翌日、政宗は小十郎に命じて長宗我部への使者を走らせた。申し入れのあった同盟を正式に受け入れるためである。と同時に小十郎は元親たちとの同盟を祝う宴の準備を命じ、にわかに屋敷が騒々しくなった。結局昨日は酔っぱらって政宗に連れて帰ってもらい、そのまま部屋に寝かされて夜はそれをネタにさんざん政宗に翻弄されてしまい、は起き上がれないまま布団の中で全身にまわるけだるさと腰の痛みに恨めし気に政宗を見上げたものだ。
「うぅぅ・・・・・腰、痛い・・・・・身体がだるい・・・・・・」
「Ha!元はといえばお前が鬼の前で酒に呑まれたせいだろうが」
「うぅ、そうだけど・・・・・・・・起きれないようにしたのは誰よ・・・・・」
「それに───────────」
羽織を肩にかけながら寝っころがったままのを見下ろして政宗はにやにやと笑う。わざと言葉を切った彼に嫌な予感に逃げ出そうとするの退路を封じて、ぐいとの身体を抱きしめてその耳朶に唇を寄せる。
「お前、酒が入ると艶っぽい声で啼きやがるからな」
「───────────っ!?」
ふ、と息を吹き込まれてびくんと身体をすくませた彼女に政宗はにや、と笑う。
「鬼の前で酔っ払いやがって。次にやったらこれぐらいではすまないと思え。You see?」
「ま、政宗さん!?」
「───────────」
「な、何・・・・・・・?」
「そうか、今日も一日寝ていたいってわけか。Okey、お前の望み叶えてやるぜ」
「そ、そんなことはな・・・・・ふぇ・・・・・・」
かぷり、と耳たぶを食まれて身体から力が抜ける。昨日からさんざん翻弄された身体は政宗の声と手にあっさりと白旗を上げてしまう。側室になってからというもの政宗好みの身体になるように繰り返し抱かれ、自分の身体の変化に気が付いたのはつい最近のことだ。愛されている、というのはわかる。今まで感じたことのない幸せと、少しの恐怖と。こんな風に愛されたことはなかった。そして愛したことも。そのことに毎日戸惑いながらも、それでもそんな彼の腕に抱かれているのに幸福を覚えてしまう。今のは政宗に低い声で囁かれるとひとたまりもない。政宗の腕の中でふにゃりと身を任せるの首筋に唇を寄せると、そこからちくりとした痛みを感じて、瞳を開く。
「い、いっ・・・・・・」
「いい花だな」
くつくつと笑う政宗がようやくを離して立ち上がる。うぅ、と奇妙な声を発して布団に身体を預けて恨めしそうに見上げる彼女に彼は楽しそうに笑ってからすっと君主の表情に戻る。
「」
「何?」
「今すぐにとは言わねぇが昼までにちゃんと起きておけ。明日は鬼を招いての宴になる。昼から舞の仕上げをしておけ。明日は宴に同席し、舞を披露しろ。これは筆頭としての命令だ」
「───────────わ、わかりました」
完璧に、とまでは言わないまでも舞だけなら何とか人に見せられる程度には仕上がっている。先日愛姫の前で舞ってみたが、評判は上々だった。舞だけなら、と頷いた彼女に政宗は小さく頷いて部屋を出ていった。一瞬、君主としての顔を見せた彼にどきりとしたのは彼には内緒だが、逆らうことなどできなかった。しばらく布団の中でごろごろとしていたが、そうと決まれば寝ている場合でもない。全身のだるさを抑えて身を起こして支度を始めたのだった。
翌日、上機嫌の元親はたくさんの部下を連れて米沢城へと入城した。会って数日だというのに政宗とは親友のように笑い合い酒を酌み交わしている。控えている小十郎や綱元も宴に参加し、長宗我部軍の兵士たちの様子を観察する。今のところは特段問題がないように見える、とちらと二人は視線を交わす。酒を飲んでいるようでも小十郎は酒に呑まれることはない。それは綱元も同様で二人は喜多の手の回らない箇所の酒や料理の補充の指示を出していく。そんな中、宴の最中に姿を見せた八重を見つけると小十郎はすっと席を立った。
「八重、準備は?」
「整いました。いつでもお呼びください」
「そうか───────────大丈夫なんだろうな?」
