いつもなら三人で取る朝食だが、今日に限って小十郎は姿を現さなかった。準備をしております、とまだが眠っている間に政宗には伝えに来たらしいが、珍しいな、と思いながらも政宗と二人で朝食を済ませて玄関へと出ると、そこには小十郎ともう一人、見たことのない男がいた。

「や」

パチリ、とウィンクをして寄越す男の風貌に面食らったように口を閉じる。鮮やかなオレンジ色の髪に迷彩柄の上下、動きやすそうな服に腰には大きな手裏剣を下げている。小十郎と何やら話をしていたようだが、渋面の小十郎とは裏腹に男はへらへらと笑みを浮かべているが、その視線は笑ってはいない。何故か見透かされるような居心地の悪さにふる、と身体が震えた。そんなの雰囲気を感じ取ったのだろう。政宗が伸ばしてきた手がの手に触れるぬくもりに小さく笑う。

「猿、何しに来た?」
「つれないなぁ、独眼竜の旦那は。せっかく甲斐まで来てもらったんだから俺様が迎えに来てやったのにさぁ」
「頼んだ覚えはねぇぜ」
「そりゃそうでしょ。俺様も独眼竜の旦那には頼まれた覚えはないもんね」
「Hum───────────」
「それよりも、いい加減紹介してくれてもいーんじゃない?そっちが独眼竜の旦那をメロメロにしてる『竜の巫女』さんでしょ?」

にやにやと笑う男が自分を捕らえるのに、は理由もなく逃げ出したいという欲求に駆られる。何故か目の前の男の視線が怖いと思う。だが政宗や小十郎の知り合いともなれば逃げだすわけにもいかず、はごくり、と唾を飲み込んで頭を下げる。

「初めまして。といいます」
「へぇ〜、チャンね。可愛い名前だね」
「え・・・・・あの・・・・・・」

笑いながら距離を詰めてくる男には思わず後ずさってしまうが、その前に横にいる政宗が男の手をがしりとつかむ。

「おい猿、俺のモンに手を出したらどうなるかわかってんだろうな?」
「おお、こっわ!俺様、猿飛佐助。甲斐武田の忍を束ねてるんだ」
「は、はぁ・・・・・・・・」

痛がっているのはふりだけなのだろう。逆の手でひらひらと手を振って寄越す男にどう対処していいのかわからない。そもそものイメージにある忍者は人に悟られないよう、ひっそりと行動するものだと思っていた。だがこの男は明らかに違う。こんな派手な男に務まるのか、と心配になりそうなほど大胆だ。猿飛佐助と名乗った男の腕をとったまま、解放しようともしない政宗に小十郎が小さく咳払いした。

「政宗さま、猿飛は我らの護衛に真田が寄越した模様」
「Hum───────────あの朴念仁がか?珍しいこともあるもんだな」
「って、独眼竜、うちの旦那に向かってひどい言いぐさだねぇ」
「テメェこそ、俺の女に色目使うんじゃねぇよ」
「色目って普通の挨拶でしょ?ちょっと右目の旦那ぁ、独眼竜が怖いんだけどさぁ」
「いいから政宗さまから離れろ。
「は、はい!?」
「荷物はそれだけか?」
「あ、うん」
「だったら早く馬に乗れ。政宗さまもお早く」
「Ah」

つかんでいた腕を振り払った政宗がの腰に腕を回してくる。そのまま用意されている馬へと歩くと先に自分が馬上へと身を躍らせてに手を伸ばす。政宗の元へと引き上げられたのを見て、佐助は軽く肩をすくめた。

「あーらら。嫌われちゃったかな」
「猿飛」
「はいはい。んじゃ出発といきますかね」

軽い調子で告げる彼を牽制するように告げて小十郎も自分の馬に騎乗する。一人平然としている佐助の馬は見当たらない。どうするのかと首をかしげるをよそに政宗は馬の腹を蹴った。並足で走り出した馬に並ぶように佐助も走り出す。並足とはいえ、馬と同じ速度で走る佐助には目を丸くする。だが政宗も小十郎も平然としたまま。これが普通とばかりの態度に驚いたのだが、それ以上に目を疑ったのはその後だった。町を囲む門を出た途端に政宗たちはぐんと馬足を速めたのだ。ぐんと重力に引かれて政宗の身体に押し付けられるほどのスピードだ。だが町の中を政宗の前を走っていた佐助が同じスピードで走っているのだ。その背中を追い越すどころか、彼の背を追いかけているのだ。の体感は既に走っている、というスピードではない。

「え───────────!?」
「どうした?Honey」
「ま、政宗さん・・・・・ええと・・・・・・私の見間違いじゃ・・・・ない・・・・」
「Ah?んなわけがあるか。猿は忍だ。当たり前だろ」
「あ、当たり前って」
「へぇ、俺様に惚れちゃいそう?いいよ、ちゃんみたいな可愛い子なら大歓迎だからさ」
「え・・・と・・・・それは・・・・・・・」
「おい猿」

