旅は順調すぎるほど順調だった。小十郎が旅立ちの前に黒脛巾組を使って道々の手配をしていたせいもある。そして今も姿こそ見えないが数人の黒脛巾組が政宗たちの護衛についている。小十郎はそのことを政宗には伝えてはいないが、聡い彼のことである。当然気付いているのだろうが、表向きはとの道行を楽しんでいるように見えた。
「もうすぐ国境ですな」
「あぁ。、この峠を越えたら上杉領に入るぜ」
「へぇ、そうなんだ。って国境ってやっぱり山なの?」
「Ah?やっぱりってどういうことだ?」
「あ、ううん。えっと、私がいたところは山とか川で県境になってたから」
「まぁ、そうだな。だがいずれ全部俺のモンになるのは決まってるがな」
にやりと笑う政宗にはあっけにとられる。毎回思うのだが彼の自信はどこから来るものなのか、それを当然としている小十郎の態度もすごいと思う。だが政宗ならそれをやってのけるんじゃないか、という予感がするのも事実で。見上げるの瞳に笑って政宗は小十郎を振り返った。
「ってことは今日中に峠を越えなきゃならねぇってことだな」
「───────────は。麓に村がございます。本日はそこで宿を取れるかと」
「I see」
「やった!今日はお布団で寝れる!」
歓声を上げたに小十郎は小さく頷き、政宗もわずかに表情を緩めた。確かにここまでの道行は出来るだけ宿には泊まるようにしているが、数日野宿をしたこともある。がいるからできるだけ飛ばさずに安全な道を通ってきているのだが、宿だから安全というわけではない。それも奥州の地から離れるのなら猶更だ。
「だったら今日は寝かせねぇからな」
「政宗さん!小十郎さんも一緒だからダメだよ」
「Ah?」
「いや、俺は別の部屋で」
ほんの出来心での耳元でささやいてやるが、はそんな彼をじろりと睨みつける。途端に不機嫌になる政宗に小十郎は慌てて首を振った。確かに米沢を発ってからしばらく政宗との二人は床を共にはしていない。政宗にとっては戦でもない限り近くに側室がいるにも関わらず抱かなかったことは初めてだ。だからその不満がたまっていることは小十郎にもよくわかっていた。
「ダメ」
「そういう問題じゃなくてだな」
「ダメだよ。だって今までだって小十郎さん、ほとんど寝てないでしょ」
の指摘に小十郎は珍しく一瞬口ごもってしまう。まさに不意を突かれたからだった。まさかに知られているとは思わなかったからだ。
「Ah?小十郎、テメェ寝ずの番なんかしてんじゃねぇだろうなぁ」
「政宗さまとをお守りするためにございます故」
「Don't worry、いざって時はテメェの身ぐらいテメェで守れる。それより旅の間に倒れられでもしたらそっちの方が困んだろ」
「そうだよ。小十郎さんは自分のことを強いって思ってるんだろうけど、人間寝ないと持たないからね」
政宗にまで睨まれて小十郎は隠しておく方が不利だと小さく息を吐いて軽く頭を下げる。馬上にいなければきっと膝もついていたに違いない。寝ずの番とは言っても黒脛巾組の者と交代で一日に2,3時間の睡眠はとっている。戦のときであればこれだけ眠れれば十分な方だから倒れるようなことはないと断言できる。だが、政宗の前でどこか怒ったように告げるには敵いそうにない。
「だから今日から三人で一部屋にして。三人なのに二部屋取るのってお金も勿体ないじゃない。ね、いいでしょ?政宗さん」
「い、いや、政宗さまが良いと言われても」
「にそこまで言われちゃNoといえねぇなぁ」
「ま、政宗さま!」
その申し出にさすがの小十郎も目を剥いた。確かに小十郎がまだ政宗の執政となる前、彼の命でいろいろと奥州中を旅したことがある。その時は部屋数から行きずりの女と同室になったこともあるし、女性と一緒ということは抵抗はあるにせよ、経験がないわけではない。だがそれはあくまでも赤の他人だからだ。政宗と二人同室ならばまだ理解もできるし、女のだけ別の部屋を取るのは仕方ないとは思う。だが政宗の側室と同じ部屋に他の男がいるなどと聞いたことがない。
「お、お待ちください!そのようなことが国許に知れますと、この小十郎、姉と綱元どの、成実さまより誅殺されても文句は言えませぬ。何卒ご勘弁を」
あながち冗談ではない小十郎の言葉にはちら、と政宗を見上げ、その政宗はくつくつと笑みを洩らす。否定しないところを見ると実際にそうなるのだろう。
「だとよ」
「え〜、じゃあ小十郎さん、約束して」
「な、何をだ?」
「夜はちゃんと寝るって。約束できないなら一緒の部屋で」
「わかった!約束すりゃいいんだろ。政宗さま、ですから」
「く、ククッ・・・・・・」
必死の形相の小十郎に政宗が思わず吹き出した。滅多に見れないものだから仕方ないと言ってしまえばその通りなのだが、見ればまでが吹き出さないようにこらえているのを見て、小十郎はすっと瞳を細める。