「さまのことですからきっと大丈夫ですわ。それから愛姫さまですが」
「ああ、今日は愛姫さまにはお出ましいただくていい」
「片倉さま?」
「政宗さまからのご指示だ。念のために愛姫さまには長宗我部に会わせないそうだ」
「それは・・・・・・・・」
問いかける瞳になる八重に小さく首を振る。小十郎としてはまだ元親の申し出をすべて額面通りに受け取ったわけではない。正直今日の上機嫌も演技ではないのかと疑いたくなるのは軍師としての性なのかもしれないが、小十郎の中の何かが警鐘を鳴らし続けている。第六感、といってしまえばそれまでだが小十郎にとって、こういう時は自分の勘に従った方がよいのは今までの経験が裏打ちしている。政宗の正室の愛姫と会わせない方がいい、というのは小十郎の進言で、政宗はそれに頷いたのだった。
八重にはを連れてくるように、と告げて小十郎は政宗に準備が整った旨を告げると、彼は軽く頷いて両手を鳴らす。
「Hey、guys!お楽しみの時間だぜ!我が『竜の巫女』から西海の鬼へ歓迎のあいさつだそうだ」
政宗の声と同時に今まではしゃいでいた家臣たちがわっと歓声を上げた。それをちら、と見た元親がにやりと笑う。
「おとといはどっから見ても普通の女だったがな、あの女が独眼竜の眼鏡に適った理由をとくと拝見といくか」
「Hum、胆をつぶして立ち上がれねぇようにならねぇようにな」
元親と同じ表情で笑う政宗が向かいに建ててある能舞台を顎でしゃくる。それが合図のように控えの間の戸が開き巫女装束に身を包んだが小十郎と楽師を従えて静々と進み出る。小十郎は政宗たちに一礼して腰を下ろし、緊張した表情のも合わせるように頭を下げる。始めろ、とばかりに頷いた政宗が軽く手を上げると楽師たちが音を奏で始める。腰の扇子を取って腕を伸ばす。数か月でみっちりと政宗に仕込まれた舞は最初のたどたどしいそれとは違う。伸ばした腕の先に政宗と元親が来るようにと言い含められているから、ゆっくりと指示通りに舞ってゆく。楽師たちはの動きに合わせて緩急をつけ、小十郎の笛がそれに華を添える。そして舞のラストに差し掛かった時だった。突然空が光り、ゴロゴロという雷鳴が響く。
「おい───────────独眼竜」
「It's great」
そして瞬く間に雲に覆われた空から雫が零れ落ちた。まるで通り雨のような強いそれに元親と彼の家臣たちが顔を見合わせる。だが伊達の面々は違った。畏敬の念を持って舞を終えた『竜の巫女』を見つめ、扇子を収めて頭を下げた彼女に大歓声が上がる。
「『巫女』さま!!」
「『竜の巫女』さま!!」
拳を突き上げ『竜の巫女』の名を叫ぶ家臣たちに政宗はにやにやと笑ったまま手を上げて熱狂を沈めると、妙に沈黙している元親に意味ありげに笑ってみせる。
「さすがは俺の『巫女』だ。竜を呼ぶように雷を呼びやがった」
「成程───────────だから『竜の巫女』、か」
「これでわかっただろ。西海の鬼。は俺だけの『巫女』だ。伊達家から出すわけがねぇだろ」
「ああ。まぁ、な───────────」
政宗とは違う隻眼をきらめかせ、大役を終えてホッとしている『竜の巫女』と、彼女をねぎらっている『竜の右目』の二人を見据えて元親は置いていた盃を一気に煽る。そして空になったそれにおかわりを要求するように侍女に差し出して、小さく瞑目したのだった。
宴が終わり、用意されている部屋へ通された元親は世話をする女中に酒を所望して彼女を追い返してからどっかと胡坐をかいた。政宗が船で言っていたとおり、土佐とは違って奥州の酒は口当たりは良いがあまり強くないように感じられる。宴で浴びるほど飲んだはずだというのに、頭のどこかで冷静さが残っていた。それは自分が四国を治める君主であるという自負だったのかもしれないし、先ほど目の前で見たものが事実かどうか、夢でも見たのではないか、と疑っているせいなのかもしれない。酒が運ばれてくると、女中を追い返そうとして───────────、一つ頼みごとをして酒に手を伸ばす。しばらく一人で晩酌をしていたが、部屋の外の気配に声をかける。
