越後を抜け甲斐に入ると、政宗はどこか楽しそうに景色を見回し、そわそわしているように見えた。馬の前に乗せられているとしてはその変化にいち早く気付いたものの、おそらく普通に聞いてもはぐらかされるだろうとは予想がつく。ちら、と半馬身後ろで手綱を取る小十郎に視線を向けても答えを教えてもらえるわけでもない。そして甲斐に入ってから三日目、町で宿を取った三人が食事を済ませた時だった。
「おい小十郎、酒だ」
「政宗さま」
「別にいいだろ。明日には真田領に入る。久しぶりにアイツに会える前祝いだ」
唐突にそう告げる政宗には首をかしげた。真田、とはどこか聞き覚えがあるようだが、一体何のことだかわからない。ただ、政宗がとても会いたがっている人物がいる、ということだけは何となく感じてはいたものの。
「あまりお過ごしになられますと、遅れを取るやもしれませんぞ」
「Ha!俺がそんなヘマするわけねぇだろ。、お前も付き合えよ」
「う、うん・・・・・・・・」
訳が分からないながらも上機嫌の彼につられるように頷く。渋面を浮かべていた小十郎だったが、仕方ございませんな、と言って宿の者に酒とつまみを持ってきてほしいと告げると、間もなく彼らの前にそれが並べられる。並べられた徳利からは米沢とは違う香りが漂ってくるのに、それぞれに猪口に注いだが小さく首をかしげる。
「どうした?」
「あ、ううん。米沢のお酒と香りが違うんだね」
「当たり前だろ。それより、前祝いだ」
猪口をかかげる政宗に小十郎も倣う。慌てて猪口を持ったにも頷きながら一気に飲み干した。二杯、三杯と飲み干す政宗に付き合うようにも酒が進む。久しぶりのアルコールに飲みすぎたか、と思うほどのハイペースではあったが、上機嫌な政宗とそれに付き合う小十郎の話は尽きることはない。戦の話や政など、楽しそうに話す政宗に穏やかに付き合う小十郎の二人の間にはどこか割り込めないような空気があって、は無言のまますり、と政宗にすり寄った。
「、もう酔ったのか?」
「うん・・・・・・ちょっと飲みすぎたかも」
少し酒は入っているものの、飲みすぎる量ではない。ほとんど政宗と小十郎の二人が飲み干しているのだが、二人の空気に当てられてしまったという方が正しい。甘えてくるに政宗は小さく笑いながらそっと額に手を添えてやる。ふわ、と彼のぬくもりに包まれるような感覚に猪口を置いて政宗に体重を預けるようにすると、政宗も苦笑しながらの身体を支えてやる。
「ったく、仕方ねぇなぁ。小十郎、今日はこれで仕舞だ」
「かしこまりました」
そのまま自分の膝の上へとの身体を乗せた政宗に心得たように手をついた小十郎をうっすらと開いた瞳で盗み見る。途端、お見通しだ、とばかりに軽く睨んでくる彼の瞳とかち合って慌てて瞳を閉じる。
「後程片付けさせます。では、本日はこれにて」
「Ah。小十郎」
「心得ております。すぐに布団を」
「Thanks」
政宗の膝の上で猫のように丸まってしまったの背中を引き寄せながらの言葉に小十郎は一礼して部屋を出る。そして宿の者に片付けと部屋へ布団の準備を、と言いつけるとすぐ近くに取ってある部屋へと引き上げる。途中、女中から灯をもらっていたから自分で部屋に明かりを灯すと、小十郎はじろりと天井を見上げた。
「おい猿飛。そこで見物とはいい度胸だな」
「あっはー、やっぱバレちゃった?」
「当たり前だ」
小十郎の声に呼応してカタリ、と天井が外れてぶらん、と顔見知りの忍びが顔を見せる。軽い調子で告げる彼に小十郎は顎を引いて降りてくるように、と示す。ひら、とまるで体重などを感じないほどに無音で飛び降りてきた猿飛佐助に小十郎は気にする様子もなくどっかと胡坐をかいた。
「信玄公の使いか?」
「んー、まぁお館さまとゆーより真田の旦那の方。真田の旦那もさ、独眼竜がいつ来るかって楽しみにしてたからね。昨日なんて『拙者がお迎えに参るでござるー!!』って兵を率いて出陣しようとしてんのを止めるの、大変だったんだから」
「それで、政宗さまではなく俺に言いたいこととは何だ?」
「いや、つーか、アレを邪魔したら殺されるっしょ?せっかく可愛い女の子といい雰囲気なのにさ。言いたいことってゆーよりも旦那たちの護衛に来ただけだから。明日は俺が先導するよ」
「そうか。猿飛、信玄公の屋敷までは」
