翌朝、元親の案内の元、政宗との二人は元親の船────富嶽と言うらしい────に向かっていた。朝食を取っているとき小十郎が自分もついていくとさんざん言っていたが昨日の元親が申し出た同盟の是非についての協議に参加しなければならない。政宗がそういって小十郎を振り切って二人きりで出かけてきた。あのときの小十郎の鬼の形相を思い出すと思わずすくみそうになるが、政宗は慣れているのか楽しげに笑うだけだ。
先導するように手綱を握る元親の後ろにを乗せた政宗の馬が続く。そのほかには誰一人連れていない。一国の君主二人がまさかこんなところにいるなどと思われないらしく通り過ぎる村や町では目立つ三人であるにも関わらず誰にも声をかけられずにいた。その間に先が長いという元親の言葉に従っては政宗の許可を取って三人分の水や簡単な食糧を求め、先ほど小休憩を取って目指す浜へと向かっていた。
「おい鬼さんよ、まだかかるのか?」
「まぁ待ちなよ。もうちょっとだ。この峠を越えりゃ海が見えてくる。それより、大丈夫か?」
「う、うん・・・・・何、と・・か・・・・・」
「Ah?おい鬼、俺の側室を呼び捨てにすんじゃねぇよ」
「アァ?別にいいだろ?なぁ、いいよな?」
「え・・・・あ・・・・う、うん・・・いい、ですけ・・・・・」
政宗の馬は奥州一の馬であると同時に政宗にしか乗りこなせない馬でもある。その背に揺られているということは、まったく馬術の素養のないは揺れる馬上で体勢を保つので精一杯。一応政宗が支えてくれているとはいえ、かなりのダメージが蓄積している。それを気付いた元親の言葉に頷いた途端、だった。政宗の表情が一気に曇ってゆくのに慌てて口を閉じる。
「え、ええと・・・・その・・・・・政宗さんが嫌がるので、何かつけてもらえませんか・・・・・?」
「ははっ、あんたも大変だな。じゃどう呼べばいい?言っておくが俺は名前は呼び捨てにする主義なんでな」
「テメェ・・・・・・・・」
「ま、政宗さん・・・・どうしよう・・・・・・」
「Hum・・・・・・仕方ねぇ、名前で呼ばせてやるよ。、今から俺のことは『政宗』とよべ」
「は───────────?」
「言ってみろ」
「ま、政宗・・・・さん」
「No!政宗、だ」
「ま、政宗・・・・・・」
「Good、Honey」
そういいながら身体を支えるように腰に回された腕に力がこもる。そして首筋にちゅ、と口づけられて「ひぁっ」と妙な声を上げてしまい、はうろたえたように視線を彷徨わせた。自分のものに手を出すな、と暗に告げる独眼竜に元親は大げさに肩をすくめてみせた。
「おお、怖ぇ」
「Ah?何か言ったか?」
「いや、別に。にしても噂は当てにならねぇなぁ」
「噂、だと?」
「ああ。『竜の巫女』さんはどこか違うところから来た神々しい女だと聞いていたからよ。まさかこんな可愛らしい女だとは思わなかったさ」
「Hum、神々しい、ね───────────」
「それに独眼竜が女に執着するなんて、他の陣営の奴らが聞いたら大笑いされるんじゃねぇか?」
からかうような口調の元親を政宗はじろりと睨んだだけでを抱きしめる。「神々しい」と言われた本人は下を向いて恥ずかしさに居心地が悪そうに身じろぎをする。
「言いたいヤツにゃ言わせておけばいい。いずれ天下はこの竜がいただく。その時になって吠え面をかくがいいさ」
「物騒だなぁ、ったくよう。お、見えてきたぜ」
ちょうど峠の頂上に差し掛かり、元親が目を細める。彼に続いて頂上に立った政宗は彼が指す方を見て思わず口笛を吹いた。
「すごい・・・・・・・」
「成程、でけぇな」
「だろ?あれが富嶽。俺の最高傑作だ」
にや、と笑う元親はまるで悪戯っ子が悪戯に成功したような表情で、はつられて笑う。彼の言う富嶽は確かに大きかった。政宗であってもあれほどの大きな船は初めて見た。
「おい鬼、あれは・・・・・・・方筒か?」
「ああ。あれさえありゃ城壁ぐらいは楽々と砕けるぜ。それに俺の野郎どもは一両具足の猛者たちばかりよ」
「Hum・・・・・・・・」
「長宗我部さん、あの船はどのくらいの大きさがあるの?」
「おっと、元親でいいぜ。さぁ、そいつは近くに行って自分の目で確かめてみなよ」
楽しげな元親とは対照的にすっと隻眼を細める政宗をふり仰ぐ。の視線に軽く首を振った政宗は馬の腹を蹴った。並足で走り出した政宗を追って元親も馬を進める。そして峠を降りて浜へと辿りつくと元親は一気に馬足の速度を上げた。船からは向かっていく自分たちが見えているのか、口ぐちに「アニキ」と言いながら元親を迎えようと降りてくる兵士たちがいる。その彼らを満面の笑みで迎えながら元親は彼らの輪の中へと入っていた。
「お〜い!アニキのお帰りだ!!」
「アニキ!お帰りなさい!」
「アニキ!!」
「アニキ!!」
口ぐちに元親の帰還を喜ぶ彼らにあっという間に囲まれる。その彼らに手を上げて答える元親にあっけにとられる。
