翌朝。伊達家と同盟を結んだ長宗我部元親は上機嫌で国許へと戻って行った。政宗は元親を船まで見送り最後には二人とも固い握手を交わすのを両軍の兵士たちが希望に満ちた瞳で見つめ、元親が出航するときには伊達軍の兵士たちも一斉に彼らを送る声を上げていた。

 その様子を政宗のすぐ側で見ていたもまた元親の乗る船が見えなくなるまで手を振って、ずっと待っていてくれたらしい政宗の視線に顔を上げる。

「あ・・・・ごめんなさい。待たせてた?」
「No problem。にしてもお前もやけに西海の鬼が気に入ったようじゃねぇか」
「そう、かな?」
「ああ」
「だったらそれはきっと、元親さんが政宗に似てるからだよ」
「Ah?」
「何ていうか、雰囲気というか兵士さんたちに好かれてるとことかね」
「Hum───────────」

鼻を鳴らして騎乗する政宗の伸ばしてくる手をつかむ。馬上に引き上げられて腰に回る腕に甘えるように身を任せると、政宗は黙って馬を走らせる。政宗の側室になった頃は馬上で感じる風は冷たかったが、春が近いのだろう。頬に感じる風はどこか甘さを含んでいるようでは気持ちよさそうに目を細める。

「いい風」
「春が近ぇな。、来月早々に武田へ発つぜ」
「あ、う、うん、わかった」
「それから」
「何?」
「城に戻ったらもう一指し舞え」
「───────────うん」

会話らしい会話はそれだけだったが、馬を走らせている政宗が上機嫌なのは背中越しにわかる。抱きしめられている腕が心地よくて、何も言わなくても心が通じているようなそんな錯覚すら呼びおこさせる。そして米沢城に戻った政宗を留守番をしていた小十郎が出迎えた。いくつか政務に関することを報告し、政宗も何やら彼を寄せて指示を与え、頭を下げて背を向けた彼の姿を目で追っていると、ひょいと目の前に手が差し出される。驚いて声を上げると、政宗はくつ、と笑っての腰に手を回す。

「何驚いてやがる」
「だ、だって政宗さんが驚かせるからでしょ」
「Hum、お前が小十郎に見とれてるからだろ」
「そんなことはないよ。ただ、相変わらず政宗さんと小十郎さんは仲がいいんだなぁって」
「Ah?」
「だって二人で話してると私が入る隙もないんだもん」

抱き寄せられるまま身体を任せ、すねるように告げると政宗は驚いたように一つしかない目をしばたたかせる。それほど驚かせるようなことを言った記憶はないのだが、思わぬ彼の反応にの方が目を見張る。

「えっと・・・・・政宗?」
「Hum───────────jealousyか?」
「ち、違うよ!そんなんじゃなくて・・・・・・・・ちょっとうらやましいなって思っただけ」

政宗の言葉にどくん、と心臓が跳ねる。jealousyと彼は言ったが小十郎に対してはそんな気持ちはわいてこない。むしろ彼の側室たちに感じる気持ちの方が近い気がする。彼が愛してもいない側室たちではあるが、人質として伊達家にいるため、政宗も彼女たちの元へ通うのは仕事のひとつと考えているようだが、仕方ないとわかっていても心がざわめくのは自分が嫉妬深いせいなのだろうか。

「うらやましい、か」
「うん」
「愛にも同じことを言われたな」
「え!?愛姫にも?」

を抱いたまま呟く政宗に顔を上げる。彼は純粋に不思議がっているようだが、やはり彼の側にいる女としては同じことを感じてしまうらしい。にとってはその内容よりもむしろ愛姫がそんなことを言っていたことにも驚いたのだが。

