郎は黙って瞳を交わす。
「で、鬼さんよ、何の用があってこの奥州まで来たんだ?」
「ちっと待てよ。その前にそこの別嬪さんたちを紹介してくれよ」
「Ah、そうだな」
ちら、と政宗の視線を受けて小十郎が頭を下げる。
「こちらはご正室の愛姫さま、そして向かって左側が『竜の巫女』さまだ」
「ようこそ、長宗我部さま。遠路はるばるようお越しなさいました」
「は、初めまして」
「へぇ・・・・・アンタが『竜の巫女』かい」
いつも小十郎からは「」と呼び捨てにされているからちょっとお尻がむずむずする。だがそれを抑えて頭を下げると、ふと元親の隻眼がすぅっと細められる。その瞳に思わず息をのんだ。いつだったか初めて政宗の隻眼に対した時に感じた恐怖とどこか似たそれには思わず政宗の袖に手を伸ばす。無意識の仕草だったが、つかまれた政宗は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにの手を取って握ってやる。二度「大丈夫だ」というような合図をするように手を握ってから離す。ただそれだけだというのに、ほっと安心感がの心を満たす。そんなの表情をじっと見つめていた元親が降参だ、というように両手を上げる。
「なるほどね、そりゃ俺が負けるわけだ」
「Ah?そういえばを嫁に欲しいってどっかの国から申し入れがあったな。悪いがこいつは俺の側室であり、伊達の至宝だ。やるわけにゃいかねぇよ」
「ま、政宗さんっ!」
『至宝』などと言われたこともないし、すぐ側には愛姫もいる。元親にはわからないだろうが、明らかにからかっているとわかる笑みを向ける政宗を慌てて止める。だがその政宗の言葉に愛姫が深く頷いた。
「ええ。殿の申される通りです。さまは伊達家の大切な『竜の巫女』さまでございます。どうかお諦めくださいませ」
「愛姫!」
「は、はははっ・・・・・!!」
愛姫までがそんなことを言い出すのには慌てるだけだが、そのやりとりにとうとう元親が笑い出す。豪快な笑い声が部屋に響きわたる。その笑い声に政宗はにやにやと笑い、愛姫はまぁ、といいながら表情を扇子で隠す。そしては恥ずかしさにうつむいたまま。そして笑い声を収めた元親が政宗に向かって口を開く。
「俺っちは海賊だからよ。お宝をいただいていくのが本来だがよ。それはやめた。かっさらっていった日にゃ独眼竜と竜の右目に追っかけまわされそうだからな」
「そんなことをしてみろ。奥州全土を敵に回すと思いな。ついでにアンタの首とアンタのお仲間全員の首も胴から離れることを覚悟するんだな」
「おお、怖ぇ。おい、アンタ、って言ったか?いいのかよ、こんな怖い男の側室なんかになって」
「え、ええと・・・・・・・でもその・・・・・・・私は政宗さんの『巫女』だから」
「へぇ、そうかい。ったく、見かけによらねぇってこのことかよ」
くつくつと笑いながら告げる元親に小十郎はは廊下に控えている喜多に視線を送る。どんどんきわどい会話になっていく様子に愛姫を巻き込ませないように、という合図に喜多は頷いて廊下から一礼する。そして適当な理由をつけて愛姫を呼び出して彼女が下がっていくと、政宗は揃えていた足を投げ出した。
「おい西海の鬼、そんなことを言うためにわざわざ奥州まで来たわけじゃねぇだろう?」
「おうよ、独眼竜、俺がここに来たのは他でもねぇ。アンタと同盟を結びたくてね」
「Ah?同盟、だと?」
「ああ。おっと、これは冗談なんかじゃねぇ。四国の長宗我部からの正式な申し入れだ」
「理由を聞かせろ」
「そうだなぁ。いろいろあるが・・・・・・『竜の巫女』が現れてからというもの、伊達は負け知らずって聞いてな。まぁ最初はその『巫女』さまを攫ってくるつもりだったさ。だが俺は独眼竜、アンタが気に入った。だから同盟を結びたい。ま、アンタの上昇気流に俺っちも乗せてくれや」