「そんなところにいねぇで、まぁ入れや」
「失礼致す」
実直な声に思わず肩をすくめた元親の前に現れたのは小十郎だった。元親は先ほどの女中に彼を呼んで欲しいと頼んだからだ。
「どうだい、一献」
「頂戴いたします」
座れ、と示してから自分の盃を空にして小十郎に持たせるとなみなみと酒を注いで彼が飲み干すのを待つ。「ご返杯を」と告げる彼に頷いて差し出された盃をこちらも干すと、小十郎はじろ、と元親を見上げた。
「して、ご用向きは」
「用向きなんてねぇよ。『竜の右目』と一献交わしたくなっただけだ。独眼竜はあの『巫女』としっぽりやってる頃だろ?」
「───────────左様ですな」
小十郎の返答まで微妙な間があった。昨日はと過ごした政宗は今日は違う側室の元に通っている。だがわざわざそのことを言うつもりはなかった。元親は小十郎の口調にわずかにためらいがあることには気が付いたがすっと瞳を細めるだけだ。
「で、右目、アンタはこのたびの同盟、どう思ってんだ?」
「良きことかと存じます。西の新たな友人はこの奥州としても望むところ。願わくば末永い友誼を賜りますれば」
「へぇ。まるで用意してきたような答えだなァ」
「そのようにお感じになられたのでしたらお詫び申し上げます」
無表情のまま頭を下げる小十郎に元親は軽く舌打ちをして酒を煽る。さすがに竜の右目と言われるだけあって彼の表情からは必要以上の情報は何も読み取れない。
「あの女───────────」
「は?」
「あの『竜の巫女』、どっから拾ってきた?」
「さあ、存じませぬ。『竜の巫女』は天から降りてきた巫女でございますれば」
「見た感じはただの女なのにな、今日のあれは神通力か」
「そのようでございますな。『巫女』はその神通力において伊達家では絶大な信頼を得ております」
「おい右目、んな堅っ苦しい態度はやめてくれや」
苦い顔をして小十郎に視線をやるが、彼は小さく頭を下げただけで無言のままだった。そう言われてもそうする必要はないとでも言いたいのだろう。それを感じて元親は小さく舌打ちを洩らして口調を改めた。
「───────────もし俺が同盟を維持するために『竜の巫女』が欲しいって言ったらどうする?」
すっと低くなる声音に小十郎はわずかに眉を上げただけで視線だけで元親を見上げて両手をつく。
「───────────されば、この同盟を破棄せざるを得ませんな」
「おい独眼竜の許しなくいいのかい?」
「政宗さまに諮る必要もございません。『竜の巫女』はこの伊達家の至宝。外へ出すことなどありませぬ」
「それは四国と戦争になってもか?」
「───────────元よりそのつもりならここでこの小十郎が西海の鬼の命、頂戴致すまで」
しん、と沈黙が落ちて張りつめた空気が部屋を満たす。じっと小十郎を見つめる元親は背中に預ける獲物に手をかけ、小十郎もまた、右腰の脇差に手をかけて片膝を立てる。どのくらいそうしていたのかはわからない。不意に元親が笑って獲物から手を離す。
「やれやれ、怖いねぇ。独眼竜の右目ってのはこんなに血の気が多かったのかい」
「───────────」
元親から殺気が消えるのを感じて小十郎も脇差から手を離して膝を元に戻す。ふざけた物言いだがその真意を探っても何も感じ取れない。咎めるような視線を向ける小十郎に元親は軽く肩をすくめてみせた。
「安心しな。言ってみただけだ。俺っちの条件は変わらねぇ。東から独眼竜の加勢があれば毛利のヤツに一泡吹かせることもできるからな。同盟の件、頼むぜ」
「しかと承りました」
ちょうどその時だった。部屋の外で元親のための湯殿の用意が整った旨を女中が伝えにきた。「おう」とだけ告げた元親にちょうどいいとばかり頭を下げた小十郎が部屋を出る。そして部屋に一人残された元親が酒が残っている盃をじっと見つめてひとりごちた。
「『竜の巫女』、ねぇ───────────」