馬と同じスピードで走りながらも無駄口を叩く余裕もあるらしい。もう驚きを通り越して呆れることしかできない。のいた世界で毎年山を越える駅伝などでスピードを競っているランナーをテレビで応援していた身としては尋常ではない佐助のスピードに空いた口が塞がらない。

「猿飛、この先は」
「あー、大丈夫。ちゃんと案内してるからさぁ。もうちょっと行くと街道に出るからそこを西にいくよ」
「わかった。政宗さま」
「I see。聞こえてる」

チ、と舌打ちが聞こえたのは気のせいではないらしいが、それを見上げる余裕などない。旅を続けるうちに馬にも慣れてはきたが、揺れる馬上でバランスを取っているのは難しいことに違いない。相変わらず政宗が支えてくれる腕がなければあっという間に落馬してしまいそうだ。そしてさらにスピードを上げた佐助に続くように馬を走らせる政宗には必死でしがみついた。



「休憩だ」と途中の村で馬を下ろされたは荒い息を整えるのにやっとだった。乗っているだけとはいえ、落馬しないよう必死でしがみついているのは存外体力を消耗する。座り込んだらきっと立ち上がれなくなるのはわかっていたから、立ったまま小十郎が渡してくれる水筒から水を流し込む。「ふぅ」と軽く息をつくと小十郎がぴくりと眉を上げた。

、大事ねぇか?」
「あ、うん。大丈夫。ありがとう小十郎さん」
「いや、だいぶ飛ばしたからな。大事ないならいい」
「というか・・・・私よりも猿飛さんってずっと走りっぱなしですよね」
「あ?あぁ。まぁ猿飛なら心配いらねぇ」
「おい、アイツの心配なんかすんじゃねぇ」

心配してくれるのはありがたいが、にとっては自分よりもずっと走り詰めの佐助の方が気になるのは当然で。どうやら政宗とはあまり仲が良くないらしい、ということは雰囲気で感じられるから小十郎に聞いてみたのだが、すぐ側にいる政宗には当然聞こえていたらしく、不機嫌そうに告げる彼に目を見張る。

「ええと・・・・・・・・ちょっと思ったんですけど、政宗さんと猿飛さんって仲が悪いんですか?」
「Ah?」
「仲が悪い訳ではねぇが・・・・・・・・」
「つかさぁ、俺様は甲斐の忍、独眼竜は奥州筆頭。同盟を結ぶまでは敵同士でさんざんやり合ってたんだから仲がいい訳ないっしょ?大体さぁ、俺様独眼竜は嫌いだし」
「気が合うな。俺も忍びは好きじゃねぇ」
「あぁ、そりゃ良かった。独眼竜に好かれるようになったら俺様も看板下ろさなきゃいけないとこだったよ」

こそり、と小十郎に耳打ちするように告げたのだが、背後から声が響いてきてぎょっとする。軽い調子ではあるが、政宗たちの背後に周っていたことすら気が付かなかった。それ以上に政宗と佐助の間に流れる冷ややかな空気に頬を引きつらせる。小十郎は、といえばいつものことらしく無言のままで、は本気で助けてほしいと小十郎の袖を引いた。

「あの、小十郎さん」
「心配いらねぇ。猿飛はこういう男だが、甲斐の虎の命令がない以上危害を加えてきたりはしねぇ」
「・・・・・・・・・それ、命令があれば何でもするって言ってません?」
「忍びとはそういう者だ」
「さっすが右目の旦那、わかってるぅ。大丈夫。今の俺様に下ってるのは客人たちを安全に甲斐へ送り届けることだから。信用してもらっていいよ。チャン」
「───────────全然信用できません」
「あーらら。何でそうなっちゃうかなぁ?心配いらないって右目の旦那のお墨付きがあるんだからさぁ、もうちょっと信用してくれてもいーんじゃない?」
「忍びを信用するようになっちゃあおしまいだろうが。、Come on」

距離を詰めようとする佐助を牽制する政宗の声に首をすくめる。不機嫌な声に逆らうことなどできるはずもない。おずおずと政宗の側へと寄れば、ぐいと腰を攫われて抱きしめられる。

「ちょっ───────────政宗さん!?」
「るせぇ。猿とはできるだけ口を聞くな」
「あのさぁ、独眼竜。過保護も過ぎりゃ嫌われるよ?」
「Ah?」
ちゃんは独眼竜の所有物じゃないでしょ。ちゃんにはちゃんの考えもあるし、感情だってある。でしょ?」
「───────────テメェ」
「政宗さん、ちょっと・・・・・痛いよ」

ぎゅ、と強い力で抱きしめられるのに身じろぎをする。休憩するつもりが逆に疲れてしまっているのは気のせいではないのだろう。まさに犬猿の仲、という言葉がぴったりの二人に小十郎を見上げれば、彼もやれやれ、とばかりに首を振っていて、はお願いだから仲裁して欲しいと心底から願ったのだった。



<Back>     <Next>