「Ah・・・・・・・・俺と小十郎が話をしてると近寄れねぇってな」
「それはそうだよ。大事な話だってわかってるんだから」
「だが───────────」

苦笑するを捕まえたまま、政宗はくつ、と笑って彼女の頬にキスを落とす。

「ひぁっ!?」
「jealousyをしてるお前も悪くねぇな」
「政宗っ!!」

慌てるを抱きしめたまま笑う政宗に抗議の声を上げるが、動じるはずもなくそのまま部屋へと連れて行かれる。どこへ行くのかと思いきや、舞の稽古場で既に楽師たちが準備万端とばかりに二人を待ち受けていた。そしてが舞の準備を始めるとどこからともなく見学の人数が増えていく。最初に愛姫が話を聞きつけて政宗の近くに腰を下ろし、政務を終えた綱元や小十郎も駆けつけてきた。みるみるうちに膨れるギャラリーには戸惑ったように政宗を見上げるが、彼は何も言わないまま「始めろ」とだけ告げる。ごく、と唾を飲み込んで立ち上がって始める場所へ着くと、楽師たちが音を奏で始めた。

一通り舞を終えると、政宗は真剣な表情で外を伺っていて、はつられるようにその視線の先を見やる。

、もう一度だ」
「あ、う、うん」

こちらを見ないままそれだけを告げる彼に頷いてもう一度同じように舞う。だが政宗の視線はこちらではなく外へと向いていて、舞を終えたは小さく首をかしげた。

「あのう、政宗───────────」
「Ah?」
「何か気になってることがあるの?」
「まぁな」

言葉を濁す政宗が小十郎と綱元を呼び寄せて何かを告げる。それに頷いて席を外す綱元と小さく眉を上げて何やら政宗に進言する小十郎をよそに愛姫が目を輝かせてのすぐ近くに近寄ってくる。

さま!やはりさまの舞は素敵でございますわ」
「愛姫、ありがとう。でもあの・・・・・・」
「はい?」
「ごめんね、愛姫」
さま?」
「政宗さんと出かけてて寂しい思いをさせて」
「構いませんわ。それよりも殿がとても楽しそうでございますから」

くす、とお姫様よろしく上品な笑い声を立てる愛姫の視線の先には政宗の姿。その視線の先を追いかけては愛姫にはかなわない、としみじみと思い知る。彼女の政宗に対する愛はとても深く、少しのことで心を乱している自分とは大違いだと思う。そして口を開こうとしたの頭にがしり、と腕が伸ばされる。


「ひぁっ───────────!?な、何・・・・・・・?」

突然頭に置かれた手に驚いて声を上げる。すぐ側に政宗の隻眼が覗き込んでいるのに思わず頬が熱くなってしまうが、彼はそんなを見てくつ、と笑い声を立てる。

「前にも聞いたが───────────」
「うん」
「お前が舞うと竜が呼び寄せられるのは手妻を使ってるわけじゃねぇんだな?」
「て、手妻・・・・・・?」
「何か仕込んでるとか」
「ないよ。ええと、竜を呼ぶってどういうこと───────────?」
「それは勿論さまの舞は竜神さまを呼びよせることですわ。私、二度も見せていただきましたもの」
「おい愛、こないだはお前にゃ出るなって言ってあったはずだが」
「ええ。でも奥にいてもわかりましたもの。晴れていたのに急に雲が出て雷鳴が轟くなど、きっとさまの神通力の賜物だとすぐに。やはりさまは『竜の巫女』でいらっしゃいますわ」

敬虔に手を合わせる愛姫にはいたたまれずに目を伏せる。彼女はそう言ってくれるが、正直何故あんなことが起こるのか自分でもよくわからない。だがこちらをじっと見つめている政宗と小十郎の視線は真剣そのもので、思わず口ごもる。

「で、どうなんだ?」
「な、何が・・・・・・・?」
「だから手妻を使ってるわけでもないなら何か仕込んでねぇか?」
「ないないない!というよりも何か仕込んで天気を変えるって無理だから!あ、あれってたまたまじゃないの・・・・・・?」
「Hum───────────だとよ、小十郎」

