危険もなく順調に過ぎた道中ではあったが、政宗と佐助の間の険悪な雰囲気は変わることなく、にとっては心臓に悪い日々が過ぎていった。相変わらず小十郎は政宗に危害が加えられる様子がなければ仲裁すらしないし、むしろ喧々諤々とやり合う二人を歓迎しているように見えた。最初こそやめさせようとしていたものの、数日過ぎればもうあきらめたようにも二人のやりとりを眺めている羽目になった。そして五日目。山道を抜け街道へ出たところで、佐助は急に走る速度を緩めた。
「ったく───────────」
頭を抱えるように舌打ちした彼の視線の先には、馬を繋いだ一人の男が立っていた。少年から青年へ向かう年齢だろうか。真っ赤な服に大きな槍を二本背負っている。彼の姿を捕らえたのは自分だけではなかった。政宗もそして小十郎もその男に気付いたようだった。
「小十郎!」
「は!」
「を頼むぜ」
「政宗さ───────────っ!?」
その瞬間、には何が起こったのかわからなかった。馬足を緩めている政宗の声に小十郎が馬を寄せる。そして視線が宙を舞った。
「った・・・・・!」
どん、と何か温かいものに激突して顔をしかめる。途端に馬からずり落ちそうになって手足を動かしていると、帯に手をかけてぐいと引き上げられた。
「暴れるんじゃねぇ」
「って、あれ・・・・小十郎さん・・・・?」
じたばたと足をばたつかせるに低音の声が降りて小十郎の馬の背に乗せられたことがわかる。どうやら政宗の馬から小十郎の馬へと移されたことは理解できるが、あまりの乱暴なやり方だが怒ろうにも政宗は、と視線だけで探せばすでに彼は馬を先へと走らせていて、先ほど目にした赤い装束の男と刀を交えていた。その嬉しそうな表情には怒りよりも驚きの方が先に立つ。これほど楽しそうな政宗は初めて見る。
「何だか政宗さん、嬉しそうだね」
「まったく政宗さまときたら・・・・・・・」
「あのぅ小十郎さん、お願いだからお小言は政宗さんに直接してください・・・・・・・」
そのまま小十郎の説教が始まりそうな勢いには小十郎を見上げて懇願する。馬の背にだらんと乗せられたままだったから威厳も何もあったものではないが、逆にこの体勢でいるのにさらに小十郎の小言が加わるのは遠慮したい。そう告げるに小十郎はじろりと見やっただけで大きく息を吐いた。
「えーと、チャン、生きてる?」
「さ、猿飛さん!?」
とにかくこの中途半端な体勢を何とかしようと起き上がろうとしている途端、すぐ側から声が響いてきてびくりと身体を震わせる。
「やだなぁ、いつまでも他人行儀な。佐助でいいって」
「私はそんなに猿飛さんと親しいわけではありませんけど」
「え〜いいじゃん、独眼竜は政宗さん、右目の旦那は小十郎さんって呼んでるのに、俺様だけ猿飛さんってひどくない?」
「ひどいとは思いませんけど」
「おい猿飛、いい加減にちょっかいを出すな」
「やーだなぁ。独眼竜とウチの旦那が楽しそうだからって俺様に当たらないでよ」
佐助が視線を投げた先では政宗と赤い装束の男の二人が満面の笑みをたたえて刀を交えていた。それは次第に激しさを増していくようで、すでに二人が刀を交えた余波で木々が揺れているし、こちらにまでその波動が伝わってくる。ただ、それに反して政宗ともう一人の男の楽しそうな表情は一体何なのだろう。まるで少年が二人、チャンバラをしているような雰囲気には口を閉じる。
「ほら、そろそろ止めた方がいいんじゃない?」
「お前に言われなくてもわかっている」
渋面のままの腕を持って引っ張り上げて馬上に座らせると、自身はひらりと地面へ身を躍らせた。その間にも政宗ともう一人の男の剣戟は激しさを増していて、小十郎は右腰に差している刀に手をかけて二人が刀を合わせた瞬間に割って入る。二人とも騎乗したままであるのに、一人徒の小十郎が絶妙なタイミングで二人の合わせている刀と槍を払ったのだ。それも二人ともけがをさせないように微妙な力加減であるが、中途半端な力だと弾き返されてしまうだろうに、小十郎は綺麗にたった一太刀で二人の剣劇を止めてしまった。その技量に佐助がひゅう、と口笛を鳴らして「さーすが」とこぼすが、もまた目を丸くすることしかできなかった。
