宴は大盛況だった。ひっきりなしにやってくる酒の勧誘を断りながら、ちびちびと舐めるようにたしなむ政宗にちら、と視線をやる。表情からは何を考えているかはくみ取れないが、楽しんでいない訳ではないらしい。大口を開けて笑う元親の胃の中にまるで水を飲み干すかのように入っていく酒にやや辟易気味ではあるが、部下の自慢やこの富嶽の自慢話に適度に相槌を打ちながら小さく笑う。
「おい独眼竜、まだ次が注げねぇのかよ」
「るせぇなぁ。酒はガバガバ飲むもんじゃねぇ」
「だったら!お前、独眼竜の代わりに飲め!」
「え・・・・・・!?む、無理ですっ!!」
有無を言わせずの空の盃を取り上げられ、二回り大きなそれを持たされてなみなみと注がれる。首を振ったものの、やいのやいのと茶々を入れてくる元親の部下たちのにぎやかな声に眉を寄せた。
「おら、!遠慮すんなよ」
「い、いや、遠慮じゃなくて、本当に無理ですから・・・・ま、政宗さ・・・・・・政宗・・・・・・」
つい習慣で「政宗さん」と彼の名を呼ぼうとして当の本人からじろりと睨まれて慌てて「政宗」と言いなおす。正直「さん」をつけないで彼を呼ぶところを小十郎にでも見られたらお説教では済まないかもしれない、と身の危険を感じてしまうのだが。
「にしても、アンタんとこの酒は喉が焼けるように強ぇな」
「ったり前よ!土佐の男はこの酒を一人で飲めるようにならねぇと一人前とはいえねぇ。女だってかなり飲むぜ!」
「Hum───────────、風流じゃないねぇ」
「アァ?だったら今度奥州の酒を寄越せや。飲み比べと行こうぜ」
「I see。それはいい考えだ。奥州の酒がどれほどうまいか思い知らせてやる」
「おうよ!望むところだ」
にやりと笑いあう二人には何とか自分から注意がそれたのに安心して盃を置いた。政宗の言うとおり喉が焼けるような高いアルコール度数のそれを飲まされていて、頭がくらくらする。何とか倒れないように意識を保とうとしているが、気を抜けばそのまま眠りこけてしまいそうだ。その途端だった。あれ、と思う間もなく風景がぶれた。何が起こったのか理解する前に、ほわりと暖かい体温に包まれて目をしばたたかせる。
「おい」
「あれ・・・・・・・?」
それが政宗の腕の中だと認識したのは耳元で響く政宗の声。低音のそれはぞく、との背中に流れてくるようで。
「ったく飲みすぎんなっつっただろうが」
「で、でも、飲まないわけにもいかないし!」
「Ah?挙句倒れてちゃ意味ねぇだろ」
「そ、それよりも」
「An?」
「あ、あの、この体勢、すごく恥ずかしいんですけど・・・・・・」
「Hum、自業自得だろ。しばらくそのままでいろ」
くつ、と笑う声までが身体に響いてくる。政宗の低音は身体に悪い。ぞくぞくとする背中の感覚から逃れたくて身をよじらせるが、政宗の腕から逃げられるわけもなく、逃げ出そうとするたびについ、と背中をなぞられて身を震わせることしかできなくなる。
「やれやれ、見せつけてくれるねぇ」
「羨ましいだろ」
「おきやがれ」
二人の密かな攻防に苦笑して酒をあおる元親に政宗は笑うだけだ。息の合ったやりとりには小さく息を吐いて抵抗することをあきらめる。酒も入っているからふわふわとした感覚に政宗の体温が気持ちいい。少しだけ、と瞳を閉じればそのまま眠りに落ちてしまっていた。
しばらく二人で盃を傾けているうちに政宗は腕の中の彼女の異変に気が付いた。
「───────────?」
すやすやと寝息を立てて無防備な寝顔をさらしている彼女に軽く眉を上げる。共に床を取る相手にだけしか見せないそれを元親や他の人間に見られている、という事実に政宗はの身体を反転させて自分の胸に彼女の顔を押しつけるような形で抱きしめた。
「どうしたい?お姫さんは寝ちまったかい」
「Ah。西海の鬼」
「おっと、皆まで言うなよ。部屋を用意させるから休ませてやるといい。それとも、城に戻るなら城まで野郎どもに送らせるぜ」
「そうだな、戻るとするか、小十郎たちが小言を言うために待ってそうだからな」
「あの右目ならやりかねねぇな。アンタんとこの右目は容赦なさそうだからな」
くつくつと笑いながら手の中の盃に注がれている酒を一気に飲み干して元親は部下を手招いて政宗の馬を用意させるのと共に、数人の護衛を命じて、慈しむように彼女を抱きしめる政宗に視線を当てた。