横で「そんなはずございませんわ」と愛姫が口を添えるのに、慌てて首を振った。二人が何を疑っているのかはわかったが、自分としてははっきり言って身に覚えがない。

、だったら聞くがお前には心当たりがねぇんだな?」
「な、ないデス・・・・・・」

小十郎の言葉に小さく頷いてちら、と政宗を見上げる。その視線を受けた政宗は小さく手を振って愛姫を下がらせると、の前にどっかと腰を下ろす。


「な、何?」
「俺はな、あれはお前のせいだと思ってる。成がお前を見つけた時もそうだった、ここで舞った時も、こないだの西海の鬼が来ているときもな。三度も同じことが続いてんのに偶然で片付けられるわけがねぇ」
「そう言われても・・・・・・だって今舞った時は何も起きなかったし、政宗と稽古してるときだってそうだったじゃない」
「おい!政宗さまを呼び捨てにするとはどういう了見だ?」
「ひっ───────────」

響く低音に思わず首をすくめる。忘れていた。小十郎には政宗の名を呼び捨てることはまだ言っていなかったのだ。じろ、と睨まれる視線は剣呑そのもので答えを間違えたら即座に殺されかねないほどの殺気に思わず政宗の袖をつかむ。

「小十郎」
「は───────────」

政宗の袖をつかむ手が小さく震えるのに手を重ねてやると、はそっと彼を見上げてくる。安心させるように小さく頷くと政宗は小十郎をじろ、と見やる。

「構うな」
「は?」
「そう呼べと言ったのは俺だ」
「政宗さま!」
「お前の言うことはわかる。だがこれは譲らねぇ。にはそう呼ばせる」
「しかしながら、そのようなこと家臣たちに示しがつきませぬ」

だが小十郎も譲らなかった。ひた、と政宗と視線を合わせて引くことはない。その彼の言葉に軽く舌うちを洩らしてから政宗はぐい、とつながったままのの手を引いた。自然倒れ掛かる彼女の身体を自分の膝で受け止めて、慌てる彼女の身体を閉じ込める。

「だったら俺とお前、成、綱元の中ぐらいはいいだろ」
、お前はどう思ってんだ?政宗さまを呼び捨てにするなど抵抗があるんじゃねぇのか?」
「それは、まぁ・・・・そうだけど・・・・・・政宗がそう言うんだったら」
「お前、そんな恰好で言われてもな」
「そういうけど!政宗ってば!離して」
「No」

政宗の膝の上から起き上がろうとする彼女の肩を絶妙なタイミングでごろごろと転がされて完全に主君のおもちゃになってしまっているのに、小十郎は大きなため息をもらす。仲がいいのは結構だが、こんな光景はそうそう他の人間に見せられない。少なくとも政宗を英雄と見る兵士たちには間違っても見せられない。側室を転がして楽しげに笑っている光景はどこか異常だ。

「ちょっ・・・・小十郎さん!そういうなら助けてよ!」
「Ah?小十郎、手ぇ出すんじゃねぇ。こいつで遊んでいいのは俺だけだ」

論点が違う、と額を抑える小十郎には心底同情する。それに遊ばれている方としては洒落になっていないので必死で逃げ出そうとすればするほど政宗の楽しげな声に遮られてごろんと転がされる。

「まったく───────────、いい加減になされ。それよりも、お前本当に心当たりがないんだな?」
「ない、です。コントロールできるんだったらしてやってみたいよ」

ごろごろと転がされているため、舌を噛みそうになりながらそう告げると小十郎はふぅ、と息を吐き出した。政宗を見やる彼にちら、と視線をやってようやく飽きたのか、じたばたともがくの腰をぐい、と持ち上げて自分の膝にのせると、政宗は小十郎を見ないまま口を開く。

「小十郎」
「は」
「春になったらを連れて行くぜ」
「どちらに行かれます?」
「武田領だ。冬のうちは身動きが取れなかったからな。そろそろアイツとやり合いてぇ」
「───────────かしこまりました。ではこの小十郎もお供させていただきます」
「Ah?」
「政宗さまとを二人きりで行かせるわけには参りません。小十郎もついてまいります」

チ、と舌打ちをした政宗がじろ、と小十郎を見やる。反対されるのを想定していたのだが、案外あっさりと了と頷いた小十郎に政宗はそういうことか、と口中で呟いてとうとう目を回してしまったを抱きしめたまま「ああ」とだけ呟いたのだった。



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