「んー、独眼竜と旦那の馬なら全力で二日ってトコだけど、『竜の巫女』さんを連れてるなら五日、かな。無理はさせたくないんでしょ?」
「ああ」
「まぁ、明日は真田の旦那の一族の屋敷に着くから、何だったら少し休息するといいよ。『竜の巫女』さんも疲れてるみたいだしね」
軽い調子で告げる佐助に小十郎は小さく眉を上げた。相変わらず可愛げのない、とでもいいたそうな表情だが、そんなことでは佐助はびくともしない。
「右目の旦那も、もし女が入用なら」
「生憎間に合ってる。猿飛、無駄口叩くんならさっさと戻れ」
「あーらら、相変わらずつれないなぁ。にしても、思ってたより普通っぽい女じゃん。独眼竜を独占する右目の旦那に嫉妬なんて超かわいい!俺様、結構好みかもね。てっきり『竜の巫女』っていうぐらいだからもうちょっとこう、神秘的で近寄れない雰囲気があるかと思ってたんだけど」
にやにやと笑う佐助がちら、と政宗の寝所へと視線を投げるのに無言を返す。彼がどういおうとが『竜の巫女』であることに変わりはないし、いちいちこの男の言うことを真に受けていてはろくなことがない。結局、無言を通す小十郎に折れたのは佐助の方だった。
「ま、独眼竜の旦那に危害を加えようとするバカな輩がいないとも限らないから見張ってることにするよ。じゃ、また明日」
一方的に告げて、ひらりと天井裏へと身を躍らせる。そしてそのまま気配が消えた。小十郎の寝所となる部屋の近くには黒脛巾組もいるはずだが、彼らにも気取られない腕は衰えていないらしい。今日は政宗の身辺は言葉通り佐助の配下の者たちが夜通し守ってくれるのだろう。佐助は武田に関すること以外は約したことは違えない。小十郎は小さく安堵の息を吐いて久しぶりに少し気を抜くことのできる夜を享受しようと女中を呼んで追加の酒を頼んだのだった。
一方───────────。早々と部屋を片付けさせて、布団を敷いた部屋で二人きりになった政宗は甘えてくるに小さく笑みをこぼす。
「どうした?」
「しばらくこのままがいい」
「それは構わねぇが、せっかく布団が敷いてあるんだ。横になれよ。心配ねぇ。ずっと抱いていてやる」
「───────────うん」
そう答えたものの、まったく動く気配のないに政宗は彼女の身体を抱きしめてそっと首筋に唇を落とす。
「疲れたか?」
「うん、そうだね」
「だったら」
「このままがいい。政宗さんを占領したい」
「Ah───────────?」
「・・・・・・・だめ、かな?」
「ダメなわけねぇだろ。今は俺とお前の二人きりだ」
「うん」
珍しくわがままを言うに軽く眉を上げる。だが『占領したい』などと可愛いことを告げる彼女にそういうことか、と小さく笑う。要は先ほど小十郎を交えた酒の席で置いてきぼりにされたような表情をしていたせいなのだろう。小十郎はどうやらの気持ちを察していたようだが、政宗は今まで気にも留めなかった。彼にとって小十郎がいるのは小さな頃から当たり前であったのだから。まさかそれにが嫉妬を覚えるなどと考えたこともなかった。
「」
「何?」
「お前、声を抑えると約束できるか?」
「───────────声?」
「Yes」
「何、するの?」
「もう我慢できねぇって言ったらわかるか?」
つい、と首筋を撫でられてふる、と身体が震える。驚いて顔を上げると、熱のこもった政宗の左目と視線が絡み合う。手を伸ばして身体を起こし、そのまま彼の唇に自分のそれを軽く押し当てる。
「約束、する。今すごく政宗さんが欲しいよ」
「Okey。待ったはナシだ」
「うん」
背中と膝の裏に手を差し入れられ、立ち上がる政宗の腕に抱きかかえられる。落とされないように彼の首に手を回して、彼の胸にすり寄ると、政宗がくつ、と小さく笑うのが聞こえてくる。旅の間は閨のことは遠慮する、と言っていた二人だが、にとってもかなりの重圧になっていた。好きな人が毎日側にいて、同じ布団で抱き合って眠るのに、肌に触れることはできないのだ。触れたい、触れて欲しい、という思いは自分だけではなかったと嬉しく思う。
「政宗さん」
「何だ?」
「大好き」
「当たり前だろ。お前は俺だけのモンだ」
「うん」
布団に下ろされて、ゆっくりと覆いかぶさってくる政宗の首に腕を回しながら告げる言葉は重ねられた唇にかき消される。そして二人は久しぶりの甘い夜を過ごしたのだった。