「独眼竜」
「Ah?」
「帰ったら右目に伝えてくんな」
「何だと?」
「俺は独眼竜とその巫女が気に入った。俺たち海賊はよ、いい風が吹く方へ流れていくもんだ。その風は今、この奥州にある。海賊はそれを見のがしゃしねぇってな。同盟の件、受けてくれるのを楽しみにしてるぜ」
「Hum───────────いい度胸だぜ。部下への伝言を筆頭が預かるなんざ、聞いたことがねぇ」
皮肉に唇をゆがめてやると、元親はにやにやと笑ったまま軽く肩をすくめてみせる。だがそれを振り返りもせず、政宗はを抱いたまま慎重に立ち上がる。そして「またな」とだけ告げて足早に船から降りたのだった。
城に戻った政宗を迎えてくれたのは意外にも愛姫だった。彼の帰りを今か今かと待っていたらしい。門をくぐり部屋に戻った矢先、心配そうな愛姫が政宗の顔を覗き込んでくる。
「殿、ご無事で何よりでございました」
「ああ・・・・・・愛、どうした?」
「どうもこうもございません。さまとたったお二人で城のような船に乗り込まれたと聞き、愛は胆がつぶれるかと思いました。それも喜多も小十郎も八重も!心配ないというばかりで!船などと沈んだらどうなさるおつもりですか。それがなくとも万が一そのまま出航されでもしたら───────────!」
「わかったわかった。俺は無事だったからいいじゃねぇか」
「よくございません!愛がどれほど心配したことか・・・・・・!!」
「悪かったよ。それよりもあまり大きな声で叫ぶな。が起きる」
「さまのこともでございます!このようになるまで、殿はさまのことを放っておかれたのですか!?」
「Ah───────────」
滅多にない愛姫からの小言にたじたじになりながら政宗は八重を呼んでの床を用意させる。その間も政宗はずっとを抱いたまま。愛姫はそんな政宗の側に膝を寄せて、眠るの額に手をおいた。慈しむように額にかかる髪をかき上げる。その仕草に政宗はちら、と愛姫の表情に視線をやる。
「愛」
「何でございますか?」
「───────────すまねぇ」
「殿?」
「いや、何でもねぇ。にしても、お前だんだん小十郎や喜多に似てくるな。さっきの小言、二人にそっくりだぜ」
「まぁ───────────それは、そうかもしれませんわ」
「Ah?」
「私は殿に生涯お仕えすると決めております。ですから殿のなさることに口を差し挟むこともございましょう」
「Shit」
舌打ちをして愛姫から視線を逸らしてから無言が落ちた。黙ったままの部屋に沈黙だけが満ちる。普段の政宗ならあまり沈黙を好まない。だが今はその沈黙が心地いい。そして八重が床の用意が整ったと告げに来るまで二人は無言のままだった。
眠ったままのを部屋に連れていくとほぼ同時に小十郎が政宗を呼びにきた。元親からの同盟の話に家臣たちの意見がまとまったらしい。「早ぇな」と言いながら、最初から答えは出ていたのだろう、とは思う。あの同盟は受けない理由がないからだ。逆に下手に断って敵を作る必要もない。だからこそ政宗は協議にも出ず、相手の人となりを確かめにわざわざ出向いたのだ。そのことをわかっているからこそ小十郎も小言は言うものの、黙って行かせてくれたのだから。
「で、結論は?」
「受けるべし、ということにまとまりました」
「Ah、ま、妥当なラインだろうな」
「は───────────政宗さま」
「何だ?」
「長宗我部の要塞はいかがでございました?」
見上げてくる小十郎に政宗は何と答えるべきか迷う。恐らく意図的なのだと思うが、政宗が見たのは外観と砲筒、そして中の兵士たちが集まれる広間のみ。あれだけを見るだけで何か対策ができるか、と問われればNoというしかないが、元親が率いる兵士たちの様子は深く彼を慕っているようであり、どこか自軍に似ていると思う。だがそれを素直に口にできる性格ではない、皮肉に笑う政宗に小十郎はにや、と笑って手をついた。
「成程」
「Ah?」
「政宗さまには余程気に入られたようですな」
「───────────こいつ」
「この小十郎に隠し事はできませぬ。政宗さまがそのように言葉を濁される時は相手を気に入った時に限られますからな。気に入らないようでしたらすぐにそうおっしゃられる」
ずっとそばにいる彼には隠し事は通用しないらしい。笑う彼に政宗はじろ、と視線を投げて自分の選んだ右目の慧眼に両手を上げてみせた。