「何だか・・・・・・政宗さんが帰ってきたときのお城見たい」
「Ah?」
「だって政宗さんが帰ってくるとみんなこんな感じで喜ぶじゃない。元親さんってどこか政宗さんと似てるのかな」
嬉しそうな兵士たちと元親を見ていると、政宗が無事戦から戻ってきたときの城の熱狂を思い出す。皆口ぐちに「筆頭!」と政宗を称え、彼もまた嬉しそうに笑っていた。その光景と今の光景が重なって呟けば政宗は不機嫌そうに口をとがらせる。
「おい」
「何?」
「お前さっき言ったこと忘れてんじゃねぇだろうな?」
「へ・・・・・・・?」
「俺のことは政宗と呼べと言ったはずだろうが」
「───────────そ、そうでした・・・・・・」
「戻ったらたっぷりお仕置きしてやる。覚悟してろ」
「え、遠慮させてイタダキマス・・・・・・・・・・・」
「No、誰が逃がすか」
「ひ・・・・・・・・・」
お仕置き、という文字に飛び上がるが馬上から逃げ出そうとするのを捕まえる。戻れば朝まで一睡もさせてもらえず翻弄されてしまうのは目に見えているが、正直の身体にとっては負担にしかならない。正直今でも政宗と過ごす翌日は身体がだるくて起き上がることもままならない日が多いのに、獰猛に笑う政宗にたらり、と冷や汗が落ちる。
「あ、あの・・・・・その・・・・・・」
「おい!何やってんだ!独眼竜!こっちに来いよ!」
馬上で密かな攻防を繰り広げる二人に業を煮やしたのか元親が手招く。渡りに船、とばかりに転がるように馬から降りて船へと向かう。ぴたりと後ろに寄りそうように歩く政宗の方は見ないふり。元親が戻ってきた熱狂から解放された兵士たちがじろ、と政宗とに視線をやる。
「おい野郎ども!紹介するぜ!奥州の独眼竜と『竜の巫女』のだ。独眼竜は俺っちの同盟相手だ。丁重におもてなししろぃ!」
「「「「へい!アニキ!!」」」」
元親の一喝で兵士たちが動き出す。そして船に上り込んだ政宗とは元親に連れられて船を一回りしてから元親と共に盃を酌み交わしたのだった。
一方───────────。元親の同盟の申し入れを受けて小十郎は中堅以上の領主及び武将に召集をかけた。その一方、現在米沢にいる者たちのうち、登城できる者たちだけを集めて緊急の軍議を執り行った。本来なら政宗がいるはずの軍議だが、小十郎は執政の権限を持って全員を集めたのだ。そして元親の申し入れと政宗自身は乗り気になっているこの同盟についての話し合いが行われた。
「以上、長宗我部より正式な申し入れだ。諸侯の存念を承りたい」
元親の豪快ともいえる申し状に一瞬軍議の場に沈黙が落ちた。内容は伊達の有利ともいえるし、小十郎自身、政宗がを側室に、と求めなければ長宗我部家から正式にを妻に申し受けたいという求婚に是と答えていただろう。だがそれを断った伊達に(しかも当主の政宗の側室にするというある意味敵対行動に出ている)これほど好意的な申出があるとは思わなかった。これには裏がある、もしくは元親は伊達には言えないたくらみがあるのではないか。それは小十郎の勘ではあったし、今日政宗がだけを連れて彼らの拠点でもある船へと乗り込んでいることも懸念の一つだ。万が一長宗我部が反旗を翻せば政宗とは相手方の人質ともなりかねない。だから小十郎は黒脛巾組に政宗との護衛を命じていた。
「小十郎、お前の存念は?」
軍議は半分に割れた、受けるべし、もしくは断るべし、両方の意見が真っ二つに割れるような状況だった。受けるべし、という者は西に友人ができることを歓迎する意向であり、断るべし、という者は政宗の気性からして伊達の同盟相手はこれ以上必要ないという意見だった。それらが出尽くした頃に綱元が静かに小十郎に告げた。
「───────────万が一、が・・・・『竜の巫女』が長宗我部に正式に嫁いでいるのであれば歓迎すべき申し出だ。だが、対価があまりにもなさすぎる。この同盟が成立したところで、伊達側の有利は変わらねぇ。長宗我部の利点があまりにも少なすぎる。それを警戒すべきだ」
「ふむ───────────。成程。お前はこの同盟には何か裏があるとでも?」
「裏、とまでは言わねぇ。長宗我部が伊達にすべてを話しているわけじゃねぇのは確かだと思う」
「それでは受けないか?」
「いや、受けてみて相手の出方を伺うという手もある。今これ以上敵対する勢力を増やすのは得策じゃねぇ」
「では受けておいて信頼はしない、ということか」
「ああ」
「殿は嫌がるだろうな」
「───────────諸将には政宗さまにはこのことは内密にお願いしたい。泥はすべてこの小十郎が被る」
諸侯に向かって手をついた小十郎に彼らは一応頷いて賛意を示す。執政である彼が決め、万が一失敗した時には彼が責任を取ると言っているのだから反対する理由もない。数日後には各地に出した伝令に応じて領主たちが米沢へと集まってくる。正式な決定は彼らがそろい、政宗の意向を確認してからになるが米沢に残る諸侯たちは皆小十郎の案に従うと約して軍議は終わったのだった。