「政宗さま、、よもやとは思いますが、お二人で共謀などなさっておられませんな?」
「Ah?何言ってやがんだ。んなことあるわけねぇだろ。な、?」
「うん、ないよ。だって小十郎さん、何で私たちが気付いてないって思ってたの?すぐにばれるようなことするからだよ」
「おい、その話、もっと詳しく聞かせろ」
「へ───────────?」
「政宗さまはともかく、お前にゃ人の気配を感じるような素養はねぇはずだな。だったら何で知ってる?」
「そ、それは・・・・その・・・・・・そう!政宗さんから聞い・・・・て・・・・・・」
「政宗さま」
じろ、と主君を見る小十郎に当の本人は軽く肩をすくめて前に座るの頭を軽く小突く。
「Ah・・・・・・・・・おい、もうちっとうまくやれって言っただろうが」
「ご、ごめんなさい・・・・・・・」
小突かれた本人はしゅんとうなだれてしまうが、それでは小十郎の言葉を肯定してしまうようなものだ。渋面になる小十郎に政宗は慣れたものでどこ吹く風だ。
「ほぅ・・・・・この小十郎に仕掛けようとなさっておられたとは。、テメェ覚えてろ」
「い、嫌!すぐに忘れるから・・・・・・・って、小十郎さん、そんな風に睨まれたら怖いよ・・・・・・」
「政宗さまの分までお前に責任を取ってもらおうか」
「ちょ、ちょっと・・・・・・・それはないんじゃない!?」
「今日宿に入ったら寝る前までに孔子の本を一冊写せ。それで勘弁してやる」
「───────────!?一冊って!?」
「それとも肉体労働の方がいいか?次の村に着いたらもう一頭馬を調達してきてやる。いい加減政宗さまのお手を煩わせるな。お前ひとりで乗れるだろうが」
「む、無理!政宗さん!何とか言ってよ!」
獰猛に笑って無茶なことを言う小十郎に「ひっ───────────」と声が喉につっかえるような感覚に政宗にしがみつく。確かに馬に乗る練習はしているが、せいぜい並足で走らせることぐらいしかできない。珍しくも自分から抱きついてきたに政宗は笑いながら腰を引き寄せてやる。その顔は明らかに役得、と書いてあるようだが小十郎は見てみないふりだ。
「小十郎、その辺にしとけ。元々は命じてもいねぇ寝ずの番をしてたお前の責だろうが」
「───────────は」
「これが最後だ。そんなことは不要だ。わかったな」
「かしこまりました」
頭を下げた小十郎にはほっと息を吐き出した。最初は小十郎がそんなことをしていたとは知らなかった。つい先日、深夜にふと目が覚めた時、眠っているはずの政宗も起きていた。外に出ようとするに彼はやんわりと止めたのだ。外には小十郎がいて寝ずの番をしている、と。彼の手を煩わせるな、と告げた政宗は当然のように告げていたが、にとっては大問題だった。人間寝ないともたないのは基本である。無論生真面目の彼の性格だ。政宗から話を聞いてあっけにとられるよりも妙に納得した。政宗の口ぶりから小十郎の身体を心配しているようだったが、そんなことを素直に口に出すはずもない。だからは政宗を巻き込んで一芝居打ったのだ。だが細かい打ち合わせなどしていないからどう話が転がるのかヒヤヒヤしながらではあったが。
「おい小十郎、麓まで競争しようぜ。どっちが先に到着できるか、だ」
「受けましょう。しかし政宗さまの馬にはがおります。この小十郎に対してはいささか不利なのではございませぬか」
「Hum、テメェこそhandicapがある俺に負けて吠え面をかくんじゃねぇぞ」
「え・・・・え・・・・・・?」
何とか一件落着、と安心したのもつかの間、挑発する政宗に同じ表情で小十郎が答える。何故だか一瞬で戦闘モードに突入した二人に慌てることしかできない。
「!」
「な、何!?」
「しっかりつかまってな」
「え・・・・!?えぇっ!?」
「行くぜ、Here we go!」
言うなりぐん、と馬のスピードが上がって政宗の身体に押し付けられる。悲鳴を上げるよりも早くは政宗の腰に必死にしがみつく。いつも腰に添えられている彼の腕はそこにはない。両手で手綱を持ち、猛スピードで道なき道を暴走しているからだ。
「───────────っ!?」
一瞬、顔を上げた時目の前には大木があった。ぶつかる───────────!と痛みを覚悟した瞬間、だった。ふわりと身体が宙に浮く感覚。恐る恐る瞳を開いてみれば、文字通りの視界は宙を舞っていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
悲鳴を上げただけましだったかもしれない。落ちる!!と目をぎゅっと閉じて必死で政宗にしがみつく。そして唐突に身体に走る衝撃に息が詰まる。死ぬかもしれない───────────、は目を閉じて政宗にしがみついたまま悲鳴を上げ続けた。