二日後。政宗たちは謙信に指定された町へと馬を寄せていた。かすがが姿を見せた翌日、謙信はその言葉通り政宗との謁見にこの町を指定してきたのだ。謙信の本拠地からは早馬を飛ばして二日の距離にあるということは、かすがが姿を見せた時には、謙信は既に本拠地を出発している計算になる。その事実に政宗は舌打ちをして「相変わらず抜け目のねぇ」と言っていたが、いざ訪れてみれば、直轄地でもあるこの町の庄屋は大切な客人との謁見をしたいという謙信の言葉に、最大限のもてなしをしてくれているようだった。庄屋自身の屋敷だろう、大きな屋敷の離れを謁見の場とし、町の入口には心得ている謙信の小姓が待っていて、すぐに政宗と小十郎の馬を引いてくれた。また、には輿が用意されていたが、それは断って政宗と同じ馬上に揺られたまま屋敷までやってきた。
到着して政宗も小十郎も馬を預けると、なるべく人に見られないようにしつらえた入口から誘導される。ここまで来ると政宗は泰然としていたが小十郎は油断なく周囲を見回していた。は、と言えば政宗の後ろをついていくだけだ。そして三人が部屋に入ると、そこにはくつろいだ姿の謙信と、謙信のためにお茶を立てていたかすががいた。
「ちっと遅れちまったか?」
「いや、じかんどおりです。どくがんりゅう、りゅうのみぎめ、ひさしぶりですね」
「Ah」
部屋には二人だけ。気配を探れば十人以上が警備についているのがわかる。政宗とが席に着くのを確認して、小十郎は無言のまま謙信に頭を下げて部屋の障子を開け放ったまま廊下に腰を下ろす。
「そちらが『りゅうのみこ』ですね?」
「ええと・・・・・・初めまして、といいます」
初めて見る謙信の姿にごくりと唾を呑み込んだ。すっと背を伸ばして一分の隙もなくまっすぐ向けられる視線にぞくりとする。政宗や小十郎の鋭いそれとは違う、何もかも見通すような視線。目を逸らすことを禁じられるような居心地の悪さを感じるが、身じろぎすることすらできなくなる。その言葉に慌てて頭を下げると、政宗が安心しろ、とばかりに視線を向けてくる。
「そなたがどくがんりゅうをとりこにしている『りゅうのみこ』ですか。つるぎのほうこくのとおり、かれんなはなのようですね」
の挨拶を受けて微笑む謙信に思わず頬が熱くなる。好意とわかるまっすぐな視線にかぁっと身体が熱くなってしまうのを感じる。そもそも花に例えられるなど初めてだし、それも「可憐な花」などと言われて恥ずかしがらない方がどうかしている。ますますうつむいてしまうにちら、と視線をやって政宗は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「で、俺の『巫女』はアンタの眼鏡に適ったか?」
「さあ、どうでしょう。ひとはみためではわからぬもの。ごくふつうのにょしょうにみえる『りゅうのみこ』がりゅうぎょくとなっていることはわかりましたが」
「Ah、そうだな。こいつは俺だけの『巫女』だからな。誰にも渡すつもりはねぇよ」
「政宗さん───────────!?」
「ふふ、むつまじきこと」
そういいながらの手を握ってぐいと自分の方へ引っ張ろうとする政宗に慌てて顔を上げる。さすがにここではまずいだろうと思ったからだ。見れば謙信だけではなく政宗や自分にも茶を立ててくれたかすがが眉を寄せているし、背後の小十郎の視線ははっきり言って怖い。だがそれも予想通りだったのか謙信は小さく微笑むだけで茶碗を取って口に運ぶ。おいしそうにそれを飲み干した謙信は政宗との密かな攻防に目を細めてちら、と小十郎へと視線を送る。その視線がわからない彼ではなかった。一礼して部屋に入ると、開け放してある障子を全て閉めてから、その前へと腰を下ろす。そして密室になったことを確認すると、謙信は今までとは違う真剣な表情で政宗に向き直る。
「どくがんりゅう」
「何だ?」
「とよとみがかんとうをねらっています」
「───────────アァ、知ってる」
「そのじきにおうしゅうをはなれるのはきけんではないのですか?」
その言葉を半ば予想していたのだろう。政宗はちら、と小十郎と視線を交わす。それだけで答えが決まっているようなものだったが、政宗は慎重に口を開く。
「心配ねぇよ。俺の部下は優秀だからな。戦の準備はすべて整えてある。話ってのはそのことか?」
「それもありますが、どうめいのありかたをかくにんしておきたかったのです。ことがことだけにちょくせつはなしをしたかったのですが、そなたがよいこうじつをくれました」