「それまでです!」
「Ah?小十郎、邪魔すんじゃねぇよ」
「左様でござる!ここは某と政宗殿の」
「止めは致しません。されど、ここでは周辺の住民が迷惑を致します。また我らがここまできた目的をお忘れか?」
「忘れちゃいねぇが」
「でしたら、この場はお収めください」
冷静に告げる小十郎に政宗はちら、との方へ視線を走らせる。心配そうな瞳でこちらを見つめる彼女の視線に小さく息を吐き出して抜いていた刀を鞘へと戻す。
「Okey。真田、また後でな」
「・・・・・・・心得申した」
政宗の言葉にしぶしぶ、といった調子で槍を収めてから、男は初めて佐助やに気が付いたようで興味深そうな瞳を向けてくる。戦闘が終わったことを確認すると、佐助はが乗ったままの小十郎の馬を引いて彼らのいる場所へと合流する。
「たっく旦那ぁ、独眼竜たちは俺様がちゃんと連れてくるって言ったろ?」
「うむ!しかしながら待つというのは性に合わぬ!心配はいらぬ。この幸村、お館さまに許可をもらってきておる」
「って、そーじゃなくてさぁ、大将ってのは配下のことを信じて待つのも仕事だろう。それをのこのことやってきてさぁ」
「それよりも、そちらの女性は・・・・・・」
近くで見ると、青年、というよりも少年といった風の印象が強くなる。赤を纏っているが、それが妙にしっくりと来ている。それ以上に佐助との妙にかみ合わないが仲の良さがうかがえる会話に笑みが浮かぶ。そうしているうちに小十郎がに手を差し伸べてくれて下乗すると、頭を下げる。
「初めまして。といいます」
「、殿?」
律義に名を繰り返す少年を見つめると、途端に頬が赤く染まる。あまりにも可愛らしい反応にはくすりと笑みを漏らす。
「そ、某は武田家家臣、真田幸村にござる!」
「真田幸村───────────?」
その名前はの記憶に引っかかっていた。確か有名な戦国武将の一人だったはず。何で有名だったのかまでは記憶にないが、人気のある戦国武将であったことは覚えている。首をかしげるに幸村と名乗った少年は目をしばたたかせる。
「殿?」
「あ、ご、ごめんなさい」
不思議そうな表情になる幸村に慌てて頭を下げる。改めて口を開こうとした途端だった。ぐい、と腰を引き寄せられて背中が何か暖かいものに触れた。あまりにも突然のことに悲鳴を上げようとする唇を後ろからふさがれる。
「Honey、俺を差し置いてとはいい度胸だな」
「ま、政宗さん・・・・・・・・」
腰に回された手は政宗のもので、後ろから抱きしめられている、とわかったのはそれからすぐだったが、以上に目の前の真田幸村の反応の方が劇的だった。頭の先までが赤く染まるのでは、と心配してしまいそうなほど真っ赤になって、抱き合う政宗とに向かって指差した。
「は、は、は、破廉恥でござるぅぅぅっ!!!!」
響く声には首をすくめ、小十郎は耳を塞ぎ、政宗はうるさい、とばかりに顔をしかめる。
「あーもう、だから屋敷で待ってろっていったのに」
そして佐助が興奮する幸村をなだめるわけでもなくやれやれと首を振る。それを見る限りいつものことなのだろうとは予想がつくが、あまりのことには呆然と「破廉恥でござるぅ」と叫び続ける幸村を見つめることしかできなかった。
「てか旦那、いい加減落ち着きなって!独眼竜だって一国を担う君主なんだから女の一人や二人、侍らせて当たり前でしょうが。あんただってお館様から嫁をもらえって言われてるんでしょ。そーやって破廉恥だって言ってる場合じゃないと思うよ」
「そうだな、をくれって確かアンタんとこの虎のおっさんからも言ってきてたな」
ちら、と小十郎を見て政宗が告げれば、小十郎は無言のまま頷いてみせた。その言葉に動きを止めた幸村が恐る恐るを覗き見る。
「殿は、独眼竜とはどういうご関係なのだ・・・・・・?」
「は俺の側室だ」
「そく、しつ・・・・・・?」
「Ah。悪ぃがこいつを他家にやるつもりはなかったんでな」
幸村をからかうようににやにやと笑いながら政宗はの頬に軽くキスをする。途端、幸村の「破廉恥でござるぅぅぅぅっ!!!」という悲鳴が響き渡り、今度こそはあまりの轟音に耳を塞いだのだった。