言うことを言ってしまった、とばかりに政宗を見やる。その政宗はちら、と小十郎に視線を送り、小十郎はその視線を受けて元親に向き直った。
「話は承った。それで、同盟の内容は?」
「アンタたち、中国の毛利を知っているか?」
「ああ。噂は聞いている。領土を守るためなら何でもやる、という武将だというが」
「まぁその通りだ。そしてその毛利が近々同盟を結ぶらしい。その相手が」
「豊臣───────────か?」
「当たりだ。さすが右目、政情には通じているな。で、だ。豊臣が今落としにかかってるのは北条だ。北条が倒れたら恐らく奥州へ牙をむく。その時、背後から俺ら海軍が毛利の背後を突けば・・・・どうなるかわかるだろ?」
「長宗我部側の利点は?」
「逆だ。豊臣と毛利が俺らを目指して来たときには、背後をついてもらいたい。伊達の騎馬隊は武田の騎馬隊と共に鳴らした精鋭だろう?まして伊達は武田と同盟を結んでやがる。伊達と武田の騎馬隊を相手にするにゃ、いくら豊臣の大軍勢でも往生すると思うがね」
「おい鬼、それじゃ今の時点でアンタが得るものが何もねぇ。何企んでやがる?」
「おいおい、言ったろう、俺っちはアンタの『巫女』さまの上昇気流に乗せて欲しいってな。理由はそれだけよ」
「それだけ、か───────────」
簡潔な申し状に政宗がひとりごちる。政宗の性格上、豪快な元親の申し入れ様は気に入っている。そして彼と酒を酌み交わせば楽しいだろう、とも思う。だが事は奥州全土の命運にもかかわってくる問題だ。即答はできない。そう告げようとした政宗だったが、小十郎がこちらを見る視線に眉を寄せた。どうやら彼はあまり乗り気ではない、というのが表情だけでわかる。だが小十郎がそんな表情を見せたのは一瞬で、次の瞬間にはいつもの軍師の表情で元親に向き直る。
「話は分かった。事が事だけに即答はできねぇ。すまねぇが協議する時間をくれねぇか」
「やれやれ、やっぱりそうかい。陸に上がってんのは好きじゃないんだがな。で、右目、返答はいつもらえるかい?」
「遅くとも5日の内には」
「おいおい5日も待たせるのかよ。だったら、一度船に戻ってもいいか?こういう綺麗なトコも悪くはねぇがよ、やっぱり俺っちの船の上が一番だぜ。で、『竜の巫女』さん、暇なら俺の船を見に来ないか?アンタなら歓迎するぜ」
「Stop your nonsense(ふざけるな)。は俺の『巫女』だ。俺の許可なくこの城から離れることは許すはずもねぇだろう」
「だったら独眼竜、アンタも来いよ。アンタ、船に乗ったことはないんだろ?自慢じゃねぇが俺の富嶽は日の本一だぜ。これを見逃す手はないと思うがね」
挑発するような元親の言葉に政宗はしばらく沈黙してから───────────不意にの手を引き寄せる。あっと思う時には政宗の膝の上へと転がっていて、慌てて跳ね起きようとする肩を捕まえられる。
「Hum、じゃちっとばかりお邪魔させてもらうとするか。、お前もだ」
「え?え・・・・・!?」
「政宗さま!」
「いいだろ、小十郎。どうせ家臣たちとの協議はお前らの役目だ。俺はちっと鬼の棲家へ行ってくる。おい西海の鬼、そこまで言うんだ。この竜をがっかりさせんなよ?」
「当たり前だろうが。度肝を抜かしてやるぜ」
「Ha!決まりだな。だが今日から戻ると日が暮れちまう。今日は部屋を用意させた。一日泊まって行け。明日の朝、アンタの自慢の富嶽とやらに案内してもらおうか」
「よぃ、決まりだな」
「ちょっ・・・・政宗さん!?」
にやりと違う瞳の隻眼を細めて同じ表情で笑う元親と政宗に小十郎は超弩級の溜息を吐き出し、は政宗の腕に包まれるような恰好で呆然と彼を見上げていた。