「Ha、まどろっこしい。同盟のあり方なんざ俺より小十郎とすりゃいいだろうが。俺の意見は変わらねぇ。同盟ではあるが、伊達はどこの下にもつかねぇ。豊臣をぶっ倒すまでの間、奴らの東征を拒むためのもんだろうが」
「そうですね。ただ───────────、せっかくあうのですから、そなたがみとめた『りゅうのみこ』どののちからをちょくせつみてみたかったのですが」
「何だよ、越後の軍神ともあろうモンが、神通力頼りかよ」
にぃ、と口の端を上げるような笑みを見せる政宗に、謙信も唇にゆるりと笑みの形を刻む。だがそれは笑み、というよりは油断していれば喉元を食いちぎられそうな凄絶なそれに気付いたのは自分だけではないはずで。小十郎からはピリピリとした殺気のようなものが伝わってくるし、背を向けていたかすがは油断なく身構えるように視線を向けてくる。その殺伐とした雰囲気には身を固くした。
「びしゃもんてんのかごをうけるわれわれが、じんつうりきをしんじていないわけはないでしょう」
「まぁそれはこいつの機嫌次第だな」
二人の間を流れる空気に固まったままのの肩を軽く小突く政宗にふるふると首を振る。神通力などありはしないのに、と雄弁に語るの瞳にも政宗は笑うだけだ。
「アンタんとこからもこいつが欲しいという縁談が来てたが、悪ぃな。手放すつもりなんざ、さらさらねぇ。こいつは俺のもんだ」
「それをきくとますますみてみたくなりますね」
「だとよ、」
「え・・・・ええと・・・・・・・私、そんな大層なことできないですから・・・・・・」
挑発する政宗に慌てて首を振る。政宗たちは自分にそんな力があることを信じているようだが、の中ではあくまでも自分は一般人だ。意志の力で天候が左右できるものならやってみたい。奥州で政宗に指摘されてから何度か挑戦しているのだが、やはり自分の意志で天候が変わることなどあるはずもなく、やはりあれはまぐれだったのだと思う。
「けんそんはふようです。もしそなたがなにもできないただのにょしょうならば、どくがんりゅうやりゅうのみぎめがいちもくおくはずがありませんから」
「い、いえ・・・・・本当に・・・・・・・その、かすがさんが言った通り、私は普通の女ですし」
謙遜ではなく事実を告げているのだが、やんわりと謙信に否定されてしまう。ここで何かをしろと言われても何もできないことに変わりはないから助けて、と政宗とつながった手に力をこめれば、政宗は小さく笑ってみせる。
「ま、Showは派手な方がいい。『竜の巫女』の神通力は今度見せてやるよ。それよりも、用事はこれで終わりか?」
「そうですね。あまりひきとめてはめいわくになるでしょう。どくがんりゅう、きょうはこちらでやどをよういしてあります。いちにちはねをやすめては?」
「───────────どうせこの時刻から出発したって次の町にゃたどり着けねぇからな。甘えさせてもらうぜ」
「お心遣い、感謝いたします」
今まで黙したままの小十郎が頭を下げるのに慌てて倣う。政宗は、と言えば傲然としたままだが、頷いた謙信に立ち上がり謁見は終了したことがわかる。手を引かれるままに立ち上がると、非友好的な視線を向けるかすがと目が合った。目を逸らすように小さく頭を下げるとやはり立ち上がった小十郎に後ろからせっつかれるように部屋を出た。そして残された謙信は空になった茶碗をかすがに差し出しながら口を開く。
「あれが『りゅうのみこ』ですか」
「はい。特に何の取得もないように見えますが」
「ですが、どくがんりゅうとりゅうのみぎめ、そしてだてけのかしんがうちそろって『りゅうのみこ』へのけいいをしめしているのです。ましてどくがんりゅうのしゅうちゃくはすさまじい」
「───────────」
「かすが」
「はい」
「おうしゅうのようすをみていてください。おそらくどくがんりゅうがるすのうちに、なにかがおこります」
「謙信さま、でしたら」
「ですが、てだしはしなくてよいでしょう。すべてはびしゃもんてんがあたえたもうしれん。おうしゅうにどのようなじたいがおころうとも、いまはせいかんするとき」
「かしこまりました」
「さあ、かすが、わたくしとともにもどりましょう。そしてそなたのすばらしきまいをわたくしに」
「は、はい」
途端に部屋の中に薔薇の花びらが舞って二人の世界になる。そしてかすがの細い身体を引き寄せながら謙信は彼女にも聞こえないように小さく呟いた。
「おてなみはいけんといきましょう。どくがんりゅう、そしてりゅうのみぎめ」